【短編版】「魔力支援役なぞいらん!」と勇者に追放されたけど・・・パーティの魔力はすべて僕が供給してたんだよ? 魔力不足で聖剣が使えないと焦っても、もう遅い。既にメンバー全員が勇者を見限ってしまったので
連載版あります!
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「我がパーティに魔力支援しかできない無能は不要! よって貴様を追放処分とする!!」
僕――イシュアにそう言い放ったのは、世界の希望を背負って立つはずの勇者であった。
「な、何故ですか。僕はマナポーターとして、きちんとパーティに貢献してきたではありませんか!」
「魔力支援しか能のない落ちこぼれが調子に乗るな!!」
勇者は不機嫌さを隠そうともせず言い放つ。
「魔力供給役なんて、いくらでもいるんだよ! 魔法も使えず、前線にも立たない落ちこぼれの分際で。恥ずかしくないのか!」
マナポーター、魔法を自分で使えない落ちこぼれが仕方なく成る最底辺のジョブ。
勇者はそう思い込んでいるが、そんなことはない。
「僕がいないと、このパーティは魔力不足でまともに戦えなくなります」
「黙れ! 落ちこぼれの分際で口答えをするな!!」
「このパーティの消費魔力は、あまりに多すぎます。マナポーターが居て初めて成り立つと、国王陛下からも忠告された筈です」
「戯れ言を。おおかた貴様が取り入ったのだろう? 立ってるだけの貴様が経験値を持っていくのは目障りなんだよ!」
立っているだけ、というあまりの言い分に言葉を失う。
僕が必死に魔力供給をしていたのに、勇者からは何もしていないように見えたというのか。
「考え直した方が良いですよ? 魔力なしで戦っていけるほど、これから行く魔界は甘くありません」
「不要な心配だ。俺には聖剣エクスカリバーがある!」
「それを振るうにも魔力が必要だと思いますけど?」
勇者の振るう聖剣・エクスカリバーは、膨大な魔力を消費する。
幾千の敵を葬ってきた聖剣も、魔力なしではあっさり輝きを失うのだ。
「黙れえ! レベルが上がって魔力上限も上がったのだ! 現に、今まで一度も魔力切れで困ったことはない!」
「それは僕が魔力を渡していたからです」
聖女・大賢者・魔導剣士。
勇者パーティはとにかく魔力を潤沢に使うジョブが揃っていた。
すぐに枯渇する魔力を補うために、僕がどれだけ気を遣ったことか。
「はっはっはっ。バカも休み休み言え! 落ちこぼれの貴様に、そんなことが出来るはずがないだろう!」
「それで皆は、何と言ってるんですか?」
「……ふん。話し合った結果がこれだ、満場一致だったよ。貴様はこのパーティにはいらないとな」
勇者は一瞬言い淀んだが、そう言った。
(そうか、僕の働きは誰からも認められていなかったのか)
勇者パーティのメンバーになった以上は、役に立とうと頑張ってきた。
メンバーからの相談にはできる限り乗ってきた。
良好な関係を築けたと思っていたけど――役立たずの烙印を押された僕を、慰めるためのものだったのか。
「分かりましたよ、勇者様。もう何も言いません。そこまで言うなら、僕はパーティを出ていきます」
「ふん、最初からそう言えば良かったんだよ。落ちこぼれには相応しいお似合いの末路だな?」
勇者は愉快そうにニヤリと笑った。
実のところ勇者パーティの肩書きに、大したこだわりはなかった。
たしかにある種の特権を得ることは出来た。
それでも冒険者として一から名を上げたい、という気持ちも強かったのだ。
「最後に忠告です。少しは魔力に頼らない戦い方を覚えた方が良いですよ?」
「落ちこぼれに心配される間でまもない。早く出ていけ!」
(なんでだろう。やけに急かすような)
(まるでこの場面を、必死で隠そうとしているみたいだ……)
そう首を傾げながら――
僕は勇者パーティを後にした。
◆◇◆◇◆
【 SIDE: 勇者 】
「ふっはっは、俺様の天下だ!」
俺――アランは、ようやく目障りな邪魔者を追放した満足感に浸っていた。
魔力回復アイテムは、非常に高価である。
魔力切れ対策のためにアイテムを購入するぐらいなら、前衛でも働けるマナポーターを1人雇った方が、全体コストを抑えられる程度には高級品なのだ。
だからこそ「マナポーター」というジョブは、魔法の才の無い者でも成れる魔法系ジョブとして成り立っている。
(落ちこぼれを助けるための、落ちこぼれによるジョブか。くだらんな)
たった1日の活動で魔力切れするなど、そもそもが軟弱すぎるのだ。
魔力供給が必要な雑魚に、そもそも魔力ジョブたる資格はない。
「今の俺たちはレベル39。ここまで魔力量が増えたのだ。あんな奴を必要とする日など、来るはずが無いではないか!」
「勇者」というジョブを手にして、国から正式な勇者として認められたとき。
天にも昇る気持ちだった。
魔王を倒して世界を救った英雄として、全大陸の英雄になるのだと。
輝かしい未来を疑いもしなかった。
栄えある勇者パーティ。
聖女・大賢者・魔導剣士という俺好みの可愛い少女たちだった。
両手には収まらない華ある旅路、勇者の俺様にはピッタリだと思った。
しかし国王はそれに加えて、マナポーターを連れていけと命令した。
俺のことよりも、マナポーターごときを信用している国王の発言。
(ふざけやがって、俺の魔力量はピカイチだ!)
(魔力切れなど、これまで一度を起こしたことは無い!)
魔力切れ対策という名目で参加したマナポーターのイシュア。
最低限壁役ぐらいこなすかと思えば、彼は戦いを手助けすることさえ無かった。 問いただせば「普段から魔力を供給している」と大ボラを吹きながら。
おまけに――
「イシュア様のおかげで、今日も極大魔法が使い放題のお祭りでしたッス! マジでぱねえッス! イシュア様は私にとっての救世主ッス!」
「大げさですよ。君の描く術式はとても素直で、いざという時でも魔力を注ぎやすい。こちらこそ助かっています」
(な~にが救世主だ! この詐欺師が!!)
俺たちは、魔力ジョブの中でもエリートの集まりだ。
落ちこぼれのイシュアに、供給できる魔力用ではないのだ。
俺は魔導剣士と和やかに話し合うイシュアを、歯ぎしりしながら睨みつけた。
さらには――
「ねえねえ、イシュア先輩! 私は私は? 今日の私は、ちゃんとパーティの役に立ててましたか?」
「とっさに張った魔バリアが良かったね。あれで魔力を注ぐだけでブレスを防ぐ盾を生み出せた――ナイス判断だったよ」
「もう。それってイシュア先輩の判断が、バケモノみたいに早かっただけじゃないですか……」
聖女とイシュアは、同学院の先輩・後輩だったと言う。
あんな落ちこぼれを先輩に持って大変だったな、と言ったら「あなたに先輩の何が分かるんですか!」と、凍りつくような眼差しで睨みつけられた。
(……あれは怖かった)
ぶるぶる震える。
何故かイシュアの周りには、パーティメンバーが集まっていた。
みんな俺好みの可愛らしい美少女だったのに。
イシュアは何故か、パーティの中心にいた。
(聖剣・エクスカリバーだぞ!)
(世界にたった1つのユニークスキルだぞ!!)
……だから追放した。
このパーティは俺のものだ。
存在が目障りだったのだ。
(あの男はもう居ない! これで誰もが、俺の言うことを褒め称えてくれるはず
だ!!)
翌日の朝。
俺は輝かしい未来を疑いもせず。
「アリア、喜べ! 明日からはいよいよAランクのダンジョンの攻略に向かうぞ!」
――よりにもよってイシュアを「先輩」と呼んで慕う聖女に声をかけてしまったのだった。
「ええっと、勇者……様? こんな朝早くからどうしたんですか?」
「我が勇者パーティが次に進む瞬間を、中心メンバーと分かち合いたくてな! 喜べアリア、ついにAランクダンジョンに挑むときが来たぞ?」
「はあ……。Aランクダンジョンですか?」
「勇者パーティの大いなる一歩だぞ? もっと喜んだらどうなのだ?」
アリアの反応は、俺の予測とは違った。
勇者パーティの躍進を喜んでくれるかと思ったが、実際は困惑したような表情で見つめ返してきたのだ。
「ええっと、Aランクはさすがに危険です。まず先輩に相談してみないと」
「はあ? 何故、そこであの落ちこぼれに相談しないといけないんだ?」
俺の言葉に、アリアは不快そうに形の良い眉をひそめた。
「まだそんなことを言っているんですか。埒が明きません、先輩はどこですか?」
その眼差しのあまりの強さに――俺は思わず気圧される。
「イシュアは……逃げ出した。Aランクダンジョンに挑むと伝えたら、荷物も持たずに一目散だったよ」
実際には俺が勝手に追放したのだが、出まかせを口にする。
うんと失望されれば良い。
この場に居ない以上、いくらでも印象操作も可能――
「そ、そんな……。まさか先輩が?」
案の定、アリアはショックを受けたようだった。
こいつは、何故かイシュアを慕っていたようだからな。
しかしアリアの口から飛び出してきたのは、俺の予想もしていない言葉だった。
「私たちは、ついに見捨てられてしまったのですか?」
「見捨てられた? それは違うぞ。Aランクダンジョンを恐れた無能が1人、臆病風に吹かれて逃げ出しただけだ。そんなことより――」
「あなたがそんなんだから、先輩に見捨てられるんです!!」
アリアはキッと俺を睨んできた。
あまりの迫力に、俺は口をぱくぱくさせていた。
「私、先輩を探してきます。先輩の魔力供給がないと、このパーティは成り立ちません。先輩を失ったらおしまいです!」
「こんな時に何の冗談を……。ま、待て! そんなことよりA級ダンジョン攻略の作戦会議を――」
「寝言は寝て言ってください!」
俺の静止も聞かず、アリアは森の中に1人飛び出していった。
「朝っぱらから騒がしいッス。いったい何事ッスか?」
「うみゅう……まだ眠い。これはイシュア様から魔力を貰わないと動けない」
間の悪いことに、大賢者と魔導剣士が起きてきた。
交わされる会話の中で、当たり前のようにイシュアが登場する。
――もうこのパーティにイシュアは居ないのに。
(あいつが落ちこぼれの詐欺師だってのは、いずれ分かってもらえるさ)
(でも……今、真実を言う必要はないな。隠そう!)
そうして俺はアリアに向けた説明を繰り返すのだった。
◆◇◆◇◆
【 SIDE: イシュア 】
「ふう。パーティメンバの魔力残量を気にしないで済むって素晴らしいね」
勇者パーティのメンバーの魔力量は、消費魔力の多さを考えると絶望的なまでに少なかった。
派手な高威魔法を好んで使うため、対モンスターの殲滅効率は高かった。
とても華々しく活躍していたが――その裏方のマナポーターとしては、なかなかに過酷な現場であったとも言える。
(魔力切れで魔法が使えないメンバーを出すとか、マナポーターとして末代までの恥だもんね)
常にメンバーの魔力を満タン近くで保つため。
細心の注意を払う必要があった。
「待ってください! イシュア先輩!」
(はて……。なんだか幻聴が…………?)
聞こえてきた声は、元・パーティメンバーの聖女・アリアの声。
ここに居るはずがないのだが――
「先~輩! 無視しないで下さい!」
声はすごく至近距離から聞こえた。
そして警戒する間もなく、いきなり後ろからしがみ付かれた。
「な、な、な、な、アリアさん……!?」
「イシュア先輩、私のことは呼び捨てにしてくださいって、ず~っとお願いしてたじゃないですか?」
「ど、どうしてここに!?」
「慣れない探索魔法を使いました。先輩の体の一部……髪の毛を偶然にも持っていたので」
(えええ? それって呪術の類じゃないの?)
(何で髪の毛を……?)
何してるんだ、聖女様。
……まあ良いか。
気にしても誰も幸せにならないような気がするし。
「す、少しだけ離れてもらえませんか?」
「い・や・で・す! 先輩が出ていったと聞いて。ついに見捨てられてしまったのかと……私、どれだけ後悔したか」
(んん、見捨てられた……?)
追いつけて良かったと、ひどく安堵した涙声。
何やら誤解があるようだった。
「僕は追放された身です。勇者から聞きましたよ? 追放には満場一致だったって」
「え? 誰が、誰を、追放ですって……?」
「いや、勇者が僕を……」
「はあああ? あのお坊ちゃま勇者、言うに事を欠いて先輩を追放ですって……!?」
後ろからドス黒いオーラが流れてきた。
ちょっぴり怖い。
「勇者パーティはどう考えても、先輩のおかげで辛うじて持っていたようなもんじゃないですか。それなのに追放なんて、いったい何を考えているんですか!」
「僕も説得したんだけど……」
「だいたい私たちが、先輩の追放に賛成するはずありません! 常識的に考えて下さい!」
アリアは王立・冒険者育成機関での後輩である。
実習でも何度かパーティを組んだこともある仲だった。
彼女だけでもマナポーターの働きを理解していたことに、少しだけ救われた気がした。
「決めました。私、イシュア様に付いていきます!」
「ええええ!? そんな急に。勇者パーティは君の夢だったんでしょう?」
彼女は勇者パーティに入るのが夢だと言っていた。
並々ならぬ努力の果てに「聖女」というジョブの取得に成功。
勇者パーティに選ばれたのだ。
「それはそうですけど……」
「追放されたのは僕だけです。君まで巻き込むのは不本意です」
「何をおっしゃいますか! 私がここまで来られたのは、ぜんぶ先輩のお陰です」
「アリア、それは大げさすぎるよ。アリアの努力の成果だ」
そう答えると、アリアは嬉しそうに目を細めた。
「えへへ、先輩とのふたり旅。とっても楽しみです!」
アリアは僕の正面に回り込む。
くるりと身を翻して輝かんばかりの笑みを浮かべる。
「これからもお願いします、先輩!」
「こちらこそ。よろしく、アリア」
そんな笑顔を見せられて、返せる言葉は1つしかない。
――そうして僕とアリアは、ふたりで旅をすることになった。
* * *
しばらく街道に沿って歩いていると、
「助けてくれぇぇぇぇ!」
と悲鳴が聞こえてきた。
「イシュア先輩!」
「うん、ただごとじゃないね」
僕たちは声の聞こえてきた方に向かって走る。
向かった先では大量の商品を積んだ行商人を乗せた馬車が、巨大な獣型のモンスターに襲われていた。
「雇った護衛がやられてるみたいだね。すぐに助けよう」
「先輩はお人よしですね。分かりました!」
アリアは杖を取り出し、狼型のモンスターに向けた。
獰猛な牙と並外れたパワーが特徴的なAランクの難敵――多くの初心者冒険者を葬ってきた凶悪なモンスターである。
しかし隣にいる少女の敵ではなかった。
「魔力は僕が注ぐ、ぶちかましてやれ!」
「共同詠唱ですか!? 分かりました。日頃の鍛錬の成果、お見せします!」
やけに気合を入れたアリア。
彼女は詠唱もせずに、いきなり空中に魔法陣を描き出した。
(これは――最上位魔法? なんで当たり前のように詠唱破棄して、涼しい顔で多重詠唱のエンチャントまで付与してるの!!)
(は、張り切りすぎだよ。アリア~!?)
アリアは目を閉じて集中していた。
たかだかAランクモンスターを相手にするには、オーバーキルにも程がある大魔法である。
(これ……正しく発動するとヤバイ奴だよね?)
僕は体内に蓄えられた魔力を解放する。
マナポーターとしては天性とも言える体内から湧き出してくる無限の魔力。
それを注ぎこむのは、アリアの生成した魔力術式の中だ。
(魔力を調整して威力を抑えないと……)
あえて魔法陣と反発する属性の魔力を流し込んだ。
出来るだけ威力を抑える方向に。
ここの調整により、発動する魔法の威力に大きな違いが生まれるのだ。
「オッケー、アリア! 完璧だ!」
「はい! 二重詠唱、イノセント・シャイン!」
凛とした声が響き渡る。
数十メートルにも及ぶ光の十字架が現れ、周囲の悪しきモンスターを浄化していった。聖なる極光にあてられ、周辺のアンデット型モンスターもついでに成仏されていった。
「先輩先輩! どうですか、私の新魔法は!」
「やり過ぎに決まってるよね!? ここら一帯を天国にする気かと思ったよ!」
あたりを見渡すと、なんかキラキラ光り輝いていた。
これが聖女の奇跡か――旅してるだけで聖地が増えていきそうな勢いだ。
「えへへ、久々の先輩との共同詠唱だと思うと張り切っちゃって!」
てへっとアリアは笑った。
(信頼されてるのは嬉しいんだけど。無茶振りするよ……)
魔法の威力調整も、広義ではマナポーターの役割だと僕は考えていた。
発動者が最大限のパフォーマンスを発揮できるようお膳立てするのが、マナポーターにとって最も大切なことなのだ。
「アリア、また腕を上げた? あの規模の魔法でデュアルスペルなんて、見たことないよ」
「どんな術式を用意したところで、私には魔力不足で発動できません。先輩がいてこそです!」
アリアの目はキラキラと輝いていた。
「だいたいとっておきの術式だったのに。一瞬で理解して、ついでのように威力調整と最適化かけるとか、どんな超人ですか!」
「アリアはいつも大げさです。それがマナポーターの役割ですから」
「そんな芸当が可能なのは先輩だけです! ……むう。先輩はいつだって、そうやって簡単に先に行っちゃいます。――ずるいです」
むう、とむくれるアリア。
勇者パーティでは一度も見せてこなかった子供っぽい仕草を見て、少しドキリとした。
* * *
行商人がやってきて、こちらに向かってペコペコと頭を下げた。
「本当にありがとうございます! 一環の終わりだと思っていました」
「気にしないで下さい。困ったときはお互い様ですから」
聖女にふさわしい慈悲深い笑みを浮かべる。
(すっかり頼もしくなっちゃって。学院にいた時が嘘みたいだよ……)
後輩の成長は素直に嬉しい。
聖女というジョブは、聖属性魔法・回復魔法を得意とする最高レアリティのものだ。
取得条件には誰かを安心させる包容力? ――聖女らしさ、なんて曖昧なものまで求められたらしい。
極端に人見知りだったアリアが、一番苦戦した部分だ。
親しい人相手にはとことん甘えるが、初対面の人が相手だと緊張で強張ってしまう。
初対面の年上の行商人を相手に堂々と向き合えるだけでも、かなり成長しているのだ。
「規格外の高位魔法でした。相当無茶したんじゃないですか?」
「大丈夫です。魔力はすべて先輩に負担して貰いましたから」
「いやいや、冗談きついよ。魔力譲渡であの規模の魔法とか不可能だろう?」
「先輩の手にかかれば、それぐらい朝飯前です!」
まるで我が事のようにアリアは自慢げだ。
「なあ本当なのか? 魔力譲渡による魔法発動なんて、初級魔法が限界だろう?」
「う~ん。魔導隊の魔力を丸ごと賄うとかだと、恥ずかしながら初級魔法が限界かもしれません。複雑な魔法を同時に理解するには限界ありますし」
「はああ!? 魔導隊を丸ごとって――この兄ちゃんは、大真面目な顔で何の冗談を言ってるんだ?」
目を丸くする行商人。
何をそんなに驚いているのだろう?
「先ほどの見事な魔法。お嬢さんの方も、もしかしてご高名な魔法使いなのか?」
「申し遅れました、私はアリアと申します。これでも聖女をやっています」
アリアは優雅にお辞儀をした。
貴族顔負けの美しい所作。
「ま、まさか聖女様だったなんて。どうしてこのようなところに?」
「これでも勇者パーティの一員ですから」
「ということは、こちらのお方は勇者様ですか!?」
「いいえ、違いますよ。僕はただのマナポーターで――」
(……ってアリアは、何で当たり前のような顔で頷いてるの!?)
僕が勇者は、どう考えても無理があるだろうに。
「いえいえ、謙遜はいりません。聖女様と勇者様――実にお似合いです! 私は今日、奇跡を目にしました!」
「いや……だから――」
「私と先輩がお似合い! えへへ」
アリアはなぜか照れたようにガッツポーズ。
(ちゃんと否定して!?)
「命まで助けていただき、あれほどの奇跡を見せていただきました。少ないですが今回の謝礼を――」
「ええ? そ、そんなに受け取れませんよ! たまたま通りかかっただけです」
行商人は金貨を渡そうとしてくる。
僕は慌てて固辞した。
「そ、それならせめて魔力回復ポーションのお代だけでも」
「魔力ポーションなんて使ったこともないです。本当に、気持ちだけで十分ですから……」
「先輩――勇者様は、無限の魔力を持ってるんです。私は聖女としてはヘッポコですから、いつも助けられているんです」
「はあ……。勇者様っていうのは、すごいんだなあ……」
(アリアがへっぽこ聖女なら、世の中の聖女はみんなポンコツだよ!)
(ああああ、行商人がすっかり僕を勇者だと信じちゃってる……。そんなに尊敬の眼差しで見られても、罪悪感しかないよ!?)
「いや、だから僕は勇者なんかじゃ――」
「謙遜はいらない。聖女様の言う無限の魔力――とびっきりの能力じゃないか! 勇者様は固有のユニークスキルを持っているらしいけど、あなたの能力は中でも飛びっきりのものだ」
「ええっと……」
これはいけない。
完全に僕たちが勇者パーティだという前提で話が進んでいる。
「これからアクシスの村に帰るところなんだ。是非ともそこで、お礼をさせて欲しい」
「先輩、どうしますか?」
「当てのない旅だからね。お世話になりましょう」
(道中で誤解を解かなければならない!)
行商人の熱意に押される形で、僕たちは近くの村に向かうことになった。
* * *
歩くほど4時間。
僕とアリアは、行商人に案内されるままにアクシスの村に到着した。
荷台に載せてもらい楽な旅だ。
「ささ、勇者さま。アクシスの村へようこそいらっしゃいました!」
「だから僕は勇者じゃ――」
「先輩? 過ぎた謙遜は、ときに嫌味になりますよ」
「勇者様っていうのは謙虚で向上心を忘れないお方なんだな。正直『俺は聖剣に選ばれたんだ!』みたいな、もっと嫌みな奴かと思ってたよ」
行商人のおじさんがしみじみと言う。
……うん、本物はそんな感じです。
「おかえり、おじさん! そっちの人たちは誰ですか?」
「ふっふっふ。聞いて驚け! なんと聖女様と勇者様だ!」
こちらに気が付き、ひょこひょこと少女が話しかけてくる。
「だから僕は勇者じゃなくて――」
「街道沿いでモンスターに襲われているところを、凄まじい神聖魔法で助けて貰ってなあ……」
「こんにちは、聖女・アリアです! おじさんにはお世話になってます」
ひょこっとアリアが顔を出した。
「こんな寂れた村まで、ようこそおいで下さいました。何もないところではありますが、どうぞゆっくりして行ってくださいませ!」
「小さいのにしっかりしてるね。偉い!」
アリアは屈みこみ、少女の頭を優しく撫でた。
小さい子が相手なら、アリアの人見知りは発動しないのだ。
「おやまあ、聖女様と勇者様がこんな場所まで! こんな所に立たせておくなんてとんでもない。すぐに宿屋に案内しなければ!!」
「この聖女様可愛い! お持ち帰りしたい!」
「勇者様が――!? 握手してくれ、隣町の奴にうんと自慢してやるんだ!」
(え、ちょっ。なにごと、なにごと!?)
わらわらと人が集まって来た。
その誰もが人の好さそうな笑顔を浮かべている。
「ううっ……先輩、助けて下さい!」
「アリア……。聖女だなんて大声で言ったら、こうなるに決まってるよ」
村人に囲まれ、アリアは涙目になった。
アリアは努力家だ。完璧な聖女となるために、人付き合いの苦手さも乗り越え完璧な笑顔を作り出す。
しかしキャパシティーを超えてしまうと、取り繕う余裕が無くなってくるのだ。
「ちょうど村の特産品のヒューガ・ナッツが取れたところなんですよ! 是非とも勇者様に食べて欲しいです!」
「うう……」
――今のように。
仕方ないな。
「歓迎ありがとうございます。このような素敵な村に来られて幸せです」
僕はアリアを庇うように前に出て、丁寧に頭を下げた。
彼女はぴゅーんと僕の後ろに隠れる。
(う~ん、アリアは変わらないな。最近はだいぶ良くなったと思ってたんだけど……)
幸いにしてアリアの様子に疑問を持った者は居ない。
代わりとばかりに、僕の方にも木の実の山を差した。
「バカ! ハムスターじゃないんだよ。勇者様にヒューガ・ナッツをそのまま出す馬鹿がどこにいるんだよ!?」
「その……。最近はマナ不足が酷くて、精製器の機械のメンテナンスが追いついてなくて。畑を耕すのも人力だと限界があるし――これからの作業を思うと気が重くなるな」
「マナ不足なら、僕の方でどうにか出来ると思いますよ?」
「そんな! 勇者様に雑用みたいなことをさせる訳には――!」
「気にしないで下さい。そういう裏方作業は、僕がもっとも得意とするところです」
まごうことなき本心である。
そうして僕は、村の一角に案内された。
* * *
目の前に並べられているのは、見るからにボロボロの農業用の機材たち。
「酷いもんでしょう? 整備士を雇うお金もなく、どうにか長年騙し騙しやって来ましたが――」
そう説明するのは、この機材を使って村の農家のおじさんだった。
我が子を慈しむような眼差しは、古くなった機材への思い入れを感じさせた。
(それほど状態も悪くないし、マナを注いでやるだけでも大丈夫なんじゃないかな?)
『フル・チャージ!』
体内の魔力をモノに注ぐのも、僕にとっては慣れた好意だ。
勇者パーティでは、魔導戦士の魔剣のメンテナンスも請け負っていた。
体から湧き出してくる無限にも等しい魔力を、適した形でそれぞれの機材に流し込む。汚れは反発する魔力をぶつけて浄化する。
「どうでしょうか? メンテナンス不足で錆びついていたので、ちょっと強引に魔力で洗い流してみました」
ピカーンと発光し、次の瞬間にはピカピカに磨き上げられた機材が目の前に現れた。
一瞬のことに村人たちは呆然と目をまたたく。
「な――! 動力源がいかれて諦めてたやつも復活してないか!?」
「通す魔力の属性バランス次第では、まだまだ現役ですよ」
僕は集まった人々に説明する。
「痛んでた魔法陣に手を入れたので、当分は持ちます。応急手当なので、もちろん専門の技師に見てもらうに越したことはないと思いますが……」
ひとしごと終え、充実感に汗をぬぐう。
経験のない仕事だったが、マナポーターの能力はこんな場面でも使えるのか。
集まった村人たちは、感動したような目でこちらを見つめていた。
「ど、どうしたんですか。僕はただ魔力を注いだだけですよ」
「劣化した術式の復元なんて、一流技師の仕事だろう!? それだけでなく、これほどの機材を魔力で満たすなんて……。勇者様ともなるとやっぱり違うんだな!」
「そうです! これが勇者様の力ですっ!」
アリアがドヤッと呟いた。
しかし村人からの視線が集まると、再びぴゅーんと僕の後ろに隠れてしまう。
「いやだから勇者なんかじゃ――」
(この誤解、絶対にろくなことにならないよね!?)
村人たちのアリアへの眼差しはとても柔らかい。
そして……何故か僕は、アリアを守る頼もしい勇者と認識されてしまった。
ただのマナポーターなのに。
ひとりの老人が僕たちの方に歩いてくると、深々と頭を下げた。
「これほどの技を見せつけられては、勇者と認めざるを得ません! マナ不足と農業機材の老朽化。一瞬で村を救っていただいて感謝しかありません!」
この村の村長だと名乗った老人は、感動のままの熱く語る。
「勇者だと騙って甘い汁を吸おうという輩は山ほど見てきましたした。やはり本物の勇者様ともなると、心の清らかさが違いますね!」
「ちょっと、おじいちゃん。偽物だと疑ったみたいは発言、勇者様に失礼でしょう!?」
「そうですね。あなた様は本物の勇者です」
(違うってさっきから言ってるのに!)
(アリア~!?)
この騒動の発端となったアリアを見ると、彼女はとても満足げな笑みと共に親指を立てていた。
……グーじゃないんだよ、グーじゃ。
* * *
その日はそのまま、勇者を歓迎するためのパーティが開かれた。
魔力を供給した機材を使って精製されたヒューガ・ナッツに、特産品の新鮮な野菜たちが振る舞われる。
「先輩先輩! これも美味しいですよ!」
「アリア、それお酒〜!」
「大丈夫ですよう、先輩〜? 酔いなんてヒーリングで一撃ですから〜♪」
果実酒はジュースだ。
ごくごく飲めて――気がついたら酔いが回っている危険物なのだ。
「もう、本人が酔ってたらヒーリングもなにもないよ……」
(学院の後輩と、こうしてふたりで旅をすることになるとはね……)
ジト目の僕を見て、アリアは楽しそうに笑った。
元・勇者パーティの不思議な縁。
ひとりっきりでの1からのスタートも覚悟したけれど
「なんだか不思議な縁ですね。学園だけでなくパーティ配属も同じ。追放されても、こうして一緒に旅をしてる。アリアと会えて良かったです」
「なっ、先輩!?」
アリアは驚いて目をパチクリとしたが、
「えへへ、私もです」
すぐに幸せそうに微笑むのだった。
◆◇◆◇◆
【SIDE: 勇者】
俺は頭を痛めていた。
聖女としてパーティを支えたアリアは、いくら待っても戻ってこなかった。
イシュアのような落ちこぼれはともかく、聖女を欠いたのは戦力としては大問題。
(しかし……ここでAランクダンジョン攻略を諦めると士気が下がりすぎるよな)
勇者は民衆の期待を背負っている。
いつまでも同じところに留まっている訳には行かなかった。
勇者パーティの空気は険悪だった。
イシュアが居ないことを知るや、賢者――リディルはやる気なさそうに二度寝を決め込んだ。
そして俺は今、魔導剣士の少女――ミーティアに問い詰められている。
「ちょっと、聞いてるッスか?」
「なんだよ、文句ばかり言いやがって」
「ウチは無駄死にはごめんッス。イシュア様を欠いた状態でAランクダンジョンは無理ッスよ」
「それを判断するのは貴様ではない。リーダーの俺だ」
ミーティアが、魔剣の手入れをしながら俺に言う。
「みー、わたしもそう思う。アリアも居ないから、回復も不安……」
「そこは賢者である貴様がどうにかしろ!」
否定的な意見ばかりが帰ってきて苛立ちが募る。
イシュアの言葉なら二つ返事でうなずくのに。
「どうしても行くなら、せめて魔力ポーションを買いだめるべきッス」
「そんな無駄な金を使えるか!!」
「イシュア様が居ない今、魔力ポーションは命綱ッス。有り金すべて使ってでも個数を揃えるべきッスよ」
「黙れ! 不要だと言ったら不要だ! リーダーの言うことは絶対だ。勇者パーティの地位を失いたいのか!」
カッと頭に血が上っていた。
「アラン、どうしたッスか。そんな横暴を口にするほど愚かではなかったはずッス」
「うみゅう。勇者様、すごく横暴……」
「黙れ!! 言い訳は許さん。5分で準備しろ」
上手く行かない現実への怒りをメンバーに叩きつける。
思わぬトラブルで足を取られたが、こんなところで留まってはいられない。
俺は大陸の英雄として、世界に名をはせる男なのだ。
* * *
「さすがはAランクダンジョンだ。経験値の入りも段違いだな!」
俺は聖剣を振るいながら、喝采を上げていた。
出てくるモンスターは、聖剣を使えば跡形もなく消し飛んだ。
これまでと何ら変わらないのに、経験値効率はこれまでとは段違いなのだ。
笑いが止まらなかった。
「アラン、そろそろ限界ッス。これ以上は、帰りの魔力が持たないッスよ」
そんなハイテンションに水を指すものが居た。
ミーティアは何故か魔剣をしまい、短剣を手に戦っていた。
「うみゅう、わたしもガス欠。やっぱりイシュア様が居ないと到底もたない」
リディルも杖を手にして、訴えかけるように俺に言う。
これまで起きたこともない魔力切れを恐れるなど、あまりにも勇者パーティとして情けない。
「貴様ら、たるんでるぞ! 勇者パーティの資格を剝奪されたいのか?」
そう恫喝すると、彼女たちは渋々と武器を手に取った。
その目には隠し切れない不満が覗く。
(クソっ)
邪魔者を追放して、これからはバラ色の未来が来ると思っていたのに。
どうしてこんな葬式のような空気になるのか。
「不安がる必要など、何もないだろう? 見よ、このあふれんばかりの聖剣の輝きを!」
「はいはい、さすがは勇者様ッス。でもそれは魔力あってこそッスよ」
(このダンジョンで、また1つレベルが上がって魔力上限も上がっている)
(魔力不足など、そうそう起きる筈がないではないか)
賢者の放つ魔法は、敵を一撃で倒している。
魔導剣士も魔剣を使って、サクサクと敵を斬り捨てていた。
何も変わらない。攻略は順調そのものだ。
(怪我すらしない。これなら聖女すら、もはや不要!)
そんな傲慢なことを考えながら突き進み――
ダンジョンの探索を始めて1時間。
ついに異変が訪れた。
「アラン、前方からリザードマンが3体来るッス」
魔導剣士の少女・ミーティアが、索敵スキルを駆使してモンスターの来訪を知らせる。
いつも通りの風景だ。
「任せておけ。一撃でエクスカリバーの錆にしてくれる!」
俺は不敵に笑い、腰に手を当てた。
『聖剣よ、我が求めに従って顕現せよ!』
普段のように祝詞を呟く。
それだけでユニークスキル『聖剣』が発動して、敵を殲滅するはずだったが――
「……あれえ?」
不調は突然おとずれた。
聖剣は呼びかけに答えず――
急激にやってくる全身の倦怠感。
万力で締め付けられているような激しい頭痛。
「ぐああああ……」
目の前にモンスターがいるにも関わらず、俺は思わず膝をつく。
「アラン! ――だから言ったッス!」
ミーティアが、俺を庇うように前衛に立つ。
使うのは魔剣ではなく、何の変哲もない短剣。
「おい、貴様! 魔剣はどうした?」
「あんなもの普段使いできる筈が――キャッ!」
相手は狂暴なAランクのモンスターだ。
会話している隙を見逃さず、リザードマンが剣で斬りかかった。
パワー負けしてあっさりと吹き飛ばされるミーティア。
「おい、たるんでるぞ! さっきまでは楽勝だったではないか」
「魔力さえあれば、こんな奴ら遅れは取らないッスよ。だからイシュア様抜きで攻略なんて無謀だって言ったッス」
俺の方をじーっと覗き込むリザードマン。
もはやこちらを大した脅威として見ていない。
目の前の獲物を淡々と狩る目だった。
「うわあああああああ」
生まれて初めての挫折だった。
俺は一目散に逃げ出した。
パーティメンバーを置き去りにして。
「リディル、付いて来い! 俺を守れ!!」
「ええ!? ま、待って! ミーティアがまだ戦ってる!」
「このままだと全滅だ。勇者の生存が何よりも大切だろう!!」
賢者や魔導剣士では代わりにならない。
必死に言い募るが、リディルはその場を動かない。
「戦ってる仲間を見捨てられる筈がない! そんな判断をするあなたに勇者たる権利はない」
いつもは眠たそうに、感情を表に出さないリディル。
しかし今は、普段とは打って変わって、燃えるような目でこちらを睨みつけてきた。
「私は最後まで諦めない。皆で、帰る!」
「おい、ふざけるな! 戻ってこい! 無防備な勇者がここにいるんだぞ――!」
恐怖から必死に呼びかける。
リディルはこちらを一顧だにせず、リザードマン相手に押されているミーティアのもとに飛び出していった。
「イシュア様の言いつけ。最終手段は――杖で、殴る?」
リディルは杖を構えたまま、リザードマンへと向かっていく。
詠唱することもなく何をするのかと思えば――
「はああああ――!?」
リディルは、巧みな杖捌きでリザードマンの斬撃を受け止めたではないか。
『スマッシュ・ブロー!』
さらには杖を両手持ちに切り替え、勢いよくフルスイング。
リザードマンを吹き飛ばした。
(う、うそおおおお……?)
小柄の少女のどこに、そんなパワーがあったというのか。
おおよそ「賢者」らしくない戦い方である。
「賢者にいつまでも前衛張らせる訳には行かないからね」
「ミーティア。怪我は……?」
「ポーション飲み干して無理やり治した。こんな志半ばで死ねないもん」
「うん。同感」
2人の少女は頷き合う。
「イシュア様のチートが無いと、ウチたちはこんなもの。嫌になるッスね……」
「でも……どうにか生き残れた。いざという時に備えろってアドバイスをくれたイシュア様には感謝しないと」
ボロボロになりながら、少女たちは元・パーティメンバーの名を口にした。
彼女たちの心を支えているのは勇者の俺ではない、あいつなのだ。
「アラン、撤退ッス。文句はないッスよね?」
「ミーティア。こんなやつに許可取る必要なんてない」
俺の返事を待つことすらせず、リディルはスタスタと歩き始めてしまう。
「ま、待て! 勇者である俺を置いていくなんて許さんぞ!!」
「置いてはいかないッスよ。――誰かさんとの違いッスね」
ミーティアはチクリと刺す。
逃げ出そうとしたのは事実だ。
俺は何も言い返すことは出来なかった。
* * *
「単純な剣術だけでも意外と戦えるッスね」
「魔導剣士なら半分は剣士。当たり前」
「耳が痛いッスね。今までは魔剣でゴリ押してただけ。魔法・剣術の両方が必要な魔導剣士の大変さが良く分かったッス」
(情けない。あんなのが魔導剣士と賢者の戦い方だとは……)
俺は内心で吐き捨てる。
ミーティアとリディルの戦い方は、魔力を使わない地道なもの。
そんな無様をさらしておいて、2人とも楽しそうなのは何故なのか。
『聖剣よ、我が求めに従って――ぐああああぁぁぁ……』
何度か聖剣を使おうとしたが、決まって鋭い頭痛に苛まれた。
「クソっ。どうなってるんだ……」
「だから魔力切れッスよ。後は地道に戦うしかないッス」
「ふざけるな、今まではもっと戦えただろう! 今さら魔力切れに襲われるなど、あってたまるか!!」
「今まではイシュア様の魔力供給のおかげッス」
「黙れ! その名を二度と口にするな!!」
「……もういいッス。邪魔せず黙ってれば何も言わないッスよ」
(その言い方はなんだ。俺は勇者に選ばれた男だぞ!)
(何故、そんな目で見られないといけない!?)
帰ったら新たなメンバーを募集しよう。
小生意気な奴ではなく、きちんと実力も伴った素直な人が良い。
「……なんッスか?」
「どうせ、何かろくでもないこと考えてる」
(といっても、こいつらを捨てるのも勿体ないか。見た目だけは好みだし)
(……どうしてもと頼むなら、置いておいてやるか)
もはや現実逃避にも等しい思考。
やがて待ちに待ったダンジョンの出口が見えてくる。
俺たちは、命からがらAランクダンジョンから逃げ帰るのだった。
* * *
ダンジョンから出るなり反省会を開く。
(道中の敵は、ほとんど俺が倒した)
(となればレベルは間違いなく足りている――原因はパーティメンバーだ!)
「今日のダンジョン攻略の失敗は貴様たちのせいだ。これ以上、足を引っ張ることは許さんぞ!」
「はあ!? 戦う必要もない敵に突っ込んで行って、真っ先に魔力切れで倒れたのはアランじゃないッスか!」
「黙れ! ……あれは、魔力切れではない。ちょっとタイミング悪く頭痛に襲われただけだ!」
あれはちょっとした偶然だ。
あの落ちこぼれの言うことが、真実であるはずがない。
「パーティを全滅させかけて、まだ分からないッスか!?」
「やめよ、ミーティア。こんな奴、相手にするだけ無駄」
「待て! 貴様らには、言いたいことが山ほど――!」
「……後にして。わたしもミーティアも疲れてる」
リディルは、ミーティアを連れてテントに向かう。
俺のことなど眼中にないと言わんばかり。
(クソッ。なんだって言うんだよ)
(優秀な仲間が加入したら、真っ先にクビにしてやるからな!)
こんなところで足踏みしていられない。
明日には必ずAランクダンジョンを攻略してみせる――そんな決意とともに、俺も遅れて眠りにつくのだった。
* * *
「今日こそダンジョン攻略を成功させるぞ!」
「みー、自殺志願者なの? 2日連続でダンジョンとか、さすがに無理」
「黙れ! 勇者パーティの立場を失いたいのか?」
カッとなって叫んでしまい、凍り付いた空気に気付く。
眠そうなリディルは、みるみるうちに無表情になった。
「まだ言う? わたし、イシュア様の居ないこのパーティに未練ないよ」
「なんだと!?」
「命がけで助けたミーティアにお礼の1つも無し。何様のつもりなの?」
溜まっていた不満が噴出したのだろう。
ミーティアの怒りが炎だとすれば、この少女の怒りは冷たい氷を思わせるもの。
「杖を振り回す賢者など、こっちから願い下げだ! そんなに言うなら――」
「あなたに付いていったら、いずれは命を落とす。あなたは勇者に相応しくない」
リディルの目は、本気も本気。
あからさまなパーティ崩壊の始まりであった。
(いずれ切り捨てるつもりだったが……今はまずい。まずいぞ!)
もともとは5人の勇者パーティ。
ここでリディルが抜けてしまえば残りは2人。
まるで大きなトラブルがあったようではないか。
「はいはい! どっちも冷静になるッス。ウチもしっかり休んで体制を整えるのに賛成ッスね」
「……まったく。ミーティアは優し過ぎる」
幸いにして、ミーティアが間に入ることで事なきを得た。
しかしダンジョンに再挑戦はせず、近くの村で休憩を取る方向に話が進んでいる。
その判断を覆すことは、俺には出来なかった。
「仕方ない。ここから近くの村と言えば――アクシスの村か」
「ヒューガ・ナッツが特産品らしいッスね。楽しみッス!」
「ふむ、勇者パーティが立ち寄るとなれば、きっと様々なものが献上される。ど田舎であまり期待できんがな」
「……はあ。そうッスね」
やる気のない相槌。
リディルは、興味なさそうにぽけーっと雲を眺めていた。
* * *
「ようこそ旅の方。アクシスの村にようこそ」
アクシスの村に到着した。
俺たちを出迎えたのは、恰幅の良いおばちゃんだった。
「俺はアラン、勇者をやっている。ダンジョン攻略に苦戦していてな。宿を探しているところだ」
「あれまあ。また勇者様かい?」
おばちゃんが、驚きの表情を浮かべた。
「またってことは、ここを訪れた勇者が他にいるのか?」
「ああ。あんたも知ってるのかい? 勇者・イシュア様――礼儀正しくて謙虚で、本当に素晴らしいお方だったよ」
(イシュア……だと!?)
思わず耳を疑った。
「はあ!? イシュアの野郎が勇者とか、なんの冗談だ」
「む、なんだいその言い方は。あのお方は、見ず知らずの行商人を無償で助けて、村が抱える長年の問題もあっさり解決した――まさしく英雄のような方だよ」
あの落ちこぼれに、そんな芸当は不可能だろう。
名前だけ一致している別人か?
「一緒に連れていた聖女――アリアちゃんも、すごい可愛らしい女の子でさ。お似合いだったよ。聖女様の祈祷まで授かって、一生分の奇跡を目の当たりにしたよ!」
(アリアにイシュア。間違いねえ!)
(追放した無能じゃねえか!)
何がお似合いだ。
お似合いと言うなら、勇者である俺の方だろう。
「イシュアの野郎が勇者だなんて、そんなの間違いだ。あいつは俺のパーティでも落ちこぼれの能無しで――」
「おい、あんた! 私たちの村の英雄を悪く言おうっていうのかい?」
俺が思わず否定すると、村人は目を尖らせてこちらを睨んできた。
何故、そんな目をされないといけないのか。
俺の言うことは、なにも間違っていないのに。
「イシュアは悪質な詐欺師だ。魔力を供給しているとホラばかり吹き――俺に追放された能無しだ!!」
「なっ、アラン! あんた、まさかイシュア様を……!?」
しまったと思った時には、手遅れだった。
カッとなって口に出してしまった真実を、今さら隠すことは出来ない。
「もう良い。あんたを相手にしても仕方ないからな。一番良い宿屋に案内してくれ」
「そこの道を真っすぐ進みな。一晩泊まったら、すぐに出ていくこったね」
「こんな寂れた村に用はない。そうさせて貰おう」
これ以上は話すこともない、そう言わんばかりにおばちゃんは立ち去ろうとした。
「ついでに道具屋の魔力ポーションを、いくつか融通してもらいたい。ダンジョン攻略に必要だ」
「見たところ、あまり金持ちには見えないけど払えるのかい?」
「金を取るつもりか? 勇者である俺に村人が協力するのは当然だろう?」
「アラン、なに馬鹿言ってるッスか!!」
ミーティアが、我慢できないとばかりに口を挟んできた。
「黙れ、勇者パーティの権利だろう。行使して何の問題がある?」
「特別事態ならそうッスけど今は……! ああもう、どうしてアランはいつも!」
「勇者様、人が集まってくる」
リディルが、辺りを警戒するように言った。
彼女の言うとおり、武装した村人がこちらに向かって集まってきていた。
「ボロを出したね。ほんものの勇者さまが、そんな強引な手を取るはずがない! あんたは勇者を騙って物品を巻き上げる偽勇者だね!」
「ふざけるな! 俺たちは正真正銘の勇者パーティ。偽物はイシュアの野郎だ!」
「おだまり! たとえ本物だとしても、あんたの事は信じられないね!」
「そうだそうだ! イシュア様は、魔力供給の代金すらいらないと言って下さった。あんたのような、ハナからこちらを見下してる奴とは違うんだよ!」
村人たちの怒りは凄まじかった。
「偽物は出ていけ!」
「魔力ポーションを無償で寄こせとか、ふざけんじゃねえ!」
「イシュア様を悪く言う奴は許さねえ!」
村人が総出で出てきて、口々にこちらを罵った。
更には何かを投げつけてくる――たまご、ウシのフン、さらには拳大の石まで。
「アラン、ここまで怒らせちゃったら泊まるのも無理ッス。……イシュア様のことは、ウチたちも話を聞かせて欲しいッス」
「自業自得」
(くそおおお!)
こうして俺たちは、アクシスの村を追い出された。
* * *
「アラン、イシュア様を追放したってどういうことッスか!」
村を出るなり、ミーティアが怒鳴りつけた。
俺の正面には、怒りを隠そうともしない少女がふたり。
「役立たずの無能を置いておいても、仕方あるまい。勇者パーティには相応しくないクズを追放しただけだ」
「呆れたッス。ウチたちにはイシュアは逃げ出したって嘘を付いたッスね」
「良かった。わたしたちは、イシュア様に見捨てられた訳じゃない」
「普通に考えれば、愛想付かされてるッスよ……」
ミーティアが言うと、リディルは力なくうなだれた。
「アラン、これからどうするッスか? このままAランクダンジョンにリトライしても結果は見えてるッスよ」
「うるさいな。それを今から考えるんだろう!」
思わず怒鳴りつけると、ミーティアは鼻白んだように黙り込んだ。
(余計な口出しをしないで、黙って俺の言うことを聞けば良いんだ。少しばかり可愛いからって、調子に乗るのなよ?)
それに引き換え、アリアは良かった。
聖女に相応しい微笑は、遠くから眺めているだけでも心が洗われた。
結局、あの笑みはイシュア以外に向けられることは無かったが、いつか俺こそが隣にふさわしいと分かる日が来るだろう。
「勇者様、素直に謝ってイシュア様に戻って――」
「ふざけるな!! なぜ俺があんな野郎に謝らないといけないんだ!」
控えめなリディルの言葉は、俺の神経を逆撫でした。
「ミーティア、リディル。どんな手段を使っても構わん。明日までに魔力回復ポーションを集めて――」
「ここまでッスね」
「そうだね」
俺の言葉を遮るようにして。
ふたりの少女は、パーティ証をポケットから取り出した。
勇者パーティの一員という特権階級であることを示す、誰もが羨むライセンス。
「……? 何のつもりだ?」
「お返しするッス」
「勇者、あなたにはついて行けない」
ミーティアとリディルは、カードをあっさりと突っ返した。
勇者パーティの地位も俺のことも、まるで興味ないと言わんばかりに。
「ま、待て。勇者パーティの一員だぞ? 絶対に後悔するぞ!」
「ウチは別に、死ぬのは怖くないッス。それでも――命を捧げる対象ぐらいは、自分で決めるッスよ」
「あなたはリーダーに相応しくない」
キッパリと言い切られた。
「すべての負担をイシュア様に押し付けた。イシュア様なしでは戦えないパーティなんて、元々の構造からして歪んでたんだよ」
「それなのに何も知らなかったなんて。あろうことかリーダーのアランが、そんな愚かな行為に踏み切ってたなんて――本当に失望したッスよ」
そう言い残し、ミーティアとリディルは去っていった。
二度と振り返ることはなかった。
(ふざけるな、俺は勇者だぞ……! 勇者パーティだぞ!?)
(なんでこんなことになったんだ!!)
残された俺は、地団駄を踏みながらも引き止める術を持たなかった。
イシュアへの憎しみが心に広がるが――
「待てよ?」
思いつく。
たしかにイシュアのことは追放した。
もう一度だけ、パーティに迎え入れてやると言うのはどうだろうか。
そうすれば、アリアや出ていったメンバーたちも戻ってくるだろう。
(落ちこぼれを、再び勇者パーティで雇ってやるんだ)
(泣いて喜ぶに違いない!)
そもそもイシュアは落ちこぼれではない。
イシュアの方は既に勇者パーティにまったく未練も無ければ、そもそも興味すらないのだが――そんなことをアランは知らなかったのだ。
「勇者スキル『パーティ・ディスカバリ』。居場所は――新人の街・ノービッシュか」
アリアの居場所を突き止める。
傍にはイシュアも居るはずだ。
「俺はこんなところでは終われない!」
そうして勇者は、イシュアを追って新人の街・ノービッシュへと向かうのだった。
* * *
一方、そのころ。
「今からでもイシュア様と合流する。たまたま取得してた探知スキルと、たまたま持ってた髪の毛を使って」
「奇遇ッスね! ウチも探知スキルと――偶然にも! イシュア様のハンカチがここに!」
「みー。偶然……?」
「偶然ッスよ」
「そ、そう」
ミーティアとリディルも探知スキルを使っていた。
そうして行き先を探り――
「行き先は、新人の街・ノービッシュみたいッスね!」
イシュア、あっさりと捕捉される!
そうして少女2人もノービッシュに向かう。
尊敬してやまないイシュアと合流するために。
「イシュア様の魔力が恋しい。またいっぱいなでなでして欲しい……」
「抜け駆けはNGッス!」
「うみゅう、いつもミーティアばっかり。ずるい」
「う、ウチは魔剣のメンテをしてもらってるだけッス! 何もやましいところはないッス!」
そんな軽口を叩き合いながら。
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