第21話 模様替え
ガオンモールでのバトルの翌日夜。
新はスマホをちゃぶ台に置いて、その前に正座していた。
SOHが起動中のスマホ、マイルームの中のハルもミカン箱を前にして正座し、新を見上げている。
マイルームにいるハルはまるで箱庭に置かれたお人形のように見えた。
普段のHOME画面で見るより、カメラを引き気味にしてマイルーム全体が見えるようにしているためだろう。
「ついにこの時が来たな」
新が重々しく口を開いた。
「ええ。長い道のりだったわ………」
ハルが万感の思いを込めて同意する。
「じゃあ始めるぞ」
新はカッと瞳を見開き宣言する。
「お前の部屋の模様替えを!!」
「待ってましたあああ―――――――――!」
ハルは正座のまま両手を上げてぴょんと跳ねた。器用なやつである。
基本的に不機嫌顔がデフォルトのハルだが、今日は大変上機嫌だった。
それもそのはず、前に家具一式を買いそろえてからというもの、ハルは事あるごとに、
「インテリアコインどれくらい貯まってる?」
だの、
「もう貯まった? そろそろ家具が買えそう?」
だのと、誕生日前の子供のように目をキラキラさせて尋ねてきていたのだ。
そこで新は逐一コインの貯まり具合を教えてやっていたのだが、その間二人で話し合った結果ちまちまと1つずつ家具を買い替えていくより、一気にドーンと部屋の模様替えをしようということになった。
もちろんその分コインがたまるのを待つ期間は増えるわけで、ハルとしては本当に首を長くして待っていた日が今日なのだ。
「じゃあNチャットを起動するぞ」
「うん!」
Nチャットというのはニューマノイドチャットウィンドウの略。
第一回アップデートが終わるまでプレイヤーが自分のニューマノイドと会話するには、いちいちHOME画面まで戻らなければいけなかった。
だが、この機能をONにしておけば画面の右端に小さな窓が出てきて、そこから顔を出したニューマと、ガチャ中だろうがスキル獲得中だろうが話せるようになる。
もちろんニューマノイドのマイルームの模様替え中も例外ではない。
ようするにこの機能を使えばハルと相談しながら模様替えが出来るというわけだ。
とはいえニューマノイドが直接家具を見れるわけではないので、
「じゃあまずは白い机。形は四角だな。高さはミカン箱と同じくらい。天板の広さはミカン箱三箱分くらいかな」
といちいち新が説明してやっている。
それに対してハルは、
「うーん。白ねえ………。悪くないけどちょっと大きいわね。ゴロゴロするスペースがなくなるじゃない」
などとコメントして顔をしかめて見せたりする。
というか基準がゴロゴロできるスペースを確保できるかどうかなのか………。
新はハルに頷いてやりながらその独特のセンスに苦笑する。
ミカン箱以上に省スペースの机などあるだろうか?
………とそんな風に己のニューマノイドと相談しながら、新はインテリアコインで家具を購入していく。
やがて一式を買い終えると新は息を吐いた。
「よし! こんなもんか」
なんのかんので夜もとっぷり更けてしまった。
途中で入れたコーヒーを口にしながら一休みしようとする新だが、
「ちょっと! 早く家具を置きなさいよ! 休むのは置いてからにしなさいよ!」
金髪娘がクレームをつけてくる。
せっかちなやつだなあと思うが、コインが貯まるまでさんざん待たせたので今回はしょうがないかもしれない。
新は「はいはい」と答えて再びスマホを手に取る。
「じゃあ行くぞ。変更!」
ポチッとな。
「おお~!!!」
マイルーム画面で一気に家具を変更する。
ハルが歓声を上げた。
そこに出現したのは純和風の空間だ。
渋い色合いの木製のタンス。
座布団は紺色一色のシンプルなものから、橙色の房飾りが四辺に付いた、どことなく高級感漂う落ち着いた色合いの赤いものに。
部屋の壁は和風の砂壁になった。
そしてこの部屋を特に和のテイストに仕上げているのは障子扉。
早速ハルが障子をスターンスターンと開け閉めして遊んでいる。
砂壁のタンスを置いてないスペースには、『一直線!』という言葉が書かれた掛け軸もかけてみた。
猪突猛進というのがあったので、最初はそれにしようと思ったのだが、ハルが怒ったのでやめた。
何気にカルマに言われたことを気にしていたらしい。
そして最後にミカン箱だが、これはちゃぶ台に進化した。
木目が美しい丸い天板は、木材本来の風合いを生かしたもの(CGだが)。
大きさは一人用の小さめのサイズだ。
畳は変えずにそのままにした。
もうコインがないというのもあったが、ハルが気に入ってるようなので変えずにおくことにしたのだ。
新はこうして模様替えを済ませたハルのマイルームをしみじみと眺めてみた。
うむ。なかなか統一感があって良いのではないだろうか。
しかしただ一つ異分子が和風マイルームに混じっていた。
それは何を隠そうハル自身だ。
なにしろ和室に、近未来風のボディースーツに身を包んだ金髪の少女がいるのだ。
違和感が半端ない。
しかしそれを指摘するような無粋なことはせず、新は今度は掛け軸を眺めているハルに声をかける。
「どうだハル? 完成したマイルームの感想は」
ハルは新を振り返る。
「いいわね! 気に入ったわ! それに………」
金髪の少女は今まで見せたことがないような、穏やかな表情。
「あんた達がガオンモールだっけ? あそこで騒いでた理由が分かった気がするわ」
「買い物って楽しいのね!!」
そう言うと彼女は白い歯を見せてにかっと笑った。
新は少女が見せた無邪気な表情にきゅっと心臓をつかまれたような気分になる。
そうか。
ハルにとってはこれがショッピングなんだ。
確かに新にとってもこの買い物は楽しかったが、彼はハルの言葉にやるせない気持ちになった。
買ったものは認識できているようだが、商品を自分だけで選ぶことはできない。
たぶん色合いなんかもよく分かってないだろう。
それでもハルは楽しいという。
………こいつに本当の買い物をさせてやりたいな。
ふへへと上機嫌で畳に転がる少女を見ながら、新はそんなことをぼんやりと思う。
だからハルに笑顔を返してこう言った。
「そうだな。またインテリアコインが貯まったら家具を買おう。今度は洋風なんかどうだ?」
ハルはぴょこっと起き上がった。
「いいわね! 洋風ってどんなのか知らないけど面白そうだわ!!」
目をキラキラさせてフンスッと鼻息を漏らすハル。
もし人間になったこいつが買い物をしたらどんな表情を見せるだろう?
新はそんなことを考えながら冷めたコーヒーをすするのだった。
ついにミカン箱から卒業!
生活向上の第一歩はミカン箱からの卒業ですよね
私のメイン机は折り畳み式のちゃぶ台なんですが(業務用デスクもあるけどなぜか使ってない)イラスト用のトレース台は靴が入っていた箱などを利用して自作しています
つまり私は卒業できてないことになるのかもしれません
だって高さがちょうどいいんや・・・
さて次回はガチャとかアビリティーとか盛りだくさんの内容です
お楽しみに~d(*^v^*)b




