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第33話 死と生 その1

 モフリン達とのビーストハントツアーを終えて帰宅した新は、ずっと物思いにふけっていた。


 思い起こすのはナギが消滅する寸前に見せた表情だった。


 彼は泣いていた。


 そして『私はあなたのことを』という言葉。


 新は考える。


 彼は死の間際にモフリンに想いを告げようとしたのではないかと。


 だがそんなことがあり得るのだろうか?


 ニューマノイドが人間に恋をするなどということが。


 もしあったとしたなら、このイベントはあまりにむごいものに思える。


 ハルのように自分の存在に思い悩み、ナギのように人を想う。


 そんな存在が『殺されて』しまうなんて。


 そんな危険がある戦いに駆り立てることが果たして許されるのか?


 このままハルを参加させ続けていいのだろうか?


 SAIのように参加をやめるのが正しいのではないだろうか。


「いやそうじゃないな………」


 新は自らの思い違いに気づき呟いた。


 それは俺が決めることじゃないんだきっと。


 ニューマに心があるならば俺がすべきことは勝手に戦いをやめることじゃなく………。


 新はスマホを取り出しSOHを起動した。


「ハル」


 ホーム画面に映った、どこか思いつめたような表情をした、金髪の少女に問いかける。


「お前はどうしたい?」


 言葉足らずだったがハルは正確に新の意図を察したようだった。


「あたしは………」


 ハルはそこまで言って戸惑ったように新から目をそらした。


「よく………分からない」


「分からない? ビーストと戦いたくないのか?」


「………そうかも」


「っ!」


 まさかと思いつつ言った言葉に肯定が返ってきて、新は面食らった。


 あのハルが、いつも早く戦わせろとやかましかったあのハルが、戦いたくない?


 新の驚愕が伝わったのだろう、勝気な金髪の少女は口を尖らせた。


「だからあたしにもよく分からないのよ。………こんなの初めてだわ」


 ハルは神経質に胸元に垂れた髪をいじりながら続ける。


「なんかあの化け物と戦うのが嫌っていうか、あいつと戦うことを想像するとあの刀男の最後の姿が浮かんでくるのよ」


 新はじっとハルの言葉を聞いている。彼女は独り言でも言うように彼と視線を合わせない。


「そうすると、なんか嫌だなって。そういう感じになるの」


 そこでハルは自分の頭をワシワシと掻き回した。


 CGなのでそこまで乱れるわけではないが、彼女の混乱は伝わってきた。


「もう~!! 何なのよこれは?! 訳分かんない!!」


 自分の感情の正体を理解できず、ついには癇癪を起して地団太を踏み始めるハル。


 だが新には分かった。彼女の感情の正体が何か。


 それは、


「ハルお前は怖いんだよ」


 相棒の言葉にハルは目を丸くした。


「怖い? あたしが? あんたはあたしがあの毛むくじゃらを怖がってるっていうわけ?」


 キッと眉を吊り上げてきつい瞳で睨みつけてくる少女に、新は首を横に振って見せる。


「そうじゃない。お前が怖いのはきっと『死』なんだ」


「死?」


「ああ。お前はあのビーストに殺されて死んでしまうのが怖いんだよ」


「殺される………、死………」


 ハルは新の言葉を噛みしめるように繰り返す。


 自分の感情を理解しようとするかのように。


 やがて彼女は顔を上げた。


 まるでものを知らない幼子の様な瞳が新を見上げる。


「あたしは死ぬのが、………消えてしまうのが怖いの?」


 新はうなずいてやる。


「ああそうだ。でもそれはおかしなことでも恥ずかしいことでもない」


「え?」


 ハルの瞳を覗き込むようにして新は告げる。


「ハル。死ぬのが怖いと思うのは当然のことなんだ。俺だって怖い」


「あんたも?」


「ああそうだ、怖いよ。でもそれがきっと生きてるってことなんだ。死にたくない、死ぬのが怖いって思うことが生きてる証なんだ」


「生きてる証………」


 新を見上げる彼女はまるで子供のように無防備に見えた。


「新はあたしが生きてるって思うの? あたしはゲームキャラクターよ?」


 だから新も言葉を飾ることはやめた。


「ああ。俺はお前が生きてるって思ってるよ。死ぬのを怖がり、生きることの意味を考え、自分の意思で戦うお前は命を持ってる。生きてるって思う。お前がゲームキャラであることなんて関係ない」


「………………」


 新の裸の思いに、ハルは沈黙した。


 呆気にとられたように彼女は新を見つめていた。


 そして何度か口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返して、結局どう言っていいか分からないというように眉を下げる。


 そしてこう口にした。


「あんたは本当に馬鹿ね」


「かもな」


 新は苦笑する。


 ゲームキャラクターを生きてると思うなんて確かにおかしいことなのかもしれない。


 でも。


 泣き、笑い、悩む彼女が………、彼女たちニューマイドがただのプログラムだなんて新には思えなかった。


 さて。


 新は気持ちを切り替える。


 自分の思いは伝えた。


 本題に戻らないといけない。


「それを踏まえてもう一度聞くぞ。ハル、お前はどうしたい? ビーストと戦うか? それともやめておくか? 俺はお前の気持ちを聞きたいんだ」


 ハルはしばし沈思黙考していた。


 即断即決が身上の彼女にしては、ほんとに長い時間をかけて考え、そしてきっぱりと言った。


「戦うわ」


 短い返答。


 そこに込められた決意を新も感じていたが、彼はそれでも確認せずにはいられなかった。


「いいのか? 死んじまうかもしれないんだぞ?」


 ハルはこれにもきっぱりとうなずいた。


「分かってるわ。正直に言うとそれは嫌だって思う。死ぬのは嫌」


 でも、とハルは胸に手を置き自分の気持ちを確かめるように続ける。


「逃げたら駄目だって思う。よく分からないけど、それはあたしじゃないって感じる。怖いことから逃げたらあたしが生きてることにならないって気がするの」


 まだ思考がまとまっていないのだろう。


 ハルはいつもよりたどたどしい。

 

 でも気持ちは伝わった。


 ならば新の答えは一つしかない。


「分かった、戦おうハル。俺と一緒に」


「うん!」


 ハルは珍しく嬉しそうに目元を緩めていた。


 だがそこはライオン娘。すぐに勝気な表情に戻る。


「それに気に入らないことがあるのよ」


「気に入らないこと?」


「ええ。だってあの毛むくじゃらをぶっ飛ばしてないでしょ? このままイベントを終えたらあいつに負けたみたいで気分が悪いわ。すっごくね!」


 フンス! と鼻息を荒くする己の相棒に、新は笑い声をあげた。


「そうだな俺も同感だ」


「でしょ?!」


 ハルは我が意を得たりとばかりスマホの中で大威張りで胸を張る。


「あいつを絶対ぼっこぼこにして負け犬にしてやるわ!!」


 宣言して彼女は不敵に笑う。


 そんなハルを見ながら新は思う。


 きっとこいつは自分にないものを持っている。


 それは勇気だ。


 怖くても一歩を踏み出す勇気。


 彼女がそれを初めから持っていたのか、それとも今までの経験から手に入れたのか新には分からない。


 でも新はハルのこういうところが気に入っているのだ。


 どんなことにも後退りせず前へ前へと進むこの少女を見ていると、自分も何かできるような、変われるような気がしてくるのだ。


 だから新は意気軒高な自分の相棒にこう答えた。


「ああ! あの犬っころをぶっ飛ばしてやろう! 勝つぞハル!!」


「当然よ!!」


 いつの間にか自分で気づかないうちに新の顔にも不敵な笑みが浮かんでいた。


 あんな化け物ごときに俺たちが負けるわけがない。


 今は新もそう思えた。


ナギの死はニューマノイドや指導者たちにとってどんな意味を持ったのか


死を知ったニューマノイドたちはこのあとどうするのか


それぞれのパールが話し合います


今回は新とハルのパール


ハルは死を恐れているおのれに気づき、それでも一歩を踏み出します


人間でもなかなかできないことですね


作者である私にもできるか分かりません


私にとってもハルはある種理想の姿なのかもしれません

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