第10話 マイルーム
突然動画でドクターXを名乗る謎の人物の演説を聞かされた新とSAI。
1年後に行われるSOHウォーで優勝したニューマノイドを人間にすると聞いてSAIは発奮する。
そんなSAIを見て新も胸の内に何かが芽生えるのを感じ取っていた。
ハルのHPを戦闘で使い切ってしまった新は、ドクターXの演説を聞いた後SAIに別れを告げ、しばし街をぶらぶらしてから家路についた。
本屋に寄って立ち読みをしていたら結構いい時間になっている。
夕日を浴びながら茜色に染まった住宅街を歩く。
笑いさざめきながら新の横を子供たちが駆け抜けていく。
犬を連れた老人がゆっくりと歩いている。
どこからか味噌汁の香りが漂ってくる。
VR技術やAI技術がいくら発達しようとそんな人々の営みは変わらない。
本屋で買った週刊漫画雑誌の入ったビニール袋を揺らし、ぼんやりとそんなことを思いながら歩いていると程無く自宅に至る。
築20年の小さなアパート。二階建て全8室。
2Kの部屋は狭く洗濯機を置く場所も排水ホースを突っ込む穴もないので、全ての部屋の洗濯機は家の玄関脇に置かれている。
男の自分はまだいいが、うら若い女子も住んでいるというのに下着を盗まれたりはしないのだろうか。
いらぬことを考えつつ新は金属製の階段をカンカンと音をさせながら上がり、自宅の前に到着。
玄関ドアの切り込みポストに突っ込まれていたピザ屋のちらしを「こんな高いもん一人で食わねえっつうの」とぼやきながらビニール袋に放り込み、鍵で扉を開けようとした段階でそのことに気づいた。
晩飯の材料を買ってない。今日こそは自炊しようと思っていたのに。
思わずくるりと方向転換して近所のスーパーに行こうと歩き始めるが、それも数歩のこと。
すぐに立ち止まり結局玄関扉を開けて新は自宅に入る。
まあ今日の晩御飯はカップラーメンでいいやと思う。
今日はというか今日もなのだが。
一応新は自分でも一通り料理を作れるのだが、最近は手抜きが増えていた。
一人暮らしを始めた頃は料理本なども買い込み、毎日朝昼晩と何かしら作っていたのだが、三年も経つとすっかりそんな気は失せていた。
めんどくさくなったのだ。
そんなわけで最近の新の食生活は、朝は食パンか菓子パン、頑張って昨日の残り飯のおにぎり。
昼は総菜パンか、もしくはレトルトのスパゲティー。
そして晩は週三日ぐらいは自炊で、あとはレトルトのカレーか、近所のスーパーで買った弁当、もしくはカップ麺というように、だいたい決まったメニューをローテーションで回すようになっていた。
もうちょっと自炊を増やさないとなあとは思うのだがとにかくめんどくさかった。
新には他にやることがあるわけでもないのだが………。
彼はドアを施錠しロックを確認すると、玄関土間に靴を脱いでキッチンに行き、とりあえず薬缶をガスコンロにかけ、湯を沸かす間に手洗いと洗顔を済ます。
それが終わるころには湯が沸いているので、床に置かれたインスタント食品入れと決めている段ボール箱から、お気に入りのカップラーメン、麺職人(みそ味)を取り出し包装を破り湯を注ぎ入れるのだが、
「あ! やべえ!」
スープとかやくを取り出し忘れていた。
慌ててあちあちとか言いながら、スープとかやくの袋を救出し中身をカップに投入。蓋を閉め薬缶で重しをする。
ラーメン待ちの間にシンクにたまっていた食器を洗う。
こまめに洗っているのですぐ終了。
出来上がったカップ麺の蓋をペリリと剥がし、食べようと思ったところで、これじゃああまりに味気ないなと思い至り冷蔵庫から魚肉ソ-セージを持ってくる。
「いただきます」
一人手を合わせラーメンをすする。時折魚肉ソ-セージをかじる。
今日は食卓に野菜っ気が全くないが、一日ぐらいはいいだろうと誰にともなく言い訳しつつ完食。
「ごちそうさまでした」
虚空に呟き、箸とカップを洗い、プラスチック製のカップはプラゴミ用のゴミ入れに投入。
このアパートに来て初めてゴミ出しをしたときは、分別という概念すら知らなかった新だが、今ではプラゴミ不燃ごみ生ごみの分別を完璧にこなせるようになっていた。
あとは朝方きちんと掃除をしておいた浴槽に湯を張り、ゆっくりと肩まで浸かって体を温め、風呂から出たら楽な部屋着に着替え、歯を磨いて本日のすべきことは終了だ。
これからは自由時間。
いつもならスマホでだらだらとネットを流すところだが、今日はSOHを起動。
まだHPが回復していないはずなので、特にできることはないが、なんとなくハルの様子が気になったのだ。
SOHのホーム画面を開くと、ハルは不機嫌面でこちらを見返してきた。
その顔面にちょっとした変化。
「お! 目の周りの青たんなくなってるじゃん」
新が言うとハルは「ほんと?!」と僅かに顔を輝かせた。
「ああ。時間が経つと消えるみたいだな」
「ったくなんて仕様にしてくれてるのよ! あたしたちの身になって欲しいわ!」
開発者に対して文句を言うゲームキャラというのも珍しいのではないだろうか。
タンコブがまだ消えてないことは言わないほうがいいな、と密かに新は口にチャックをする。
「ここがあんたの家?」
不意にハルが尋ねてくる。新は驚いた。
「分かるのか? というか見えるのか?」
ハルは首を横に振る。
「いいえ。なんとなくそうじゃないかと思っただけよ」
なんだあ、と拍子抜けする新にハルが説明してくれた。
「あたしが知覚できる、………見えるのは、スマホのカメラに映ってる人間の顔と姿の大雑把な形と、対戦する他のニューマノイド、ベンチとかのオブジェクトも見えるわね」
「あとは、スマホのカメラに映った周りの景色なんかがのっぺりした塊として見えているだけね」
要はスマホのカメラがハルの目になっているわけだ。それもはっきりと認識できるわけではないらしい。
「なるほどな。でも音声は聞こえてるわけだよな?」
「当たり前でしょ? 現にこうやって話してるでしょうがあんた馬鹿なの?」
ぐっ、こいつ口が悪いなと思いつつ新は気になっていたことを尋ねてみる。
「その、痛みはどうなんだ? 攻撃もらった時悲鳴を上げてたけどやっぱ痛いのか?」
だとしたら戦闘をさせるのはちょっと、いやかなり気が引けるが。
しかしハルの答えはあっさりしたものだった。
「痛く無いわよ?」
「え?! 痛くないのか? でも痛そうに悲鳴を上げてたじゃないか」
「あれはそういう仕様なだけよ。攻撃を受けたら悲鳴を上げろってプログラミングされてるわけ。というか痛みなんか感じるわけないでしょ? そもそも肉体がないし当然痛覚もないのに」
「マジかあ………」
新は思わず唸る。そうかあそういうプログラミングかあ。
そういわれてしまえば新としては納得するしかない。
それにしてもハルはぶっちゃけすぎではないだろうか。
ゲームキャラが言ってはいかんことを今こいつは言った気がする。
「それより早くマイルームを設定してくれない? なんか落ち着かないんだけど」
そんな新の苦悩も知らずハルはマイペースに話を進める。
マイルーム? と新が首をかしげるとハルは呆れたように、
「あたしの周りにアイコンがたくさんあるでしょ? そこにあるわ」
確かにあった。三角屋根の家のマークのアイコンだ。
「そこでもろもろ設定すると、自分の家………、今の場合はあんたの家に帰った時にあたしもマイルームに戻れるようになるの」
珍しくある意味ゲームキャラらしく説明をするハルに言われた通り、マイルームをタップし、設定画面を開く。
説明を読むとどうやらGPSの位置情報を利用した機能らしい。
『この場所をマイルームに設定しますか?』というメッセージが出たので、はいを選びホーム画面に戻ると、ハルが真っ白な四畳半ぐらいの部屋に立っていた。
これがとりあえずのマイルームらしい。
「えらくシンプルっつうか味気ないな」
部屋の真ん中あたりで偉そうに腕を組み仁王立ちしているハルを見ながら言うと、彼女は口を尖らせた。
「しょうがないでしょ、初期設定ならこんなもんよ。でも確かに味気ないかも………」
何しろ机も椅子もないタダの四角い真っ白な部屋なのだ。窓すらない。
これではハルがちょっとかわいそうな気がした。
「そういえばインテリアコインってのがあったな」
新はログインボーナスや戦闘報酬でもらったアイテムのことを思い出し、アイテムアイコンをタップ。
あった。1100コイン。
たぶんこれがマイルームの家具をそろえるためのアイテムだろう。
「この額で何か買えるか?」
再びマイルームアイコンそして今度は家具購入というタブをタップする。
リストが表示されたので確認すると新的には微妙なものの購入可能な家具が何点かあった。
まあただの真っ白い空間より多少ましだろうと思い、新はその家具を購入する。コインは200に減った。
そしてハルに声をかけた。
「今からマイルームを変えるぞ。いいか?」
こんなことをいちいち確認しなくてもいいのかもしれないが、いきなり変わったらびっくりするだろうという新の配慮だった。
「何か買ったの? いいわよ」
ハルは意外とあっさり了承してくれた。ちょっとワクワクしているようでもある。
「よし、じゃあ配置っと」
「おお?!」
配置ボタンを押すと同時にハルが驚きの声を上げた。
ハルのマイルームは様変わりしていた。
床には畳が敷かれ、部屋の中央には紺色の座布団、そして一際目を引くのが机、というかミカン箱だった。
その名の通り、みかんを出荷するときに、その果実を詰める段ボール箱をそのまま使用したシンプルな家具(?)である。
某ソーシャルゲームでホーム画面の家具にしばらくこれを配していた新には何やら感慨深いものがあった。
しかしハル的にはどうなのだろう?
新は何かと文句をつけてくるニューマに恐々、
「………今買えるのはこれぐらいなんだが、どうだ?」
と尋ねてみる。
座布団に座ってみたり、みかん箱を叩いてみたりしていたハルは顔を上げると言った。
「悪くないわ!」
その顔は新が初めて見るかもしれない笑顔。
どうやら気に入ってくれたらしい。
「そ、そうか。よかった」
「うん!」
本当に気に入ったらしく、畳でごろごろし始めた少女を見て新は思わず複雑な気持ちになる。
貧相な部屋で戯れるハルを見ていると、俺の甲斐性がないばっかりに………、とかそんな感じの申し訳なさがジワリと溢れてくるのだ。
新はインテリアコインがたまったらもう少し良い家具を買ってやろうと心に決めるのであった。
というわけで新の日常と、マイルームのあれこれをお送りしました
机替わりがミカン箱なのは私もプレイしていた某有名ソーシャルゲームへのオマージュです
他にもいろいろなゲームにこの小説は影響を受けています これは何から影響を受けたんだろうと考察してみるのも楽しいかもしれませんねd(*^v^*)b




