第29話 ピアス
主に緑風公園でSOHをプレイしているプレイヤーは、現在12、13人ほど。
その中で田中さんを除き誰が一番ビーストハントが進んでいるかというとそれは、アルパカ・カルマ組だった。
「カルマ! あいつとの距離が近くなってる! あと3歩離れて! 矢のストックはあと3本! 全部打ち切ったら撤退するよ!」
薄暗い廃工場にアルパカの鋭い指示が飛ぶ。
ガラスの無い窓から差し込む光が舞い上がる埃をキラキラと照らし出していた。
その中でセーラー服の小柄な少年と、彼の二倍はありそうな巨大な体躯の狼男が激しい戦闘を繰り広げている。
「分かったよ指導者。はあ~。つくづくめんどくさいねビーストハントは。あの犬面を見るのにも飽き飽きしてきたよ。さっさと死ねばいいのに………」
指示通り慎重に距離を取りつつカルマが愚痴る。
「はーい! ぶつぶつ言わない! あと二本矢を撃ったら五時方向に後退! 廃棄物エリアに到着後、廃棄物の間を姿勢を低くして移動。十分距離を取ったらEXスキルを使って!」
「了解」
観戦しながら新は感心していた。
アルパカの指示は相変わらずの緻密さだ。
ハルが突拍子もない行動をとることがあるため、出たとこ勝負も多い新組とはかなり性格の違う組だ。
ただ対人ではその緻密さが仇になることも多い。
人間が相手ではどうしてもすべてを読み切るのは不可能だからだ。
アルパカは少し柔軟性に欠けるところがあって、読みが外れたときオタオタしてしまう弱点があるのだが、ビーストとは相性が良いようだった。
ビーストは行動が割と単純で突拍子もない行動をとることがないため、戦術が立てやすく、アルパカの緻密な作戦が上手くハマっている。
口ではグチグチと文句を言いつつ、カルマも彼女の指示に見事に応えていた。
新は思わずため息交じり。
「………ハルにカルマの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいなあ」
「はあ? 爪の垢なんて飲めるわけないでしょ? あんたはちょくちょく飲んでるわけ?」
「飲んでねえよ!!」
ことわざを知らずマジレスしてくるハルに思わずツッコむ新。
その様子を見ていたSAIがくすくす笑っていた。
「なんのかんのARATAとハルもだいぶ仲良くなったものだな。ラプシェもそう思うだろ?」
SAIに問われた猫耳フードの少女もニコニコ顔。
「はい! ARATAさんとハルさんは仲良しです!」
「「はあ? 全然仲良くないけど?」」
新とハルはレスポンスも丸かぶりだった。
その意気の合った否定にぶっ! とSAIとラプシェが噴き出す。
JK三人組もくすくすと笑っていた。
新とハルは憮然とした表情。
「ちょっと! 笑わさないでくださいよ! こっちはカルマの命がかかってるんですから!」
同じように噴き出しつつ、笑いの波動を中途半端にこらえた半笑いでアルパカが抗議してくる。
「すみません?」
新は怒られることに疑問を覚えつつもとりあえず謝っておいた。
人間時に空気を読むことも大事である。
「後退したよ! 指導者攻撃のタイミングを!」
機械の影に隠れたカルマが戦場の兵士を思わせる動作で矢筒から次の矢を取り出しつつ、アルパカの指示を仰ぐ。
アルパカは瞬時に表情を引き締めてVRグラスを指先でくいっと微調整すると、ビーストの歩みに集中する。
一歩、二歩。
ビーストは見失った少年の姿を探しながら、毛に覆われた巨大な足を進めている。
観戦している皆が注視する中、ビーストがもう一歩を踏み出した瞬間。
「今!」
アルパカの声。
カルマが瞬時に立ち上がり機械の影から姿を現して弓を引き絞る。
弓矢が青いオーラをまとった。
EXスキル。
カルマの姿に気づいたビーストが威嚇するように咆哮。
その剛腕で周りにあるベルトコンベアーをなぎ倒しながら近づいてくる。
しかしカルマは冷静に的を見定め小揺るぎもしない。
ついにビーストが彼に躍りかかろうとしたとき、カルマの澄んだ声が工場に響く。
「『ピアス・アロー!!』」
カッ!
乾いた音とともに弦から青いオーラをまとった矢が放たれる。
矢は青い軌跡を残しながら宙を裂き、ビーストの腹部のど真ん中に過たず命中。
『ヴオオオオオオ!!!!』
ビーストが悲鳴を上げ、しかし矢はそこで止まることなく、何とビーストの巨大な体躯を貫通すると、はるか後方の壁に深々と突き刺さる。
壁に蜘蛛の巣状のひびを生じさせてようやく止まった。
流石のビーストも恐れをなしたか後退し、カルマから距離を取った。
新はついにレッドゾーンまで減退したビーストのHPを見て、ゴクリと唾を飲み込む。
初めて見たが、このEXスキルはおそらく対象の防御力を何パーセントか貫通してダメージを与える技だ。
まさに貫通矢。
これはビーストだけではなくニューマノイドにも有効だろう。
これまでカルマは近接戦型のニューマノイドを苦手としてきたが、このEXスキルとアルパカの戦術があればこれからの戦況は変わってくるかもしれない。
「あと少しで倒せそうだけどどうする指導者。ここまで来たら格闘戦でもなんとかなりそうな気がするけど」
技後硬直が解け、またビーストと距離をとるため移動しつつカルマがアルパカに問う。
アルパカの返答は簡潔だった。
「撤退しよう」
悩む素振りすら見せず即断。
「あいつめちゃくちゃな攻撃力だから、カルマの格闘スキルで近接戦は怖いよ」
ビーストを追い詰めても彼女は慎重だった。
「それにイベント期間はまだあるし、私も時間が取れる日がある。焦る必要はないよ」
カルマはうなずいた。
「なるほどね。じゃあそうしよう」
戦闘画面の右端にある撤退タブがアルパカの細い指によってタップされ、少年ニューマノイドは彼女のスマホに戻ってきた。
「それにしても………」
カルマは陰鬱に深々とため息をついて見せる
「まだあの犬面を拝まないといけないのか。………めんどくさいなあ」
「めんどくさいなんて言わないの」
ゲームキャラにあるまじきことをつぶやくカルマにツッコミを入れつつ、アルパカは思う。
新さんちのハルもニューマノイドとしては個性的な性格だが、うちのカルマもかなり個性的に育ちつつあるんじゃなかろうか。
それは果たして自分のせいなのか、それともハルに影響を受けているなんてこともあるんだろうか?
いずれにせよまだまだSOHはアルパカにとって興味深いゲームであり続けそうだった。
というわけで今回はアルパカカルマ組の戦闘をお送りしました
フルバトルではその長所を生かせず負けてしまうこともい多い彼女たちですが、ビーストとは相性が良いみたいです
対人戦にも役立ちそうなEXスキルを獲得して、これからのSOHは分からなくなってきましたね
ちょっと目立たないことが多いので作者的にも今後の活躍に期待したいですw
さて次回のタイトルは「No one knows」です
次回もお楽しみに~d(*^v^*)b




