第23話 装備ガチャ
アルパカとカルマの組に負けた日の夜。
新はスマホを前にして精神統一していた。
何しろチャンスは限られている。一撃必中の心構えは必須のものであった。
「いざ………!」
気合を込めて新はスマホの画面にタッチする。
その瞬間貴重な宝石が消費されドラムロールとともに、画面が色とりどりの輝きに満たされる。
シャンシャンシャンシャンシャン………
控えめに鳴らしたシンバルのような音とともに、画面に次々と画像が現れる。
それが十個並んだ時、新は思わず情けない悲鳴を上げた。
「セーラー無しかよおおお!!」
がっくりとうなだれる。
そう今まさに新は勝負に挑んでいた。
ガチャという名の真剣勝負である。
多くのブラゲーやアプリゲーに実装されている課金要素ガチャ。
それはゲーム内で得ることが出来るゲーム内通貨(多くは○○石と呼ばれる)や、リアルマネーを消費することによって、新しいキャラや装備を得ることが出来る仕掛けであった。
自分で選んだキャラを基本的にずっと育てていくSOHにおいてのガチャは、キャラクターを強化する装備を得ることが出来る装備ガチャだ。
ちなみにガチャというのはガチャガチャの略で、リアルにおいてフィギュアや雑貨などが入ったカプセル販売機をガチャガチャとハンドル回して利用するところからきている。
「くそ。ついてないな。あ、でもボディースーツが一個出てる。合成しとくか」
新が呟いたようにSOHではすでに持っている装備をガチャから排出してしまった場合、同じ装備同士を合成して、元の装備を強化することが出来る。
この場合ハルが最初から装備していたボディースーツという装備を強化することが出来るわけだ。
同じ種類の装備ではない装備同士も合成できるが強化の効率が落ちる。
ちなみにハルの初期装備はこうである。
頭 髪飾りF 上半身 ボディースーツ 下半身 ボディースーツ
左腕 バトルガントレット 右腕 バトルガントレット
右手 グローブF 左手 グローブF
右足 バトルブーツ 左足 バトルブーツ
オプション装備 なし
ボディースーツやガントレットなど同じ名称が並んでいる装備は、一つ装備しただけで上下や左右二つの装備スロットが同時に埋まるセット装備らしい。
そして今新がボディースーツ同士を合成したためボディースーツはボディースーツ+2になっていた。
これで強化されたということになるらしい。
ステータス画面で確認すると確かに防御が少し上がっていた。
他にも剣や盾、数種の服や鎧などが排出されていたがそれらはとりあえずそのままにしておく。
「さてチャンスは後三回か。さすがにいきなり課金する気にはなれないしな」
真剣なまなざしでスマホの画面を見つめる新の目には、こんな文字が躍っていた。
『春のセーラー服祭り! ニューマノイドのセーラー服を10種用意しました。ガチャを回してお気に入りの衣装を手に入れよう!』
要するにガチャからセーラー服が排出される確率が上がるキャンペーンを実施中なのである。
アルパカの言っていた通りであった。
もちろん新の狙いもセーラー服だ。
しかし持ち玉は限られている。
ガチャを回すための装備石は、あと装備を十個同時に排出するいわゆる『10連』を三回分しかない。
そしてセーラー服の排出率は5パーセント。
それほど割の良い賭けではない。
装備石はバトルに勝つことでもGETできるので、新とハルが対戦にもっと勝っていれば10連をもう一回ぐらいは回せただろうが、無いものはしょうがない。
今は手持ちの石が尽きる前にセーラー服が来ることを祈るのみである。
「よし回すぞ………!」
緊張する指で新は再びスマホをタップする。
シャンシャンシャンシャンシャン……… ジャーーーーン!!
「お!」
10個の装備が排出され、新は思わず声を上げる。
セーラー服が出たのだ。
「おお………」
だが装備詳細画面でそのデザインを確認した新のテンションが下がる。
そのセーラーはなんというかもっさりした感じのデザインだったのだ。
上下セットで色は紺色。まあこれはいい。
しかし襟まで何故紺色なのか。
全体的なシルエットもなんとなく野暮ったい。
僅かに洒落っ気があると思われるのは襟の白ラインのみ。
そして赤いスカーフ。
その色もどことなく安っぽく見える。
要するに今時の高校や中学ではまず採用されないだろうという昭和臭を感じさせるデザインだった。
それでも一応セーラーはセーラーだ。目的は達したともいえる。
「うーん………」
新は悩んだ。これでガチャを終えるべきか否か。
「………もうちょっと粘るか」
結局続けることにする。
他にももっとかわいいデザインのセーラーがある。
ハルが可愛いセーラーを着る姿をぜひ見てみたかった。
そう。この時新の頭からはある大前提が抜けていたのだ。
だが彼がそれに気づくのは後の話。
「よし行くぞ」
再び気合を入れて新はスマホをタップする。
ガチャの演出の後、排出された装備の中にセーラーは無かった。
ただセーラーと組み合わせて使えそうな白い靴下をGETした。
残りは一回。
チャンスはもうこの一回きりだ。
「頼むぞ………!」
新はスマホを拝むようにして呟く。
タップする。
シャンシャンシャンシャン……… ジャーーーーン!!
演出の後確定した装備が次々排出される。
5、6、7.まだ出ない。
8,9.まだだ。
そして最後の10個目。
「くっそーー………」
新は悔しげに呻きスマホを握りしめる。
集めた装備石をすべて使い切ったが、結局セーラー服はあのちょっと野暮ったい紺色のものだけだった。
「セーラー祭りじゃないのかよ。全然祭ってねえよ」
ぐちぐちと運営に不満を漏らすがこればかりはしょうがない。
運が悪かったと諦めるしかなかった。
「このチェックスカートのセーラーとか可愛かったのに」
物欲しげにガチャの画面、そこに映る配出例を眺める新の脳裏にチェックスカート姿のハルが合成される。
うん。可愛い。
だが待てよ?
俺が当てた紺セーラーも悪くないんじゃないか?
ハルは金髪ロングだ。
あいつの金髪とこのセーラーの紺はよく映えるんじゃないか?
そう思った新は試しに脳内で合成してみる。
うん。悪くない気がする。
いやむしろこれは良いものではなかろうか。
にわかにテンションの上がってきた新はさっそく装備を変えようとする。
しかしその指がぴたりと止まる。
まずはハルにお伺いを立てようと思ったのだ。
そこで新は装備画面からハルのいるホーム画面に戻ることにする。
ちょっと緊張しつつ、こちらを意味もなく睨みあげてくるハルに声をかけた。
「なあハル」
「何よ」
相変わらずハルは不機嫌そうだ。
腕組みをしてむすりと口を引き結んでいる。
こいつは何がそんなに気に入らないんだろうと思いながら、新は努めて軽い調子で提案する。
「ちょっと服装を変えてみないか? ガチャでお前に似合いそうな服を手に入れたんだよ」
「服う~?」
語尾上がりでハルは胡散臭そうに繰り返す。
下心がある新はその視線に内心汗をたらしつつ、説得を試みる。
「ああ。お前もいつも同じ服じゃ飽きるだろ?」
「別に飽きてないけど?」
「そっ、それに、衛生上の問題も・・・」
「ニューマノイドにそんなのあるわけないでしょ。馬鹿なの?」
ガードかてえ!!
新は早くも弾切れ。
もうハルにセーラー服を着せる口実を思いつけない。
ふう、とハルはため息を吐いたようだった。
そして少し声のトーンを緩めて尋ねてくる。
「その服は強いの?」
「へ?」
「その服を着ればあたしは強くなれるのかって聞いてるのよ」
それはもし強いなら着てもいいという風にも取れた。
ハルなりに譲歩してくれたのかもしれない。
まあその基準が、強くなれるかどうかだというところがハルらしいが。
強いか。
新は先ほど見たセーラー服のステータスを思い浮かべる。
それによるとセーラー服はボディースーツに防御力で劣る。
すでにハルが装備しているボディースーツは合成によって+2になっているのでなおさらだ。
しかしこれはおそらくハルには分からないことだろう。
強いと嘘をついてしまえば、ハルはセーラー服を着てくれるかもしれない。
「いや。弱いな」
しかし新は嘘を吐かなかった。
確かにセーラーハルは見てみたいがそんなことでハルを騙す気にはなれなかった。
「じゃあ駄目ね」
これで話は終わりとばかりハルはプイっと目を逸らしてしまう。
「そうか」
新も諦めるより他に無かった。
もちろんハルにお伺いなど立てなくても装備を変えることはできる。
装備画面に戻ってボディースーツをセーラー服に変えるだけでいい。
そうすれば問答無用でハルはセーラー服姿になる。
でも新はそれをしたくなかった。
まるで本当の人間のように受け答えするこの二次元の少女の意に沿わない形で、無理にそのようなことをするのは嫌だったのだ
それは意味のないことなのかもしれない。
でも新はそういうやつだった。
こうして新のセーラー祭りは終わりを告げた。
・・・・・・・・・・
一方。
今まさに祭りが最高潮を迎えている組もあった。
「よし来た! 狙ってたチェック柄!!」
涼やかな青のダウンライトに染まった薄暗い部屋の中、青年の興奮した声が響く。
彼の金髪と整った顔が30インチのパソコンモニターと手元のスマホから漏れる明りに輝いている。
「くくく! やはり我が運命力はチェックを引き寄せたか」
座り心地のよさそうな椅子の上で絶好調。一人、中二病臭いことを呟くのは、新のSOH仲間SAIであった。
このセーラー服を得んがために彼は五万ほど課金していたが、気にした素振りもない。
「早速装備するか。ラプシェ。いいか?」
「またお着替えするんですかマスター? いいですよ」
スマホの、そしてリンクさせたパソコンのスピーカーからラプシェの幼げな声が響く。
素直にお返事するネコミミフードつきパーカーの少女は笑顔だった。
新が見れば驚いたかもしれない。
ラプシェは大変聞き分けのいい、指導者に対して従順なニューマノイドだった。
ハルとはかなり性格が違う。
しかもSAIが指定したのかマスター呼びだった。なかなかマニアックである。
「では変更っと! おおおおおおおおお!!!」
装備を変更しホーム画面に戻った途端、SAIの口から感嘆の叫びが上がった。
そこにいたのは栗色の髪をショートカットにした中学生ぐらいの少女。
彼女がまとうのは白の生地にサンドベージュ色の襟(白ライン二本入り)のセーラー服と、同じくサンドベージュを基礎としたチェック柄のプリーツスカート。
それだけで可愛らしいが、彼女の小柄な体に似合わない双丘はぐぐっと白い生地を押し上げ、魅惑の陰影を形作っていた。
ロリ巨乳万歳!!
その筋の人がここにいたら間違いなくそう叫んでいたであろう。
「どっ、どうですか? 似合いますか?」
スマホとパソコン画面のラプシェが恥ずかしそうな声音でSAIに尋ねてくる。
頬を染める機能があったらきっと赤くなっていそうなそんな表情で。
「似合ってる! もちろん似合ってるさ!! 世界一可愛いぞ!!」
「そ、そんな………」
画面の中のラプシェが恥ずかしそうにくねくねと体を揺らす。
それをSAIはニマニマと頬を緩めながら眺める。
これを大画面で見たいがために彼はわざわざスマホとパソコンをリンクさせたのである。
しばらく可愛い相棒を鑑賞していたSAIはしかし不意に表情を変えた。
しかつめらしい顔を作り「ラプシェ」と今やセーラー服美少女となったニューマノイドの名を呼ぶ。
「は、はい!」
その重苦しい空気を感じ取ったのかラプシェはセーラー服の背をピンと伸ばして返事をする。
「実は頼みがある」
真剣な目でSAIは言った。
「私を『お兄ちゃん』と呼んでみてくれ」
かなり駄目なことを言い出した。
「え? でもマスターはわたしのお兄ちゃんではないのでは?」
まだ生まれて間もないニューマノイドらしく、もっともな正論を述べるラプシェにSAIは重々しく告げる。
「確かに私は君のお兄ちゃんではない。しかしお兄ちゃんと呼んでほしい気持ちは誰にも負けない」
さらに駄目なことを真剣な瞳で語るSAIにラプシェは「何かこれは重要なことに違いない!」という顔になる。
「わっ、分かりました」
こくりと素直にうなずくと意を決したようにぎゅっと両手を胸の前で握りこう呼ばわった。
「SAIお兄ちゃん!」
その瞬間。
「ふおおおおおおおおお!!!」
奇声を上げてのけぞったSAIは勢いのままに椅子から転げ落ちた。
「ふおおおおおお!! うおおおおおおお!!」
さらに床の上をのたうちまわりながら悶絶している。
どこかを打ったとかではなくラプシェのお兄ちゃん呼びに激しく萌えているらしい。
それはとても残念な姿であった。
しかしラプシェにはその残念さは分からないらしく「どうしたんですか?! 大丈夫ですか?!」と突然スマホのカメラから消えてしまったSAIを心配している。
天使かよ。
その筋の人がここにいれば、きっとそう呟いたであろうことは間違いなかった。
「よし!」
唐突にSAIは立ち上がり席に着く。スマホを手に取った。
「私は全てのセーラーを手に入れることにしたぞ!! 吠えろ私のクレジットカード!!」
そう叫ぶとSAIはすごい額の課金を敢行する。
ここにSOH重課金勢が一人誕生した。
こうしてそれぞれの祭りの夜は更けていくのだった………。
新とSAIそれぞれのガチャ祭りをお送りしました
他人が見ていないところでガチャをすると、その人の人間性が出るよね・・・、というお話だったかもしれません
さて次はついに新がハルの成長に着手します
そう長らく名前だけ出ていたスキルポイントやアビリティーポイントを使うお話です
果たしてハルはどんな成長を遂げるのか? お楽しみに~d(*^v^*)b




