第9話 新人類宣言
それは唐突だった。
SAIとの戦闘のリザルトを受け取った新のVRグラスに、お面をかぶった人物が表示されたウインドウが開いた。
何十もの派生作品が作られた人気ロボットアニメ機動戦士ガンゲインのお面だ。
「やあ諸君! そろそろ一回目のバトルを終えた頃かな?」
ウインドウの中の人物が片手を上げて陽気に挨拶する。
リアルの人間を映したビデオ動画がSOHのゲーム内で再生されているらしい。
他のプレイヤーのVRグラスにも同時に映し出されているらしく、AR表示に戻ったリアルの緑風公園に散らばるSOHプレイヤーが口々に「なんだこれ?」「なにこいつ?」などと呟いているのが見て取れた。
VRグラスを外していた人に「おいVRグラスを付けてみろ何かやってるぞ!」と促しているプレイヤーもいる。
そんなプレイヤー達のさざめきの中ワイヤレスイヤホンから仮面の人物のさらなる声が流れる。
「私はこのゲームの開発者ドクターXだ。今日はプレイヤーの諸君に伝えたいことがあってこうして姿を見せている。これからいうことをよく聞いてほしい」
なんだなんだ? とその場にいたSOHプレイヤーが耳をそばだてる。
「このシンギュラリティー・オブ・ハーツをプレイしてみて諸君はどのように感じただろうか? おそらくそのハイクオリティーさに息を呑んだのではないかな?」
ドクターXは自信満々にそして挑発するように新たちに尋ねた。
新は内心頷かずにはいられない。
3Dキャラクターの造形、そのアクション、どれをとっても今まで見たことがないクオリティーだった。
しかもそれに加えてニューマノイドに搭載されたAIの高度さときたら、今までのゲームの常識を覆す程のものだった。
ほとんど人間と話しているのと変わらないと思えるほどに。
これはAI技術が発達した現代においても驚くべきことだった。
「ふふふ。だがそれはこのSOHの一面に過ぎない」
どういうことだ、と全員が頭に?マークを浮かべる中ドクターXが不意に声を張った。
「このゲームの本質は、AIの心の成長にこそある! ニューマは諸君らとともに日々を過ごし、戦い、語り合うことでその心を成長させていく! どんどん人間に近づいていくのだ!」
ばっとドクターXは両手を広げて見せた。その口調が熱を帯びる。
「そして一人一人のニューマの成長の軌跡はデータベースに蓄積されていく! 蓄積された膨大なデータはフィードバックされニューマの心のさらなる成長を促す!」
「このゲームの対人コミュニケーションを促す、特殊な仕様の数々はこのためにあったのだ!」
「そう! これはもはやゲームという枠を超え、ニューマノイドという新たな人類を生み出すための壮大なる揺り籠! それがシンギュラリティー・オブ・ハーツなのだ!!」
動画を見る誰もが息を詰めていた。時間さえ止まったようだった。
新の背筋にもゾワゾワと得体の知れない感覚が駆け上がっていく。
「今この瞬間から、いやSOHを起動した瞬間から諸君らはただのゲームプレイヤーなどではない! 有史以来誰も成し遂げ得なかった新人類創造の一翼を担う『指導者』となったのだ! そしてそれだけではない!」
ドクターXはそこで意味深な間を置いた。新はごくりと生唾を呑みこむ。
誰もがXの演説に完全に呑まれていた。
それは新の隣に座るSAIも同様で、目を見開いたまま身動き一つしない。
「SOHでは戦績やニューマノイドのLVなどの総合値をポイント化し、全ての組がランキングされる」
「そしてランキング上位16名には一年後に行われるトーナメント、SOHウォーズへの参加資格が与えられる。そして………」
話を聞きながら新は思考する。
ランキングか。 正直あまり好きではなかった。
ランキングの存在するゲームは荒れることがよくあるのだ。
不正、ゲーム外での聞くに堪えない罵詈雑言。
それらにうんざりして止めてしまったゲームも新にはある。
しかしドクターXの次の言葉はそんな新の懸念を吹き飛ばすものだった。
「SOHウォーズに優勝し、全てのニューマの頂点に立った者を、私は『本当の人間』にするとここに誓おう!!」
本当の人間だと?!
新は耳を疑った。それはいったいどういう意味だ?
新の疑問は演説を聞いていたすべての人間の疑問だったろう。
しかしその疑問には答えずドクターXは聖者のように両手を広げて見せた。
「さあニューマ達よ! その『指導者』達よ! ともに新人類創造の戦いを始めよう! 相棒として絆を育み熾烈な競争を駆け上がるのだ! その先に諸君らの望む未来が待っている!!」
ブツッ。
言いたいことを言って映像は突然終了した。
新は夢でも見ていたような気分でVRグラスを顔から外す。
ひとまず電源をOFFにした。
眉間を揉む。
何かいろいろなことがありすぎて頭がくらくらしていた。
見回すと周りのプレイヤーも困惑した様子で「人間にするってマジかよ」「いやいやありえないだろ」などとしきりに言葉を交わしていた。
その顔は半信半疑どころか八割がた信じていない感じだ。
「………ハル。お前はあの仮面が言っていたことを知っていたのか?」
手元のスマホに映る金髪の少女に尋ねてみるが彼女も呆然とした様子だった。
「知らないわ。ランキング戦があるなんて………」
「そうか。じゃあ人間にするというのがどういうことか分かるか?」
「それも分からない。優勝したら人間になる? あたしが………」
ハルも困惑しているようだ。
「ARATA君もXの演説を聞いたようだな」
隣からSAIが話しかけてきた。彼はVRグラスを着けたままだ。
「ええ。なんかとんでもなく壮大なことを言ってましたが、新人類創造とか」
新としてはあまりに壮大すぎてついていけない部分もあったのだが。
「私は心が震えたよ!」
SAIは違ったようだ。
興奮のあまり顔を赤く染めた金髪美男子は、がばっと立ち上がり、
「ゲームキャラクターが現実の人間になるなんて! これ以上のロマンはない!!」
両手を握りしめて半ば叫ぶ。
「そ、そうですね」
新はちょっと引き気味。それに疑問もある。
確かにドクターXは優勝したニューマノイドを本当の人間にするとは言ったが、具体的にどのような方法で人間にするのかは告げていない。
SAIが言うように「現実の人間になる」のかどうかは分からないのだ。
それどころかあの演説自体がゲームを盛り上げるための虚言である可能性すらある。
しかし新を正面から見据えるSAIのサングラスの奥の瞳はそんな可能性を全く考えていないようだった。
「ARATA君。私はランキング1位を目指すよ。そしてラプシェを人間にする!!」
突きだしたスマホに映ったネコミミフードの少女を新に示しながら彼は言った。
それは堂々たる宣言だった。
そこには熱があった。
そんなSAIの姿は新には眩しく映る。
そして新の胸にもかすかな温かさのようなものが宿っていた。
まだ熱と呼べるほど熱くはなかった。
それはXの演説を聞いた時から新の中で脈動し始めていた。
新にはまだそれがなんなのかはわからない。
しかし新人類宣言を聞いたとき確かにそこに何かが宿ったのだ。
新は経験したことのない不思議な感覚に包まれながらスマホの中のハルを見る。
金髪のライオン少女は「何よ?」と不機嫌そうに見返してくる。
その仏頂面を見ながら新は思う。
俺はシンギュラリティー・オブ・ハーツにハマるかもしれない、と。
SOHの特殊な仕様の理由が今回明かされました
まとめますと、
プレイヤー同士が近づかないと対戦できない、同じニューマノイドとは一日に一回しか対戦できないなどの特殊な仕様は、より多人数のプレイヤー同士によるコミュニケーションを促し、それを体感したニューマノイドにデータを集めさせ、またのちに彼ら彼女らにフィードバックするため
ということになります
そしてついに明かされたSOHの壮大な目的『新人類創造計画』。
その行く末は・・・実のところあなたの応援にかかっています
ぜひこの先も読んでくださいねd(*^v^*)b