私はフェリス、囚人のボスなり
ゴトゴトゴト……
檻を乗せた馬車が、とある場所を目指して進んでいく。
檻の中には、何人かの人が入っている。
中にいるのは囚人、犯罪者だ。
俺は、その中の一人。
ガタンッ……
馬車が停止した。
檻には布が被せてあるため、外を見る事は出来ないが、どうやら目的地に着いたようだ。
外から兵士が現れ、檻の扉を開ける。
「着いたぞ、さっさと降りろ」
「…………」
俺たちは檻から出る。
そして、言葉を失った。
「ここが、お前たちが収容される監獄、『ザンバルギア大監獄』だ。死にたくなければ大人しくすることだな」
……最悪だ。
よりによってここに入る事になるとはな。
ザンバルギア大監獄、子供でも知っている監獄だ。
悪い事をした子供たちに、「ザンバルギアに連れて行かれるわよ」なんて脅し文句が使われるくらいにはヤバい場所。
この監獄はどの国にも属していない。
完全に独立した組織である。
中には、国でさえ手に負えない大犯罪を犯した者達がここに運ばれる。
もしくは前の監獄で問題を起こしたり、そこで収容することが不可能になった者達である、いわゆる問題児が最後にたどり着く場所。
俺は後者だ。
多分、ここにいるほとんどの奴が後者だろう。
あぁ、もう一つあった。
『死刑執行済み』の犯罪者もここに入れられる。
死刑執行されたにも関わらず、生きている化け物だ。
「最悪だ」
「全くだな。俺たちもここに来たくなかったよ。お前たちみたいな問題児が居るから俺たちが運ぶことになるんだ。さっさと動け」
「わあってるよ、引っ張んじゃねぇ」
つながれた鎖で誘導されながら、俺たちは監獄に近づいていく。
そして、
「飛び込め」
「は!?」
「一方通行の結界が張られた、ねずみ返し付きの穴だ。ここが入り口だよ。扉なんかあったらそこから出られちまうからな」
「……この結界は壊されないのか?」
「知らん。古代の魔道具を使っているらしいぞ。まぁ、壊せるけどやってないだけって言う話もあるがな。自分で飛び込むか、傷だらけになって落とされるか、さっさと選べ」
「……チッ、自分で入る」
どうせ、選択肢なんかない。
ここに連れてこられた以上、俺がここに収容される事は確定した。
少なくとも、ここから逃げられた奴は居ない。
俺は深く呼吸してから、意を決して飛び込んだ。
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「う……冷てぇ、こりゃ水か」
「目が覚めたか新入り。早く立て、挨拶に行くぞ」
どうやら、ここに落ちて気を失っていたようだ。
しかし水で起こされるとは……随分と優しい起こし方だな。
「挨拶?」
「この監獄で一番力がある人の所にだ。あの人に顔見せをしねえと、ここで生活する事は認められねぇ」
「そうなのか……」
俺は立ち上がって挨拶に行く意思を見せる。
もっと殺伐としてる場所かと思ったが、監獄の中を管理している奴がいるのか。
どんな化け物に会わされるのか……
「なぁ、その人に会う時の注意点はあるか?」
「あの人はここに居る囚人にしちゃあ珍しく温厚な人だ。ただ、なめてると殺されるぞ。嫌いな物はとことん嫌いな人だ」
「気を害するなって事か……」
「あと、必要以上に接触しようとするな。しつこい奴は嫌いらしい」
「他には?」
「手を出すな」
「は?どういう意味だ?」
「手を出すな、意味は会えばわかる。これはこの監獄内全域での暗黙の了解ってやつだ」
「…………」
手を出すな?どういう事だ?
一番強いんじゃないのか?
それとも、見ればわかるほどの致命的な弱点でもあるのか?
だが、この男はこの監獄で一番力があるって言っていた。
つまり、一番強いという事の筈……それとも前提から間違っているのか?
……会えばわかる、か。
「もうすぐだ。いいか?何か聞かれたらはっきりと正直に答えろ。ボスの話を遮るな。あと余計な動きはするな。なめた態度はとるな。今悪く思われたらそれを払拭するのは難しいぞ。わかったな?」
凄く念を入れてくるな。
そりゃあこの化け物監獄のボスが相手だ。
俺だって影の世界で生きてきたんだ。
それぐらいの礼儀は分かっているつもりだ。
「着いたぞ、ここだ。……ボス、新入りです」
男は扉をノックしながら中に話しかける。
そして、「開いてるから入っていいよ」という声が中から聞こえた。
女の声?この世界中の絶望を集めた様な場所に似合わない優し気な声だった。
ボスの女か?
「失礼します」
「し、失礼します」
人物像が理解できなくてついどもってしまった。
俺は男の後について部屋に入る。
そして、中に居たのは……
可憐な少女だった。
「…………」
開いた口が塞がらない。
いやまさか、そんな筈は、そんな思いが頭に浮かぶ。
まさかこの人がここのボスなのか?
この可愛らしい少女が?
たまたま不在だったとかそういうんじゃないのか?
「一人だけ?」
「他にも、後四人ほど。ですが、まだ目を覚ましていません」
「そう、あそこ地味に高いからねぇ」
「死人も出ましからね……」
「あれは嫌な事件だったね……」
「まぁ、あの程度で死ぬようなザコは、ここじゃ生きられませんて」
「そうよね。……あなた、捕まる前は何をしていたの?」
どうやら俺に聞いているようだ。
俺は男の顔をちらっと見る。
……早く答えろって言ってるのか?
どうやらこの女がボスで間違いない様だ。
「『暗夜の爪』っていう闇組織の幹部をやっていました」
「……暗夜の爪って言うと、セドリック王国が主な活動範囲になっている組織ね」
「ご存知ですか」
「まあね。前にその組織に居たっていう奴が入ってきたことがあるの。部屋はそいつの近くでいいか……オグ、案内してあげて」
「了解、ほら行くぞ」
「あ、あぁ」
随分あっさり終わった。
もっと何か、いろいろあると思っていた。
「はぁ、まぁギリギリだな」
「そうなのか?」
「ボスからの評価は、気に掛ける必要のない人物ってとこだろ」
「……低い評価だな」
「ここでただ普通に生きていきたいなら、ある意味では一番望ましい評価ってとこだな。警戒する必要がないって事だからな」
「それは……その道で生きてきた人間としては、結構くる評価だな」
「役立たずって直接言われるよりマシだろ。取り合えず、俺の仕事はもうすぐ終わりだ。お前の相部屋になる奴がいるから、困ったことがあったらそいつに聞け。特に、怒らせちゃいけないヤツに関しては良く聞いておけよ。ここでは……ここで長く生きている奴とその実力は比例すると思え」
「?」
この時、俺はこの言葉の意味が分からなかった。
だが、深く考える必要はなかったのだ。
まさにそのままの意味なのだから。
ボス、可愛かったな。
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「はぁ。結局、今回の新人もただの問題児だけか」
私的には、ここを仕切れるくらいの力をもった奴が来てくれるとありがたかったんだけどなぁ。
「あ゛~、ボス辞めたい~」
私はこの監獄を仕切る事になってしまったただの一般人だ。
※一般人はここにはいません。
……正確には元一般人、普通のパン屋の娘だった。
まぁ、壮絶な過去があったのだよ。
「はぁ、問題は山積みだ。壁の修理、トイレの修理、調理器具の新調申請……これは出す場所を間違えてるでしょ。買い出しなんて出来るわけないじゃん、私無期懲役よ?えぇっと、牢屋の鍵の修理に……毎度の事ながら修理申請多すぎない!?物を壊さないでって何回言ったら理解できるの!?いちいち私に言わないで看守に言えばいいじゃん!!仕事しろ看守共!!」
「何か言ったか?」
「ヒィッ!?せめてノックはしてよ!!仮にも女の部屋なんだから」
「お前が、女?」
「いや、どこからどう見ても普通の女の子でしょ!?」
「どこをどう見たら普通の女の子なんだ?俺はあの惨劇を忘れない」
「あれは忘れて」
いつもコイツが現れる時はビックリする。
よく歩き回っているのを見かけるが、暇なのだろうか?
「で、どういったご用件なんです?監獄長様」
「お前に様付けで呼ばれると虫唾が走るな。……どうせ申請書が溜まっているのだろう、さっさとまとめてよこせ」
「はいはい、ご苦労様でーす」
「馬鹿にしているのか?……おい、これはお前当てだろう」
「え?そんなのあったかな?」
「ここに書いてあるだろう。『フェリス様へ』と」
「ホントだ……え?ラブレター?」
「その様だな。どうするのだ?」
「いや、ここに入ってきてる時点でアウトでしょ。そもそも内容が酷いし。なに?『素直にやらせてください。責任は取ります』って。ここは監獄の中よ?責任もクソもないじゃない!!」
「監獄に入ってるのはお前も同じだろう」
「そうでした……」
はぁ……そもそも、今の所そういう願望自体が無いから却下ね。
後、これ送ってきた奴には返事を書いておこう。
直接会うのは面倒だからね。
「……で?この申請書はついででしょ。本題は?」
監獄長は用もなくここに来ることは無い。
何か問題を抱えていると見た。
「最近、部下の看守達から一部の囚人が見当たらないと報告を受けた。私もこうして歩いてみたが、行方不明者がいるのは確かなようだ」
「えぇー、私知らないけど」
「疑ってなどいない。お前がこの手の面倒ごとを自分からする事は無いと分かっている。手伝え。というか、行方不明者がいるのに気付いていなかったのか?」
「当たり前でしょ、こちとらただの囚人よ?少なくとも、私が来る前からいる奴らに関しては面識すらない奴もいるわよ?そもそも気付く術がないわよ」
「……そうだった。部下よりも仕事が出来るから忘れていた」
「仕事しろ」
「これからするんだ。いいから手伝え」
「はいはい……」
私、フェリス。
監獄長のお手伝いしてるの。
いつかここを出るのが夢なんだ。