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大きな手掛かり

「くっ! 通信障害はまだ直らないのか!?」

「やっています!

 しかし、魔力嵐が大き過ぎて電波が撹乱されてはどうにもなりません!」


 怪獣対策室では、剣呑な雰囲気が漂っていた。


 唯一、出場した戦力、ライトニング・キャリバーが怪獣に殺害されてしまう直前、未登録の超高密度魔力反応が察知されたのだ。

 その発生によって、戦場一帯が通信障害を起こしてしまい、詳細な状況が不明となっている。


 僅かな観測手段から、どうやらまだ金裂美影は生存しており、謎の魔力発生源、おそらくは新しい魔法少女が怪獣カタリナと交戦しているようなのだが、詳しくは分からない。


 倒せそうなのか、やはり駄目なのか。

 そもそも、その魔法少女は敵なのか味方なのか、一切が不明である。


 それ故に、通信障害からの復旧を最優先で行っているのだが、進捗は思わしくない。

 あちこちから機材を集めて、あれやこれやと技術者たちに知恵を出し合って貰っているが、いまだ繋がる兆しはまるで見えていなかった。


「あっ……!?」


 そうこうしていると、オペレーターが悲鳴のような声を出した。


「どうした!?」


 長官が問いかければ、即座の返答が来る。


「い、今、特大の魔力反応を感知!

 こ、こんな……こんな数値、有り得ない。

 え? う、うそ……。

 ちょ、長官!

 怪獣反応が消えました!

 同時に、正体不明の魔力反応も消失!」

「長官! 魔力嵐が収束しつつあります!

 通信、繋がります!」

「美影君を呼び出せ!

 彼女は無事か!?」

「魔力反応は健在です!」


 僅かなノイズの後、通信が繋がったという報告がもたらされる。

 長官は、怒号の様な声でマイクに呼びかけた。


「美影君! 応答せよ、美影君ッ!

 ライトニング・キャリバー!」

『ふひゃ!? は、はい!

 なな、何ですの!?』


 その声に、驚きの悲鳴を上げた後、彼女からしっかりとした返答があった。


 死んでしまう事を覚悟していた仲間の無事に、スタッフの全員が安堵の吐息を漏らしていた。

 長官も深々と息を吐き出し、状況の確認を行う。


「無事だな?」

『あっ、はい。

 長官様、でしたのね。

 はい、こちらライトニング・キャリバー、なんとか生きておりますわ』

「そうか。良かった。

 よく戦ってくれた。ありがとう」

『当然の事ですわ。

 それに……私一人では死んでおりましたわ』

「やはり、別の者がいたのだな」


 観測されたデータから明らかであったが、それでも当事者が言えば確信に変わる。


「疲れているところ悪いが、簡単にでも報告してもらえるか?」

『分かりましたわ。

 ……討伐指定怪獣カタリナと交戦し、力及ばず私は敗北いたしましたわ』


 そこまでは、把握できている。

 その直後から、異常魔力によって状況が不透明になってしまっていた。

 観測機器が壊れてしまったのでは、と思えるほどの異常高値であった。


『止めを刺されそうになったところに、正体不明の魔法少女が乱入し……カタリナを圧倒しましたわ』

「…………なんと」


 カタリナの凶悪さは、様々な情報から分かっている。

 それを単独で圧倒するなど、彼らの常識では有り得ない。

 とはいえ、異常高値の魔力反応を見れば、それも可能なのかもしれないとも思えた。


「正体は、不明なのだな?

 見た事もない人物だった、と」

『肯定しますわ。

 記憶にある限り、何処の国の魔法少女にも該当しておりませんわ。

 野良も含めて』

「未確認、か。

 最近、覚醒したのだろうな。

 ……それで、その者は今は?」

『名を名乗らず、何処かへと去りましたわ。

 見つけてみろ、と、彼女は言っておりましたわ』

「力に酔っている、とも思えるが、しかし救われたのも確かだな。

 それ程の人物ならば、味方になってくれると良いのだが」


 魔法少女は、基本的に魔力の覚醒と同時に国家にその旨を報告し、国家機関に属する事を義務付けられている。

 怪獣を倒し得る暴力が、誰の管理下にも置かれずに放置されている事は、人々の恐怖に繋がるからだ。


 その結果として、大なり小なり魔法少女の自由は奪われてしまう訳だが、その不自由を補填する為に様々な補填がされる。

 金銭的にも、社会的立場的にも。


 しかし、一方でその不自由を嫌い、申告せずに勝手に活動している者もいる。

 俗に〝野良〟と呼ばれる者たちだ。

 その危険性故に、たとえその活動が怪獣討伐などの正義の行いだとしても、存在そのものが怪獣と同じく悪と国家的には判じられており、追跡・拘束、場合によっては討伐の対象にもなっている。


 名乗らずに消えた、という事ならば、今回、現れた少女は野良である事を望んでいるのだろう。


 由々しき事態である。


 カタリナを単独討伐するほどの危険性。

 その強大さゆえに、おそらく、上層部は討伐対象として判断しかねない。


 常に戦力の足りていない現場としては、出来れば、穏便に仲間になって欲しいのだが。


「美影君、君の眼から見て、仲間になってくれそうだろうか?」


 会って話をしたのは、現状では彼女だけだ。

 だから、彼女の意見は大きい。


 もしも見込みがあるようならば、少々賭けになるが、上層部への報告を先送りにしても良いと、長官は思っていた。


『……確証はありませんが、こちらに付いてくれると思いますわ』

「根拠は?」

『彼女には遊び心が感じられましたの。

 おそらく、野良である事を望んだのではなく、物語のテンプレートとして、秘密の助っ人である、という立場を楽しんでいるのだと』

「……なんとも言い難い理由だが……ならば、秘密を暴いてしまえば」

『はい。

 ゲームオーバーと、諦めてくれる可能性が高いと私は見ますわ』

「分かった。その意見を尊重しよう。

 頭の固い連中への対処は任せてくれ。

 ……ところで、見つける当てはあるのか?」


 魔法少女は、魔力が発動していると姿が変わる。

 また、どうやら認識阻害の効果が発動しているようで、具体的な印象が残り辛い事が多い。


 人類生存圏はかなり狭いとはいえ、それでもまだ多くの人間がいる。

 その中から、何の当てもなく探し出すのは至難と言えた。


『はい。ありますわ』

「ほう。何だろうか?

 手伝える事はあるか?」


 意外にも、即座に首肯が返ってくる。

 長官は、驚きと感嘆を半々に、問いかける。


『では、日本に存在する全学校の制服のリストアップをお願いしますわ』

「制服?」

『彼女、魔装を纏っていなかったのですわ。

 制服姿のままで登場しておりまして』

「……ビックリするほど重要な手がかりだな。

 分かった。

 早速、手配しておく」

『お願いしますわ』

「うむ。

 では、君は早急に帰還して、身を休めてくれ。

 後始末はこちらで全て請け負おう」

『感謝しますわ。では』


 通信が切れる。

 メインスクリーンを見れば、美影の魔力反応が東京戦場から移動し始めていた。

 どうやら救助の必要はないらしい。


 疲労と安堵の溜息を吐きながら、長官は深く椅子に腰かけた。

 そのまま数秒を休憩とした彼は、スタッフの一人に声をかける。


「……オペレーター。

 魔力反応の追跡は出来ていないか?」


 美影を信じていない訳ではないが、こちらでも手掛かりがあれば探っていたい所だ。


 日本全国には、魔力探知装置が張り巡らされており、野良を見つける手段として活用されている。


 そこから探れないかと問うが、答えは否定だった。


「駄目です。

 全く反応がありません」

「そうか……」


 残念とは思わない。

 分かっていれば、ちゃんと報告していただろうから。


 しかし、別方面の朗報はあった。


「ですが、彼女の魔力波形はコンピュータに記憶させましたので、次回に現れた時には追跡する事は可能だと思われます。

 日本国内で活動する限りは、という条件は付きますが」

「いや、充分だ。

 次の機会には頼むよ」

「はい。了解しました」


 長官は、もう一度、メインスクリーンを見やる。


 そこには、半壊した東京が映っていた。

 そう、たったの半壊で済んだ東京だ。

 一時は完全な破壊、そして放棄すらも視野に入っていたというのに、それだけで済んだ都市の姿だ。


 助っ人の魔法少女がいたからこその結果だ。


「……感謝したいのだ、こちらとしては」


 穏便に済む事を、彼は切に願っていた。


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