第26話 エクストラ・スキル
ハンマーが空を切り石畳を盛大に叩き割った。
ハルは素早く反転して、バネ仕掛けのようにさらに飛び退りハンマーの攻撃範囲から逃れる。
「よし! いいぞ!」
新の口から思わず歓声が漏れた。
ハルのスキルアップとアビリティー取得をした次の日。SOHサービス開始七日目のことである。
いつも通りの緑風公園バトルフィールドで、新はSAIラプシェ組にバトルを挑んでいた。
現在HPは僅かながらラプシェよりハルのほうが多い。
偶然かそれともスキルアップの効果か、今日は回避や防御が上手くいって、ラプシェのカウンター攻撃を凌ぎきり、ハルは優勢に戦いを進めていた。
「おりゃああああああ!!!」
「きゃっ!!」
またハルの攻撃が決まる。
ラプシェのパーカーに包まれた腹部に右ストレートが見事に入った。
押している!!
久々の勝利の予感に新はぐっと拳を握り我知らずドヤ顔でSAIを見た。
しかしそこで違和感。
「………」
いつもは状況に応じて矢継ぎ早にラプシェに指示を飛ばすSAIが、今日は一言も発さずじっと腕組みしてサングラス型VRグラス越しに戦いを見ているのだ。
今の攻撃でさらにラプシェのHPは減りこちらの優勢はゆるぎないものになったはずなのに、その表情は小揺るぎもしない。
新は眉根を寄せる。
おかしい。静か過ぎる。
まさかこの展開はSAIの想定の内だとでもいうのか?
そして新の不安は次の瞬間現実になった。
「よし! メンタルゲージがたまった! 今だラプシェ!!」
微動だにしなかったSAIがやおら立ち上がり叫ぶ。
ラプシェはそれに即応。
「はい! いきます!! 『どっかんハンマーーーーー!!』」
ネコミミフードの少女が叫んだ途端、彼女の持っていた巨大なハンマーが青いオーラのようなものに包まれる。
「っ?! な、なによこんなの!!」
その異様に一瞬ひるんだハルだったが、しかしそこは強気な彼女。
赤い布を見た雄牛のごとくラプシェに向かって突っ込んでいく。
まずい!!
「やめろハル!! それは………」
新が言い終えるより早くそれが起こった。
ゴオッ!
すさまじい勢いで青いオーラを帯びたハンマーがハルに振り下ろされる!
ハルはグローブによる武器弾きでこれを防ごうとするが、バチッ!
弾かれたのはハルの拳のほうだった。
そして驚愕のあまり口をOの字に開くハルに無慈悲な鉄塊がドゴッ! と叩き込まれる。
「ギュッ?!」
妙な悲鳴がハルの口から漏れ、彼女の体は水平距離にして五メートルほども吹っ飛び地面にバウンドした。
華奢な体が硬い石畳の上を、まるで放り出された人形のように跳ねる。
「ハル!!」
新の声は悲鳴だった。
今の攻撃でハルのHPは通常のハンマー攻撃より大きく減り、形勢はあっという間に逆転。
しかもよろよろと起き上ったハルは、
「こんにゃのきかないにゃあ………」
明らかにピヨッている。
そこにラプシェのさらなる追撃が迫り………。
ハルはまた敗北した。
・・・・・・・・・・
「エクストラ・スキルか………。そういえばwikiに書いてあったな。失念してた」
フルバトルに負けてHPがゼロになり、また青タンとタンコブが出来てしまった仏頂面のハルを見ながら新は呟いた。
ラプシェとの対戦の後、ベンチに並んで座った新、SAI、アルパカの間には微妙な空気が流れていた。
「もう習得してたのか」
新が言ったエクストラ・スキルとはブランチスキルの内の一つが、ある一定のLVに達したとき習得できる技のことだ。
トランクスキルやブランチスキルと違いエクストラ・スキルにLVは無いが、それら通常のスキルを使用するより高い効果を発揮できる。
例えば先程のラプシェが使った『どっかんハンマー』は、トランクであるハンマースキルのうちなんらかのブランチスキルを一定レベルまで上げたことで習得したものだろう。
今新が改めてどっかんハンマーを調べてみたところ、攻撃力と相手を失神状態にする確率が上がるエクストラ・スキルらしい。
他にもエクストラ・スキルには攻撃系だけでなく防御系のものもあるらしい。
いずれも効果が上がったり何らかの特殊効果があったりする強力なものだが、使用するにはメンタルゲージというゲージを消費しなければならない。
そしてメンタルゲージは戦闘開始時にはゼロで始まり、自分が相手に攻撃を当てた時や、逆にダメージを受けた時にもたまる。
格闘ゲームの必殺技ゲージを思い浮かべてもらえれば一番分かりやすいだろう。
メンタルゲージはエクストラ・スキルを覚えれば画面に出てくるが、対戦相手には非表示にできるので新はラプシェがエクストラ・スキルを覚えたことを知りようが無かった。
少しずるい気もするが真剣勝負だ。
このあたりも駆け引きと言えるのかもしれない。
「ラプシェに今日妙に攻撃が当たっていたのはそのせいか」
要するに今日の善戦自体がSAIの采配によるものだったのだ。
おそらくエクストラ・スキルの効果を試すための。
「なんてこった………」
新は呻いてがっくり項垂れた。
そうだ。
考えてみればハルのスキルレベルが上がったところで、相手もスキルレベルが上がっている。
SAIも最近スキルレベルを上げたことは聞いていたのだ。
相手の回避スキルや防御スキルが上がっていれば、こちらの攻撃の成功率が急激に上がるなんてことはないのだ。
それにラプシェのスキルレベルはハルより高いはずだ。
彼女はハルやカルマに何度も勝利している。
一度カルマに一本勝負で負けていたが、他はほぼ全勝と言っていい。
SOHでは勝った方が多くの経験値を得られるため、スキルレベルの高さも推して知るべしだ。
さらにシステム的なことを言うならば、対抗判定と言ってスキルの成功率は、同時に行われた攻撃と防御の判定で、より成功率の高かった『結果』が反映されるらしい。
判定には乱数が用いられるため、スキルやLVの差が必ず攻撃の失敗や成功に直結するわけではないが、それでもスキルやレベルが高いほうが有利であることは変わりない。
そこまで単純ではないが、スキルレベルと各種ステータスを基礎として、何個かのサイコロを振るイメージをしてもらえればいい。
サイコロの出目によっては勝てるが、基礎となる値が高いほうが当然有利になるというわけだ。
そして今日も新とハルの組はSAIとラプシェの組に負けた。
ラプシェはまたスキルアップし強くなるだろう。
このままではどんどん差が開いてしまう。勝つのが難しくなってしまうのだ。
やはりハルとは膝を突き合わせてしっかり話し合わないと。
新は決意した。
もうハルともめるのが嫌だからと尻込みしている場合ではない。
・・・・・・・・・・
「じゃあ明日はバイトがあるからまた明後日に」
「ああ」
「楽しみにしてますね」
どこか暗い雰囲気で肩を落として去っていく新を、SAIとアルパカは不安げな顔で見送る。
自分がひらひらと手を振っても、うっすらと笑みを浮かべただけで背を向ける新にアルパカは心配げな表情。
いつもなら愛想よく手を振りかえしてくれる彼なのだが………。
「連敗してるのが堪えてるみたいですねARATAさん………」
公園に二人残ったアルパカとSAIは、同じベンチに座ったまま新の背中が消えた公園入口のあたりを見るともなしに見ている。
「ああ。どうもハルは聞かん気の強いニューマらしくて苦労しているみたいだ」
アルパカの言葉にぼそぼそとSAIが答える。
最初は一言も発さなかった彼だが、最近はアルパカと少しずつしゃべるようになっていた。
相変わらず目は合わせてくれないが。
「このまま公園に来なくなったりしないでしょうか?」
不安げに眉を寄せるアルパカの表情を見ないままSAIは難しげに腕を組む。
「さてどうだろうな。このまま連敗が続くようならそういうこともあるかも知れない」
「………………」
アルパカはSAIの言葉に沈黙。
無意識にくりくりと胸に垂れた髪をいじってから、ためらいがちに口を開く。
「………わざと負けた方がいいんでしょうか?」
「それは駄目だ」
唐突に強い声。
アルパカは驚いてSAIの方を見る。
いつもは逸らされている青年の瞳が、サングラス型VRグラス越しに、彼女を厳しく見据えていた。
「それはゲームプレイヤーとして、そしてARATAのゲーム仲間として絶対にやってはいけないことだ。我々が全力で戦うことを疑わず、今何とかしようと努力しているはずのARATAに対する裏切りだ」
今度は強い言葉に打たれたアルパカが彼から目を逸らす番だった。
「です………よね」
はあー、と彼女の唇からため息が漏れた。
「私、駄目なこと言ってますよね。う~~~!」
着けたままだったVRグラスを外しアルパカはぐりぐりと眉間を揉んだ。
しばらくそうしてからぽとりとその手がロングスカートに包まれた太ももに落ちる。
「このゲームはやっぱり難しいですよ。実際に会わなきゃできないなんて。今みたいに仲間の誰かの負けが込んじゃうとどうしても変な感じになっちゃいますし」
SAIが隣で静かにうなずくのが分かった。
「そうだな。私にとっても難しいよ、本当に」
SAIは背中を丸めて自らの指を見るともなしに見つめながらひとりごちる。
「………偉そうなことを言っても実際どうしたらいいかなんて私には全くわからないんだ。ARATAのために何かしてやりたいがどんな言葉を掛ければいいのかすら分からない」
どうしたらいいんだろうな………。
SAIの呟きは公園の石畳に落ちて消えるだけだった。
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ラプシェ全身イラスト
というわけでエクストラ・スキルを食らってしまうお話でした
いよいよ追い詰められた新
ハルとの話し合いに臨むことになりますが果たしてその結果は?
次回をお楽しみにですd(*^v^*)b




