吸血鬼が人間に運命を感じてはいけませんか
僕の一日は普通であり特別だ。
初めに言っておくが、僕は吸血鬼だ。
でも、少しだけ変わった吸血鬼である。
一日の始まりは、朝四時に起きカーテンは開けずに部屋の電気をつける。
そして、洗面台へと向かい顔を洗い台所へと向かいエプロンを着て、朝食とお弁当を作り始める。
朝五時になると、隣の部屋から携帯のアラームが鳴るがすぐに止まる。
しかし、再び鳴り出し、また止まるが繰り返される事五回目に部屋の扉が開き、寝ぼけている御主人が姿を現す。
「おはようカナデ。まずは顔を洗ってきたらどうだい?」
「うぅ……うん……そうするわ」
カナデは、寝ぼけながら返事をし洗面台へ向かうがその途中で壁に当たりそうになる。
だが、それはいつもの事なので、僕が彼女の手を握り洗面台へ案内した。
その後は、タオルや化粧水などの準備をして彼女に一声かけて台所へと戻るのが日課である。
朝6時には、彼女の支度が終わり朝食を共にとる。
「はい、今日のお弁当。あと、水筒も忘れずにね。最近暑いからね」
「うん、ありがとうソウジ。それより、体調に問題ない? 君、吸血鬼なんだから自分の心配をもっとしなさい。少し私の事に構いすぎよ」
「そう言われても、貴方が僕を受け入れてくれたからこその、今だからね」
少し困った表情で彼女へ答えると、紅茶を一口飲んでため息をついた。
「まぁ、少しは自分の事を大切にしなさいよ」
そう言うとカナデが席から立ち上がり、お弁当と水筒を鞄へ入れ玄関へと向かう。
僕もその後ろについて行き、カナデが靴を履いて振り返る。
「それじゃ、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
カナデを送り出す言葉を言ったが、カナデは僕の方を見たまま動かなかった。
するとカナデは、左手で右側のセミロングの髪を後ろで抑え、首を僕の方に突き出した。
「え?」
「え? じゃないでしょ。今日分の活力吸血してないでしょ。それしないと君、倒れるじゃない」
「いやいやいや、仕事行く前に吸血なんてしたらカナデさんが…」
「何を今更! 君、以前吸血しなくて帰って来たら、死にかけてたでしょ! だから、早くしなさい命令よ」
「…分かりました」
僕は首を出したカナデを両手で掴み引き寄せた。
「いきますよ」
「いちいちそんな事言わないでいいから、早くして」
カナデは少し顔を赤らめてソッポを向く。
僕は、ゆっくり口を開けてカナデの首筋に甘噛みをする。
「あんっ…んうっん…」
カナデは声を我慢しているが、それが少し色っぽく感じこちらも勝手に恥ずかしくなる。
一分程して僕は耐えられず吸血を止め、離れた。
「も、もう充分です。今日分はいただけたので」
吸血し正気を貰えたが、唇は乾き心臓の鼓動が早くなっていた。
それに、少し早口で言い返してしまいカナデは、そんな僕を見透かしていたのか、優しく微笑みながら答えた。
「そう。ならいいわ。それじゃ、行ってくるわ」
そう言って玄関のドアを開け、仕事へと向かって行った。
ドアが閉まると僕は、その場に座り込んだ。
「うぅー、恥ずかし過ぎる! 毎回僕だけなのか、こんな気持ちになるのは!? カナデは、恥ずかしくないのかな? 血の吸血が出来ない僕に、活力くれるのはありがたいけど、カナデに申し訳ないからあまりしたくないんだよな」
僕は一人で悶絶する様に、考えているとリビングの方で朝七時のアラームが鳴った。
そして僕は両頬を軽く叩いて立ち上がる。
「もう七時だ、まずはやる事やってしまおう!」
そうして僕は、朝食の食器を片付け、洗濯機へと向かった。
その後は、洗濯物を干し、部屋の掃除やお風呂洗いなどを行った。
時間は午後3時、ここからが一番の難関である買い物へと出掛ける支度をする。
買い物はいつも命がけと言っても問題ない。
なんせ僕は、人間ではなく吸血鬼なのだから、何の対策もせずに日の光を長時間浴びたら死ぬかもしれない死活問題だ。
まぁ、本当に日の光を浴びたら死ぬのかは分からないが、可能性があるものは十分に対策するのが僕のモットーだ。
リビングの机にアームカバー、帽子、サングラスを準備し手や顔に日焼け止めを塗る。
そして、準備した物を全て装備しいつもの商店街へと出発する。
なるべく日陰を歩いて向かう為、商店街に着いた時には午後4時を回っていた。
「今日は一層暑いな…」
日陰で夕飯の食材リストを見ていると、よく食材を買う魚屋のランさんに声をかけられた。
「よぉ! 吸血鬼のにいちゃん!」
「っ!?」
すぐさまランさんへ駆け寄り、小声で僕の正体を大声で言わないように注意する。
するとランさんは、笑いながら答えた。
「へぇ? 大丈夫大丈夫。にいちゃんが、吸血鬼だなんて誰も気にしちゃいないよ! それより、今日の夕飯にうちの魚はどうよ!」
「いや、気にしちゃいないとかでは、なくてですね、そう言うのが…まぁ、いいです」
ランさんは、笑顔で軽く謝ると今日のオススメを話し出す。
僕は、今日は魚を使わない夕飯と言い出そうとすると、後方の肉屋のオオサキさんが、大声で声を掛けてきた。
「ソウジさん、その魚屋で買うのは辞めときな! 自分の事しか考えない、頑固ジジイなんだから!」
「あぁ! 何か言ったか、肉婆!」
「にく…お前さんね、女性に言う言葉じゃないよ、クソジジイ!」
「おーい! もう悪口じゃねか!」
魚屋のランさんと肉屋のオオサキさんのいつものケンカが始まり、間に挟まれてしまった僕は小さくため息をついた。
すると、魚屋の奥から息子さんが出て来て、ランさんを止めると、肉屋の方の奥からも娘さんが出て来て、オオサキさんを止めた。
周囲には、いつものケンカを見て笑う商店街の人達がおり、ケンカが終わると談笑しながら買い物へと戻って行った。
「すいません、ソウジさん。いつもオヤジのケンカに巻き込んじゃって。これ、よかったら貰って下さい。ソウジさんには、いつも買ってもらってるんで」
「いやいや、そんな貰うわけにはいかないですよ。それに今日の夕飯は、魚は使わないんで」
ランさんの息子さんは、少し落ち込んでいた。
「でも、明日は魚にしようと思うんで、その時に新鮮なのいただきます」
ランさんの息子さんに、笑顔でお礼を言われた後、そのままオオサキさんの肉屋へと足を運んだ。
そこでは、オオサキさんの娘さんが対応してくれた。
「ソウジさん、うちの母がすいません。それで、今日は何をお求めですか」
それから、ちょっとした雑談をし、夕飯の食材を買い残りの食材も他の場所で買った後家へと帰宅した。
帰宅したら、午後五時三十分を回っていた。
帰宅時に買い物へ出かける前に予約していたご飯が、ちょうど出来上がっていた。
「よしよし、ご飯はよし。先に洗濯物を取り込んで夕飯作るか」
それから三十分で、洗濯物を取り込みたたみ終えてから夕飯に着手した。
夕飯も大半完成させ、机に並べた後、調理器具を洗っている所でインターホンが鳴る。
すぐさま手を拭き、画面で彼女が帰って来た事を確認して玄関のドアを開けると、彼女が倒れる様に抱きついて来た。
「ただいま~ソウジ~」
「おかえり、カナデ。今日もお疲れ様」
僕は彼女から鞄を取り、上着も脱がせ洗面台へと向かわせた。
その間に、鞄からお弁当と水筒を取り出し、いつもの場所へと起き上着もハンガーへと掛けた。
「ソウジ~今日のご飯は何~」
「今日のメインはメンチカツだよ」
カナデが洗面台から疲れた感じで歩いて、夕飯の並んだ机の前の椅子へと座った。
「はい、ストップ」
「何よ」
カナデは、夕飯を食べようとした所を僕に止められ頬を膨らませた。
「明日休みだからって、夕飯先に食べない。食べたら眠くなるんだから、先にお風呂に行く」
「うぅ~分かったわよ」
渋々お風呂場へと向かい、三十分後スッキリした彼女と共に夕飯を食べた。
午後八時、食後の食器は食器洗いへと入れ、買い物時に買った、彼女の好きなアイスを渡した。
僕はお茶を飲みながら、美味しそうにアイスを食べる姿を眺める。
その後、テレビを見て雑談をした後、TV対戦ゲームで楽しんだ。
午後十一時には、就寝の時間となり各自の部屋で眠りに入る。
だけど僕は、就寝前に必ず両眼を確認する。
吸血鬼として、両眼が赤ければ栄養が足りていないか、命に関わる病気の前兆なので一日の終りに確認している。
「少し下の方が赤いが、問題はなさそうだな」
もし、赤くなった際には、血を吸う本来の吸血行為をしなければならないので気を付けている。
それで一度、カナデには申し訳ない事をしてしまっている為、もう迷惑をかけたくはないから毎日確認しているのだ。
そうして、僕の一日は終わる。
これが僕の日常であり、カナデと和気藹々と暮らせる特別な日々である。
「なーんて、恥ずかしい物を書いているのかしら、この人は…」
ソウジは完全に寝てしまっている。
そんな部屋にソウジの顔に覆いかぶさる様に人影があった。
「全く、見てるこっちが赤くなっちゃうわよ。あーもう我慢できない、少し早いけど今日分ね」
そう小さく呟いて私は、ソウジの首元に口元を近付ける。
そのまま、甘噛みをし吸血をする。
「っう…あぁっ、うっ…」
吸血が終わると私は、ソウジの首元から離れる。
ソウジは目覚めることなく熟睡したままだった。
私は気持ち良さそうな寝顔を見て、ツンツンと指で突いて楽しんだ。
「あーこういう所も可愛いな。元は私のせいでもあるけど、自分を吸血鬼だと思ってる所もいい」
口元を押さえながら、グッドポーズを壁に向かって突き出す。
「ひとまず今日分の吸血はしたし、もう少し寝顔を見てようかな」
こうやって、まじまじとソウジの事を見てると二年前の事を思い出すな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
――二年前。
私は目を充血したまま、夜中の道端をフラフラ歩いて、吸血出来そうな人間を探していた。
もう一週間、吸血出来ずにおり、体調も悪くもう目もかすみががり、足元もおぼつかずにいた。
「もう…無理…」
近くの公園へと入り、ブランコに座りうなだれる。
ブランコに揺られながら、ストックしていた分も尽き、遂にここで私の人生も終わるんだと思っていた。
「最後に誰でもいいから、優しく声でも掛けてくれないかなー」
「君、こんな夜中に何しているんだ?」
突然話しかけられた事に、私は驚きブランコから落ちそうになる。
次の瞬間、視界が歪みだす。
「(あれ? ブランコからは落ちてないはずなのに…)」
私に声を掛けてくれた人が、何か焦りながら声を掛け駆け寄って来る。
が、何も聞こえずに、意識が遠のいていった。
次に目を覚ますと、何処からか調理する音が聞こえて来た。
その場から起き上がり、正面のドアを開けた。
「ん? 起きたのか。とりあえず、そこの椅子に座って待ってろ。もうすぐできる」
言われるがまな私は、指示された椅子へと向かい座る。
ここは何処なのかキョロキョロと周囲を見回していると、正面の机に二つのお椀を置かれる。
「簡単だが、味噌汁と白米だ。俺も飯食うから、食ってから話は聞かせてもらうからな」
目の前の男は、私の正面に座り手を合わせると食事を始めた。
よく顔を見るとさっき私に声を掛けて来た人物だと分かり驚き、声を出そうとした時だった。
ぐぅう~
と私のお腹が先に鳴り、恥ずかしくなり咄嗟に下を向いた。
「何してんだ、早く食べちまえよ」
男は、黙々と食事を続けると、私も自分の食欲を満たす為に出された食事に勢いよくがっついた。
その姿は、傍から見たら汚い食べ方だった。
だが、男は私に何も言うことなく食事を続けた。
数分後、食事を終えると男が私に出した分のお椀を回収し洗い終えると、また私の前に座る。
「それで、君はあんな時間に何をしてたのかな?」
「……」
誰だが知らないが、助けてもらった事には感謝している。
が、私の正体がバレる訳にはいかないので、ひとまず黙り続けた。
すると男が、勝手に自己紹介を始めた。
男の名は、タネザキソウジと言い、年齢が二十七らしい。
年齢の割に若く見てたので、私は少し驚いた。
その後も、仕事の話や私を通報せずに連れて来た理由を勝手に話し続けた。
まさか、連れて来た理由が通報したら事情聴取とか言うものが面倒で、ゆっくり家で休めないからと言う理由には驚いた。
普通、連れて来る方が危ないし面倒ごとだろっと自分を棚に上げ、心の中でソウジに突っ込んだ。
「さてと、何も話してくれそうにないなら、それでもいいや。とりあえず今日は泊まってけよ。今から追い出すほど、嫌なやつじゃねぇよ」
ソウジはそう言って立ち上がり、何処かへと歩いて行った。
数分後、シャワーの音が聞こえて来たのでお風呂に入っていると分かった。
すると突然、吸血衝動に襲われる。
「(マズい、人間に会って補給出来ていなかった血を求めているのか)」
だが、私は何故かその衝動に抗っていた。
自分でも分からないが、普通正常な行動なので抗う必要はないが、何故かあの人間への吸血はしたくないと頭で思っている。
そんな体と意識のズレから、突然張っていた糸が切れた様に、私はその場に倒れ意識を失った。
「何か今、物音がしたが大丈……って、何でそんな所で倒れてんだ!」
ソウジは駆け寄り、体を揺らして声をかけるも反応がなかった。
だが、息と脈は確認したのでひとまず部屋へと運ぼうと背負った時だった。
突然、彼女が目覚めると首筋目掛けかぶりついてきたのだ。
「ぐっ!」
ソウジは、突然の事に驚きその場に崩れる様に倒れた。
しかし、彼女はソウジの首筋に噛み付いたまま離れず、次にはそこから流れ出る血を吸い始めた。
「お前……それは……」
そこでソウジの意識はなくなった。
彼女が、吸血し終わるとそこでやっと自我を取り戻し、事態を理解した。
「やってしまった……」
私は呆然とその場で立ち尽くした。
昔から血が足りなくなると、無意識で命を守る為に吸血をすると教えられていた事を思い出した。
その場で、この後どうすればいいのか思い付かずに、右往左往した後に思いつく。
「そうだ、逃げればいいんだ」
そんな簡単な事に、すぐに気付かずにいた自分が馬鹿だと軽く思いながら、窓へと近付いてふと思い出す。
「あれ? そう言えば、何で契約してない人間の血を吸っても普通にしてられるんだ私?」
吸血鬼は本来、吸血する為に、吸血相手と契約をする。
そうしなければ、どんな相手から吸血しようが体が受け付けずに吐き出してしまう。
それは、無意識下でも同じである。
だけども、私は目の前のソウジと言う男と契約してもいないのに吸血を行った。
だが、体から拒否反応が出なかった。
「いやいやいや、おかしいぞ。あり得ないだろ。契約もしてないのに、体が拒否をしない……はっ! ま、まさか」
そこで、私はとある例外を思い出す。
それは『運命の吸血相手』であるという例外であった。
簡単に言えば、何から何まで相性最高の相手であり、出会ったならば逃してはいけないと教わった、正しく運命の相手である。
「こ、ここここ、ここいこいこい、こいつが、私の運命の人」
その場でしゃがみ込み、色々と悩み考えた挙句、私は立ち上がり窓のカーテンを閉めた。
「と、とりあえず、助けてもらった恩を仇で返す訳にもいかないし、もう少し一緒にいてみようかな」
動揺しながら、何故か誰もいないのに言い訳するように独り言を言う。
その後、倒れているソウジを運ぼうとしたが、ひ弱な私だけで運ぶ事は出来なかったので、冷えない様に布団だけ掛けて次の日を迎えた。
「なるほど。だいたい理解した。それで、お前は俺を吸血した結果どうするんだ? 一緒に居続けるのか?」
「え、もうそこなの!? 先に吸血鬼とかに驚いたり、気持ち悪がったりするでしょ!」
「何で今更、吸血鬼に驚くんだよ。今の世の中、何があっても不思議じゃないだろ」
「(いやいや、普通じゃないから)」
私はソウジの反応に少し、呆れだが自分の事を受け入れてくれているソウジに、少し安心していた。
吸血鬼と知って、普通に接してくれる人などいなかったし、そんな人間が現れるとも思っていなかった。
その後、私はソウジの言葉に甘えて、運命の相手であるということを伏せたまま、生活させてもらう事にした。
伏せた理由は、単純にソウジに運命の相手と言うのが恥ずかしかったからだ。
吸血については、数滴だけ貰えれば問題ない様に一日ずつ数量の血を貰い、その分手伝える家事などをやったが上手くできなかった。
今まで家事などやったこともなかったので、今考えれな当たり前の結果だった。
そんな生活も半月も続き、相手の性格や考え方など分かり始めていた。
そこで、そろそろ運命の相手という事を打ち明けて、改めて契約をしようと思い立ったある日に事件は起きた。
その日は、曇りでソウジと共に買い物へと出掛けていた。
買い物の帰りに、袋から食材がこぼれ落ち私が追って行った先で、私は曲がり角を突然飛び出してしまった。
そこへ迫るトラックが目に入った。
突然の事に反応出来ずに立ち尽くし、このままトラックと衝突して跳ねられ死んでしまうのだと思い、目を瞑った。
次の瞬間、トラックのブレーキ音と同時に私は後ろから走って来たソウジに突き飛ばされていた。
そしてソウジは、私の代わりにトラックに跳ねられていた。
それからの出来事は、曖昧にしか覚えていない。
ソウジからは、赤い血が流れ出て、トラックの運転手も動揺していた。
周囲には、すぐに野次馬が集まって来てもいたが、誰も近寄ろうとせず距離を取ったまま見ているだけだった。
数分後、救急車などがやって来て、ソウジは運ばれて行ってしまう。
私は、ただそれを遠くから見つめている事しか、出来なかった。
その後、一人でソウジの部屋へと帰り、蹲って自分を責め続けた。
彼をあんな運命にしてしまったのは、自分だと。
今日外に行こうと言う誘いを断っていれば、こうならなかったと。
私と出会っていなければ、あんな事にはならなかったと。
私は、ただただ後悔し涙を流すだけだった。
涙も枯れ、虚にただソウジの部屋を眺めていた私は、此処にいても意味がないと思い立ち上がり、歩き出すと机の脚に、足の小指をぶつけた。
「っっいいっ!」
声にならない痛みに、私はその場でぶつけた小指を握ると同時に、小さい石が服から落ち転がった。
その石を見て、ふととある事を思い出す。
「そうだ、あれなら元に戻せるかもしれない!」
私はそのまま部屋を飛び出てソウジの血の匂いを辿った。
そして、事故後に運ばれた病院の一室で意識が未だないソウジを見つける。
私は、ソウジへと近付きポケットから緑色に淡く光る小さな石を取り出す。
「(この、わけ石の伝承が正しければ、私の魂と半分変えられるはず)」
わけ石の伝承は、わけ石を飲み込み、相手と口づけする事で互いの魂を半分入れ替えられる。
すると、魂が生まれ変わる事で体も生まれ変わると言う伝承である。
私は、そんな伝承にすがり、それがソウジを救える唯一の手段だと信じわけ石を飲み込む。
そのままゆっくりとソウジの口元に顔を近付け目を瞑って、優しくソウジと唇を重ねた。
「んっぁ…はぁ……はぁ……」
ソウジから離れると、自分の耳の付け根まで熱く感じそのまま病室を飛び出した。
「こら! 病院の廊下は走らない! 全く今時走る人なんてまだいるのね。タネザキさーん、入りますね」
看護婦はドアをノックし、ソウジの部屋に入る。
そして、室内で機器などをチェックしている際に、ソウジが目を覚ました事に気付く。
すぐさまナースコールが押され、先生がやって来た。
二か月後、傷も治り異常が無いことから退院となる。
だが、ソウジは自分の家に帰る事なく、公園に立ち寄りベンチに座りボーっとしていた。
「僕は何で、病院にいたんだ? もしかして、吸血出来ずに倒れたのか? 何にしろ早く契約者を探さないと」
ベンチから立ち上がり、公園の出口に向かうと見知らぬ女性に、呼び止められた。
「タネザキソウジ。いいえ、吸血鬼さん」
「っ! 何でその事を!」
ソウジは、呼び止められた女性に迫り理由を尋ねる。
「私はカナデ。君が探している、契約者よ」
「えっ! あ、貴方が僕の契約者なのか!?」
「そっ。君ったら、いきなり吸血した途端、逃げる様に何処かに行っちゃうんだもん。それにこの紋章消えないんだけど、どうしてくれるの!」
僕は、まじかで突き出された手の甲の紋章を見つめ、間違いなく契約者の紋章であると理解した。
それに、目の前の綺麗な女性に自分が吸血した事実に驚いてしまった。
「とりあえず、私の家で詳しく話を聞こじゃないか」
その後、カナデの家に招かれ部屋に入ると何故か、懐かしい気がした。
が、すぐにそんな事も忘れてしまった。
理由は、部屋が少しいいや、やかなり汚い部屋だったからだ。
そして話している内に何故か彼女は、吸血鬼に詳しく僕が吸血出来ない事も知っていた。
理由を尋ねると、彼女は僕から聞いたと答えだが、僕にその記憶がなく彼女を少し疑うが、手の甲の紋章が目に入る。
「(紋章が付いていると言うのが、僕と出会ってる証拠であり、僕の気持ちの弱さから、無関係に巻き込んでしまったわけだよな)」
その場で大きく息を吸って、吐いた。
そして彼女に頭を下げた。
「ちょっ、ちょっと、どういうつもり?」
「まずは、貴方に迷惑をかけた事を謝らせてくれ。本当にすまなかった。記憶が曖昧で覚えていないが、その紋章がある事が貴方を吸血した証拠だ」
顔を上げると、彼女は少し戸惑った表情をしていた。
それから、カナデに丁寧に紋章の意味やどう言う状況かを教えた。
「要約すると、私は君の御主人様って事ね。ふむふむ。それじゃ、今日から貴方は私の家政婦としてここで暮らしなさい」
「へ? 家政婦? 僕が貴方の?」
「そうよ。だって、君が生きて行く為の吸血契約関係になったんでしょ。なら、一緒に暮らすのが君の危険もなくて安全じゃない。それで、私が仕事してる時に家の事してくれたら、どっちもウィンウィンでしょ」
カナデの少し偉そうに発言したが、僕はその場で腕組みして悩んだあげく、今後の行く当てもないことから、条件付きでカナデの案に乗る事にした。
「条件は、僕が貴方の同意なくした吸血契約を解除するまでとさせてくれ。契約解除の方法は、まだ分からないが、必ずこの契約を解除する。それまでは、貴方が僕の御主人だ」
すると何故か、カナデはほっとした表情を一瞬見せる。
「分かった、それでいいわ。それじゃ、これからよろしくね、ソウジ」
目の前に出されたカナデの片手に、僕も片手を突き出しカナデの手を握った。
「こちらこそ、改めてお世話になるよ、御主人」
「ん、その御主人はなしね! 名前で、カナデって呼んで」
「うっ、あ、主でもダメか?」
「ダメ!」
「……分かった。か、カナデ……さん」
いきなり女性を呼び捨てするのが、恥ずかしくさん付けで呼ぶと、カナデは頬を膨らませた。
そのまま睨みつけるカナデに、僕は根負けし言われた通りに呼んだ。
そして、僕とカナデの生活が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ~懐かしいなぁ。もう二年も経つのね」
私は、眠るソウジを見つめながら、出会った時から今までの思い出に浸っていた。
「貴方は、わけ石の影響で私の記憶が混じって、吸血鬼と思いこんでいると知った時は驚いたんだよ。それより前の記憶は、全然覚えてないし。私の方は全部覚えてて、今じゃ貴方の職場で代わりに働き続けているんだぞ。分かってるのか~」
ぐりぐりと、ソウジの頬を人差し指で押し込むと、ソウジが少し唸る。
「でも、貴方が無事に帰って来てくれただけで、私は嬉しいよ。後は、互いに吸血を続け魂が元に戻るのを待つだけね。それで元通りになれば、お別れの時ね」
最後に私は、ソウジに吸血した首筋に薬を塗り、跡を消して部屋を後にした。
次の日、突然のトラブルで会社へ行く事になった私は、ソウジに活力の吸血をさせて、会社へと向かった。
一方、残ったソウジは玄関で立ち尽くしていた。
いつもの吸血を行いカナデを見送った直後、脳裏に知らない記憶が蘇ったのだ。
「僕は……いや、俺は確か、カナデを庇ってトラックに跳ねられた……っん? 紙切れか?」
玄関に四つ折りの紙切れを見つけた拾い上げ、中身を見た。
「わけ石の戻し方? 互いに吸血し合い、自身の血や活力などを元の体へ戻す事で戻る。なんだ、これ?」
ソウジは拾った紙切れを持ち、フラフラした足取りでリビングへと向かった。
その時、突然の頭痛に襲われ痛みに耐えきれず、ソファーへと倒れてしまうが、数分後、再び目を覚ます。
「あれ、僕は何でソファーで寝てたんだ? とりあえず、夕飯どうするか考えなくちゃ」
先程の頭痛がなかった様にすぐに立ち上がると、冷蔵庫に向かう。
そのソウジの手には、玄関で拾った紙切れは持っていなかった。
その紙切れは、ソファーに倒れた際に、偶然ソファーの下へと流されていたのだった。
後に、この紙切れが見つかった事で、ソウジとカナデの関係が再び大きく変わるのだが、それはまた別のお話。
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