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“氷姫”シャルロットの独白

“氷姫”シャルロットの視点です

 一目見たときは特に何も思わなかった。ああ、この人が私の夫になる男の子なんだなとは思っただけだった。


 私はこの国で公爵の位になるシャーウッド一族の令嬢、シャルロット=シャーウッド。いずれこの国の王に嫁ぐことが定められた女性です。

 当時の私にはわかりかねたことですが、王家と公爵の結びつきは他の勢力の力を削ぎ、構造改革・・・というのに必要な儀式だそうです。

 そして白羽の矢が立ったのが、この私。生まれてより公爵としての生き方を教えられた私にとって、未来の王妃というのは光栄な気持ちでいっぱいでした。

 初めて会ったとき、アレン王子は目の前でつまらなそうな顔をしていました。少々勝ち気な美少年ではありますが、なんでしょう。あまりにも普通でした。王子との出会いにすこしときめきを感じていた私は何も感じなかったことが驚きでした。

 何はともあれ、ここから私の次期王妃としての人生が始まったのです。


 王妃というのはただ王の隣にいて、子を産み、贅沢に暮らすだけではありません。王族として国の文化、法律、経済の知識はもちろん、流行を察知し、他の貴族との交流を深め、つながりと情報を収集、さらには立ち居振る舞いを完璧にするために礼儀作法やダンスなども数多の面で一流でなくてはいけません。

 故に、私は婚約が決まってからは足しげく王城に通い。常に勉強に励んでいました。それは過酷の一言です。

 例えば、登城の際に毎回お茶を飲んでくつろいでいますが、それは表面上です。これは一見優雅に寛いでいるように見えて、その実礼儀作法に間違いが無いか侍女長や礼儀作法の先生が細かく確認するテストだったりします。

 お茶会という名のパーティーも相手の名前、顔、身分を覚えるのは大前提。会話をして情報収集に励む。など一見ただ遊んでいるように見えても、本当の意味での休憩の時間はごくわずか、それ以外は常に頭と体を動かす、何とも過酷な日々でした。


 さらに辛いことはアレン王子の言動です。アレン王子と私では学習科目の成績の大半が私の方が上でした。まぁ、真面目にこなす私と、集中力が足りず、なにかと剣術ばかりに時間を割くことが多いアレン王子では差が出るのは当然ですけど。そもそも剣術は王族にとって必須ではなく任意で受ける科目で重要度が低いのに、才能があると言われたため、そればかり受けていました。


 そこでさりげなく注意や指摘をやんわりいうのですが、婉曲すぎて伝わらない様子でした。そして、それが気に食わないのかアレン王子はことあるごとに「こんな勉強は将来役に立たない」「お茶飲んで、本ばかり読んで遊んでばかりいないで、俺みたいに少しは努力しろよ」「本の上の学習など実践では何の役にも立たないな」「まぁ、王妃なんて所詮はお飾りだからな」「相変わらず地味なやつだな」など厳しい物言いをするのです。

 子供を相手にしては格好悪いとこちらも意地になってまともに相手にしないことで、何を言ってもいいと思ったのか、王子は言動を改めることはありませんでした。ただ、その感情や本音を表に出すことは公爵家の一員である私には許されないことでした。


 そんな私にアレン王子がつけたあだ名は“氷姫こおりひめ”。氷細工のように美しいではなく、無感動、無表情のつまらない女だからと、ついた蔑称です。


 そんなある日、重圧に耐えきれず私は逃げ出しました。

 そして中庭でイリス王子に出会ったのです。何回かお会いしたことがあるけど、その優しげな雰囲気が印象的だったので覚えていました。

 その彼がのほほんとした顔立ちでにこにこと庭の花を見ていると、私の苦労も知らないでと無性に腹が立ちました。にもかかわらずイリス王子はにこにこと話しかけてきました。

 今思うとひどいやつあたりでしかないのですが、私はイリス王子の能天気な雑談をイライラして聞いて、そして“とある言葉”に反応し、切れてしまいました。

 この人なら何を言っても言いのだ、と何故か思い込んで私は溜まった鬱憤を晴らすべく彼に思いつく限りの嫌味を口切に罵詈雑言を浴びせたのです。

 イリス王子から見れば、たまたま出会って挨拶して、世間話をしただけなのに、いきなり顔を歪め唾を飛ばして腐った言葉を吐くなど、なんて醜い女と思ったことでしょう。

 そんな醜い私をイリス王子は怒ることなく受け止め、私が息をついた瞬間にこにことした顔でぽんぽんと優しく頭を撫で、笑ってくれました。

「確かにシャルロットは僕よりもいつも頑張り屋さんだね。すごいよね」


「怒られても必死に頑張って、今日も足を痛めているのに踊りの稽古も欠かさない」


「でもね、本当につらいときは少し弱音を吐いてもいいんだよ」

 そういうとイリス王子はぽふんと抱きしめてくれました。

「心臓の音ってね、なんか安心するんだ。シャルロットは疲れてるんだよね。これで少しでも安心してくれるといいんだけど」

 春の温もりのように暖かく、とくんとくんという安心できる音に私の何かが決壊しました。弱音を吐けないことで積もり積もった想いは爆発し、目から涙が零れ落ち、それが止まらなくなりイリス王子の胸の中で号泣してしまいました。

 イリス王子もまさか号泣するとは思ってなかったのでしょう。イリス王子は慌てて「え?え?え?何?なんで泣くのさ!?」と困惑していました。今思うとあそこまで狼狽するイリス王子はかなり貴重な光景でした。


 その日の夜、私はイリス王子のことを考えるだけで、胸がきゅんとなり、あの時優しく包容されたことを思い出すと身体の芯が火照るような心地よさを感じました。


 それから、私はイリス王子にちょくちょく会いに行きました。無論アレン王子の婚約者で厳しい王妃教育の合間を縫ってですから、ほんのわずかの間ですけど優しく周囲にいない視野を持つイリス王子との語らいや私のわずかな異常を見抜き、気配りする言動はいつも私の心を温かい何かで満たしてくれました。

 そうなると不思議なことにアレン王子の乱暴な言動も何というか気にならなくなりました。なんというか不愉快な言動も以前のようなイライラを感じなくなり、まるで癇癪を起こす子どものように、ほほえましいに見えてきたのです。この心境の変化もイリス王子のおかげかもしれません。


 それが“恋”という感情であると気がついたのはもうしばらく後の事です。しかし、私は貴族でアレン王子の婚約者。苦しみながらもその気持ちは封印することにしました。


 成長した私とアレン王子、イリス王子は学園に入学し、しばらくしたのちアレン王子と私は生徒会に入りました。まだ1年でしたが、次期国王と王妃の勉強のためにと、国から学園に要請があったためです。

 そして、生徒会に入りアレン王子はキョウコという女と出会ったのです。男爵令嬢で、貴族としての位は下にもかかわらず、上の貴族は敬わない。礼儀もマナーも最悪。けど、媚びが売るのがうまく一部の男子からは受けがいいという女。アレンも彼女に夢中の一人でした。

 アレン王子にとって、キョウコの礼儀知らずはしきたりにとらわれない身の回りにいない自由奔放な言動が魅力なのでしょう。私はアレン王子とキョウコに何度も注意しました。問題にならないよう警告もしたのです。

 しかし、彼らは嫌そうな顔をして私のことを無視して、いちゃついているだけでした。


 そのころからアレン王子の生徒会会長の業務はひどいものになります。公式業務こそこなすものの、雑用は丸投げ。あげく予算もスケジュールも無視した案を思いつき、無理やり承認させ、細かい仕事は「任せた」「やっておけ」だけで全てこっちに丸投げ。顔が広いイリス王子に助けてもらわなければ危ない場面が何度あったことか。

 アレン王子はこちらの努力も知らず、感謝の言葉一つ出さない。そして、毎回私達を振り回す無礼な女に何度切れそうになりましたが、そのたびにイリス王子に慰められ、我慢していました。

 そして、卒業間際の学園中の貴族を集めての大きなパーティーで運命が変わったのです。


「シャルロット=シャーウッド!キョウコ=バイエルン男爵令嬢を卑劣な嫌がらせをした罪により、婚約を破棄する!そして新たにキョウコ=バイエルンを我が次期妻として迎え入れることを宣言する!」

 真面目な顔で高らかに叫ぶアレン王子とうっとりした顔で見つめているキョウコ。・・・思わずフリーズしてしまいました。

 なにいってるんですの?え?え?この婚約は表向き個人間の話ですが、真意は国規模の政略結婚だって、知ってますよね?まさか、この人、私との結婚の意味何も知らないんですの?

 当初、呆然としましたが、私はすぐにこの意味を知り、歓喜しました。これであの馬鹿王子から解放されると。国中の貴族の子息・令嬢さらには外国からの留学生の前で宣言したのです。もう取り返しがつかないでしょう。

 うふふ、嬉しい。思わず顔がにやけてしまいます。私はこの笑みをばれないよう、うつむいて我慢しましたが、こらえきれず、つい体を震わせてしまいました。


 しかし、卑劣な嫌がらせとは一体なんでしょう。婚約破棄は嬉しいですが、身に覚えのない悪評もこまります。そこで問いただしたところ。あまりにも愚かな話でした。

 どうやら私はキョウコに悪口を言い、立場を使って脅迫、私物を隠したり、傷つけたらしいです・・・なんで私がそんなことをするのでしょう?確かに余りの非常識さに注意と警告はしました。まぁ、それはよしとします。しかし、こそこそ物を隠したり、暴力をふるうなどは全く身に覚えがありません。

 そこで証拠と証言をきいたら、キョウコが証言をした。心優しいキョウコが嘘をつくはずがない。あとはそれっぽい姿を見たという恐ろしく杜撰な話でした。

 ふと、周りを見ると、ほとんどの方々が冷たい目をしています。さすがにみなさんお分かりですよね。真に正しいのがどちらか。


 その気になれば簡単に論破できるレベルの話ですが、そこで「じゃぁ、婚約破棄を撤回する」と言われたら困ります。王子の性格を考え、あえて怒るように反論した結果、アレン王子は激怒し、二度と顔を見せるなと言い放ち、私はそのタイミングで婚約破棄の件を了解したことを伝え。皆に宣言して広間を出ていきました。

 なんて、開放感でしょう!ダメ!まだ喜んでは!顔を伏せて笑顔をばれないようにしないと・・・ぷふふ・・・我慢我慢・・・ああ、アレン王子との縁が切れただけでこんなにもすがすがしいとは。これでイリス王子と添い遂げられるかしら?そのときの私は何故か疑問も抱かず、さも自然にイリス王子との婚約について考えていました。


 数日後

 関係者が国王陛下に集められ、そこで国王陛下は宣言しました。

「アレン貴様を王位継承から外す。貴様は子爵の位に落とす。これからは一臣下として国に仕えよ。王は第二王子であるイリスが継ぐ」

 まぁ、あんな醜態をしでかした以上妥当な結果ですわね。


 アレン王子は呆然としていましたが、すぐに反論を唱え始めます。しかし、それは国王陛下に己の無能と無知をひけらかすばかりです。本当に学園で何を学んだのでしょう。呆れ交じりにアレン王子を見ていると視線が合いました。すると

「シ、シャルロット!貴様はかったな!」

「は?」

 アレン王子が私に何か怒鳴っています。なんのことでしょう。

「父上にあらぬことを吹き込み!私を陥れたのだな!何という卑怯者だ!貴様には貴族の誇りはないのか!父上、シャルロットに何か吹き込まれたか知りませんが、騙されないでください!私の行いは学園の者に確認すればわかります!きちんと調査をした上で結論を出してください!」

 ・・・え?え?本気?呆れて声が出ませんわ。ぽかんとする私の態度に苛立ちを考えたのか、アレン王子はイリス王子に牙をむけます。

「イリス!貴様も何か言え!貴様のような軟弱男が王な不可能だ!今すぐ父上に王位継承の件を断れ!これは命令だ!」

(何ですって!?)

 馬鹿の言動に思わず切れそうになる私でしたが、イリス王子は予想外な返事をしました。

「・・・いいえ。兄上。俺は王位を継ぎます」

「何?」

「兄上、俺は今までの10数年以上の生活で大勢の人々と触れあって気づいたんです。俺はこの国が好きなんだと。そして残念ながらこの国は国民全員が幸せになれる仕組みにはなっていない。だから俺は王になる。王になって、貴族だけじゃない、国民みんなが幸せになれる国を作りたいんだ・・・約束したからね」

 ・・・イリス王子の言葉に不覚にも涙が出そうでした。みんなが幸せになれる国、それこそ私とイリス王子が幼い頃に交わした約束だったからです。純粋な思いから結んだ約束。あれ以来互いに口に出したことはありませんでしたが、彼は私とのその小さな約束をずっと守り続けていたのです。

 そう思うと体の芯が潤み、熱い感動が胸から沸き起こるのを抑えるのに苦労しました。


「はっ、お前ごときが王になるなど笑わせるな。お前のような無能な男が王になどなったら、それこそ国がつぶれるわ!身の程を知れ!」

 その感動を奪う無粋な言葉。というか、お前が言うな。皆の声が聞こえてきそうです。

「ならば、その能力は私が埋めましょう」

 思わず口に出してしまいました。ああ、我ながらなんとひどいタイミング。このタイミングで告白など、対外的にも対内的にも不信感を抱かれるのは当然でしょう。それでも約束を守ろうとする想い人を侮辱する男から守るべく、私は声をあげました。

「イリス王子。私は貴方の力になりたい。もし許可をいただけるならば、私が持ちうるすべてであなたを王として支え、貴方が望む未来を叶えることをお約束します」

「シャルロット・・・でも、君は兄上に一方的に婚約破棄をされた身。その後で僕と一緒になるならあらぬ噂をたてたれて・・・」

「ご安心を。もとより覚悟の上、そして私はそのような些末な声気にもしませんし、何より守られるだけの無能ではありません」

 私の精いっぱいの告白と決意。そう解放された私にとって今やイリス王子は誰にも譲れない存在なのです。


 すると、いきなりアレン王子が切れました。

「絶対に許さんぞ貴様!イリス貴様もだ!貴様に貴族の誇りはないのか!?このように卑怯な真似をして王の座を奪おうとは!この恥知らずにして下種どもが!!父上!時間をください!父上はこの愚か者どもに騙されているのです!こいつらがいかに下種で、俺が本当の王にふさわしいことを証明してみせます!待っていろ、俺が王になったら、貴様らは追放などでは済まさぬ!処刑だ。貴様らの卑怯な血はここで途絶えさせてくれるわ!」


 全員、何言ってんのという顔でぽかんとしています。何をどういう思考をしたらその発言に辿り着くのでしょう?王の座を奪われるのは貴方が無能だからです。

 というより、一臣下に落とされた時点でアレン王子の身分はこの場の誰よりも下。特に国王に愚か者に騙されたなどそれは国王を馬鹿にしている発言としか思えません。いくら身内だということを差し引いてもその発言は侮辱罪に相当します。

 あげくに一族郎党の処刑発言です。この国では一族郎党の処刑は最も重い罪。王族暗殺、大量殺人、国家反乱罪に相当する重犯罪者のみに適用されます。しかも相応の地位の重役数名による厳選たる審査を得て実行されますので、いくら国王とて独断で判断できません。それをまぁ、勢いとはいえ言い放つとは。愚か極まれりですわね。


 そして、退室の許可もないのに勝手に出ていきました。なんというかわがままな子供のようです。

「本当にすまぬ・・・シャルロット」

「ごめんね・・・シャルロット」

 ああ。親子2人がうなだれています!気にしてませんから気にしていませんから。


 よくわかりませんが、その後アレン王子は貴族の方々に声をかけているそうです。

 アレン王子のおバカ加減は学園時代から知られており、イリス王子と私が次期国王と王妃になるというのは公表されていませんが、周知の事実。国のほぼすべての貴族が知っていることです。この状況で王子を利用しようなどと考える馬鹿はこの国全ての貴族探してもいないでしょう。

 彼の取り巻きも、王子に媚びて、権力の甘い汁を吸おうとしてすり寄っていた連中ですしね。そういえば、婚約破棄の時顔真っ青にしてましたっけ。まさか、あれほどのバカげた行為をするとは思わなかったでしょうね。

 せめて、アレン王子に本当に信頼できる相手がいて、相談していればこんなことにならなかったでしょうに。お気の毒様ですわ。



次は“無能”な第二王子イリス王子との物語です。

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