第30話 No one knows
誰も知らなかったのだ。
誰も知らなかった。
それが彼にとってどれほどの意味があったのかなんて。
誰も知らなかったのだ。
・・・・・・・・・・
「さて! 次はモフリンとナギの番だね! 行くよ~ナギ!」
「………………」
返事が返ってこない。
怪訝に思ったモフリンはスマホを覗き込む。
「ナギ~!」
「!」
何か思いつめたような顔をしていた黒髪褐色肌の青年が、モフリンの呼びかけにはっと顔を上げる。
「モフリン様。何か御用でしょうか?」
「御用だよ! 私たちの番だってば!」
「そうでしたか。申し訳ありません。では参りましょう」
「う、うん?」
様子のおかしなナギに首をひねりつつモフリンは準備を進める。
ナギが固いのはいつものことだが、今日はそれに加えて何か様子がおかしい。
緊張しているというか、何かピリピリしているような雰囲気をモフリンは感じていた。
いつもはもっと泰然自若というか、余裕のある感じなのだが。
いったいどうしたのだろう?
やはりあれだろうか。今日がイベント最終参加になることを気にしているのだろうか?
そう。
モフリンはこれから部活が続く。しばらくは休日も練習がある。
近日中にまた練習試合があるのだ。
それも強豪校とのやっと組めた練習試合。
モフリンはレギュラーであり、そこで恥ずかしい姿をさらすことは絶対にできない。
そのためにこれから追い込みをかけないといけないのだった。
今日のビーストハントツアーはその間しばらくミナミとアイカとは遊べないため、今のうちにその分も皆で楽しんでおこうという意味合いもあったのだ。
そしてバトルエリアに足を運ばなければプレイできないSOHの今回のイベントは今日が最後の参加になる予定だった。
………今までのHPの減り具合から見て、おそらく自分とナギはこのイベントをクリアできないだろうとモフリンは思っている。
でもそれは仕方がないことだと彼女は割り切っていた。
だが、ナギはそうではないのかもしれない。
モフリンは何か胸騒ぎがして、もう一度自らの相棒に言い聞かせておくことにする。
「ナギ、無理は禁物だからね。絶対無理しないこと。私も危ないと思ったらすぐ撤退タブを押すからね」
「………分かりました」
ナギはそう返事するが思いつめたような表情はそのままだ。
モフリンは軽くため息をつき、たとえナギが嫌がっても危険なときは撤退することを心に決める。
「じゃあバトル始めるよナギ」
「はいモフリン様。準備は整っております」
「モフリンさんふぁいと~!」
「ナギ頑張れ」
友人の声援を受け軽く手を上げる。
そしてモフリンとナギはビーストハントに突入した。
・・・・・・・・・・
「破っ!」
ザンッ!!
ナギの斬撃がビーストを袈裟懸けに切り裂く。
『ヴオオオオオオ?!』
ビーストが絶叫。
怒りに燃える瞳でナギを睨みつけ、唾液をその巨大な口角からまき散らしながら狂ったように両腕を振り回す。
しかしその鋭い爪がナギに当たることはない。
すでに彼は十分な距離を取り、自らの次の攻撃のために刀を構えている。
「勢っ!!」
腕をしゃにむに振り回したためできた隙を突いてナギが再び斬撃。
今度はビーストの脇をすり抜けるように走り抜け、刀で脇腹をなで斬りにしている。
「破っ!!」
さらに体をコマのように回転させ、その勢いを利用してビーストの背中に一撃。
ビーストは再び絶叫。
血走った目で背後を振り返るが、すでにナギは距離を取り怪物の攻撃圏の外側にいる。
ゴクリ………
誰かがつばを飲み込む音が響いた。
「すごい………」
誰かが呆けたように呟く。
誰もがナギの戦いぶりに呑まれていた。
その気迫。
そしてまるで剣舞のような無駄のない攻撃に。
ナギとビーストとの戦闘開始からすでに30分以上が経過していた。
その間彼が受けたダメージはゼロ。
そう、ナギは一度も攻撃を食らっていないのだ。
「なんてやつなの………」
「ほわ~」
「尋常じゃないね………」
ハル、ラプシェ、カルマのニューマノイド三人組ですらその凄まじさに呆然としている有様だ。
「こんなことってありえるのか? カルマほど離れたところから攻撃できるわけでもないのに」
新は戦慄を隠せない。
「うーむ。確かにナギの方が刀がある分ハルのような近接戦闘タイプよりヒット&アウェイはしやすいかもしれないが、それにしてもこれは………」
SAIも腕を組んで考え込む。
そんな中同じように思案していたアルパカがはっと顔を上げる。
「あの! 私考えたんですが、もしかしてナギのユニークスキルの効果なんじゃないですかね?」
アルパカの言葉に新とSAIはムムムと眉間にしわを寄せた。
確かにここまでの奇跡的な回避となるとスキルだけでは説明がつかない。
あるとしたら一番可能性が高いのはユニークスキルだろう。
しかし三人とも確信は持てなかった。なにしろユニークスキルはまだ謎だらけなのだ。
本契約直後にメンテに入り謎のままプレイヤーをやきもきさせたユニーク・スキル。
メンテが明けてもその実態解明は遅々として進んでいなかった。
データ収集や分析を得意とするゲーム攻略サイトでさえ、名前しか分かっていないユニーク・スキルがほとんどという有様なのだ。
「「「………………」」」
答えを求め思わず三人はモフリンを見つめてしまうが、彼女はバトルに集中しているようで気づかない様子だった。
・・・・・・・・・・
モフリンは三人の視線に気づいていない………、ように見えて実は気づいていた。
ただユニーク・スキルはSOHプレイヤーにとって、極秘事項。
仲間といえども簡単に明かすわけにはいかないので気づかないふりをしていただけだ。
モフリンだって新たちに勝ちたいし、そういう意味で彼女もいまや立派なゲーマーだった。
それにしてもナギだ。
まさか30分もの間ビーストの攻撃をのノーダメージで耐え忍ぶなんて。
しかし思い当たる節はあった。
『心眼』(しんがん)。
それがナギと正式契約した日に彼が獲得したユニークスキルの名だった。
時代劇や剣客物の小説や漫画などでちょくちょく出てくる単語であるのはモフリンも知っていた。
伊達に様々な友人と付き合えっているわけではない。その中には時代劇好きだっていたのだ。
その内容は『相手の攻撃の気配を察知し、まるで事前に知っていたかのように避ける。あるいは闇夜など姿が見えなくても攻撃を成功させる』。
だいたいそんな感じだったはずだ。
ナギの動きもまるで事前に攻撃が来ることを察知しているかのように、先手先手で動いているため、現状とも一致していると言える。
そして外見的な変化にもモフリンは気づいていた。
ナギの右目が赤く光っているのだ。
これも今までには見られなかった変化で、ユニークスキル発動のエフェクトではないかと思われた。
しかしなぜそれが今発動しているのか、いつの間に発動したのか、その条件が全く分からない。
だが実のところそんなことはモフリンにとって今重要なことではなかった。
「ナギ………」
彼はきっと今日この場でビーストを倒してしまうつもりなのだ。
このわずかに残された一回きりのチャンスに。
しかし何故そこまでして倒そうとするのか?
モフリンにはそれが分からない。
………そんなことを考えているうちにもビーストのHPゲージがじりじりと減っていく。
モフリンはいつの間にか両手を祈るように胸の前で組み合わせていた。
どうか。
どうか、このまま無事に終わりますように。
そしてナギが勝てますように。
イベント報酬のためなどではなく、鬼気迫る表情で刀を振るう青年のためにモフリンは祈る。
そうしてあまりに集中してナギの戦いぶりを見ていたから、彼女は忘れてしまっていたのだ。
自分がすべきことを。
それが、そのわずかな綻びが、
致命的な場面を作り出す。
「つっ!」
ナギがわずかによろけた。足元には小さな廃材。
ビーストの動きを見ながら後退している時、ナギはそれに足を取られた。
本当に一瞬の隙。
しかしそれは細い糸の上を渡るような戦闘を続けていたナギにとって致命的なものだった。
『ヴオオオオオオオオ!!!』
ビーストがよろけたナギに向ってその丸太のような腕を振り抜く。
体勢が崩れていたナギはそれをまともに食らった。
「ナギっ!!!」
モフリンの悲鳴が響く。
ナギの体が軽々と吹き飛び、ベルトコンベアーを派手に巻き込みながら床に叩きつけられる。
「がっ!」
ナギの口から苦鳴。
HPゲージが一気に半分まで減少。
幸いピヨり状態にはならなかったようで、ナギはよろけながらも立ち上がり太刀を構えたが、ビーストの攻撃力を考えればすでに戦闘の限界であることは明白だった。
何しろもう一撃喰らえばナギは死んでしまうのだから。
「………………」
唇を噛みながらモフリンは撤退タブに指を――――。
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ナギ立ち絵
ナギの死闘、モフリンの祈り
もう彼らには撤退するしかないのか?
続きは次回を待て!




