第20話 お姫様
「あー! 疲れた~」
お風呂に入ってさっぱりしてから、ぼふっとふかふかのベッドにダイブした。
ベッドの周りにはモフモフのぬいぐるみがいっぱい。
ベッドの上にもいっぱい。
これを見た彼女の友人は言った。
『もっふもふじゃねえか! 今日からあんたはモフリンだ!!』
以来彼女は学校でもネットでもモフリンと呼ばれているし自分でも名乗っている。
モフモフは正義!
「あー」
枕にぐりぐりと頬を押し付けながら、モフリンはスマホを手に取る。
見るとSNSに数十件の未読メッセージがたまっていた。
モフリンは寝転がりながらもタタタタタタタとすさまじい速度で返信してとりあえずSNSを閉じる。
彼女はあんまり長話をする方ではなくて、短く軽快なレスをぽんぽんと適度に返していくタイプ。
相手もそれを知っているので長々と返信してくることはあまりない。
このあたりもモフリンが多くの人と仲良くなれる秘訣だった。
「さてと………」
呟きながら次にモフリンはSOHのアプリを起動する。
最近このルーチンが定着してきた。
すぐに褐色の肌に黒髪、切れ長の瞳の青年がHOME画面に現れる。
「おっすおす!」
「こんばんわモフリン様」
モフリンが適当な挨拶をすると、ナギは胸に手を当て九十度に腰を折って見せた。
頭が低い!!
「何か御用ですか?」
顔を上げたナギがそう聞いてくるがモフリンは首を横に振った。
「いやなんも。ただナギとちょっと話そうかなと思って。嫌?」
ナギは穏やかに微笑んだ。
「いいえ。モフリン様がお望みになるなら」
相変わらずナギは忠実なる家臣という感じである。
モフリンは少しそれが不満だ。
「うーん。ナギはもうちょっとモフリンとフランクに話せないかなあ。何度も言うけど固いよ」
「ふらんくとは?」
「フランクっていうのはねえ………。あれ? なんだろ?」
モフリンは首を傾げると検索しだした。
だいたいの意味は分かっているのだが、いざ聞かれると分からない。
「ふーむ。ざっくばらん? これはモフリン意味が分からない。気取ったところがないさま? 近い気がするけどそうじゃない感。率直? これもなんかなあ………」
結局ピンとこないままモフリンはブラウザを閉じた。
「分かりましたか?」
別ウインドウで、モフリンが検索している間律儀に待っていたらしいナギが、小首を傾げながら聞いてくる。
「まあ友達みたいに………みたいな意味かな?」
モフリンの語尾は疑問形であった。
「とんでもございません!」
ナギの反応は激的だった。
その場に片膝をつくと頭を垂れ、
「私はモフリン様に仕えるニューマノイド。モフリン様は私の主君でございます。友達のようになどあまりに恐れ多いこと。どうかそのようなことはおっしゃられませぬよう」
モフリンを戦国時代の忠臣のごとく諫めてくる。
こりゃ駄目だ。
モフリンは頭痛をこらえる表情になった。
どうもこれはナギの譲れない一線らしい。
モフリンは他人のそういう感覚にも敏感だった。
「分かった分かった。もう友達みたいになんて言わないから。でも主君っていうのもなあ」
「では姫君とでもお呼びしましょうか?」
「ひっ!」
ナギの思わぬ提案にモフリンは声が裏返った。
「姫君って! モフリンはそんな柄じゃないよ~」
そう言いながらパタパタと手を横に振る。
しかし赤くなったその顔の口元はむぎゅむぎゅと笑みを噛み殺そうとしている。
どうやらまんざらではないらしい。
「というかなんで姫君なの?」
「女性なので」
意外と底が浅かった!
思わずモフリンはコントみたいにベッドから転げ落ちそうになる。
以外とナギは天然系なのかもしれない………。
まだまだぎこちない部分はあるけど今でも十分人間らしいナギ。
もしあたし達がSOHウォーで優勝して、ナギが人間になったらどんなだろう?
モフリンはベッドにゴロリと仰向けになり黒髪褐色肌の青年を眺めながら想像してみる。
まずこのコスプレみたいな衣装じゃなくなるよね。
だとするとスーツとか?
白スーツとか似合いそうだなあ。
そんでナギは忠臣ぽいから学校に車で送り迎えに来たりして。
校門の前でナギにモフリン様とか言われたらしばらく学校で噂になっちゃうな。
そこまで想像してみてモフリンはくすくすとお腹をくすぐられたみたいに笑う。
あたしも妄想が逞しくなったもんだ。
ミナミとアイカの影響かな?
「そういえばナギは人間になったらどんなことしたいの?」
ふと聞いてみたくなってモフリンはスマホの中のナギに問いかける。
ナギは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「え? 何その顔?」
「あ、いえ。予想外の質問でしたので」
ナギはコホンと1つ咳をして居住まいを正すと腕を組んで真剣に考え始めた。
「人間になったらしたいこと………」
むむむ~、とその眉間にしわが寄る。
その様子にモフリンも思わず固唾を飲んだ。
いったいこの青年はどんなことをしたいと思っているのだろう?
やがてナギはうんと納得したようにうなずくと答えた。
「特にありませんね」
「ないんかいっ!」
モフリンは思わずツッコミを入れた。
やっぱりナギはちょっと天然の気があるようだ。
「あえて言うならばモフリン様が私にしてほしいことが私のしたいことです。モフリン様は私が人間になったら何をしてほしいですか?」
ニコニコ顔でナギは聞いてくる。
あくまで主体はモフリンということか。
彼自身の望みが聞けないのはちょっと残念だが、モフリンは考えてみる。
ナギが人間になったらして欲しいこと………。
それは意外なほどあっさりと頭に浮かんだ。
しかしこれ言うのか?
だいぶ恥ずかしいんだけど………。
モフリンが逡巡していると、ナギが「何もないのですか?」とちょっと悲しそうな顔をしたので、ままよ! と口を開く。
「その、………っこ………」
だが出てきた声は虫の吐息のようであった。
「なんですか? 声が小さくてマイクが拾えていないようです」
ナギが耳に手を当てるポーズで聞き返してくる。
ぬおお! 何この拷問! もういい! 言っちゃえ!!
「お姫様抱っこして欲しい!!」
良し言った! モフリンは肩で息をする。
これは今まで誰にも明かしたことがないモフリンの願望だった。
モフリンはとある絵本の影響で昔からお姫様に憧れていた。
それこそまだ幼稚園に通っていたころからの話だ。
そしてその絵本の最終ページ、苦難を乗り越えたお姫様は王子様と結ばれ、ウェディングドレス姿でお姫様抱っこされていたのだ。
これがモフリンの脳裏にずっと残っており、憧れとなっているのである。
「お姫様抱っこというのはいわゆる横抱きのことですよね? モフリン様はお姫様抱っこを私にして欲しいのですか………」
「そうだよ! 悪い?! どうせモフリンは夢見る乙女だよ!!」
羞恥極まったモフリンは若干キレ気味である。
「分かりました」
「え?」
何が分かったのだろう? とスマホ画面を見ると、ナギは主君に騎士号を授かる剣士のように片膝をつき頭を垂れていた。
「このナギ必ずや人間になり、モフリン様の願いを叶えてみせます。この刀と私の存在にかけて!」
顔を上げたナギの黒瞳は熱い決意に燃えていた。
モフリンはしばしナギのその瞳を眩しいものを見るように見つめていたが、ふっと破顔した。
なんだか他人に初めて自分の幼い夢を認めてもらえたみたいで嬉しかったのだ。
「ありがとうナギ。私の夢かなえてね」
「はい!」
こうしてモフリンとナギ二人だけの約束が結ばれた。
というわけで今回はモフリンとナギの約束のお話でした
誰にでも子供時代から持っている漠然とした夢ってあるんじゃないかと思います
モフリンの場合それがお姫様抱っこだったんですね
さて次回はタイトルだけお伝えしましょう
タイトルは「模様替え」です! お楽しみに~d(*^v^*)b




