第16話 彼女の理由
アルパカとカルマの組に勝利したものの、新は戦闘方針を巡って、ハルと対立してしまっていた。
「おいハル! 聞けってば!」
「プイッ!」
ライオン娘はわざわざ擬音を口に出して新を無視してくださった。
あんたとはもう話す気はないということらしい。
「ったく………」
渋面で頭を掻く新に気付いた隣に座るアルパカが、長いまつ毛で縁取られた大きな瞳をぱちくりとしばたたかせながら、彼を覗き込んでくる。
「どうかしましたか?」
ふわふわとした髪が柔らかな頬をさらりと流れる。
シャンプーだろうか。花のような香りが鼻をくすぐってきて、新は少し焦る。
「あ、いやなんでもないです! 大丈夫!」
手を無意味に左右に振りながら応えると、
「そうですか? それならいいですけど………」
アルパカは小首を傾げ、不思議そうに新を見上げてくる。
新は心臓の鼓動を感じながら己に言い聞かせた。
落ち着け。
女っ気がないからっていい歳して慌てすぎだ。
ちょっと話をしているだけだろうが。冷静になれ。
そうだ。とりあえず話題を変えよう。
「えーと、ああそうだ! さっきの戦闘!」
「戦闘がどうかしましたか?」
「いや、うちのハルが酷いことを。あの、いじめっ子キックとか」
うまく考えがまとまらず語順がおかしなことになったが、アルパカは新が言いたいことを察してくれたようだった。
「ああ! いいんですいいんです! ゲームなんですから!」
パタパタと掌で宙をかき回しながら彼女は鷹揚な微笑みを浮かべてくれた。
「というか私の方こそARATAさんに『何てことするんですか』とか言っちゃって………。すみません」
「いやいや! あれ見たら誰だってそう言いたくもなると思うので! アルパカさんこそ気にしないでください」
そう言い交すと二人はどちらからともなく笑いあう。
お互いに謝りあっているのがおかしかったのだ。
ちょっと心が通じた気がしたので、新は気になっていたことを尋ねてみることにした。
「ところでつかぬ事をうかがいますが」
「はい?」
「なんで俺たちのところに対戦に来たんですか?」
「?!」
新の言葉にガーン! と背景に描き文字を背負っていそうな表情でアルパカはショックを受ける。
ちょっと涙目になっている彼女を見て、言い方を間違えたことに気づいた新は慌てて言い直す。
「あ、いや、迷惑とかじゃなくて! むしろアルパカさんが来てくれたのはすごく嬉しかったんで!!」
「そうなんですか?」
アルパカの表情にちょっとだけ笑みが戻った。
新は激しくうなずく。
「もちろんです! そうじゃなくて俺が言いたかったのは、女の子のグループもこのバトルポイントにはいるみたいなのに、なんで俺達みたいな男グループに話しかけてくれたのかなということで!」
ああ、とアルパカの顔にようやく納得の表情が浮かんだ。
「それはですね」
コホンとおもむろに彼女は咳払いをする。
「ARATAさんがおっしゃっているのはあの三人の女の子だと思うんですけど」
アルパカは控えめに視線で、ちょうど噴水の裏側のベンチに陣取ってこちらに背中を向けている女子たちを示す。
新はそのとおりだと同意。
「実は私も最初はあの三人に話しかけてみたんですよ。でもあの子たち同じ高校の仲良しグループみたいで」
アルパカは気落ちした表情。
「そこに年上の私が混ざるのはちょっと………」
ごにょごにょと言葉尻を濁すアルパカ。
しかし新にもその気持ちはよく分かった。
「それは確かに混ざりにくいですよね」
「そうなんです」
彼女は眉尻を下げて困ったように微笑み、「それに」と続ける。
「しばらく話してみたんですが、あの子たちの話題についていけなくて」
あ、ジェネレーションギャップじゃないですよ? とアルパカは聞いてもいないのにフォローを入れつつ、
「なんかあの子たち乙女ゲーが好きみたいで………」
と告げる。
乙女ゲーというのはざっくり説明すると、女性向けに作られたイケメンがいっぱい出てくる恋愛シミュレーションゲームのことだ。
「私はほとんど乙女ゲーはやったことがなくて。むしろ男の子向けのゲームやアニメが好きで」
「なるほどそれで話が合わなかったと」
「そうなんです。それでそこのベンチで黄昏てたんですけど」
アルパカはそういってすぐ横にあるベンチを指差して見せる。
新はちょっと驚いた。
SAIと話すことに夢中でそこに誰かいることを認識してなかったのだ。
すぐ近くにアルパカはいたのだ。
「そんな時新さんたちのお話が聞こえてきたんですよ!」
がっくりと肩を落としていたアルパカが不意に顔を上げた。
いきなりテンションが上がった彼女は席を立ち、新とSAIに向かってこう言った。
「私実はこう見えて『かんちょう』なんです!!」
「………」「………」
新と今まで完全に空気と化していたSAIは思わず顔を見合わせた。
やだこの子いきなり下ネタですわよ奥さん?
やあねえ。最近の若い子は!
目線で語り合う二人の脳裏に浮かぶのは、独特の形状のあの容器だ。
「ちょっ」
二人の誤解をその表情から読み取ったアルパカはたちまち顔を真っ赤にした。
「ち、違います! その浣腸じゃないです!! 私が言ってるのは艦艇の艦に村長の長で『艦長』です!!」
そこまで説明されて、やっと新の顔に理解の色が浮かぶ。
「もしかして『艦隊パレード』の!!」
「それですーーーーーーーー!!!」
我が意を得たりと新を指差すアルパカの声が甲高く伸びた。
艦隊パレード。通称艦パレ。
プレイヤー数300万人を超える大ヒットアプリゲームだ。
そのプレイヤーはゲーム内の役職から艦長と呼ばれる。
アプリゲームのプレイヤーは、団長とか、隊長とかそれぞれのゲーム内の役職で呼ばれ、それによってどのゲームをやっているか識別することが出来るのだ。
艦パレの場合それが艦長というわけだ。
つまりアルパカは艦パレプレイヤー。
「ああ、なるほど。だから俺たちに話しかけてくれたのか」
新は大いに合点がいった。
確かに新とSAIは、結構長いこと艦パレの話もしていたのだ。
「はい! この方たちなら同じ艦長同士仲良くなれるんじゃないかと思って」
へへへ、とはにかんだような笑みを浮かべ、頬を赤く染めるアルパカ。
そして彼女はおずおずと切り出した。
「あの、良かったらこれからもSOHで対戦してくださいませんか? その、艦長同士のよしみで」
新は破顔する。
「もちろんだよ! SAIも良いよな?」
話を振るとSAIはこくこくとうなずいた。賛成らしい。
二人の同意を得てアルパカは余程嬉しかったのだろう。
「やった!!」
小さく跳ねてガッツポーズ。
その反動で豊かな双丘が、柔らかにぽよんと弾む。
「じゃあ今度はSAIさんとフルバトルしたいです! いいですか?」
アルパカに尋ねられ、金髪のイケメンはカチーンと一瞬固まったが、油の切れたロボットのような硬い動作でこくりとうなずく。
「良かった!」
アルパカはニコリと微笑み、不意にスマホに目を落とした。
「あ、私そろそろ帰りますね。ARATAさんSAIさんまた今度!」
「うん、また!」「………」
新とアルパカは手を振りあい、SAIはかすかにちょこっと手を上げて見せていた。
その長い髪を帯びた背が見えなくなるまで見送り、新は尻をずらしてSAIに近寄ると、彼の脇腹を肘で小突いた。
「少しはしゃべれよ!」
「う、うるさい!」
………SAIの人見知りは筋金入りのようだ。
とにかくこれでSOHで対戦できる人間が二人になった。
二日で二人。
若干コミュ障気味な新にしては、なかなかのペースだ。
初勝利も飾れたし、悪くない一日だと新は思う。
気がかりなのはハルと仲違いしてしまったことだが、まあこれも何とかなるだろう。
根気よく話せば分かってくれるはずだ。きっと。
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この時新は楽観的に考えていたが、事はそう簡単では無かったことを、彼は後になって思い知ることになる。
というわけでアルパカが仲間になりました
作中ゲームの艦パレはもちろんあのゲームのオマージュです
ちょくちょくあのゲームのネタをぶっこむ立倉です
他にもいろんなゲームのネタをぶっこんでいくのでよろしくお願いしますm(__)m




