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第30話 激闘

 翌日。SOHサービス開始九日目。


 ハルとの仮契約も後丸二日を残すのみとなった朝。


 新はいつもよりかなり早くに目が覚めた。


 昨日の夜は、ようやくハルと共闘できる関係になったことに興奮し、あれこれこれからのことやどんなふうに戦おうなどと考えていたら、あまり眠れなくて、早くに目が覚めてしまったのだ。


 これではまるで遠足前の小学生だ。


 自分に苦笑しつつスマホを手に取り時間を確認するとまだ朝の六時だった。


 ちゅんちゅんとカーテンがかかった窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえ、ブロロロロ………、と新聞配達らしい原付の音が聞こえる。


 半身を起こし、ぼりぼりと寝癖だらけの頭を掻き、ふあああ………と欠伸をする。


 眠い。


 だが不思議と二度寝する気にはならなかった。


 頭はすでにSOHのことを考えていた。


 布団に足を突っ込んだまま新はスマホでSOHのwikiを検索する。


 並んだニューマノイドの名前にハル型のものはまだ無かった。


 本当にレアキャラなのかもしれない。


「うーん………」


 ラプシェ・SAIの(パール)対策は幾通りも考えてあるが、新にはどれも今一つ決め手に欠いている気がしていた。


 何かあと一押しあれば勝利を手繰り寄せることが出来ると思うのだが………。


 新はしばらくwikiのスキルやアビリティーの項目を彷徨って、ラプシェ攻略のヒントを探すが見つからない。


 ともかくハルの能力をもう一度確認しようとSOHを起動した。


「おう、………おはよう」


 ホーム画面に現れたハルにあいさつする。


 ハルは「ん………」といつもの仏頂面で返事とも何とも言えないうめきを返した。


 昨日は勢いで結構恥ずかしいことをいろいろ口走ってしまった気がする新は、なんとなく気まずく、それ以上は何も話さずステータス画面へ。


 ステータス画面でハルのアビルティやスキルを一つずつ細かく確認していく。


 そしてそれに気づいた。


 慌てて布団を跳ね飛ばし、息急き込んでホーム画面のハルに告げる。


「ハル! ラプシェとSAIに勝つ算段がついたぞ!!」


 彼の顔にはいつにない不敵な笑みが浮かんでいた。


 そう、まるで戦う前のハルの様に。


・・・・・・・・・・


 午後2時5分前に緑風公園に着くと、SAIとアルパカはすでにいつものベンチに座っていた。


 あまり盛り上がってる感じではないが、ポツポツと会話を交わしているようだ。


 最初SAIはアルパカに人見知りして一言も話せなかったのだが、少しずつ慣れてきたといったところか。


 新は思わず笑顔になる。


「よう!」


 片手を上げつつ声をかけると、


「来たな」


「こんにちはARATAさん!」


 と、それぞれが笑顔を返してくれた。


 新はSAIの隣に座り、昨日の夜ハルと話し合った後SAIとアルパカに送ったメッセージの内容を確認する。


「今日はSAI・ラプシェ組とフルバトルしたいと思ってる。集中したいから悪いがアルパカとの一本勝負はお休みにしてほしい。いいか?」


 今まで新達は誰かと一本勝負をし、そのあとフルバトルというパターンを繰り返してきた。


 一本勝負は一本取れば終了なのでHPがそんなに減らないが、フルバトルはHPがゼロになるまで終わらない。


 SOHではHPがゼロになってしまうと、時間経過でHPが回復するまで基本的にバトルが出来なくなるので一本勝負→フルバトルとこなした方が効率よく経験値が獲得できるのだ。


 それを今日、新は一本勝負を経ずにSAIとのフルバトルのみを行おうとしていた。


 これは新のこの一戦にかける意気込みを示すものだった。


 それを感じ取っていたのだろう、昨日返信されたメッセージ同様アルパカは快くうなずいてくれた。


「はい、構いません。でも観戦はしたいです。いいですか?」


「ああ、俺はもちろん構わない。SAIはどうだ?」


「私も異存はないな」


「ありがとうございます」


 会話している間SAIとアルパカの表情はどこか固かった。


 この一戦がこの小さなコミュニティーの今後を決めることが分かっているのだ。


「じゃあ始めるか」


「ああ」


 新とSAIはどちらからともなくベンチから立ち上がり、アルパカが見守る正面で向かい合う。


 二人の間からちょうど噴水が見え、放水が始まっていた。


 キラキラと輝く水しぶきを背景に二人は対戦申請とアルパカの観戦申請を承諾する。


 VRグラスを掛けた三人の視界で、現実の緑風公園がバーチャルリアリティーの緑風公園に置き換えられていく。


 VRの世界では噴水は放水されずキラキラと水面が揺れているだけ。


 その切り替わりがVRを強く意識させる。


 公園が完全に仮想世界に置き換わるとほぼ同時に、新の側に青灰色のボディースーツを身にまとった金髪少女が、SAIの側にネコミミフード付きパーカーの少女が召喚される。


 新とSAIはスマホから目を離し、それぞれの相棒(パール)に向き直った。


「行くぞハル!!」


「フンス!!」


 新の声に猛々しい鼻息で答えるハル。


 両手のグローブをガシーン! と胸の前で打ち合わせて気合十分だ。


「ラプシェ手加減なしで行け!!」


「はいマスター! 了解です!!」


 SAIの指示に可愛らしい幼顔をきりっと引き締めて答えるラプシェ。


 くるりと己の身の丈ほどもある巨大なハンマーを一回転させて半身に構える。


 そして、


 Ready Fight!!


 4人の対戦が始まった。


・・・・・・・・・・


「はああああああ!!!!」


 最初に動いたのはやはりハルだった。


 両の拳を握りすさまじいスピードでバトルフィールドを疾駆する。


 対するラプシェは今日も万全の態勢。


 カウンター狙いでハンマーを体の横に構える。


 SAIは眉をしかめた。


 ハルはまたいつもの工夫のない一直線の開幕ダッシュだ。


 今日はどこか雰囲気が違うと思っていたが、勘違いだったか。


 だとしても容赦はしない。


「ラプシェ!」


「はい! てりゃああああああ!!!」


 以心伝心。


 高速で迫るハルの拳が届く寸前にラプシェはハンマーを横殴りに叩きつける。


「っ?!」


 しかしハルの側面をとらえるはずのハンマーは空を切っただけ。


 そして、


「きゃっ?!」


 ラプシェの両足首に衝撃。


 彼女の体が宙に泳ぎその大きな胸が公園の石畳にしたたか打ち付けられる。


 その(かん)ほんの刹那。


 ラプシェには自分に何が起きたのか分からなかったに違いない。


 しかしSAIには見えていた。


 ハルはラプシェの攻撃が届く瞬間、体を後ろに倒れる寸前まで仰け反らせハンマーを躱したのだ。


 そしてそれまでの加速によって慣性に乗ったハルの両足は、そのまますさまじい勢いでラプシェの両足を刈り取り転倒させた。


 要はサッカーのスライディングの様なものだ。


 今の場合はボールではなくラプシェの足を狙ったわけだが。


 しかもそれで終わりではなかった。


 スライディングで1メートルほども石畳を滑り、一瞬宙に浮いたラプシェの体の下をくぐり背後にいたハルが素早く立ち上がり、半身をひねるようにしてそのまま宙に身を躍らせたのだ。


「くったばれえええーーーーーー!!!」


 叫びながらかざすは、鋭い(ひじ)


 全体重を乗せたエルボードロップが、うつ伏せに倒れたままのラプシェの背に炸裂する!


「げふっ」


 ラプシェの口から腹の中の空気を吐き出すような苦鳴が漏れHPが減少する。


「もういっちょ!!」


 調子に乗ったハルは立ち上がりさらなるエルボードロップを叩き込もうとするが、


「ラプシェ転がれ!!」

「!」


 とっさにSAIの指示が飛び、ハルの追撃は石畳を穿つ。


 技後の隙が大きいエルボードロップの間隙をついて、ラプシェは四足獣のように両手両足で逃げ、ハルから距離を取った。


 ハルが立ち上がり再び態勢を整えたラプシェと向かい合う。


 ハルのHPは当然無傷。


 対するラプシェのHPはスライディングキックとエルボードロップによって減少している。


 新とハルは先制攻撃に成功したのだ。


「まさかスライディングとはな………」


 SAIが頬に一筋の汗を伝わせながら呟く。


 新に向き直りニッと笑いかけた。


「どうやら今までとは違うようだな」


 新も不敵な笑みで応じる。


「もちろんだ。俺たちの本当の力を見せてやる」


 しかし内心新はしまったと思っていた。


 スライディングはハルと昨夜話したときにアイディアとして披露し、今日打ち合わせていた通りに上手く決まったが、エルボードロップはハルの独自の判断で放った技だった。


 通常ならそのあと腕ひしぎ十字固めなどの極め技に移行すべきなのだが、ハルはまだ極め技のトランクスキルさえ習得していない。


 そのため極め技に移行することが出来なかったのだ。


 せめてカルマとの初対戦時のようにストンピングをしていればもっとダメージを与えられたと思うのだが。


 これはとっさに指示できなかった新のミスだろう。


 しかし彼は不敵な笑みを崩さない。


 新が考案した先程のスライディングキックの効果はダメージを与え転倒させるだけではないのだ。


「はああ!!」


 ラプシェとジリジリ間合いを測りあっていたハルが、焦れたようにまた拳を握り突進していく。


 このあたりの単純さは相変わらずだ。


 しかしラプシェの反応が違った。


「えっと………」


 彼女はそのままハルがパンチで来るのか、またスライディングで来るのか判断に迷い、ハンマーを中途半端に構えたままおどおどしていた。


 これがスライディングのさらなる効果だった。


 カウンターを狙うか、それともスライディングを警戒して身構えるか。


 対応しなければならない選択肢が増えたことで、今までカウンター一辺倒だったラプシェの行動に迷いが生じたのだ。


 そして、その間に急接近したハルがパンチを繰り出す。


「くうっ!」


 ラプシェは辛うじてハンマーの柄で受けるが、ここまで接近されてはハンマーを振り回すことはできない。


 迷いから生じた一瞬の遅滞がハルに有利な状況を生み出す。


「おりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」


 ハルの左右の拳撃の乱打をラプシェは成す術も無くハンマーによる防御の上から受ける。


 ギギギギギン! と金属の音が連続し、火花が散る。


 そして拳撃に注意が向いたところでしなるようなキックがパーカー越しの横っ腹に叩き込まれる。


「ぐっ!!」


 思わず前かがみになるラプシェの横っ面を追撃する、左右の拳の二連撃。


 ラプシェはそれもまともに食らった。


「よし! いいぞ! そのまま削り切れ!!」


 新の舞い上がったような声。


 だがその時、鋭いSAIの指示が飛んだ。


「ラプシェ、足だ!!」


「!」


 ほぼ同時にラプシェは前蹴りを繰り出した。


 予想もしていなかった攻撃をハルはまともに受ける。


 ハルとラプシェの間にわずかな距離が開いた。


「今だ!!」


 前のめりになったSAIの指示。


『どっかんハンマーーーーーーー!!!!』


 ネコミミフードの少女がコマンドワードを叫ぶ。


 ハンマーが青いオーラに覆われた。


「ハル!! 逃げ」


 新が口を開くがハルは距離を詰めようとしていたところだった。


 まさに絶好のタイミング。


「やあああーーーーーーー!!!」


 カウンター気味のEXスキルがハルの顔面を完璧にとらえた。


「がっ!!」


 ハルがすさまじい勢いで吹き飛ぶ。


 石畳に叩きつけられバウンド。


 それでもなんとか立ち上がるが足元は定まらずフラフラしている。


 新はwikiにあった記述を思い出す。


 ハンマーはもともと完璧に決まると朦朧状態になる特殊効果を持っているらしいのだが、EXスキルの『どっかんハンマー』ではその確率が高まるらしい。


 威力も高く特殊効果も増幅されるEXスキルは強力だ。


 しかしその分技後(ぎご)硬直(こうちょく)と言って技を出した後に大きな隙が出来るのだが、その時間より今回はハルの朦朧状態が続く時間の方が長かった。


 まともに構えることもできないハルに距離を詰めたラプシェが難なくハンマーの攻撃を加える。


 一撃。さらにもう一撃。


 三撃目は朦朧状態から回復したハルが何とかガントレットで防御するが、空いた腹部にまた前蹴り。


 思わず後ずさったハルにハンマーがまたもやクリーンヒット。


 その勢いに押されるようにハルは大きく飛び退き、なんとか距離を取ることに成功する。


 しかしハル有利で進んでいたバトルは一気に形勢逆転。


 ラプシェがわずかにリードして互いのHPはおおよそ四分の一というところになった。


・・・・・・・・・・


 ハル全身イラスト



挿絵(By みてみん)


攻撃攻撃また攻撃! 今までにない激闘が繰り広げられた30話いかがでしたでしょうか?


熾烈な戦いは次回も続きます


勝つのはハルか? それともラプシェか?! こうご期待です!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] バトル直前の「間奏」とも言うべき箇所。 噴水が放水を始める描写がとても良かった。いつもとは違う、何かあるな、と期待させてくれるシーン。「その切り替わりがVRを強く意識させる」 演出として挟…
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