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第18話 不機嫌は朝食の後に

 SAIやアルパカと待ち合わせの約束をした晩から一夜明けた朝。


 SOHサービス開始四日目。


 平日だというのに朝から食事を作りに来てくれた従妹の(なな)()を前に、新は温かい味噌汁に舌鼓したづつみを打っていた。


 今日の味噌汁は人参、白菜、エノキダケ、そして春雨の入った具だくさん味噌汁。


 具だくさん過ぎて汁がほとんど見えないそれを、新はガバガバと掻き込み、最後に残った汁をズズーッとすする。

 

 そうすると味噌と、炊き込まれた野菜の風味が口の中に広がり、ほっこりと体中が温かくなる。


 日本人に生まれて良かったと思える瞬間だ。


 思わずふー………、と満足の吐息を新が吐くと、ちゃぶ台の向こうに座った七花がクスクスと笑った。


 新が「なに?」と尋ねると、「新さんお爺ちゃんみたい」とのお答え。


「マジか………。まだ俺25なんだけど。そんなに老成して見える?」


 アジの開きを箸で器用に解体しながら結構真剣に問う。


 七花は朗らかに笑う。


「ううん。そんなことないよ? ちょっと思っただけだから」


 そしてフォロー。新はそれだけで安心した。


 いつもながら明るいオーラを周囲に振りまいている七花は、今日はエプロンをつけたままでちゃぶ台に頬杖を突いている。


 小さな顔を両の手のひらに乗せるようにして、何が楽しいのか新の食事風景をずっとニコニコ見守っていた。


 とりあえず新としてはエプロン姿でいてくれるのは防御力的な意味でありがたい。


 この子はちょっと無防備なところがあって、この前も新は思わずドギマギしてしまい、気まずい思いをしたのだ。


 こうしてエプロンをしてくれていれば胸元が見えることもなく安心だった。


「七花ちゃんは朝ご飯食べたのか? もう七時だけど」


「うん食べたよ~。今新さんが食べてるのと同じメニュー。今日は私がみんなの朝ごはん作ったの」


「へえ偉いな。中学生で家族に朝ごはん作ってあげる子なんてそうそういないよ?」


「そうかな? えへへ~♪ 新さんに褒められた!」


 無邪気に笑う七花は、頬杖を解いてツインテールを両手でぴょこぴょこ動かして見せる。


 どうやら喜びを表現しているつもりらしい。


 それを微笑ましく眺めながら新は何気ない会話を続ける。


「今日は部活休みなんだね」


「うん! そうじゃなきゃ今頃とっくに登校中だもん」


「だよね」


 社会人になると学生は気楽だなどと思いがちだが、学生は学生で何かと忙しいものだ。


「ごちそうさまでした。すごくおいしかったよ」


 箸を置いて手を合わせ新が感想を述べると七花は、


「こちらこそお粗末さまでした!」


 爽やかな朝の空気そのものみたいなさっぱりした口調で言って、流れるように食器を片づけようとする。


「おおっと! さすがにそれは俺がやるよ!」


 慌てて新が止めると七花はむしろきょとんとした顔。


「そう? わたしまだ時間あるよ?」


 どんだけいい娘なんだ。何の見返りもないというのに。


 新はむしろおののきながら七花の申し出を固辞。


 さっさと食器をシンクに移動し洗い始めてしまう。


「というかほんとありがとな。朝食作ってくれて。助かるよ」


 背中を向けたまま新は感謝の意を伝える。


 こういうことを面と向かって言うのはちょっと気恥ずかしい。


「いいよ~。ほっとくと新さんインスタントばっかり食べるんだもん。たまにはお魚とかお味噌汁食べないと」


 七花の言葉には非難の色。


 その眼はインスタント麺の容器が山と積まれたプラスチック用ゴミ箱に向けられている。


「新さん料理できるのに~。駄目だよ? 栄養が偏っちゃう」


 頬をぷーと膨らませる十歳以上も年下の従妹に、新は頭を掻いた。


「面目ない………。たまにはちゃんと自炊します」


「ならよし!」


 わざとらしく偉そうに頷いて見せる七花の姿に新は笑う。七花もすぐに笑顔になる。


 狭いアパートの一室に優しい時間が流れていった。


・・・・・・・・・・


「じゃあわたし行くね」


 新宅あらたたくの玄関で、スニーカーを履きながら七花が彼を振り返る。


 朝食を食べた後しばらくTVを見て歓談し、今は学校に行く七花を見送っているところである。


「うん。気を付けてね。途中は熊が出るから歌を歌いながら行くといいよ」


「うんそうする~って熊が出るの?!」


「出ないよ都会だよ嘘だよ」


「なんでそんなウソつくの?!」


 あえて言うなら七花の反応が可愛いからだが、正直に答えると怒られるので新は黙ってにっこり微笑んだ。


「もーー!」


七花はからかわれてハムスターのように頬を膨らませるが、不意にその眼が何かを探るように新を見つめ上げた。


「今日の新さん機嫌良いよね。何か予定でもあるの?」


「機嫌良い? そんな風に見える?」


「うん。見える」


 そうか~、と新は頭を掻いた。


 自分では気付いていなかったがちょっと浮かれているのかもしれない。


 普段あまり言わない、冗談が出たのもそのせいなのだろう。


「ちょっと友達と約束しててさ。それかな」


「友達?!」


 新の言葉に七花はぴょん! とツインテールが跳ねるほど驚いた。


「新さん友達居たの?!」


「うん。わりと失礼だな君は」


 七花に突っ込みつつ、まあ最近できたんだけどねと新は思う。


 学生時代の友達とは全員縁が切れちゃったし。


 でもそんなことはわざわざ言う必要もないので、胸に仕舞っておく。


 一応彼にも大人の矜持というものがあるのだ。


「ごめんごめん! へえ~、じゃあどこか遊びに行くの? あ、新町のどこか?」


 好奇心にきらきらと輝く瞳で問うてくる従妹に新は首を横に振って見せる。


 ちなみに新町というのは電車で三駅離れた新興都市のことだ。


 このあたりで若者が遊びに行くというとだいたいそこに行くことになる。


「え? 新町じゃないんだ。じゃあ東町かな?」


「いんや。緑風(りょくふう)公園」


 ガクッと七花がコケる。


「緑風公園?! ご近所じゃない! あそこ何もなかったと思うけど何するの? あ、けんけんぱとか?」


「小学生かよ」


 突っ込みを入れつつ新は七花のデコをピン! と指ではじいてやる。いわゆるデコピンだ。


 25歳にもなって何故、公園でけんけんぱなどせねばならんのかという思いの丈を込めてみた。


「あう! じゃあなにするのよう?」


 デコを押さえて口を尖らせる七花に新はスマホを見せる。


「ゲームだよ。シンギュラリティー・オブ・ハーツっていう」


「しんぎゅりゃ………?」


 うん、言いにくいよな、分かる分かる、と訳知り顔で頷く新の前で、七花は不思議そうに小首を傾げていた。


「公園でゲームするの? なんで?」


「いや、なんでと言われても困るんだが………」


 七花はゲームをしない。


 だから外に出てまでわざわざゲームをする意味が分からないんだろう。


「えーとだな。外の特定の場所でしかできないゲームもあるんだ。シンギュラリティー・オブ・ハーツはそういうゲームの一つで、それを友達とする約束をしてるんだよ」


「へえ~。外でしかできないゲームもあるんだ」


 七花は感心したように言って目を丸くしている。


 ちょっと興味がわいてきたような表情。


「女の子でもしてる人いるかな?」


 そんなことを聞いてくる。


 これは勧誘のチャンスではなかろうか。新は思案する。


 SOHでは対戦できるプレイヤーは一人でも多いほうがいいし、なにより七花とSOHで遊べたら楽しそうだと思うのだ。


 だから新はこう述べたのだ。


「結構いるよ。今日ゲームする約束をしてる友達の一人も女の子だし」


「女の子………?」


 その瞬間ピクリと七花の肩が震えた。


「女の子もいるんだ?」


「え? あ、うん」


 急に声を低くした少女に新は生返事。


 見れば彼女の大きな瞳が眇められ半眼になっている。


 いったいどうしたというのだろう?


「そっか、それで上機嫌だったんだ………」


 何やら声音も非難がましい。


 どうやら七花は唐突に不機嫌になってしまったらしかった。


「いや、そういうわけじゃ………」


 新もそれを感じ取り、訳が分からないまま弁解じみたことを口にする。


 しかし七花はそれに耳を貸さず、すっと背を向けてしまう。


「………そろそろわたし行くね。外に出るなら戸締りちゃんとしなきゃダメだよ」


 呟くように言うとドアを開けて早足に出て行ってしまった。


「………」


 取り残された新は呆然。


 今のやり取りはいったいなんだったのだろうと考える。


 現象だけ見ればラノベやアニメでよく見るアレだ。


 やきもちというやつだ。


 しかし新は七花が自分のことを好いているとは思えない。


 自分にはあのような可愛らしい少女に好かれる要素など全く無いし、何か劇的なドラマが彼女との間にあったわけでもない。


 なにより十歳以上歳が離れているのだ。


 彼女にとっては自分などおっさんの範疇だろう。


 そのような感情など抱きようがないと思うのだ。


「分からん………」


 青年は呟き一人首をひねるのだった。


今回は完全な七花回でした 


七花回は料理とともにやってきます


また登場する予定ですが、今度は何を作るんでしょうか


あのあたりも想像してみると面白いかもです

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