第39話 好調
VRグラスの中にはいつもの廃工場が広がっていた。
戦闘開始前のわずかな時間。
「ん?」
新は不審げな声を上げた。
またハルがオーラのような光に一瞬包まれたのだ。
しかも今度は見たことが無い色だった。
今まではだいたいが白っぽいオーラで、時々灰色や、ごくまれに緑色というのもあった。
だが今回はクリーム色に近い感じの黄色だった。
新はこの現象がユニークスキルによるものだと予想しているが、果たしてこのオーラはどのようなものなのか。
「おっと。バトルに集中しないとな………」
オーラがどんな影響を及ぼすかなんていうのは、新には分からないし今のところコントロールもできない事柄だ。
考えてもしょうがない。
それより今、目の前のことに集中するほうが大事だった。
何しろハルの命がかかっているのだから。
新はバシバシと軽く自らの頬を叩いて、気持ちを切り替えるとすでに召喚されているビーストに目を遣った。
相変わらずデカい。
今回は夜に来たためバトルフィールドも薄暗いのだが、その中に佇む青黒い毛むくじゃらの怪物は昼間より不気味に見えた。
奴の前にはこちらに背を向けて拳を構えたハルがいるが、その青灰色のボディースーツに包まれた細身の体は、ビーストの巨大な体躯との対比で酷く華奢に見える。
しかし、
「あんたのその犬面を見るのも今日で最後にしてやるわ!」
本人は意気軒高。
ビースト相手に啖呵を切っている。
まったく頼もしい限りだ。
そのハルの啖呵の語尾が消えるのとほぼ同時にReady Fight!! の文字が中空に浮かび上がり、戦闘が開始される。
最初に仕掛けたのはやはりハルだった。
お決まりの開幕ダッシュで一直線にビーストに駆けていく………、と見せて待ち構えていたビーストの攻撃圏に入る寸前で片足ステップ。
急激な方向転換。
おそらくビーストの目には彼女が一瞬消えたように見えたのではないか。
それほどのキレのある動き。
怪物がハルの姿を見失っている間に、彼女はまんまとビーストの背後に回り込む。
少し離れて助走を付けたドロップキックがビーストの広い背中に炸裂。
『グオアアアア?!』
完全な死角からの強烈な攻撃にさすがのビーストも数歩たたらを踏む。
体勢が崩れたビーストにハルは、ドロップキック後に足より先に着地した両手を軸にして竜巻のように体を回転させ、スピンキック二連撃。
流石にビーストが振り返り反撃を加えようとするが、両手のバネだけでハルは飛び跳ね、すかさず距離を取って見せた。
怪物が振り向いた時にはハルはすでに油断なく拳を構えている。
リアルなら確実に手首を痛めてしまうだろうすさまじいコンボに、新は思わず「おお!!」と感嘆の声を上げていた。
「よしいいぞハル! 今日は絶好調だな!!」
改心の手ごたえに拳を握る新に、ハルは気分よさげにドヤ顔をして見せる。
「ふん! あたしはいつでも絶好調よ! でも今日は特に調子がいい気がするわね!」
ハルも手ごたえを感じているようだ。
まずは出だし好調といったところか。
グルルルルル。
腹の底に響くような野太いうなり声が上がる。
人身狼頭の獣人は目を血走らせ、大きく裂けた口から歯茎と牙をはみ出させて怒り心頭といった感じだ。
『グオアララアアアア!!』
狂暴な吠え声をあげてビーストがハルに向かって猛然と駆ける。
それは通常より早い動きに見えたが、
「おっそいのよ!!!」
ハルは己を八つ裂きにせんと振り下ろされた爪を難なく避けると、自分の膝より下に位置するその丸太のような腕をなんと駆け上がる。
勢いのまま怪物の顔面に体重の乗った前蹴りを叩き込んだ。
『キャン!!』
ビーストがこれまで聞いたことが無い子犬のような悲鳴を上げ、バタついた動作でハルを捕まえようと両手を顔に伸ばすが、その時にはすでに金髪の少女は顔面を足場にして空中に逃れている。
コンクリートの床に着地すると、右足を軸に大きな円を描くようにして回転し、床に積もった埃を宙に舞わせながら方向転換。
今だハルに背を向けて顔面を両手で押さえているビーストに向けダッシュし、瞬く間に距離を詰めると今度は拳の連打をその背中に浴びせる。
息つく暇もない連打、連打、連打。
ビーストのHPがぐんぐん減っていく。
新も思わず唖然。
それほど今日のハルはキレキレだった。
いやこれはいくら何でも動きが良すぎる。
こんなハルは新も見たことが無かった。
明らかに彼女の現状のポテンシャルを超えた動きに思える。
これはいったいなんなのか?
思い当たるのはやはりあのクリーム色のオーラだ。
ユニークスキルによって何かしらのバフ(プラスの特殊効果)がハルに働いているとしか思えない。
もしかして色によって効果が違うのだろうかと新は思い始めていた。
しかしそれにしたってどのような条件の違いで異なった色のオーラが出るのか分からない。
もしバフを狙ってかけられるなら大きな戦力になると思うのだが。
………そんなことを考えていた新はビーストの変化に気づくのが遅れた。
ビーストはハルの攻撃を受けながらも体勢を立て直していたのだ。
ハルはそのことに攻撃に夢中で気づいていなかった。
こういうことがあるから指導者は片時もニューマから目を離さず、時に指示を飛ばさなければいけないのだが、今新はそれを怠った。
それがハルに危険を招く。
拳と蹴りによるラッシュをかけていた彼女の腕が、獣人の大きな手にガシッとつかまれたのだ。
「あっ!」
「まずいっ!!」
ハルが声を上げ、一気に現実に戻った新の顔から血の気が引く。
少女が怪物の片手で高々と吊り上げられる。
ハルは身をくねらせて暴れるが、拘束具のように強固なビーストのホールドは振りほどけない。
コンクリートの床にすさまじい勢いで叩きつけられた。
「がっ?!」
ハルのHPが一気に五分の二ほど減る。
しかし奴の攻撃はまだ終わっていない。
再びハルが吊り上げられる。
また固い床に叩きつけるつもりなのだ。
ハルが死ぬまで何度でも!
新の顔が急速に青冷める。
口の中がカラカラになる。
このコンボはやばい!! 早く脱出しないと!!
「ハル! お前の手を持ってるやつの手を攻撃しろ!!」
焦りつつ指示を飛ばすとハルが即座に反応する。
不自由な体勢からビーストの手を自由な拳で打つ。
一度では効果が無かった。
二度三度と打つ。
『グアアア?!』
やっと怪物は彼女の手を離す。
負けん気の強いハルはそのまま攻撃に移るそぶりを見せたが、それより早く新の指示が再び飛ぶ。
「ハル! いったん距離を取れ!! 態勢を立て直すんだ!!」
以前のハルならこんな指示は即座に却下。
しかし今の彼女はすこぶる不満そうながらも、前を向いたままじりじりと後退。
怪物から距離を取った。
ビーストは追って来ない。
さすがにハルの電光石火の超コンボでHPが減り慎重になっているのか、グルルと唸るだけでこちらの様子を窺っているようだ。
それはこちらにとってありがたいことで、新はひとまず安堵の息を吐いた。
仕切り直しだ。
ラッシュラッシュラッシュ!
というわけで今回はハルの連続攻撃をお送りしました
何かと突っ込みすぎて下手を打つことが多い彼女ですが、たまにはこういう押せ押せも良いですよね
しかしビーストもさるもの強力な反撃を加えてきました
この先ハルと新は無事勝利を収めることができるんでしょうか?
皆様応援してやってくださいねd(*^v^*)b




