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第41話 カタキウチ

『グオオオオオ!!』


 間合いの測り合いに焦れたのかビーストがついに襲い掛かってくる。


 ビーストのHPバーの残りはもうかなり少ない。


 数字で表示されるわけではないので確信まではできないが、うまくコンボが入れば倒せるだろうというところまで削っている。


 対するハルは五分の三程度HPを残していた。


 以前のままなら先ほどの攻撃でもっとダメージを受けていただろうが、地道にガチャを回し、レア装備が出ないまでも現状の装備を合成で強化していたため受けるダメージが減っているのだ。


 加えてSAIやアルパカ、JK達や田中さん等との一本勝負で堅実にLVUPを重ねていたことで、さらにダメージは押さえられている。


 このHP残量ならビーストの攻撃を連続で喰らわない限り死ぬことはないはずだった。


「犬うう!!」


 ハルが身も蓋もない怒鳴り声を上げながらビーストを迎え撃つ。


 正面から迎え撃つと見せて、先ほどのように急激な方向転換を見せるが、今度はビーストも動きについてくる。


 ビーストがハルの動きを学習していることと、やはり先ほどまでのようなキレがないことが原因だろう。


「下に回避!!」


 新がとっさに注意を喚起し、ハルは横に払うように振り回されたビーストの爪をすんでのところで体を沈め避けた。


 工場の薄暗闇に怪物の爪の軌跡が閃光のような残影を残す。


 低い体勢になったハルの髪をかすめるような攻撃。


 しかし金髪の少女は臆さず、腕の下をくぐるようにして怪物に接近。


 隙が出来た脇腹にキックを叩き込む。


 そしてそのままコンボに行くかと思いきや、その一撃を入れただけですぐに離れ距離を取る。


 叩き込まれた足を掴もうとしていた人狼の手が空を掴む。


 学習しているのはビーストだけではないのだ。


 しかしハルの顔にはいら立ちも見えた。


 さっきのような動きができないのがもどかしいのだろう。


「ハルいいぞ! 焦らなくていい!! 落ち着いて少しずつ削っていこう。アレをやるタイミングは俺が指示する。任せておけ!」


 ハルはチラリと新の方に視線を遣るとコクリとうなずいた。


 その表情からイラついた様子が消えた。


 彼女は慎重に距離を測りながらじりじりと移動していく。


 ビーストも緩慢にも見える動作で、ハルに正対するように威嚇の唸り声を上げながら毛むくじゃらの大きな足を進めていく。


 さっきまでの派手さはないがこれも戦いだった。


 新の胃がキリキリと痛み出しそうな緊張感が夜の廃工場に満ちていく。


 他のプレイヤーも工場内にいるはずだが、VRグラスの映像に集中し、ワイヤレスイヤホンの出力する物音を注意深く拾う新には、完全に意識の外だった。


 やがてハルはベルトコンベアーなどが並ぶ廃材置き場に立ち入っていく。


 ナギやカルマも障害物として利用していた廃材がたくさんある区画だ。


 それは新とハルが戦闘前に打ち合わせた動きだった。


 新は少しずつ削っていくと言ったのだが、やはりハルはアレをやりたいらしい。


 無意識か意識的にかは分からないが、アレをやりやすい場所に移動している。


 戦闘前にハルに相談されたことを新は思い出す。


・・・・・・・・・・


「分かったどんな相談だ?」


 水を向けた新にハルはしかつめらしい表情で切り出す。


「うん。ナギのことなんだけど、あいつビーストに殺されたじゃない?」


 直球すぎる言葉だった。


「ああ。そうだな………」


 でも新は注意することはない。


 ハルにオブラートに包んだ言い方をしろというのは無理があると知っているからだ。


 まだ彼女は人間にとって死がどんなものであるのか知らないのだから。


 その厳かさや、尊さを説くには自分もまた若すぎる、と新自身思う。


「それでね、死んだあいつのために何かしてやりたいなと思って」


「!」


 新は目を見開いた。


 思わずまじまじと己のニューマノイドの顔を見つめてしまう。


「なによ? あたし何かおかしいこと言った?」


 ハルがそんな新の反応に口を尖らせる。


「いやそうじゃないが………」


 新は言葉を濁しながら思っていた。


 『死んだあいつのために何かしてやりたい』。


 ハルはそう言った。


 それは何らかの方法で復活させてやりたいとかそういう意味ではないだろう。


 運営も公式ツイートでそんな方法は無いと言っていたし。


 だとしたらハルはナギの死を弔ってやりたいと思っているのか?


 もしそうならそれは新にとって大きな驚きだった。


 ハルが死という概念を理解し、さらに死を悼むということすら自然にできているということだからだ。


 少し前まで死というものが理解できないと言っていたハルがだ。


 長足の進歩と言えるだろう。


 それは間違いなくこの死と隣り合わせのイベントと、ナギの死によってもたらされたものだと思えた。


 この無茶に思えるイベントを企画した運営の狙いはこれだったのだろうか?


 そしてこれほどの進歩を見せたのは他のニューマもなのだろうか? それともハルだけ?


 ………いやそんなことは今はどうでもいい、今はハルの想いに答えてやりたい。


「何かか………。歌でも歌うか?」


 なんとなく思いついたものを言ってみると、金髪の少女の眉が険悪に吊り上がった。


「はあ?! ふざけてんの? なんで歌なんか歌わないといけないのよ」


「いや、人間の世界には鎮魂歌というのがあるんだよ。死者の魂を慰めたりするための歌だ」


「ふ~ん。 でもあたし歌なんか知らないわよ? 一度も歌ったこと無いし」


「それもそうか。というか俺も鎮魂歌なんて歌えなかった」


「あんたほんとに底ぬけの馬鹿なんじゃないの?」


 蔑んだ目で自分を見てくるハルにさすがに新も返す言葉が無い。


 もうちょっと考えてから言えばよかった………。


「まああんたが馬鹿なのはもともとだから良いとして」


 さらっと酷いことを言いつつ、ハルは先生に問題の答えを聞くか聞くまいか迷っている小学生のような表情になる。


「ちょっとあたし考えてることがあるのよ」


「へえ。なんだ?」


 ハルは少し迷ってから切り出した。


「あいつはEXスキルでビーストを倒しきれなくて死んだじゃない?」


「………ああそうだな」


「だからあたしがEXスキルでビーストにとどめを刺したら、死んだあいつの気も晴れるんじゃないかなって」


 ハルは珍しく自信なさげに語尾を曖昧にする。


「そういうのっておかしいかしら?」


「いや。そんなことはないさ」


 新は首を横に振って微笑んで見せた。


「そういうのはなハル」


「うん?」


「人間の世界では敵討ちっていうんだ」


「カタキウチ?」


 小鳥の様に小首を傾げる少女に新は説明してやる。


「死者の無念を晴らすために、その人間を倒したやつをやっつけるのが敵討ちだ。お前はナギの敵討ちがしたかったんだな」


「カタキウチ………。よく分かんないけどそうなのね。うん! あたしは敵討ちがしたい!!」


 はっきりと自らの望みを自覚したハルに新も頷いて見せる。


「よし分かった! 俺がお前にナギの敵討ちをさせてやるよ。EXスキルで止めをさせる作戦を考えてやる。任せとけ!」


 ハルは嬉しそうに首を縦に何度か振った。


「うん任せたわ!!」


・・・・・・・・・・


「敵討ちさせてやらないとな」


 回想を終えて新は独り呟く。


「ハル! 少し作戦に変更がある」


 新は今の状況を加味して修正を加えたアレ、ようするにEXスキルを放つための作戦を己のニューマノイドに伝える。


 ハルは横顔で笑って見せた。


「やっぱりあんたが考えることは面白いわ!」


「そりゃどうも」


 新はニヤつきそうになるのをこらえながらなるべくクールに応える。


 指導者がニューマに作戦を褒められて喜んでいては格好がつかない。


「じゃあ行くわ! ちゃんと見てなさいよ!!」


「ああ!! ちゃんと見てるからな!!」


 金髪の少女は決戦に挑む。


 彼女はもうビーストと戦うことを怖いとは思わなかった。


 だって彼女は独りで戦っているのではないのだから。


・・・・・・・・・・


 ハルがベルトコンベアーに片手を付きひらりと華麗に乗り越えていく。


 そして、


「ふん!!」

 

 乗り越えたばかりのそれを思い切り蹴飛ばした!


 ベルトコンベアーにはコマがついており、ちょうどコマの向きに蹴られたそれは、ガラガラとやかましい音を立てながらビーストへと突っ込んでいく。


『グウオオオオオ!!』


 ぶつかる寸前怪物が腕を薙ぎ払った。


 それだけでハルの体より大きな鋼鉄製のベルトコンベアーがおもちゃの様に吹っ飛ぶ。


 衝撃でひしゃげながら数メートルも宙を飛び横倒しになるベルトコンベアーを見て思わず新はぞっとした。


 あんな攻撃をハルは毎回食らっていたのか。


 まさに命がけであったのだと、今一度実感する。


 しかしハルは怯まなかった。


 勝気な表情のまま今度は力任せにコンベアを蹴り飛ばす。


 ビーストほどではないものの、もんどりうって転がったコンベアが今度はビーストにぶつかる。


 煩わし気にコンベアの端を鷲掴みにし放り投げようとしたビーストは隙だらけだった。


「せいっ!」


 その犬面にカラーコーンが当たる!


 しかも尖ったほうだ。


『グオオ?!』


 どうやら目のあたりに当たったらしく、思わず手で顔を覆うビースト。


 本来なら追撃を仕掛ける場面。


 しかしビーストに攻撃は来ない。


 怒りに燃えて顔を覆った手をどけた時、怪物がそこに見たのは誰も居ない廃棄物区画。


 いや、


「ここよ!!」


 ハルの姿は山のように巨大な大型機械の上にあった。


 ビーストが声に反応しそちらを見たときにはハルは空中にいる。


 機械に設えられた配送通路を走って助走をつけ、すさまじい勢いで跳躍したのだ。


「『シューティング・スタ―――――――――!!!』」


 ハルの絶叫。


 その全身が空中で青いオーラに包まれる。


 EXスキル。


 ボッ!! と体の周辺に戦闘機のヴェイパーコーンの様な衝撃波のエフェクトを発生させながら、その名の通り流星の様に青いオーラの尾を引いたハルの両足がビーストの顔面を直撃!


 HPを根こそぎ削ったうえ、その超衝撃で後ろにたたらを踏ませる。


 ビーストの背後にはコンクリートの床は無かった。


 あるのは新が廃工場に来た初日にも確認した中央の穴。


 そうなるようにハルが間の取り合いやベルトコンベアの蹴りつけで誘導したのだ。


 そんな場所に後ずさったビーストの体は当然傾き穴の中に放り出される。


 ………そこまでは計画通りだった。


 しかし、


「あ、あれ?」


 その時ハルの間の抜けた声が響いた。


 EXスキルの反動を利用して、ビーストを踏み台に床に戻るはずが、金髪のニューマノイドも一緒に落ちていく。


「げ?! 嘘だろ?!」


 新は叫び、思わずハルに手を伸ばすが距離的にも物理的にも彼女に届くはずもない。


「あれ~~~~~~~~~~~~~~~~~?」


 間抜けな悲鳴を上げたまま、ハルの姿はビーストとともに穴の中に消えていくのだった。


シューティング・スターーーーーー!!! 


というわけで散々引っ張りましたが「アレ」というのは新EXスキルを使うための作戦だったのでした


しかし技の名前は難しいですね 今回もだいぶ悩みました ゲームなどでかっこいい必殺技名がたくさん出てきますが、ああいうのはセンスが必要なのだなと思いますね


あと語学力でしょうかw いろんな国の言葉を知っているとかっこいい技名が思いつきやすい気がします 私も勉強していきたいですね


さて、ビーストとともに穴に落ちてしまったハルは果たして無事なんでしょうか?


いったいどうしてこんなことに?


それは次回明かされます


お楽しみに~d(*^v^*)b

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― 新着の感想 ―
[良い点] シューティングスター、充分にイカしたネーミングですぞw 戦闘のデザイン、というかプランがとても優れていると思いました。オチもいいですね。 気になる引き。 [一言] 技の名前以上に、戦闘シー…
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