19
ダークエルフの子は、怯えたようだった。
そんな怖い顔はしていないんだけどなぁ。
それでも、あたしの質問に答えてくれた。
「この子は、ツグミです。
種族は、鵺、です。キメラ種です」
「ツグミちゃんかぁ、あ、こっちはタマ。
スライムです。ほら、タマ、ツグミちゃんにご挨拶」
あたしの指示にタマは、
「テュケっ!」
そう一声鳴いて、ツグミちゃんを見た。
「テュケるる〜!」
「ピ、ピューイ?」
ツグミちゃんが戸惑ったのか、鳴いた。
とても不思議な鳴き声だった。
姿形は獣のそれなのに、とても鳥っぽい。
ただ飼い主と違っておどおどした様子は無い。
「可愛いですねぇ。撫でても良いですか?」
我慢出来なかった。
大丈夫、大丈夫だ。
これくらいじゃ、きっと目立たない。
いや、そもそもお話みたいな展開なんてそうそう起こるわけない。
だってほかの人たちも、見てるとこういう交流してるし。
ただ、さっきからすんごい殺気じみた視線感じるんだよなぁ。
「え、あ、はい。どうぞ」
ツグミちゃんが、つぶらな瞳であたしを見返してくる。
許可を得られたので、あたしは遠慮なくツグミちゃんを撫で撫でした。
そして、同時にそれとなく刺さる視線の元を探してみた。
ちくしょう、本当ならこのもふもふに一点集中したいというのに。
悪意と殺気じみた視線のせいで集中できん。
あたしは、その視線の元を見つけた。
駅でデタラメを言ってきた、あのエルフだった。
またお前か。
なんで、ジーンさんとちょっと話しただけで目の敵にされなければならないんだ。
というか。
あたしは、エルフの子の視線があたしより少しズレていることに気づいた。
その視線の先には、ツグミちゃんの飼い主。
ははぁ。なるほど。
これはこれは。
あたしは、ツグミちゃんの飼い主に同情してしまう。
そこから、開会式が始まるまでの数分間あたし達はそれぞれ自己紹介をした。
ツグミちゃんの飼い主であるダークエルフの子は、名前をエリスと言うらしい。
終始おどおどしていたものの、タマを撫でてもらったら少しだけその表情がやわらいだ。
でも、すぐに曇った。
それから開会式が始まって、偉い人がなにやら話をして、終わった。
基本偉い人の話は退屈だと相場が決まってるので、あたしは聞き流した。
それから、話が終わり各自それぞれ受けたい講座の教室へ移動する。
あたしも、移動しようとした。
でも、
「あ、あの!」
あたしの服をエリスちゃんが掴んで、呼び止める。
「はい?」
「こ、心細いんで、その、一緒に行きませんか?」
そう言ったエリスちゃんの顔は、今にも泣きそうなほど哀れなものだった。
あーあー、もう。
そんな泣きそうな顔するなら、声なんて掛けなきゃいいのに。
いや、そんな選択肢が無かったのか。
無いんじゃなくて、出来なかったか。
あたしは、エリスちゃんの足元でちょこんと座っている、ツグミちゃんを見た。
はぁ、ま、いいか。
妹と同い年くらいの子だ。
マリーも、こんな風に素直ならまだ可愛げがあるのに。
「いいよ。あたし初参加だし」
あたしは頭を掻きながらそう口にした。
そして、視線をあの名前も知らないエルフへと、開会式の間も飽きること無くこちらを睨みつけていたエルフへと向けた。
そこには、実に厭な笑みを浮かべるあのエルフがいた。
目は口ほどにものを言う、なんて言葉がある。
その言葉の通りに、その目が言っている。
『身の程を知れ』
『辱めてやる』
『恥をかかせてやる』
たぶん、そんなところじゃないかなぁと思う。
そう目が語っていた。
マリーがいたら楽しんでいたことだろう。
あたしとしては、このもふもふ天国を満喫したいので、邪魔しないで欲しいところだ。
でも、この天国の中にも地獄があるようで。
ほんと、勘弁してほしい。
あたしは小さく息を吐き出して、抱いていたタマを撫でた。
そして、この数分後。
あたしは、大きくため息を吐くことになる。
仕方ないといえば、仕方ない。
だってツグミちゃんを撫で撫で、もふもふさせて貰ったから。
そのお礼だ。
マリーがいたらきっと、
『俺TUEEEE主人公あるあるの、ヤレヤレってやつだ!』
と大はしゃぎしたことだろう。
物語としては、そのヤレヤレ場面は普通に好きだ。
最近ちょっと、そういう作品多くて正直飽きてきたけど。
でも、ヤレヤレができるほどあたしは優秀でも、有能でもない。
なによりも、マリーのように魔力はあれども魔法が使えない。
エリーゼのように、吸血鬼が持つとされる怪力も無ければ体も頑丈ではない。
鑑定した結果、判明した【言霊使い】の能力については使いこなせていない。
こんな詰んだ状態で、エルフの嫌がらせを真っ向から受け流せるわけはない。
だから、あたしはエリスちゃんへ、ツグミちゃんをモフモフさせてくれたお礼として、敢えて恥をかくしかない。