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第9話 田中

 ビーストとのバトルの翌日のことである。


「おーい、ハル。ちょっと相談したことがあるんだが」


「………」


 ハルは無言。むすっとした顔で腕組みをして恨めしげな顔でスマホの中から新を睨み上げてくる。


 あの後、結局新はハルの了承を得ずに撤退した。


 その結果がこれであった。


「なあ。良い加減機嫌直せよ」


「プイッ」


 うわ、プイ出た。


 あんたの話を聞く気はございませんというようにそっぽを向く相棒に、新は思わず頭痛をこらえるように額に手をやった。


 ほんとに気難しいやつだ。


 メンテ明けからこっち少しは協力関係が出来てはきたが、ハルのこういう扱いづらさはそのままなのである。


 新は根気強くもう何度目かになる説明をする。


「あの時はしょうがなかっただろ? もうHPが半分になってたし、あいつの攻撃は一撃でその半分を削るんだ。撤退するしかないだろ?」


「あいつの攻撃に当たらなければいいもん」


「いいもんってお前なあ………」


 子供みたいなことを言い出したおのれのニューマノイドにさすがの新も呆れ顔だ。


 ハルもそれは自覚しているようで、ぷくっと口を尖らせながら呟くように言う。


「………あたしだってあんたの判断が正しかったってわかってるわよ。でも納得は出来ない。悔しいもんは悔しいのよ!」


 本当にめんどくさいやつなのだった。


「しかしあれ本当に倒せるんですかね? 私とカルマはかなり粘ってビーストのHPを削ったつもりでしたが、それでも10分の2程度でしたよ?」


 二人の様子を苦笑しながら見守っていたアルパカが話題を変える。


 しかし訴え自体は切実なもののようで、だんだん眉根が寄っていく。


「とても一回の戦闘で倒しきれるものじゃないと思うんですが………」


「だよね~! ゲームバランスおかしいよ~」


 近くで話を聞いていたモフリンもうんうんと熱心にうなずいている。


 SAIもいるのだがモフリンに人見知りしているのか金髪グラサンの置物と化していた。


 ちなみに今日は例によって緑風公園ベンチでだべっている3人プラス立ち話モフリンという構図である。


「モフリンも昨日ビースト・ハント行ってみたんだけど危うくこっちがハントされちゃうとこだったよ~」


 それな、と新、SAI、アルパカがうなずく。


 モフリンはでしょ~と嬉しそうに両手の人差し指で3人を順繰りに指さして見せる。


 動作の意味は分からないが、この数日ですっかり3人と馴染んでいるモフリンだった。


 そして3人だけではない。


 モフリンは屈託なく緑風公園内の他のプレイヤーにも話しかけ、対戦し、いつの間にか仲良くなっている。


 恐るべきコミュりょくの高さであった。


 ――それからも四人はくだくだと運営に対する文句を垂れていたのだが、それを聞きつけた者がいた。


「それは違いますぞ、おのおの方!!」


 何事?! と振り返る4人が見たのは、近寄ってくる異様な風体の男だった。


 まず目につくのはその顔にかけた旧型のVRゴーグルだ。


 それはVRグラスとワイヤレスイヤホンにスマホという、アウトドア型VRゲームスタイルがまだ定着する前に流行したもので、顔の鼻の半ばあたりから眉のあたりまでと耳を完全に覆うVRゴーグルだった。


 しかも男が装着しているのは人気ロボットアニメ機動戦士ガンゲインの主人公が使用しているヘルメットを模した限定品。


 ネットオークションでとんでもない値段がついていたレアアイテムだった。


 男は半透明のバイザーをスイッチ1つでシュッと収納すると、にかっと白い歯を見せて微笑んで見せる。


 現れたのはぽっちゃりとよく肉のついた顔。


 年の頃は20代後半ぐらいだろうか。


 目はたれ気味。常に微笑んでいるようでなかなか愛嬌がある。


 体にも相応にお肉がついていて腹などはどん! と立派に突き出しているのだが、全体的に丸っとしたフォルムで、そこもどこか愛玩動物のような可愛らしさがあった。


 服装はアーモンドグリーン色の軍用っぽいシャツにインナーは白のTシャツ、ボトムは紺のジーンズ。


 黒髪はつやつやと輝いて天使の輪が出来ている。


 そいつはたれ気味の目をカッ! と見開いて言った。


「ビーストは確かに桁違いのHPを誇りまする。しかしそれは何日もかけて少しずつHPを削り、そののちに仕留める仕様になっているからでござる!」


 断言するゴーグル男にアルパカは小首を傾げる。


「なんでそんなことが分かるんですか? 運営はそのようなアナウンスはしてませんでしたよね?」


 ふふふ! と男は不敵に笑って見せた。


「当然、それがしは根拠なくこのようなことを申しておるのではござらん! これをご覧あれ!」


 そういうとゴーグル男は、持っていたタブレットを示して見せた。


 そこにはスクショの画像が表示されている。


 魔法少女っぽいニューマノイドとビーストが対峙している画像だ。


「これがイベント初日戦闘前。もちろんビーストのHPは満タンでござるな」


 ゴーグル男が解説しながら画面を進める。


 今度は魔法少女とビーストが戦っている場面が表示された。


「これが何回か攻撃を加えた後でござる。その分HPが減っているでござるな。そして次の画像が肝要ですぞ」


 次に表示されたのは再びビーストと対峙する魔法少女のスクショだった。


「これが昨日の戦闘前の画像でござる。ご覧あれ。きゃつばらのHPが減っているでござろう?」


 新たちは思わず身を乗り出した。


 確かにゴーグル男の言う通り戦闘前らしいのにHPが減っている。


「そしてこれが今日の戦闘前。HPがさらに減っているでござる」


「なるほど」


 疑問を呈したアルパカも得心の言葉を漏らす。


「ようするに私たちはマークした一匹のビーストを倒すまで追い続けるわけですか。そして一度与えたダメージはリセットされることなく蓄積されると」


「その通り!!」


 ゴーグル男は我が意を得たりと大きくうなずく。


「なるほど~! 何回も挑んで削っていけばいいんだ! 運営のバランスミスじゃなかったんだね!」


 モフリンも納得! というようにキラキラした笑顔を見せている。


「教えてくれてありがとうございます。えーと………」


 律儀な新は彼に礼を言いかけて口ごもる。


「おお! ご紹介が遅れたでござるな! 拙者せっしゃ『田中』と申すもの。しばしばこの公園にも来る予定でござるから以後お見知りおきを!!」


「あ、これはご丁寧に。俺は『ARATA』ですよろしく」


「ARATA殿でござるな! 拙者と話すときはタメ口でいいでござるよ!」


 そう言って柔和な笑みを浮かべる田中は人当たりが良さそうだ。


 SAIも、アルパカやモフリンの時ほど人見知りを起こさず無難に自己紹介をしていた。


 一通り自己紹介を終えると田中が切り出した。


「おのおの方はこれからビーストハントでござるか?」


「ああ。そのつもりだけど」


「ふむ。では準備運動と親睦を兼ねて拙者と一本勝負と行きませぬか?」


 一本勝負か………、と新は考え込む。


 できればビースト・ハントにはHPが満タンの状態で行きたいのだが。


 そんな新の心を読んだように田中はにやりと笑った。


「なあにHPの心配はご無用でござる。拙者と対戦してくださった方にはこちらからスタミナンを贈呈いたしますゆえ」


「え?!」


 それは新にとって意外な申し出だった。


 スタミナンというのはHP回復アイテムだ。


 SOHではフルバトルや一本勝負で減ったHPは何もしなくても自然回復していく。


 しかしそれには時間がかかるのだ。


 スタミナンを使うと減ったHPを通常の自然回復より早く回復させることができる。


 その効能があれば確かに一本勝負で減ったくらいのHPなら、ビーストとの戦闘前に回復できるだろうが………。


「いやそれは助かるけど、スタミナンそんなに持ってるのか?」


 スタミナンはそんなに簡単に入手できるアイテムではないはずだ。


 少なくとも新はSOHのログインボーナスでもらった数本を持っているだけだった。


「持ってるでござるよ。課金して大量購入したでござるからな。スタミナンもスタミナンEXもスタミナンDXも備蓄に余念はないでござる」


 田中は何でもないことのように言うが、これは今のところSOH無課金勢の新にはなかなか衝撃的な内容だった。


 特にHPを一瞬で全回復させるDXは相当値が張るはずだ。


 アルパカとモフリンも畏怖するかのように田中を見ている。


 SAIだけは「?」と何を驚いているのかという顔だが。


 皆の視線を浴びながら田中は言った。


「拙者はSOHに『本気』でござるからな」


 口調はユニークだがそこには真剣な瞳をした男がいたのだ。


・・・・・・・・・・


 田中さんのイラスト


挿絵(By みてみん)


撤退してハルにへそを曲げられた状態から始まる9話いかがだったでしょうか?


新しいキャラも登場しましたね


今までと毛色の違うキャラなのでちょっと驚かれた方も居るかもしれません


次回は田中さんのニューマノイドも登場します お楽しみに~d(*^v^*)b

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― 新着の感想 ―
[良い点] (読者が知りたがっている)肝心な部分を飛ばして事後報告。 いい筆捌きですね。緊張感が続くパートが終わり一息つきたいところ。 [一言] (田中さんを指して)誰、このイケメン。 田中さんはイ…
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