第6話 対戦相手を探そう
SOHの対戦相手を探すため、新はバトルエリアに指定されている緑風公園の中を歩き始めた。
綺麗な石畳を踏みながら公園の中を見回す。
公園とはいえ遊具があるわけではないので、どこに立っていてもわずかに頭を動かすだけで園内を見渡すことができた。
すでに何組か対戦している人間もいるようで、隣り合って座ったVRグラス姿の男子二人組が楽しそうにあるいは懸命に声を上げていたり.
高校生ぐらいの女子3人組がキャアキャアと黄色い歓声を上げていたりした。
SOHには男性ニューマノイドもいるので意外と女性プレイヤーも多い感じだ。
まあでもいきなり女子グループに突撃するのはちょっとなあ、と内気な新は男性プレイヤーを探すことにする。
そしてそいつと目があった。
「!」 「!」
その次の瞬間お互いに目を逸らしていた。
新はそろーりともう一度横目でその人物を確認する。
彼もSOHプレイヤーなのだろうか?
明後日の方向を興味深そうに眺めているように見えるそいつは、なかなか近寄りがたい風貌をしていた。
まず髪が金髪だった。しかもある種の漫画の主人公のようにツンツンと逆立っている。
なかなか目立つ髪型だ。
そしてVRグラスは、サングラスタイプ。
これがまた近寄りがたい雰囲気に拍車をかけている。
真っ黒ではなく青灰色という感じのレンズがはまったVRグラスで、レンズ越しに見える瞳は切れ長。
二十代前半ぐらいに見える彼は、まぶたも二重で、鼻梁や顔の輪郭もシャープに整っている。
いわゆるイケメンの方だった。
服は白シャツの上に、全体的に黒い、ベルトがたくさんついたジャケット。ジャケットは前を開けて着ていた。
黒ジャケットの両胸のあたりには、銀色に輝く金属光沢を放つ十字架が打ち付けられており、それがとても特徴的だ。
パンツも光沢を帯びた黒で、全体の印象としては「ロックミュージシャン」といった感じだった。
正直、新としてはあまりお近づきになりたくない感じだった。ちょっと怖い。
そんなわけでロックな彼を刺激しないようにそーっとその場を離れようとするが、新が動いた瞬間、ツンツン金髪がぱっとこちらを振り返った。
そして口をわずかに開いて何か言いかけたが、彼は結局何も言わず唇を閉じてしまう。
しかしそこを離れようとはせず、新を見たり目を逸らしたりまた見たり、もじもじし始めた。
さすがの新も気づく。
これはいわゆる「仲間になりたそうにこっちを見ている」というやつではあるまいか?
まあ実際には「対戦をしたそうに」が正しいのだろうがそんな差違はどうでもよろしい。
さてどうするか。見た目ほど怖い人じゃなさそうだけど………。
新が考え込もうとしたとき。
「ちょっと!! まあだあ? 早くしてよ!!」
例によってワイヤレスイヤホンからハルの声が聞こえてきた。
もう一刻も待てないという感じの不機嫌極まる声だ。
それを聞いて新の腹は決まった。
「こんにちは。SOHプレイヤーの方ですよね?」
挨拶からの質問をすると、ロックな彼は一瞬びくっと震えた後、こくこくとうなずいた。
「良かった。じゃあ俺と対戦しませんか? 俺まだ一度も対戦してなくて、相手を探してるんですよ」
新がそう言った途端サングラスの奥の眼が輝いた気がした。
「私もだ! ちょうど対戦相手を探していた! 是非一戦交えようではないか!」
ちょっと変わった言葉遣いだったが了承が取れたので、二人して桜の下のベンチに座ることにする。
ポケットからスマホを取り出す。
そこではたと新の手が止まった。
「………対戦ってどうやるんですかね?」
ロックな彼に水を向けると、彼はとがった顎に指をやりスマホをいじり始めた。
「ふーむ? ………お! これではないか? HOME画面のキャラクターが表示されている部分の横にいくつもアイコンがあるだろう? そこに拳を突き合わせた絵柄のものがある」
言われて新も見てみると確かに装備やガチャらしきアイコンが並ぶその中に拳のアイコンがあった。
それをタップしてみると「この場所はバトルエリアに指定されています。ここでは契約したお互いのニューマノイド同士を対戦させることができます」というメッセージが表示された。
さらに対戦可能な組リストが表示され、そこに『SAI』という名前があった。
「それが私のハンドルネームだ」
横から見ていたらしいロックな彼、改めSAIが教えてくれる。
リストにはSAIの名前しかなかった。どうやらかなり近づかないと対戦可能なパールとして認識されないようだ。
「あ、俺はARATAです」
新は慌てて自己紹介した。新のハンドルネームは本名を英字にしただけの簡単なものだ。
続けて問う。
「対戦申請送っていいですか?」
「もちろんだとも」
SAIが鷹揚にうなずいてくれたので、新は申請メールを送る。
ほどなく「申請が受諾されました」というメッセージが表示され、画面の真ん中に「バトルを開始しますか?」というウインドウが現れ、その下ではYES/NOのタブが新の決断を待っていた。
YESを押せば初めての対戦が始まる。
その前に新はいったんHOME画面に戻りハルに声をかけることにした。
「出番だぞハル。バトルを始めるけど準備はいいか?」
HOME画面の中の小さなハルが不敵に微笑むのが分かった。
「あったりまえでしょ! 見てなさいあたしの雄姿を! あたしと契約できたことを森羅万象に感謝することになるわよ!」
森羅万象………。ほぼ生まれたてのくせに難しい言葉を知っている。
ともかくモチベーションは申し分ないようだ。
ハルの意気を確認した新は再びバトル開始ウインドウに戻り、今度は躊躇なくYESを押す。
すると戦闘モードの選択というウインドウが現れた。
一本勝負とフルバトルというのがあるようだ。
新にはよくわからなかったのでSAIのほうをうかがうと彼は迷いのない口調で「フルバトルにしよう」と答えた。
たぶん事前に下調べしてバトルモードのことを知っていたのだろうと推測して、新は彼の判断通りにする。
「じゃあ戦闘開始と行きましょうか!」
新が笑顔でSAIに言うと彼もワクワクを隠せないという表情を見せた。
「ああ! バトルスタートだ!」
モード選択を終了すると同時に画面がブラックアウトする。
そして熱いバトルが………始まらなかった。
画面には「ただ今バトルフィールドをロード中です。しばらくお待ちください」というシステムメッセージ。そしておなじみのダウンロードバーが現れたのだ。
「………」
「………」
やる気満々だった新とSAIの間に気まずい沈黙が訪れる。
「えーと………」
新は曖昧な笑みを浮かべながら会話の接ぎ穂を懸命に探す。
どのくらいかかるか分からないが、待っている間このまま黙っているわけにもいくまい。
「………これ対戦するたびにロードするんですかね?」
とりあえず当り障りのない話題を振ってみると、所在なさげにVRグラスのブリッジのあたりをいじっていたSAIがびくりと一瞬体をこわばらせてから答えた。
「ど、どうであろうな。初回だけだと思いたいが。毎回これだとうっとおしいな」
ですよね~、と新は同意する。
「そもそもバトルフィールドをロードとはなんだ? てっきりAR表示されたキャラクター同士が戦うものだと思っていたのだが」
確かに、と新はうなずく。
彼も出会いの小路でのスカウティング同様、現実の風景の中でニューマノイド同士が戦うのだとばかり思っていた。
もしかして何か別の3Dフィールドをローディングしているのだろうか?
ハルの服装からすると近未来風の戦闘ステージとか?
いや、でも中世ファンタジー風や、近代風の服装のニューマもいたか。
などと、探り探りという感じの弾まない会話を交わしているうちにローディングが完了した。
ぐるーっとカメラの視点が周囲を回り込むように変化する演出の後そこに現れたのは、
「あれ? 普通に緑風公園………だよな?」
そう、新が思わずつぶやいたようにそこは変わり映えのしない緑風公園だった。
白いベンチ、中央の噴水。何も変わりはしないように見えた。
しかし、
「いや違うぞARATA君。これは3Dフィールドだ!」
SAIの言葉に新は「え?」と周囲を見回してみる。
確かに注意して見てみれば、よくできているもののそこは3Dフィールドの中だった。
試しにVRグラスを少しずらして実際の風景と比べてみると、ベンチの位置が少しずつ違うし、周囲の植木には多くの差違が見られた。
しかしかなりよくできている。
駐車位置がわずかに違うものの、ホットドッグの移動販売店まで再現してあるのは驚きだった。
おそらく事前にこの公園の詳細な風景データを集め、それを元に3Dフィールドを作成したのだろう。
かなり手の込んだ3Dフィールドだった。
しかし新は疑問に思う。
「でもなんでそんなことを? これならARでいいだろうに」
新の言葉にSAIも首をひねる。
「さあなあ何か意味があるとは思うが………」
そこで言葉が切れSAIが突然身を乗り出した。
「ARATA君! ようやくバトルが始まるようだぞ!」
SAIの言うとおり、バトルフィールドにキャラクターが現れようとしていた。
近未来モノやゲームモノのアニメでよく見るような、電子的に召喚されましたという感じの演出。
半透明のタイルの細片ようなものが画面に現れ、それが少しずつ人の形を成していく。
たなびく金髪が現れ、青灰色のボディースーツをまとったしなやかな体躯が姿を現す。
最後にタイルを振り払うようにハルが腕を振るいポーズをとると、タイルが光の粒子となって散った。
おー、と思わず新は感嘆の声を漏らした。これはなかなかかっこいい。
一方SAI側のニューマもその姿を現していた。
ネコミミフードつきのパーカー。愛くるしい大きな瞳。低めの身長。
新が一番最初に声をかけたニューマノイド、ラプシェだ。
SAIと契約していたのか………。
一時は契約しようかと思っていただけに新はちょっと微妙な気持ちになる。
「ふん! 運がなかったわねあんた! コテンパンにしてあげるわ!!」
「わ、私だって負けません!!」
緑風公園の噴水の前で二人のニューマノイドが構えをとる。
彼女たちの足元あたりには格闘ゲームのようなHPゲージが表示される。
Ready Fight!!
VRグラスの内側に戦闘開始の文字が躍り、
そしてついにバトルが始まった。
・・・・・・・・・・
今回はロード時間があったのでちょっと長くなってしまいました(⌒-⌒)
メンテ明けにソシャゲを始めようとスタートタブを踏んだらまだメンテ中だったり
不具合で異常に長い間ロード時間があったりしたときのあの何とも言えない感じを表現してみたかったのです
次からはロード時間はございませんのでご安心をd(*^v^*)b