第11話 モフリンとナギ
少し時間は戻って今回はモフリンとナギの出会いのお話です
モフリンは他人と話すのが好きだ。
それも毎回同じ人じゃなくていろんな人と話すのが。
何故かというと他人と話すことで、その人の世界に触れられる気がするからだ。
仲良くなるほどに話題は深化し、その人の世界にも深く分け入っていける。
そういう時モフリンは自分の視界がぱあっと開けるような感じを覚える。
自分一人の小さな世界が他人の持つ世界とつながり少し大きくなる感覚。
彼女にとってそれはとても爽快で快感だった。
だからモフリンはたくさんの人と話すし、あまり選り好みというのをしない。
自分が興味ない分野、今までかかわってこなかった人種ほど、彼女の世界を広げてくれることを経験上知っているからだ。
そんなわけでモフリンはその二人のクラスメイトに話しかけることも全くためらわなかった。
「ねえねえ! それゲームの話? モフリンはあんまりゲームってやらないんだけど面白い?」
屈託なく話しかけてきた彼女に二人、………ミナミとアイカは最初警戒の色を隠せなかった。
二人はゲームやアニメなどいわゆるオタクコンテンツと呼ばれるものが好きで、クラスでも独特の雰囲気を持っており、浮いていたからだ。
少なからずリア充グループから馬鹿にされたりハブられた経験もあり、いつもクラスの中心にいるモフリンを警戒するのは当然のことだった。
しかし言外にあっち行けオーラを漂わせる二人に気づきつつもモフリンはめげなかった。
冷たくされても根気よく話しかけた。
その甲斐あって一か月後ぐらいには普通に話せるようになり、さらに一か月後くらいには二人と一緒に休日に遊びに行くようになっていた。
それはモフリンのコミュニケーション能力の高さももちろんだが、彼女たちへの好意が通じたということだったろう。
モフリンはすぐ人を好きになる。
彼女は他人の良いところを見つけるのが得意なのだ。
モフリンが他人と仲良くなれるのはコミュニケーション能力よりむしろ、こちらが原因だった。
他人から好かれて嫌な気持ちになる人間はあまりいないのだから。
さて二人との付き合いだが。
それはモフリンにとってとても刺激的なものだった。
というのもモフリンは今までほとんどアニメを見たりゲームをしたことがなく、二人からもたらされるオタクコンテンツの情報やその楽しみ方などは全くの未知。
まさしく未開拓の世界がそこに広がっていたのだ。
モフリンは部活の合間を縫っては二人とアニメイトに行き、乙女ゲームを借り、漫画を読み込んだ。
もちろんその間リア充グループとも交流は続けていた。そのあたりのバランス感覚もモフリンは優れていたのだ。
そして季節は春になり、次の学年でも三人は同じクラスになった。
そんなある日。
「モフリン。実は一緒にやりたいゲームがあるんですけど、次の日曜どうですか?」
栗色の長い髪をおさげにして胸に垂らした眼鏡っ娘ミナミが、昼休み一緒にお弁当を食べているときに尋ねてきた。
「ん? 改まってどうしたんだねミナミ君? 次の日曜は空いてるけど?」
サンドウィッチをもっしゃもっしゃむさぼりながらモフリンが怪訝そうな顔をする。
「今回は家でやるんじゃなくて外でやる」
ずびびーとジュアをストローですすりながら無表情にアイカが補足した。
「外で? ゲーセンとかじゃなく?」
モフリンは驚いた様子で大きな目をさらに大きく見開く。
アイカはストローをくわえたままこくりとうなずいた。
「へえ~! そんなゲームもあるんだ! 面白そうだね!」
またぞろ新しい体験ができそうだとモフリンは目を輝かせた。
そんな友人の姿を見て嬉しそうにミナミとアイカは微笑みを交わすのだった。
・・・・・・・・・・
日曜に二人と待ち合わせて町の目抜き通りへ向かう。
そこは休日一部が歩行者天国になっていて、多くの人で賑わっていた。
ミナミとアイカによると、ここでSOHのアプリを起動し、VRグラスをかけるとキャラクターと出会うことができるらしい。
早速、最近仕事用のVRグラスを買い換えたため余っていた母のVRグラスをかけ視線を巡らす。
そこはまるで異世界だった。
中世騎士風の剣と鎧で身を固めた青年。
魔法使いのようなとんがり帽子をかぶり杖を持った少女。
近未来風のメカっぽい装備を身ににまとった美女。
精細極まる3DCGで形作られた様々なゲームキャラクターがモフリンを魅了する。
まるで現実にいるかのようなニューマノイドの存在感と受け答えに、二人とともにいちいち歓声を上げる。
その中でミナミとアイカは自分の仮契約の相手を見つけていった。
二人とも大好きな乙女ゲームの押しキャラにちょい似の男性ニューマノイドを選んでいた。
いずれおとらぬイケメンだ。
モフリンも仮契約の相手を探すが、今ひとつピンとくる相手がいなくて、少し休憩することにした。
自分のニューマノイドと和気あいあいと言葉を交わす友人たちに断って、コンビニに入りカフェラテを買う。
イートインがあったのでカップからラテをすすりながら、しばしラテブレイクすることにした。
楽しい時間にふっと訪れた一人きりの時間。
こういう時間もモフリンは好きだった。
店の外の歩行者天国を歩く人々を見ながら、彼らがどんな人生を歩んでいるのか想像したり、彼らのファッションを眺めたり。
人間観察をするのも楽しい。
そんな風に静かにラテを飲み続け、カップが空になりかけた頃だった。
唐突に誰かの視線を感じた気がした。
モフリンがいるコンビニの向かい側からだ。
そこには一人のニューマノイドがいた。
牛丼屋の前でまるで歩哨のように姿勢正しく立っている青年だった。
何故かモフリンとばっちり目が合っている。
気になったので彼女は店を出て彼に近づいてみることにした。
そこではたと彼女は立ち止まる。
彼のインパクトのある容貌に気づいたのだ。
癖のある黒髪の短髪。褐色の肌に切れ長の瞳。白コートに戦国武将のような赤い肩防具。
腰には刀も差している。
いかにもゲームキャラクターだなあと思うが、近づいてくる彼女に気づいてすっと背筋を伸ばした姿ははっとするほど美しい。
「やあ! こんにちは!」
しばし一時停止したモフリンだったがそれも束の間、いつもの調子で陽気に声をかける。
「………こんにちは」
青年は少し戸惑った様子で応えを返した。
「さっきからこっち見てたよね?」
早速本題を尋ねてみると。
「? 見ていた? どういうことでしょう?」
怪訝そうな顔をされた。
「え? いや見てたでしょ?」
今度はモフリンが戸惑う番だった。
青年は少女のそんな様子に、細い顎に手を当て「ふむ」と一声うなる。
そしてこれを話していいものか少し悩んだあとでこう切り出した。
「何か勘違いされているようですが、私は何も見えておりませんよ」
「? 何も見えてない? でもこっち見てるじゃん」
「それはあなたがかけているVRグラスがあなたの視線を感知して、私の映像にそういう行動をとらせているにすぎません」
彼は淡々とシステム的なぶっちゃけ話をする。
「仮契約すればあなたのスマホのカメラを通して、私は『見る』ことができるようになりますが、仮契約していない今は私には何も見えておりません。といいますか目となるものがない状態なのです」
モフリンは思わずぽかーと口を開けて彼を見つめてしまった。
じゃあ視線を感じたのは私の勘違いだったのか。
それはちょっと恥ずかしいが、モフリンにはもっと気になることがあった。
仮契約しなければ『見る』ことすらできないなんて。
そんなのは可哀そうだと思う。
ゲームキャラクター相手に的外れかもしれないが、モフリンはそう思ってしまったのだ。
だから思わず問いかけていた。
「君は見たいと思う?」
端的な問いだったが彼には通じたようだった。
「そう、ですね………」
彼は少し逡巡してから口を開いた。
「私は見たいです。『見る』ということをしてみたいです。そして叶うならば………」
そこで彼は長いまつげの下の深い色合いの黒瞳で彼女を見つめて言った。
「貴方の顔を見てみたいです」
「!」
ドキリと心臓が跳ねた。
相手はゲームキャラクターだというのに、そして見つめられているのもただのプログラムだというのにモフリンはどぎまぎしてしまう。
「そ、そっかあ! じゃあ私と仮契約しよう!」
それを隠すようにモフリンは若干ドモリつつもいつもの調子で明るく返す。
しかし微かにその頬は赤い。
対して彼は一瞬目を見開いた後いきなり膝まづいた。
「私を選んでいただきありがとうございます主様。主様のお役に立てますよう誠心誠意仕えさせていただきます」
「あー! 立って立って! おおげさだよ! あとモフリンのことはモフリンで良いから!! 主様っていうのはどうも………」
苦笑しながらそういうモフリンに従って立ち上がった彼は、爽やかなイケメンスマイルを浮かべる。
「ではモフリン様とお呼びいたします」
「いや、様もいらないんだけど………」
「いいえ。そういうわけには参りません。貴方様は私の大事な主君でございますから」
頭の固いやつだった。
でも不思議と嫌な感じはしない。
何か自分がお姫様扱いされているようで嬉しかったのだ。
幼いころに読んだ本に登場したお姫様の騎士もこういうお堅いやつだったことが不意に思い起こされた。
モフリンは苦笑する。
「もう、しょうがないなあ! じゃあそれでいいよ!」
「ありがとうございます」
「あ、そういえば名前をまだ聞いてなかったね?」
「はっ?! これは失礼いたしました」
失態に気づいたというように目を見開いた彼は、次に居住まいを正して名乗った。
「私の名前はナギと申します。ただこの名前は変更可能で………」
「いやいいよ」
「はい?」
「ナギ………。良い名前じゃん。そのままにしとこう」
「………そうですか」
ナギは言葉少なだったが嬉しそうだった。
「これからよろしくねナギ!」
「はいモフリン様。こちらこそよろしくお願いいたします」
こうして二人は仮契約を交わし、10日間の仮契約期間を経て本契約を交わすことになったのである。
モフリンとナギの出会いはいかがだったでしょうか?
ちなみに出会いの小路にいる契約前のニューマノイドはものを見るということはできませんが、プレイヤーの接近を感知することはできます
第3話のハルはなにがしかのプレイヤーの接近を知って「ちょっと! 無視すんな!! そこの辛気臭い顔したあんたに言ってんのよ!!」などと言っていたわけですね 顔も見えないのに
ほんとに失礼なやつですw
さて次回は再びハルとナギの対戦になります
今回の話もかんがみて読んでいただくと前回の戦闘とはまた違う読み方ができるかもしれませんねd(*^v^*)b




