第4話 ハル
「あんたあたしの相棒になりなさい!」
出会いの小路で相棒探しをしていた新を呼び止めたのはライオンを彷彿とさせる金髪の少女だった。
謎のオブジェの上から居丈高に命じられた彼は眉をしかめる。
なんだこいつ。偉そうに………。ニューマノイドだよな?
うっそりと見上げる新がなかなか返答しないことにいら立ったライオン娘は、金色の眉をツンと吊り上げた。
「ちょっと聞いてるの? あたしと仮契約しなさいって言ってるのよ! 早く! YESかハイで答えなさい!」
「………いや、それ選択肢無いよな?」
思わず突っ込んだ新をライオン娘はふふんと鼻先で笑って見せる。
「あったりまえでしょ? このあたしが仮契約してやるって言ってるのよ? 断るなんてありえないわ!」
いやありうる。
すでに新は心を決めていた。こいつとは契約しないと。
だってこの言いぐさあまりに自分勝手だろう。
まあ確かに? こういうセリフを吐くキャラというのはゲームやラノベにはよく登場する。
ラブコメディーというジャンルにはむしろ付き物だろう。
そう、いわゆるツンデレというやつだ。
知らない方のために少し説明するとツンデレというのは、普段ツンケンして主人公に辛く当たったりするが、実は大好きな気持ちの裏返しだったり。
ツンツンしていたキャラが物語が進むと主人公に対してデレデレになったりするあれだ。
新も長らくゲームという文化に親しんできた身として、ツンデレキャラは決して嫌いではない。
しかし。 しかしだ。
ここで大きな問題がある。
シンギュラリティー・オブ・ハーツはAI育成バトルゲーム。
そう、恋愛ゲームではないのだ!
ということはつまり、このライオン娘は『デレないツン』ということになるまいか?
そしてデレないツンとはただの、話しているとイラッとくるキャラということにならないだろうか。
新は残念ながらこのように居丈高な態度をとられて、「ありがとうございます! 我々の業界ではご褒美です!」と喜ぶような特殊な趣味は持ち合わせていなかった。
というわけで彼はライオン娘に軽く片手をあげると言ったのだった。
「あ、間に合ってますんで」
そしてスタスタと足早に歩み去ろうとする。
慌てたのはライオン娘のほうだった。謎のオブジェから飛び降り、泡を食って声を大きくする。
「ちょっと待ちなさいよ! このあたしと契約しないなんて後悔するわよ! あたし超強いし!!」
ピタリ。新の足が止まった。
強いという言葉が彼を引き留めたのだ。
SOHが育成バトルゲームである以上、強キャラと契約できるというのは魅力的だった。
振り返りオブジェの前であせあせと必死な様子を漂わせている(表情モーションが少ないのでよく分からないが)ライオン娘に問う。
「君は本当に強いのか?」
ライオン娘が口を開くまで少しの間があった。
そしてそろーりと目をそらしながら「た、たぶん………」と答える。
「……じゃあそういうことで」
「あっ、ちょっと!!」
ライオン娘が呼び止めてくるがもはや新に迷いはなかった。そのまま歩き去ろうとする。
さて誰と契約しようかなやはりラプシェか? などとすでに頭の中では今後の方針を考え始めている。
しかしその時だった。
かすかな声が聞こえたのだ。
それは本当に微かな声だった。
ともすれば町の雑音にかき消されてしまいそうなほどに。
しかし新のスマホとそれに連動したワイヤレスイヤホンは、その声を新に届けた。
すなわち少女のこんな声を。
「なんで誰もあたしと契約してくれないのよ………」
この休日の歩行者天国を行く幾人もの人間の、その誰にも届かない、新だけに届いたそれは声だった。
そして新の歩みは再び止まる。
おいおい。やめておけ。
新の冷静な部分が非難する。
あいつは明らかに厄札だ。
あの傲慢そうな言い草、高慢ちきな態度を見ただろう?
あいつと契約したら絶対苦労するぞ。
ゲームは楽しむためのものだろ? 何故わざわざ苦労するとわかっているキャラを選ぶ必要がある?
もっともだ、と新は思う。
あんな性格のきつそうなやつを選ぶ必要なんてこれっぽっちも無い。
だが、足は動かなかった。この場を去るために動いてはくれなかった。
またか、と思う。
新はいつもそうなのだ。
困っているやつや、ひとりぼっちのやつ、さびしそうなやつを彼は放っておけない。
思えばこの性格のおかげで彼は様々な形で割を食ってきた。
赤信号の横断歩道で立ち往生していた老人を助けたら、たまたま見ていた当時のクラスメイトにその様子を動画に撮られ、クラス中から偽善者呼ばわりされたり。
いじめられていた子をかばったら、今度は新がいじめられたり、しかもそのいじめにかばったはずの子が参加していたり。
こんなことはやめようと何度も思った。でもやめられなかった。
新は懲りずに何度でも困っている人に声をかけ、一人ぼっちの人間に寄り添ってしまう。
これはもう正義感とか倫理観とかよりも、性分という他ないものだと新は思う。
だって体が勝手に動いてしまうのだ。
今だってそうだ。
新はきびすを返していた。
ずんずんと歩き、ライオン娘の前に戻っていた。そして、
「君の名前は?」
金髪の頭に問いかけていた。
顔を伏せていたライオン娘がその声に顔を上げる。
もうとっくに去ってしまったと思っていた青年の姿に驚きながら答えた。
「あ、あたしは『ハル』」
新はうなずいた。そしてハルの眼をまっすぐ見つめて言ったのだ。
「ハル、俺と契約しよう!」
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ようやくヒロインの名が明かされました ハルといいます いろいろ問題のある娘ですが可愛がってくださると嬉しいですd(*^v^*)b