第27話 衝突
ハルがラプシェにエクストラ・スキルを食らって負けたその日の夜のことである。
いつもはツイッターで流れてくるニュースを眺めたり、動画サイトで面白動画を鑑賞してプスス! と含み笑いをしたりする夕食後のひと時。
新はSOHを起動してHOME画面に映るニューマノイドと向かい合っていた。
いつもは手に持つスマホだが、今日はスタンドに立ててある。
そして自身は尻の下に座布団を敷いて胡坐をかいた長期戦の構え。
新は今日ハルととことんまで話し合うつもりだった。
場合によっては日付をまたぐことも辞さない覚悟で、彼の傍らにはペットボトルの水まで置いてある。
もちろんスマホの充電も満タンだ。
ハルの方もこれからいったい何が行われるのか薄々感づいているようで、平素よりムスッとした表情で新をスマホの中から睨みつけている。
「ハル。今日はお前と話し合いたいことがある」
しかつめらしい顔で新が切り出すと「何よ?」とハルの答え。
ライオン娘はなんとなくすでに喧嘩腰だ。
「話したいのはお前の戦闘スタイルについてだ」
新はそこまで言って唇を舌で湿らせた。
これがハルの嫌う話題であることは分かっている。
しかしもう避けて通れないところまで事態は進行してしまっていた。
「戦闘スタイルですって? あたしの戦い方に何か文句でもあるっていうの?」
答えたハルはイライラを隠そうともしていない。
「文句があるわけじゃない。ただ改善すべき点があるってだけだ」
「………!」
ハルはちょっと意外そうに目を丸くした。
新が文句を言うとばかり思っていたのだろう。
それから無言であごをしゃくる。続きを話せということらしい。
一応話を聞いてくれる気になったのは良かったが、偉そうな奴である。本当に。
「まずバトルが始まったら必ずダッシュで突っ込んでいくのはやめた方がいい。ワンパターンだ」
「う………」
新の指摘にハルが苦しそうに呻いた。
どうやらそのあたりの自覚はあったらしい。
「待つのは性に合わないのよ………」
ハルは決まり悪げに目を逸らしながら、言い訳にもならない言い訳をする。
「それは分かるが、もうお前の開幕ダッシュは完全に読まれてるぞ。お前も分かってるんだろう?」
「………………」
ハルは目を逸らしたまま答えない。
もうちょっと豊富な表情モーションが実装されていたなら、口を尖らせていたかもしれない。
「ラプシェもカルマも完全に待ち構えてるからな。それでお前はだいたい最初の一撃やカウンターを食らってしまう」
新はハルに懇懇と指摘する。
「それが戦闘終盤になると効いてくる。敗戦の原因の一つになってるんだ」
SOHのフルバトルでは、HPの減り具合が勝敗を分ける。
最初の一撃をもらってしまうということは、相手に戦闘のイニシアチブを握られるに等しい。
それが一本勝負ではなおさらだ。
その一撃で勝負が決まってしまうことすらあるのだから。
「別に開幕ダッシュが悪いってわけじゃない。要はもう少し工夫が必要だってことだ。俺の言ってることが分かるか?」
新の問いにハルはちらりと彼に目を遣った。そして、
「………考えとくわ」
いかにも渋々という感じでいちおう指摘を受け入れた。
新はひとまず胸を撫で下ろす。
まずは第一段階クリアといったところだ。
ハルも決してこのままでいいとは思っていないのだ。
しかし本題はここからだった。
新はペットボトルの水を一口飲み、のどを潤してから次の話を切り出した。
最も困難で、そして重要な話を。
「あとな、ハル」
何気ない風を装って新。
「何? まだ何かあるの?」
ハルはうんざりした様子。
しかしここで話は仕舞いというわけにはいかない。
「やっぱり戦闘中の俺の指示は必要だと思う」
途端、ハルがキッ! とこちらに鋭い視線を向けてきた。
新はそんなハルが口を開く前に言葉を継ぐ。
「別にお前の戦い方が駄目だと言ってるわけじゃないぞ? ただ戦闘中のお前には見えないものが」
「嫌よ」
「は?」
「嫌だと言ったの」
「………」
新は口を閉ざす。
やはりこうなったか。
でもここで引くわけにはいかない。
今日はとことん話し合うと決めたのだ。
「でもお前実際このままで勝てるのか? 他のニューマは指導者と協力して戦ってるんだぞ? お前独りで本当に勝てるのか?」
「勝てるわ」
ハルは断言した。
「この間スキルアップもしたし、今日だってかなりましな戦いが出来るようになってた。このままあたしが強くなれば勝てる」
しかしその口ぶりは自分に言い聞かせるようでもある。
新は呆れた。
「お前なあ………。そんなわけないだろうが。向こうだってレベルアップもスキルアップもしてるんだ。見ただろう? ラプシェのEXスキル。ラプシェやカルマの方がこっちより勝ち数が多いぶん先に強くなっていくんだぞ?」
前のめりで正論を説くが、ライオン娘は耳を貸そうとしない。
「それでもあたしが勝つわ。あんたの指図なんか受けない」
ついにはそっぽを向いてしまう。
「このっ………!!」
新の頭に血が昇った。
どうして分からないんだ。
少しでも俺の話を聞こうとしないんだ。
そんなに俺が嫌いなのか。
そんな思考がぐるぐると頭を巡り胸を焼き口からあふれ出た。
「なんでそんなに意固地なんだよ!! 俺の指示を聞くのが何でそんなに嫌なんだ!! 訳が分からねえよ!! 指導者とニューマがこんなんじゃ勝てっこねえよ!! お前は勝ちたくねえのかよ?!」
思わず叫んだ新の前でスマホの中のハルがすごい勢いで振り返った。
「勝ちたいわよ!! 勝ちたいに決まってるでしょう?! あたしは勝ってもっと強くなりたい!! あたしにはそれしかないんだから!!」
「なら………」
「でも嫌だ!!」
全てをぶちまけるみたいにハルは叫ぶ。
「あんたの指示に従うなんていや!! あんたじゃなくても誰の指示に従うのもあたしは嫌なの!!」
子供のようにいやいやと頭を振る。
「だって誰かの言いなりになるならあたしの意志なんていらないじゃない!! あたしが居なくてもいいじゃない!! あたしはここにいるのに!! ここにいるのよ!!」
ぎゅうっと胸を掴み支離滅裂になりながらも、ハルは必死に………、そう必死に叫んでいた。
そして決定的なその言葉が放たれた。
「あたしはあんたの操り人形じゃない!!!」
「………!!」
その瞬間新の胸に何かが刺さった。
それは皮膚を突き抜け心臓を貫き、新の深い深い場所にぐさりと突き立った。
今まで感じたことのないその痛みに何も言えなくなる。頭が真っ白になる。
スマホの画面の中ではハルがまだ新を睨み付けていた。
新はハルが泣いていると思った。
涙は流れていないけど彼女が泣いていると。
そんなハルに何を言うこともできなくて、新は逃げるようにSOHを終了させた。
ハルの真っ直ぐな視線をこれ以上受けるのが怖かった。
………外からパタパタと雨音がし始めていた。
明日は雨になりそうだった。
ついに決定的な決裂を迎えてしまった新とハル
果たして修復は可能なのでしょうか
彼らの行く末をどうか見守ってやってください(最終回ではありません)




