第19話 帰り道
「それじゃあ私はここで」
「ああ。またなアルパカ」
「はい。七花さんもまた」
「あ、はい。VRグラス貸していただいてありがとうございました」
七花が折り目正しくぺこりと頭を下げると、アルパカは子猫でも見るような眼差しで微笑み、手を小さく振って去っていった。
「さて。俺達も帰るか」
その姿が見えなくなるまで見送ってから新が傍らの少女に言うと、彼女は「………うん」と小さく頷いた。
ガオンモール前というそのままなネーミングのバス停で無料シャトルバスを待ち、七花と二人乗り込む。
このバスの運転席に運転手はいない。
2020年に開催された東京オリンピックを境に、日本ではAIによる自動運転技術が急速な進歩を遂げ、一部を除いた路線バス、そしてこのバスのようなシャトルバスのほぼすべてが無人運転バスになっているのだ。
『発進します。危険ですので席に着くか、手すりに摑まってください』
普通の女性の声に聞こえるAIの機械音声がアナウンスする。
運転席にはモニターが設置され、そこでアニメ調の女性がニコニコと微笑んでいた。
ガオンモールのシャトルバスオリジナルキャラである『ガオンさん』だ。
このように無人運転バスではモニターに運転手として何かしらのキャラクターが表示されていることが多い。
VRドライバーとも呼ばれるキャラクターたちは、時に先ほどのようなアナウンス、時に地方の特産物紹介、さらには歌を歌ったりと、バスの運営会社や地方によってさまざまな特色を備え、それぞれにはなんとファンもついているという話だ。
しかしそのAI自体はそれほど高度なものではなく、話しかけてもレスポンスはほぼない。
当然のことだが運転に特化したAIなのである。
これもAI、ハルもAIか………。
なんとなく起動したSOHの中のハルとガオンさんを交互に眺めながら、新は同じAIというくくりなのになぜこれほど違うのだろうと少し不思議な気持ちになった。
もちろん運転とゲームという目的の違いがガオンさんとハルの大きな違いにつながっているのだろうが、それにしてもニューマノイドは人間的に過ぎると思うのだ。
ハルは特に顕著だがニューマノイドは時に人間に反抗し、不平不満だって言う。
ただゲームユーザーを楽しませるだけならここまで人間的である必要はないだろう。
ではハルが、ニューマノイドが作られた理由は何だろうか?
まさか本当に新人類を作るため?
まさかな。
新はバスの窓枠に頬杖をついて苦笑する。
実際ドクターXの新人類宣言を聞いたプレイヤーやネットの反応も「そんなのただのゲームの宣伝のためのパフォーマンスでしょ?」とか「ドクターXwwww し ん じ ん るいwwwww ワロタwwwww」とかだいたいはそんな感じなのだ。
頭から信じているSAIや田中さんはむしろ少数派だ。
新とて心の底から信じているわけではない。
ゲームキャラクターを人間にするなんて。
眉唾だと疑う方が当たり前だろう。
だけど。
もし本当にハルが人間になるなら?
そうだな、それはきっと悪くないことだと新は思う。
こいつとラーメンをすすりあいながら話せたら楽しいだろうと。
「ん? 何よにやにやして。気持ち悪いんだけど」
「なんでもねえよ………」
スマホの中から何気に刺さる一言を投げかけてくるハルに答えながら、新は心に決めた。
こいつがもし人間になったら、まず最初に口のきき方というものを教えてやろう、と。
・・・・・・・・・・
バスを降り、七花と二人家路を歩く。
あたりはいつの間にか夕焼け。
家々も道路も新と七花の姿も、みなアカネ色に染まっている。
アスファルトに大きい影とそれよりかなり小さな影が長く伸びる。
隣を歩くアカネ色に染まった従妹の横顔を新はこっそり盗み見る。
アルパカと別れてから、………いやたぶんもっと前から七花は元気がない。
新は理由を考えてみたがよく分からなかった。
アルパカが合流したあたりからなんだか様子がおかしかったから、やはり見知らぬ人間と一緒にいて緊張してしまったのだろうか?
それにしてはアルパカと別れてからも元気がないし。
さらに言うならば七花はなんだかしょぼくれているように見える。
何とか元気づけてあげたい。
新はそう思うのだが、元来話し上手ではない彼は一回りも年が離れた少女に、どういう言葉をかけていいか見当もつかない。
行きはずっとハイテンション気味の七花が話してくれていたから気にもしなかったのだが。
お互いに沈黙していると遠く聞こえる車のエンジン音や散歩中らしい犬の吠え声がやけに大きく聞こえた。
何か彼女が元気になるような明るい話題はないものか。
必死に話のきっかけを探す新だったが、先に口を開いたのは結局七花の方だった。
「やっぱり邪魔だったかな………」
ポツリ。
独り言のようなつぶやきがこぼれた。
「邪魔? 何がだい?」
新はなるべく優しく聞こえるように聞き返す。
彼女は少し迷ってから、
「やっぱりガオンモールに、………新さんのゲームに着いて行ったのって邪魔だったのかなって………」
涙の兆しに揺れる大きな瞳が新を見上げる。
「私ゲームのことなんか分からないのに無理について行って。私一人ではしゃいじゃって、いろんなとこ連れ回して。新さんはゲームをしに行ったのに」
七花の唇がキュッと引き結ばれる。
「それに一人で不機嫌になっちゃって、アルパカさん良い人だったのに空気を悪くしちゃって………」
―――私何してるんだろう。
言葉と一緒に七花の瞳からポロリと涙が一粒こぼれた。
「七花ちゃん………」
立ち止まってしまった彼女の震える肩に触れようとして新は思いとどまった。
大人が一時の感情で安易に彼女に触れてはいけないと思ったのだ。
そのかわり新はうんと一つ頷くと、
「ちょっと待ってて」
と彼女に言い置いて脇道に消えた。
いきなり置いてけぼりを食らった七花は不安そうな顔をするが、新はものの3分ほどで帰ってきた。
「はい」
彼が七花に差し出した手には油紙に包まれたコロッケ。
新も同じものを持っており、七花に手本を見せるように一口かじる。
「うん、うまい! 揚げたてだってさ。七花ちゃんも食べてみなよ」
「う、うん」
新の唐突な行動に戸惑いながらも、おいしそうな匂いにつられて七花も一口かじってみる。
「!」
途端、ジューシーなミンチ肉の味わいとホクホクのジャガイモの食感、そしてサクサクの衣の香ばしさが口の中いっぱいに広がった。
「おいしい………」
「だろ? ここのコロッケちょっとした名物なんだぜ」
得意げに言って新はもう一口コロッケをかじる。
七花もかじる。
かじりながら新は言った。
「おいしいものを食べると幸せな気持ちになるよね。そして七花ちゃんはいつも俺においしいものを作ってくれる」
どこかたどたどしい物言いで不器用な青年は七花に話し続ける。
「俺さ、結構落ち込んだりすること多いんだよ。いろいろ不安でさ」
将来のこととか、とこれは心の中で。
「でもさ。ちょっと落ち込んでる時でも、七花ちゃんの作ってくれるものを食べると、幸せな気持ちになって元気が出るんだ」
七花は涙の残滓に揺れる瞳を大きく見開く。
「ほんと………?」
新は大きくうなずいた。
「うん、本当だよ。それにさ、恥ずかしい話だけど、俺友達いなかったからさ。七花ちゃんがうちに来てくれること自体が嬉しかったんだよ」
25歳の男として、中学生の女の子にここまで言っても良いのか? と新は話しながら内心思うが、七花の涙を吹き飛ばすためならどんなことでもしようと思い切る。
「だからもちろん今日七花ちゃんとガオンモールに行ったのだって楽しかったし嬉しかったんだよ。邪魔なんかじゃ全然無い」
七花の涙はとっくに止まっていた。
そのかわり彼女の顔がどんどん赤くなっていく。
そんな少女に新は身をかがめるようにして視線を合わせ改めて告げた。
「今日も楽しかったんだ。ありがとう七花ちゃん」
七花は少しの間陶然としたように彼を見つめていた。
涙ではない何かで大きな瞳はウルウルと揺れていた。
次いで彼女はこれ以上ないくらい幸せそうな笑顔になった。
「うん! こっちこそありがとう! 私もすごく楽しかった!!」
その満面の笑みを見て新はほっと息を吐いた。
そしていきなり腰が抜けたように座り込む。
「わっ! 新さんどうしたの?!」
七花は慌てて彼の顔を覗き込もうとしたが、新は顔を両手で覆って隠し、体ごとそっぽを向いてしまう。
この男いい年して中学生の従妹相手に照れているのである。
いろいろぶっちゃけてしまったのが今になって死ぬほど恥ずかしくなったのだ。
七花にもそれが分かったらしく、その可愛らしい顔ににまあと悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
彼女はつんつんと新の背中をつついてみる。
新は体をくねくねとよじってそれを避けようとする。
「やめてくれ。今はそっとしておいてくれ。つつかないでくれ」
顔を覆った両手の間からくぐもった声でそう言う青年の反応が面白くて、七花はしばらく新をツンツンつつき回して楽しんだのだった。
これにてショッピングモール編は完結です
皆様いかがだったでしょうか?
七花の可愛さを満喫していただけたなら嬉しいですd(*^v^*)b
次回はモフリンとナギのターンです 皆様お楽しみに~ヾ(≧∇≦)/




