第3話 ライオン
SOHをプレイし始めた新。出会いの小路での相棒探しは続く。
出会いの小路をゆっくりと歩く。
そこにはかなりの数のニューマノイドが佇んでいた。
牛丼屋の前で姿勢正しく立った、刀を腰に差した黒髪褐色肌のイケメン。
コンビニの前には、近未来的な服装に身を包んだ、おっとりした感じの金髪のお姉さん。
コーヒーチェーンの駐車場では、中世ファンタジー戦士風の装備に身を固めた、三十代くらいの髭面の青年が暇そうに頭をかいている。
ここは新の住んでいるアパートからほど近く、週に何回かは必ず通る場所なのだが、そこにAR表示されたキャラクターたちが加わるだけで、新にはまるで異世界に入り込んだように感じられた。
彼の唇には自然と微笑みが浮かび、足取りも軽い。
こんなにワクワクした気分になるのは久しぶりのことだった。
これから何かが始まる。
そんな予感に心が浮き立つ。
「君はどんなニューマなの?」
「私は遠距離戦が得意です。逆に近接戦闘は苦手ですね」
「うーん。なるほど………」
そこかしこで、ニューマノイドに話しかけているプレイヤーも見かけた。
ニューマというのはニューマノイドの略称らしい。運営ツイッターへのプレイヤーの書き込みにもしばしば見られたが定着しているのだろうか。
VRグラスを掛けている新には、ちょっとアニメチックなSOHキャラクターとリアルの人間が普通に会話している様子が見える。
なかなか不思議な光景だった。たぶん自分がラプシェに話しかけていた時もああいう風に見えていたんだろう。
「じゃあ君と契約しようかな。これからよろしくね」
「ありがとうございます! こちらこそこれからよろしくお願いしますね」
どうやら話がまとまったらしい。
すると話し終わったニューマノイドの姿がスマホに吸い込まれるような感じで消失した。
あれが仮契約というやつかと新は思う。
契約したニューマとスマホ越しに話しながらそのプレイヤーは去っていく。
なんとなく焦るような気持ちになりながら新は次のニューマに向けて歩を進めた。
・・・・・・・・・・
あれから小一時間。
様々なニューマと会話してみたが、新は未だに自分の相棒になるべきニューマを決めかねていた。
第一候補は一番最初に会ったラプシェだが、彼女も含めてまだ決定的なインパクトには出会えていなかった。
新はコンビニで買った缶コーヒーを片手に街路樹に寄りかかり思わずため息をつく。
いつもそうだ。
自分は気が遠くなるほどの時間をゲームに費やしてきたが、一度も決まった一人のキャラクターにのめり込んだことがないのだ。
それがSOHという『自分で気に入ったただ一人のキャラクターを育てるゲーム』をプレイすることで顕著に現れていることを新は自覚していた。
ツイッターなどで自分のお気に入りのキャラについて楽しそうに語る人たちの輪に入っていけない自分。
新が比較的内気な性格であることも原因の一つだろうが、それ以前に彼らとキャラを語れるほどの『熱』が新にはないのだ。
またため息をつきそうになって新は缶コーヒーをあおる。
空になった缶をゴミ箱に突っ込みもう一度歩き出す。
しかしその背中は内心を移すようにしょぼくれて丸まっている。
少し前まで感じていたワクワク感まで遠のいていくようで………。
そしてその時だった。
「ねえ! あんた!」
声が降ってきたのだ。
最初新はそれが自分に向けられたものだと気付かず通り過ぎようとした。
「ちょっと! 無視すんな!! そこの辛気臭い顔したあんたに言ってんのよ!!」
辛気臭い顔とは自分のことだろうか?
なんとなく自覚はあったので新はその声の主を探してあたりを見回す。
女の声だった。それもワイヤレスイヤホンから聞こえてきた気がする。
「ここよ!」
再度のソイツの自己主張でその声が上方から降ってくることに新は気づく。上を向く。
目があった。
ライオン。
ライオンだ。
そこは交差点の横断歩道の前。出会いの小路の最終地点。
信号の近くに開けた空間だった。
そこに佇む謎の四角いオブジェの上にソイツは立っていた。
腰に手を当て顎を突き上げ、エラっそうに、強い光を放つ緑色の瞳でこちらを見下ろしていた。
17、8歳くらいに見える少女だった。
ネコ科の動物のようなアイラインを描く大きな目。ツンと吊り上った眉。高い鼻梁。桜色の唇。
一際目を引くのはそれらが収まる小さな顔を縁取る金色の髪だ。
輝く金髪がまるでライオンのたてがみのように腰まで伸びている。
すらりと伸びた手足。大きすぎず小さすぎずといったサイズの胸部。女性らしいラインを描く腰。
その全ては近未来的なデザインの灰青色と紺のカラーリングのボディースーツに包まれている。
彼女の第一印象をライオンだと思ったのはその背中を覆う金髪のせいだろうか。
いやそれだけではない。
新を高みから睥睨するこの王様のような態度。
まるで彼を下僕のように思っているのではないかと感じさせるその傲慢な佇まいが豪奢な金髪と相まって、百獣の王を連想させるのだ。
そしてライオン娘はそんな新の連想そのままの上から目線でびしっと彼を指さしのたまった。
「あんたあたしの相棒になりなさい!」
思えばこの瞬間こそ新の熱のない日常が終わった時だったのかもしれない。
三話目にしてメインヒロイン登場です
今作は意図的にゆっくりめの展開にしています お読みの方もゆっくりお楽しみくださいd(*^v^*)b