第16話 注意点
なんとなく空気が悪いまま、もそもそとハンバーガーを食べ、七花の機嫌が急に悪化したことに首をひねりつつ、新はSOHの準備をする。
食事中にバトルフィールドのダウンロードは終わっており、その旨がスマホの画面に表示されていた。
VRグラスをかけ、ワイヤレスイヤホンを耳に装着する。その間に観戦申請が来ていた。
アルパカからだ。
彼女の方を見ると目があった。
ニコリとするアルパカに、新もにやりと笑い返し、彼女からの観戦申請を承諾する。
「………………」
その無言のやり取りを見ていた七花の表情が不機嫌を通り越して虚無になった。
あ、これはだめです。
気づいたアルパカは慌てて彼女に話しかける。
「七花さんもバトルを見てみますか?」
少女は戸惑った様子を見せた。
「え? それは見てみたいですけど、私VRグラス持ってないので………」
「私が前に使っていた予備のグラスがありますよ。ちょっと旧式ですがこれを私のスマホとリンクすれば見れると思います」
アルパカはにこにこと説明。
「あ、それとも私が今着けてる新しいやつの方が良いですか? こっちのほうが映像が綺麗ですし」
「あ、いえ! 古いので! 予備の方で良いです!」
慌てて答える七花。
アルパカは足元に下ろしていたリュックサックの中から、VRグラスを取り出しバトルを観戦できるよう操作をしてから七花に渡す。
「はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
二人はそこで始めて微笑み合った。
七花の機嫌も少し直ったようだ。
女の子たちのやり取りそっと見守っていた新は安堵のため息を漏らしてスマホに目を戻す。
だが非現実は非現実でめんどくさいやつがいた。
「なんかそっちは楽しそうね。あたしをほったらかしにしてあんたどういう了見なわけ?」
ハルである。
めちゃくちゃ不機嫌そうである。
まあそれも仕方ないかもしれない。
ビーストを探すためとはいえ、ずっとSOHを起動しっぱなしで、ハルを放置しっぱなしだったのだ。
もうちょっと構ってやれば良かったか、などと今更後悔しながら新はまずは素直に謝ることにした。
「悪かったよほったらかしにして。ちょっと飯食ってたんだ」
「そんなもん食べてないでビースト探しをしなさいよね。あたしはずっと待ってたのよ?」
「無茶言うな。人間には飯が必要なんだよ。食べないと死んじまうんだぞ?」
「ふーん。不便なのね」
ハルはいまいちピンとこない様子。
むすっと口を尖らせて機嫌も悪いままだ。
死ぬという感覚が分からないのと同様、腹が減るという感覚もニュ-マノイドである彼女にはピンと来ないのだろう。
なにしろ食事をするという機能自体がないのだからさもありなんだ。
彼女がラーメンを食べてみたいと以前言っていたのも、そのあたりに起因するのかもしれない。
知らないことを知りたいというのは人間として極めて当然の欲求だからだ。
「それはともかくだ。もうそのビーストのいる場所についたぞ。こっちは飯も済んで準備万端だ。お前の用意は良いか?」
「あんたそれを先に言いなさいよ! あたしの準備はいつでも万端よ! 今度こそあのデカブツをぶっ飛ばしてやるわ!」
「よしその意気だ。バトル開始するぞ」
「ふん! 早くしなさいよね!!」
ハルはいつも以上に不機嫌そうだ。
言葉の端々に棘がある。
こんなんでうまく連携が取れるだろうか? ただでさえ命がかかっているというのに。
新は不安に思いつつもバトル開始タブをタップ。
目の前のフードコートがVR空間に置き換わっていく。
今回のバトルフィールドはフードコートが舞台なだけあって、机、椅子など障害物がてんこ盛りだ。
スピードが命のガチ殴り系ニューマノイドであるハルには不利なフィールドのようにも思うが、むしろあの障害物をうまく利用すれば………。
フィールドを見ながら戦略を練る新に、アルパカがニンマリする。
「ね、面白そうでしょ?」
「厄介そうでもあるけどな」
新は苦笑だ。
3Dで構成されたフィールドが完成するとハルが召喚される。
金髪をふぁさっと掻き上げながらあたりを見回すハル。
「ビーストはどこよ?」
顔だけこちらに向けて新に聞いてくる。
ハルの言う通りビーストの姿はまだフードコートに無い。
工場や緑風公園で対戦した時はハルが召喚されるより先にそこに居たのだが。
そんなことを思っていると。
ズシリ。
フードコート出口のあたりから何かが重い足音をさせながら近づいてくる気配がした。
そして、
ドガーーーン!!
突然フードコート出口の壁が吹き飛んだ。
「きゃっ?!」
思わず悲鳴を上げる七花。
その視線の先で土煙の中から巨大な影が姿を現す。
とがった耳、耳まで裂けて大きく前にせり出した口。
3メートル以上もある毛むくじゃらながら筋骨隆々の体。
人狼、ビーストの登場だ。
「おお。なんか今回は登場演出凝ってるなあ………」
新が感心したように言うと、アルパカもうんうんとうなずく。
「無駄に凝ってますよね。私なんか壁が壊れたときびくってしちゃいました」
一方七花は「あわわ!」と戸惑っている。
「え? え? 何あれ?! 怪物?!」
「落ち着いてください七花さん」
椅子の背もたれに背中を引っ付けるようにしてビーストから無意識に距離を取ろうとする彼女をアルパカがなだめた。
「あれがビースト。ARATAさんが探していた敵ですよ」
七花は目を真ん丸にした。
「え? あれゲームの敵なの? すごいリアル! 怖い!!」
「ですよね。私も初めて見たときかなり怖かったです」
観戦者がそんな風に会話している中、ビーストはゆっくりとハルに向き直った。
そして咆哮!
『ヴオオオオオオオオオオーーーーーーー!!!!!』
「ひゃっ!!」
七花が思わず両手で耳を抑える。(ワイヤレスイヤホンは耳孔に入っているので意味はないが)
「うっさいのよ犬っころが!!」
ハルも負けじと吠えた。
「まあすぐに黙らせてやるけどね!」
まさしく獲物を前にしたライオンの表情でハルは拳を構える。
新はその姿を見ながら昨日ハルとともにまとめたビースト戦の注意点を思い浮かべる。
1.ビーストは動きが遅いので攻撃した後距離を取ることは比較的容易。ヒット&アウェイは有効である。
2.ビーストの攻撃はニューマノイドのそれより遅い。よって攻撃を回避することはそこまで難しくない。ただし攻撃範囲はかなり広く、当たると非常に高いダメージを受けるので注意が必要。HPの半分以上を削る攻撃を一度でも受けた場合即時撤退のこと。
3.ビースト戦中のEXスキルは出来るだけ控えること。EXスキル使用後は硬直状態となるためビーストの攻撃を受ける可能性が高い。
このあたりが新がハルと話し合った注意点だ。
まあ即時撤退あたりはハルが難色を示していたが従ってもらう他ない。
命を大事にというやつだ。
とにかく片時も気を抜かずに撤退の時期を見誤らないようにしなければ。
ビースト戦はいつもそうだが新は緊張を感じながら戦いの開始を待つ。
そして、
Ready Fight!!
ガオンモール・フードコートでのビーストとの闘いが始まった。
というわけで今回は戦闘前のシーンを描いてみました
ハルは不機嫌そうでしたねえ
ツイッターのフォロワーさんにも「最近ハル影が薄いね」と言われていたので彼女が不機嫌になるのもしょうがないですねw
このような状態で果たして新と上手くコンビネーションを発揮できるるんでしょうか?
それは次回に!




