第23話 ナギVSビースト
Ready Fight!!
ビーストハントのゴングが鳴る。
モフリンのVRグラスの中には埃っぽい廃工場と、その中央あたりに佇む狼頭人身の怪物が映し出されている。
青黒い剛毛に覆われた筋骨隆々の体、大きくせりだした口に並ぶ鋭い歯。
薄暗い工場内で金色の瞳が鋭くギラギラと光っている。
モフリンは思わず生唾を飲み込んでたじろいだ。
相変わらず怖い。
しかしその異形に怯えることなくナギは立ち向かっていく。
走りながらすらりと抜刀。
窓から差し込む陽光を青白い刀身が反射する。
ビーストは得物を持って向かってくるニューマノイドに反応。
『グルオオオオオオオオ!!!!』
威嚇するかのように一声吠えるとコンクリートの床を蹴立ててナギに突進していく。
一つ一つがナイフのような爪がナギを狙って宙を疾る。
しかしナギは優雅ささえ感じられる動きでその一撃を回避。
なおかつ大きく空振った腕に刃を添えるようにして切り裂く。
ビーストが悲鳴じみた吠え声を上げる。
しかしその攻撃によるHPの減少はほんのわずか。
それでもモフリンはめげない。
「良いよナギ! その調子でまずは回避に専念しながら、隙を見て攻撃して! 安全第一だよ!」
「承知!」
引き締まった表情のまま短く答えるナギ。
そんな彼に黄色い声が飛ぶ。
「やーん! 『承知!』ですって! かっこいいです♡」
「ナギはイケボ」
今日は同行しているモフリンの二人の友人、ミナミとアイカだ。
くねくねと身をよじらせているミナミと頬を赤く染めながらも淡々と感想を述べるアイカが対照的。
三人は今日一緒にビーストハントをしている。
偶然、廃工場にビーストがいるプレイヤーが二人いて、もう一人も近場のバトルフィールドだったのでお互いの戦いを観戦しつつ、一緒に回ることにしたのだ。
二人に相棒を褒められてモフリンは相好を崩した。
「デヘヘ。そうでしょ?」
しかしその一時もナギから目をそらさない。
ビーストハントはちょっとの油断が文字通り命取りになりかねないからだ。
その間もナギは基本的には回避に専念しつつ、カウンター気味の攻撃を決めて着実にダメージを積み重ねている。
そして地道に攻撃を続けたことでメンタルゲージがEXスキル一回分溜まっている。
モフリンは悩む。
EXスキルを使うべきか。
EXスキルは敵に大ダメージを与えられるがその分、技後硬直という大きな隙が生まれる。
その間に攻撃を食らえば避けることすらできない。
かといってこのままチマチマとビーストのHPを減らすだけで良いのか。
考えているうちにビーストとナギは工場の中央あたりから、廃材が積み重なっているエリアまで移動していた。
防御に専念している分どうしてもナギは引き気味になってしまうので、じりじりと後退してここまで来てしまったのだ。
モフリンは思い切ることにした。
ミナミとアイカというギャラリーがいたことが彼女をそうさせたのかもしれない。
「ナギ機械の上に移動して! 昨日取ったEXスキルを試すよ!」
おお、とミナミとアイカがどよめく。
それを少し心地よく感じながらモフリンは指示を飛ばす。
「その台みたいなのを回り込んで、あの大きな機械の上から攻撃だよ!」
「了解いたしました!」
ナギが答えて白いコートをたなびかせながら疾駆する。
そのまま背を向けたのでは背後から攻撃を受ける可能性があったので、ナギは自己判断でビーストに向かうそぶりを見せつつ急速に方向転換。
鋭いフェイントに思わず立ちすくむ怪物を置き去りに、モフリンの言った台を回り込み、巨大な機械に駆け上る。
後を追ってきたビーストがその下に到達するや、ナギの刀が青いオーラに包まれる。
「『鬼神斬!!!』」
まるで大地に注ぐ瀑布の如く怪物の正中線を断つように剣閃が疾る!
『ヴオアアアアア!!』
ビーストが工場全体を震わすような悲鳴を上げる。
半ば苦し紛れに振り回した腕が技後硬直中のナギをまともにとらえた。
「がっ!」
呻きを漏らしてナギが人形のように軽々と吹き飛ぶ。。
空中を5、6Mほども飛び、床を何度もバウンドしてやっと停止。
立ち上がったナギはかろうじて刀を構えたが、足元がふらついていた。
半失神状態に陥っているのだ。
「やばい! 撤退!」
ビーストが迫る中モフリンは必要もないのに焦って撤退ボタンを連打。
戦闘は終了した。
・・・・・・・・・・
ふう。
思わずモフリンは息を吐いた。
危なかった。まさかピヨってしまうとは。
あのまま戦い続けていればナギは殺されていたかもしれない。
殺される。
自分で思い浮かべた言葉に今更ながら冷や汗が噴出してくる。
しかしナギにはそのヤバさが分かっていないのか不満そう。
「モフリン様。少し撤退の判断が早かったのではないでしょうか?」
珍しく意見してきた。
「いやいやいや! ピヨってたじゃん!! あのままじゃヤバかったよ」
ミナミとアイカをはばかるようにモフリンはスマホにぼそぼそとしかしハイテンションに言い返す。
しかし今日のナギは強情だった。
「しかしまだ余力がありました。一度くらいあの怪物の攻撃を受けても、HPがゼロになることは―――」
「あのね」
モフリンはきつめの口調でナギを遮る。
いつもニコニコ緩い弧を描いている彼女の眉が珍しく吊り上がっていた。
「朦朧としてる間に連続攻撃を食らったらどうするの? あいつは大振りの攻撃が多いけど、腕は二本あるんだよ?」
「それは………」
「モフリンはナギが死んじゃいそうなギリギリの戦いはしない。いいね?」
「………分かりました。口応えして申し訳ありませんモフリン様」
頭を垂れるナギだが何か様子が変だった。
いつもならこんなふうに口答えすることはまずないのだ。
「………いいけどさ。なんかナギ焦ってない? どうしたの?」
尋ねてみると彼はその場で膝を折り片膝立ちの姿勢で話し始めた。
「モフリン様。イベント期間は限られております。貴方様は明日以降も部活の予定が詰まっているとおっしゃられていました。だから今日中にもっとあの怪物めのHPを削っておきたかったのです」
「そうだったんだ………」
モフリンは得心したように頷いて、ため息を吐いた。
「ナギ。イベントクリアできない時はその時だよ。これはゲームなんだから楽しめればいいの。だからナギも絶対無理しないで?」
「………はい」
ナギはまだ不満そうだったがとりあえず頷いてくれた。
どうもナギは生真面目すぎるところがあるなあとモフリンは思う。
「モフリン。痴話げんかは終わりましたか?」
「夫婦喧嘩は犬も食わない」
話がひと段落したのを見計らったように、横で静観していたミナミとアイカが茶化すように声をかけてきた。
「痴話げんかじゃないし! 夫婦でもないし! そもそも喧嘩なんかしてないし!」
思わずツッコんだモフリンにミナミとアイカが笑う。
「まあまあ! とにかく次に行きましょう! 次のバトルエリアの近くにはおしゃれなカフェがあるんですよ?」
「ラテアートとか頼める」
「え? マジで?! ラテアート! モフリン初めてだよ! 行くべ行くべ!!」
テンション爆上げのモフリンは私服のスカートポケットにスマホを突っ込む。
スマホはポケットの中ですぐに待機モードになり、画面は真っ暗になった。
そこに黒髪褐色肌のどこか思いつめた顔の青年を残して………。
というわけでナギ対ビーストの戦いをお送りしました
ナギは何か思うところがあるみたいでしたね
それがいったいなんなのか、今後のお話をお楽しみに~d(*^v^*)b
次回は久々のSAIとラプシェのお話になります
イベント不参加を宣言したSAI彼はいったい何を考えているのでしょうか?
そして彼のニューマノイドラプシェの思いは?
乞うご期待です(⌒-⌒)




