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第2話 それは無垢との出会い

 むせ返るような緑とコンクリートの匂い。キャンバスに青い絵の具を塗りたくったような空。太陽はすごく眩しくて、私は思わず目を細めたんだと思う。


 蝉の声がノイズのように走る中、すすり泣くような音が聞こえてきて。私は思わず視線を少し下に向けた。


「……ねぇ、君は迷子なの?」


 少年がいた。今にも泣き出してしまいそうな少年がいた。私はその子に近づいて、声をかけたんだっけ。


 すごく昔のことだから、もうほとんど覚えていない。でも、その日から私と彼が友達になったということは覚えている。



 ****



「あぁ、やっぱりあなたは迷子なんだね」


 あの日と同じ。地上はどうしようもないくらい暑くて、クーラー無しだと熱中症で倒れちゃうくらい。でもこっち側はとても涼しくて。


 迷い込むにはすごく良い場所で。


「あの……誰、ですか?」


「私はあなたを向こう側に案内する()使()。まぁ、どこにでもいるような誰かだよ」


 ううん。今はあの時とは違う。君はあの時の迷子だけど、あの時の迷子そのものじゃないんだ。


「……それで、ここはどこなんですか?」


 変声期を迎えてすらいない高い声。男の子にも女の子にも見えてしまう顔。初めて会った時とほとんど同じ姿の君。でも中身は真っ白で、嫌でも違うって認識させられる。


「うーん、しいて言うなら天国かなぁ。でもそんなに良いところじゃないよ。ただ消えるのを待つだけの場所なんてね」


「消えるんですか……僕が?」


 あぁ。やっぱりそうなんだ。私がここに閉じ込められてから見る、数千人目の迷子。彼もここのルールの例外ではなくて。


 現世の記憶は多分綺麗さっぱり消えていて。


「正確には心残りが無くなったら……だけどね」


 やり残したこともきっと、忘れている。


「意味がわからない、です。いきなり天国とか消えるとか言われても」


「……うん。そうだよね。じゃあ一緒に探さないかい? あなたがここに迷い込んじゃった理由を。どうせ最後には消えちゃうんだからさ、未練は断ち切っておいた方がいいと思うよ」


 だから、だろうか。私の唇は私の意思に反してこんな言葉を紡ぎだしてしまう。これで断ち切れるのは彼の未練じゃなくて私の未練。そんなこと、もちろんわかっている。


 それに、これは私が彼の隣にいるための口実ってことも。


「あー、突然過ぎた……かな。まぁ、こんな所で立ち話するのもアレだから。とりあえず落ち着ける所に行こっか」


 うつむいたままの君。無垢で真っ白な少年。私がかつて……ううん、今も愛してやまない人。


「あなたが今どうなってるのか、元々どんな人だったのか。色々と話しておかないといけないことがあるからね」


 本当は今すぐ感動的な再開と行きたいところだけど、君が私のことを知らないなら意味がない。突然不審者に襲われるのとそこまで変わらない状況になってしまう。


「手、借りてもいい?」


 だからこうして余所余所しく許可まで取って。そのまま私と彼は、大空へと舞っていくのであった。




「天使っていう方々はみんなあなたのようにお人好し、なんですか?」


 何も邪魔する物がない大空。私の鼓膜を震わすのは、背中から生えている翼が空を叩く音と彼の鈴のような声だけ。


「いやぁ。私だけなんじゃないかな、こんなことするやつは。人の形をしてはいるけど、本来はただのシステムだよ。純白にして無垢。都合のいいお人形以上の価値は持ってないし」


 どこまでも空っぽな私の音。そこらじゅうに嘘を練り込んで作った甘い味。本当はどろどろとした何かが流れているというのに。


「そう……なんですね」


 人間らしい感情は全部心の奥底に閉じ込めて、純粋無垢を気取るだけの不良品。それが今の私。


 カラフルな油絵の表面に真っ白な絵の具を塗りたくって作っただけの白。色を塗ってくれたのは、まだ生きていた頃の君。


 薄れていく意識の中で最後に聞いたのも、君の声だったっけ。今とは違って低い声だったけれど。真っ白なベッドの横で、君は泣いてたんだっけ。


「……もうすぐ降りるからしっかり捕まっといて」


 もう置いていきたくない。君を離したくない。私が彼の手を握る力は無意識の内に強くなっていく。もちろん、彼が痛いと感じない程度ではあるが。

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