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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名探偵令嬢は神に愛されすぎ

名探偵です!お嬢様!

作者: 海月 楽

闇夜を照らす光の中で社交界の花たちは身に纏う色とりどりの宝石を煌めかせている。

それは星のように、虹のように、木洩れ日のように。

その中でも一際大きな宝石をつけた男は機嫌良く大きな声でガハハと笑っていた。

彼の名はカガーリン・ア・モレロ。中堅どころの伯爵である。

胸につけたルビーのブローチは大きいというのを通り越して、巨大である。いわくが付いているとか付いていないとか言うそのルビーはカガーリンの左胸で血の色のように深かく妖しい輝きを放っていた。

懇親会とは名ばかりで、今日はそのルビーのお披露目会である。

聞けば、起こした事業が傾きかけているという悪い噂を大枚をはたいて買ったルビーで打ち消し、求心力を高めたい、そしてあわよくば出資者を募りたいという算段らしい。

周りの貴族たちも馬鹿ではないので、その悪い噂は事実であることも知っていたし、内心野次馬のような気持ちで今夜の夜会に参加していた。


「キャァァア!!!!」


ゆったりとしたワルツの音楽が女性の叫び声によって途切れる。

優雅に踊っていた人たちも足を止め、叫び声の聞こえた会場の中央を見つめた。

この会の主催者、カガーリンが胸を押さえて倒れている。

そのショッキングな光景に女性たちは悲鳴をあげ、何人かの女性は目眩を起こしていた。


「すみません!通してください!」


一人の青年が人だかりの中からカガーリンに近づき、首元を触ると瞼を閉じて静かに首を横に振った。

「はぁ…」とため息のような声を出して一人の女性が気を失い、倒れる。女性はカガーリンの妻、ロディ・ア・モレロ。彼女は近くにいた男性に抱えらることとなった。


「毒殺の可能性があります!どうかその場を動かないようお願い致します。」


青年が人々に呼びかける。彼の名前はサーチル・アドレチカ、伯爵家三男であるとともに、法務関係の文官でもあった。この手の事件にも関わることが多く、実に手慣れた様子で現場保全に努めている。


「あら、事件のようね。私の出番かしら。」


一人のご令嬢がそう言って、ノコノコと現場に立ち入る。


「また、貴方ですか…」


青年が呆れたように言う。通常であれば素人、ましてや女性であるご婦人方に事件に触れさせることは一切ない。しかし、青年は何故かまたかという感じでご令嬢を受け入れていた。


「お可哀想に。」


あまり悼まれることがないその亡骸に、幼さの残る顔のご令嬢は手を合わせて祈った。それまでの強気でわがままそうなご令嬢の表情はなりを潜め、高潔な雰囲気だけが残る。

祈り終わったご令嬢が目を開け、立ち上がり、辺りを見回した。

そこにはカガーリンの妻をはじめとする家族や、友人、ビジネスパートナーなど沢山の人々がいる。カガーリンの噂や性格などからして、恨みを持つ者も多くいるだろう。その中で調査をするとなると膨大な時間がかかるだろう。

もしかしたら、病気の可能性だってある。

真実が明らかになるのは随分後になるだろうと、そこにいる誰もが思っていた。一部を除いて。


「犯人はあなたね!」


ご令嬢は未だ足元のおぼつかないカガーリンの妻、モレロ夫人を指差した。

意識を取り戻していたモレロ夫人はまた瞼を閉じて支えてくれていた男性に寄りかかる。

それの光景はあまりにも暴力的で、幼く、子どもの遊びのように場を荒らしたご令嬢に批判の目が集まった。


「ご夫人、お話を聞かせていただけませんか?」


しかし、サーチルは咎めることなく、ご令嬢が指差したモレロ夫人を連行しようと声をかける。

そのあまりの理不尽さに、モレロ夫人を支えていた男性も思わず声をあげた。


「夫を亡くした女性にこの様な仕打ち!それでも人間か!しかも何の理由があってこのようなことを!」


周りにいた人々も静かにうなづいている。


「理由?」


ご令嬢はキョトンとしている。

まるで、理由は必要なのかと言わんばかりだ。


「モレロ夫人は私が預かりとしましょう。このことは私、サーチル・アドレチカとこのご令嬢、クリスティナ・エドバートンが責任を持ちます。」


ご令嬢の名前が出ると辺りが騒めきはじめる。

そう、ご令嬢、クリスティナ・エバートンは社交界デビューの夜会で起こった公爵令嬢殺人事件を華麗に解決に導いた、今話題のご令嬢である。

これでクリスティナの信頼度がグッと上がり、クリスティナに向けられていた疑惑の視線がモレロ夫人に向かう。


「何かの勘違いですわ。以前から夫は心の臓の病をかかえておりました。私が毒など…そんな…あんまりですわっ!」


モレロ夫人はポロポロと涙を流して抗議すると、モレロ夫人とクリスティナの疑惑の目は半々という感じになった。


「無実を証明するためにもご同行を。」


サーチルは人が良さそうな笑顔でモレロ夫人に手を差し伸べる。

中々その手を取ろうとしないモレロ夫人に、暫し微妙な空気が流れる。そんな中で第三者が話題の中へと入ってきた。風貌からしてバトラーだろうか、サーチルにコソッと何かを耳打ちする。


「セバスチャン!セバスチャンは私のバトラーでしょう?何故私に報告しない!」


クリスティナがバトラーの名前を呼び、苦言を呈す。どうやらバトラーはクリスティナ付きであることがわかる。


「捜査情報により、サーチル様のご許可を頂けなければ公にできないので…」


クリスティナは子どものように口を尖らせ、不機嫌な様子を露わにしてサーチルを見た。

サーチルはやれやれと仕方なさそうに首を縦に振った。

それを見たセバスチャンが語りはじめる。


「奥様は心臓発作に至る毒をご存知ですよね。」

「さぁ…毒物には明るくないもので…」


セバスチャンの問いにモレロ夫人は気弱に答えるが、セバスチャンは追求の手は緩めない。


「では、花には?モレロ伯爵が心臓発作を起こすようになったころから部屋にある花を飾っていましたね。」


夫人は何も答えず、ただセバスチャンの言葉をただ聞いている。


「鈴蘭…植物全体が心臓発作を起こす猛毒を持つ花ですが、それが偶然に?」


にこやかな表情をしているセバスチャンとモレロ夫人が目が合う。


「そんな偶然が重なったからと言って…」

「モレロ伯爵の寝室のピッチャーを押収いたしました。調べれば毒物が混入してあることがわかるでしょう。残念ですが、この場にお嬢様が居たことが仇となりましたね。悪事は次期に暴かれることになるでしょう。」


モレロ夫人は先ほどまでの様子と違い、強い眼差しをしていた。


「冤罪だわ!私を陥れたい誰かが…」

「見苦しいですね。ここの屋敷では侍女達は三人一組で行動されていたみたいですよ?ルビーの盗難を恐れた伯爵の命令により。よって、誰にも監視されず行動できるのは伯爵を除いたただ一人…モレロ夫人、貴女ただお一人です。詳しく調べればまた新たな証拠も出てくるでしょう。」


セバスチャンの清々しい笑顔にその陰湿で嗜虐的な性格が伺える。

ちなみに犯人を指名しただけのクリスティナは自慢げに時にセバスチャンの言葉にウンウンと首を縦に振りながら聞いていた。

顔が真っ青になったモレロ夫人が折角支えてくれていた男性を押しのけ逃げようと走り出す。

しかし、少し離れたところでスカートの裾を踏んでしまい、派手に転けてしまった。それは淑女らしからぬ失態であった。

その場に伏せてしまったモレロ夫人の肩をサーチルが叩く。

モレロ夫人は観念したのか、その後、大人しくお縄に掛かった。


**


「…潰れかけの見栄っ張り伯爵を捨てて愛人と逃避行するためだってさ。」


後日、顛末を話すためにサーチルはクリスティナの住むエバートン家を訪ねていた。


「先の公爵令嬢の事件といい、何故、愛と増悪が付きまとうのでしょう。」


紅茶を一口飲んだクリスティナが溜息とともに愚痴をこぼす。


「そうですね。お嬢様も婚約者様と仲良くしていれば、このようなことは起こらないでしょう。」

「ムッとしました!嫌味ですか!?」


サーチルに紅茶を出しながら嫌味を言うセバスチャンに、クリスティナは口を尖らせて不快感を露わにする。すぐに感情が表に出るところを見るとクリスティナはまだまだ淑女には程遠いようだ。


「だって、あっちが勝手に怖がるのだもの。」


クリスティナは頬杖をついて、一応婚約者である相手を思い出していた。


「神さまに愛されるのも大変だな。」


サーチルが他人事のように言う。

そう、クリスティナは神さまから愛されているのである。

昔からクリスティナに害そうとする者は不幸に見舞われていたのだが、最近になって殺人事件の犯人がわかるという特技も加わった。


「私はこの体質は大好きなのよ。だって楽しいもの。許容してくださらない男性の器量がたりないんじゃないかしら。神さまだってそんな男はダメって言うわ。きっと私を丸ごと愛してくれる人がいるはず!」


クリスティナがその言葉を発した瞬間、サーチルとセバスチャンは思いっきり顔を背けた。

クリスティナはほっぺたを膨らませて二人に怒りの意を表している。


「…最後は神さまに貰ってもらえればいいんじゃないですかね。」

「辞めてください。お嬢様が修道女になって、処女受胎してしまったらどうするんですか!」

「…本当にありそうで怖い…」


サーチルの冗談にセバスチャンが慌てて抗議すると、サーチルもなんだか納得してしまった。

何故ならセバスチャンの言葉をそのまま叶えそうなほど、クリスティナは神さまに溺愛されているのだ。

派手に転んでしまったモレロ夫人なんかはまだいい方で、クリスティナに害を成そうとしてきた犯人がいた公爵令嬢殺人事件ではそれはそれはエグいことが起こった。あの瞬間を見た人間ならばこのクリスティナを妻にしたいとは思わないだろう。


「暫くは名探偵お嬢様って言うことで!」

「名探偵!?いいですわね!それ!」

「それで苦労するのは私なのですが…」


少しお調子者なところがあるサーチルがそう言うとクリスティナは食いついたが、セバスチャンは心の底から嫌そうだ。

お嬢様は楽しいだろうし、サーチルはすぐに仕事が終わっていいかもしれないが、セバスチャンはやりっ放しのお嬢様の迷推理を完成させるために奔走しなければならない。


「ええい!セバスチャンは黙ってついてくればいいのよ!後世に名を残す名探偵、クリスティナの誕生ね!」


ゴーン…

時間以外に鳴るはずのない、教会の鐘が鳴る。


「神様の祝福だわ!」


クリスティナははしゃぐがセバスチャンはがっくり項垂れている。

セバスチャンの苦労はまだまだ続くのだろう。

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