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面白いことは日常に潜んでいる 練習用短編小説①



 その日、私は朝から外へ出た。

 家の近くの散歩の為だ。当初は、近くにある日本の観光地の一つや二つ、行ってみるのもいいかもしれないと思い、電車に乗って近くの観光地に行っていた時期もあったのだが、昔から飽きっぽい性格のせいか一、二回も行った後にはもういいかなと思い、三回目を最後に行かなくなってしまった。


 その後に、そうして観光地に行くことを止めたのは、ただ行って帰ってくるだけの為にお金を使うのは勿体無いから、と誰に言う訳でもない理由を、近くの散歩をしながら考えていたことをなんとなくだが覚えている。

 今になって考えて見れば、同じ観光地に連日訪れていたことも、行くことを止めた——飽きたともいう——原因の一つだと思う。


 それはともかく……まあこうして外を歩いているのは、健康の為、というなんの面白みもない、平凡な理由だ。ただ、それまで朝、散歩のために外を出る、という習慣などなかった為か、『健康の為に散歩でもしよう』という思い付きはたったの四回で終わってしまい、それ以来、散歩に出かける事も無くなってしまった。


 それでは何故、今こうして歩いているのかと言われれば、たまたま、健康に関するテレビ番組を見る機会があり、その時、毎日外で歩かないでいるとこうなるんだぞ! という、半ば脅しに近い映像を見てしまった影響だ。……確か前回の『健康の為に散歩でもしよう』という思い付きも、大体同じ流れだったように思う。


 しかし、そうして散歩しに出かけたのはいいものの、一分も経たない内に、私は飽きてしまった。散歩をすることにではなく、周りの景色に飽きたのだ。……偉そうに言えることではないが。

 

 いつも仕事に行く道のように、最近何回も通っている道では無く、いつもなら通らない道を歩いているのだが……子供の頃よく通ってた道だからか?


 こんな感じで、どうでもいいことを考えながら、私は歩いていた。先ほど言ったように、周りの景色に飽きてしまったことで出てきた、家に帰るという誘惑を紛らわせる為だ


 考え事が一区切りついたところで、私はなんとなく周りの景色を見渡した。

 子供の頃に既に見た景色、すぐに「ああ、今ここか……」と思い、すぐにまた根も葉もない考え事に思い巡らそうとした、が右の塀を見た時、視界の上端に異物を捉えた。


 私は無意識の内に眼だけをその異物の方に向けた。


 果たして、それは一匹の猫だった。その事を認識した後、ふと、よく見てみようと思い、顔もその猫の方に動かした。すると、猫はこちらを警戒したのか、顔を塀の向こうにある家に向けていたかと思うと、ぱっとこちらに少し細くなっている目を向けてきた。


 しばしの間、お互いの目線が交差し続けた。その間に、この猫の容姿について私なりに説明しておこう。

 この猫は、アメリカンショートヘアーというんだったろうか? 顔と体に黒と白の縞模様の毛色を持っていた。瞳の色は外側から、黄緑に薄茶色、そして、中心に黒、と続いていた。

 そして、顔をはみ出るかはみ出ないかくらいの、細長くて可愛らしい白い髭と、これまた可愛らしい小さなピンク色の鼻がついていた。

 しかしながら、野良猫なのか、首輪はついておらず、少しばかり体が汚れていた。


 さて、しばらくの間、私たちはお互いに相手の様子を注意深く観察し、動きはなかった。

 しかし突然、猫は塀の上で後ろ足を畳んで座った。

 もちろん、こちらに視線をよこしながら。

 その後もお互い動きはなかった、がやがて猫が、焦れてしまったのか、後ろの尻尾を振り始めた。最初は小さく横に振っていたのだが、時が経つにつれ、大きくなって来た。

 そして、尻尾の振れ幅が最高潮に達したと思ったその時、突然猫は目を逸らし、右前足を顔の前に持ってきた。


 私がなんだろうか? と瞬間戸惑っている内に、猫はその前足を使って、人が猫を撫でる時のように、頭の前から後ろ、前から後ろ……に当然動かすことは出来ない。

 そこまで前足が伸びる猫を私は見たことがない。もしいたとしたら? 「え?……あれ? なんかおかしいような?」と違和感を感じることだろう。

 頭を掻いている人みたいに見えるはずだ。


 閑話休題、顔の上から下、上から下に降ろす動作をした後、その右前足を舌でペロペロと舐める——ように見えただけかもしれない——という行動を何回も繰り返した。


 この行動は確か、顔を洗うと言ったかな?

 昔、猫を飼っている友人の家に遊びに行った時、たまたまその友人の猫が、この行動をしているのを見た私は、何をやっているのかが気になり、その友人その聞いたところ『こいつはなぁ、顔を洗ってるんだよ』と笑いながら言っていた。

 しかし、その友人は面白いジョークを言うことが、当時のマイブームだった。

 だから私はその友人が言う〈顔を洗う〉という表現

も当時のジョークの一つではないかと今も疑っている。なので、顔を洗うというのが、この行動の正しい名前なのかは分からない。が、確かにそう見える為、

今もこう言うことにする。

……更に寄り道すると、当時の友人のジョークはそれなりに面白いものだった。今はそのジョークがあったからか、それなりに売れている芸能人。……ではなく、セールスマンになっているらしく。結構上手くやっているらしい。……多分ジョークで人の緊張をほぐしているんだろう。


 それはともかく、目の前の猫に話を戻して、ある程度顔を洗った後、前足を降ろし、またこちらを見た。かと思えば、次は舌で自分の首の辺りを舐め始めた(毛づくろい)。

 しかしそれは、途中で中断し、ビクッと驚いた様子で、こちらに頭を見せた。

……そう私には見えたのだが、すぐに猫はこちらに頭を見せようとしたのではなく、塀の下にあるものを見ようしたのではないかと思った。

 それで私も、塀の下、一面の灰色しかない道路の上に顔を動かした。するとそこにあったのは……動物だった。猫に比べれば数段小さな土色のネズミがポツンと四本足で立っていた。様子を見てみれば、鼻をヒクヒクとさせていた。

 しばし様子を見たが、それ以外に動きはなかったので、ふと何処から来たのかと思い、その辺りを見回してみると、塀に小さな穴が開いてあるのを見つけた。おそらくそこから出て来たのだろう。


 あの猫が今このネズミの存在に気がついたのは、多分毛づくろいのときに、偶然目に入って来たからだろうな。

 そう考えた後、あの猫こと塀の上にいる猫は、今何をしているのかと思い、様子を見てみた。

 猫は身体を既に下にいるネズミへと向けており、姿勢を低くし、顔を塀の上にある自分の足より下に置いた状態のまま、このネズミの動きは一挙一動見逃さねぇ……といった様子で凝視し、尻尾をピンッと真っ直ぐに伸ばしていた。

 私はその姿を見てかっこいい、これが此奴の狩りの姿か、などと思う感性は私にはなく、むしろそんな大袈裟な……と呆れていた。


 そう考えていたところ、そんな猫の様子を、塀の向こう側にある木が滑稽に思ったのか、木から落ちて来たであろう緑の網状脈の葉を、猫の頭の上にそっと、載せた。猫はそのことに気付いた様子もなく、変わらずネズミの動向を伺っていた。


 それを見た私は、可笑しくなり、思わず吹き出してしまうのを少し堪えた。

 何故可笑しくなったのかって? なんと言えばいいか……そうだな、自分の頭に乗った葉っぱに気づかないほど、そのネズミに夢中になっている様子が滑稽に思えたからだろうか?

 例えるなら、道をあなたとあなたの友人と歩いてると、横にいた友人が突然座り込み、巣に向かって歩いてる蟻の数を数え出し、あなたが、何をしてるんだ? などの声をかけても気づかないほど、そのことに夢中になっているのを、想像していただければいいだろうか? まあそのくらいの小さな笑い所だった。


 私がそうして笑いを堪え終えた後すぐ、猫の方に動きがあった。

 猫の頭にあった葉が落とされたのだ。葉は猫の頭を離れてしまったことが、名残惜しそうにヒラヒラと……え? 知りたいのはそっちじゃない? いやちょっとした冗談だ。

 改めて猫に焦点を移そう、猫のヒゲは横にほぼ真っ直ぐに伸びていたのだが、突然そのヒゲが顔の横に張り付いてしまったのだ。


 それだけなのかって? まあこれもさっきの冗談の続きだ。実際はこれよりもっと大きな動きがあった。


 猫が塀の上から飛び降りたのだ。前足を伸ばし、後ろ足で塀を蹴って、下にいるネズミに向かい真っ直ぐ、には降りず、ネズミの少し手前に降りた。

……と、思う。いやほら、笑いを堪えた後すぐのことだったから……それに私は動体視力も良いわけじゃないし……まあ言い訳はほどほどにして話を戻そう。


 ネズミは、自分の少し手前に落ちて来たように見えたであろう猫に驚いたのか、或いは、自分の天敵から逃れるために、このネズミが通って来たはずの小さな穴に逃げ込もうと……することはなく、突然猫が現れたということで、混乱してしまったのだろう。猫の目の前を右往左往した。

 猫は、その隙を逃さず、先ずは手始めとばかりに、右前足をネズミに向かって一瞬の内に伸ばして軽く叩き——もしくは引っ掻き——すぐに自分の手元に戻し、地面にそっと置いた。(所謂猫パンチ(・・・・)というやつだ)


……ように見えた。


 いや別に実は、実際この猫はそんなことはしていなかったとか、しかしそれを受けたネズミにダメージはなかったとかそういう意味ではなく、ただ私が、その猫の動きを辛うじて追えたのだが、自分の動体視力に自信はないため、本当にそういう行動をしていたのか判断出来ないという意味だ。


……ネズミはその猫の攻撃を受けた後、少し冷静になれたのか、件の塀の小さな穴に向かってその小さな四本足で、ササササッと走ったのだが、猫はこの動きにすぐ気づき、ネズミの進行方向、ネズミの顔に向かって横に薙ぎ払うようにパンチを食らわせ、ネズミを穴に向かわせないようにした。……ように見えた。

 ネズミはそれを受けて、一回、二回と転がるように飛ばされた。ように見えた。


 そういえば、まだ猫とネズミの位置関係を説明していなかった。私から見て塀の穴から右に猫が、ネズミは猫のすぐ左にいて、ちょうど穴の正面くらいにいた。穴には猫の方が人の足一個分近く、ネズミが人の足一個半分で遠い。これが先ほど猫パンチが出される前の位置関係だった。

 そして、先ほどの猫パンチが飛んだ後、ネズミは穴から左に、そしてパンチが飛ぶ前よりも人の足半個分遠くに飛ばされた。

 猫パンチによって、斜めに飛ばされた訳だ。対する猫はパンチを飛ばす前とほぼ変わらない。


 さて、飛ばされたネズミは一瞬怯み、その場で立ち止まる……と、私は思っていたのだが、意外に元気で、すぐにまた穴に向かってササササッと走ろうとしたのだが、すぐに猫がネズミへと距離を詰め、追撃のパンチを食らわせると、また一回、二回と転がるように飛ばされる、ということはなくその場にパンチによって押し留められる、ということが数回繰り返された。


 これはもう、猫の玩具だな。と、私は思った。諺には詳しくないが、窮鼠猫を噛むと言っただろうか? 確かネズミでも、追い詰められていよいよとなると、天敵である猫をも襲うという意味だったはず……合っているかの自信はない。

 ともかく、それが今、起こる可能性というのは低いと勝手ながら思う。

 もちろん、理由はある。今この状況で、ネズミには二つ選択肢があると考えている。

 説明口調になって申し訳ないが……え? ここまでも説明口調だったって?

……まず一つ、今もこのネズミが必死に試みて失敗しているが、塀の穴に逃げ込むこと。

 二つ目は、先ほどの諺のように、猫を襲う……猫に一矢報いること、と言おう、私はこの諺にはそういうイメージを持っているので。

 この二つの選択肢が、ネズミにはあると考える。しかし、このネズミからしたら、猫に一矢報いるように、自分が命を失うというリスクのある選択肢よりは、猫から傷を負わされながらも、まだ生き残れる可能性の高い、穴に逃げ込むという選択肢の方がよっぽど良い選択肢に思えるはずなのだ。

 それに、ネズミが猫に一矢報いようとする時というのは、他にそれ以外の方法がない時に限られると思うのだ。


 今、ネズミは猫に遊ばれてもなお、穴に向かって走ろうと……いや、今気づいたが、それはもうやめて何処でもいいから逃げようとしていた。

 その手もあったか……見落としていた。


 因みに、今の位置関係は先ほどのネズミの位置にネズミと猫がいる状態だ。


 しかし、そのネズミの必死に逃げようとする努力は無駄に終わり、猫に遊ばれ……パンチされ続けられた結果。


 ネズミは息も絶え絶えといった感じで、動きが鈍くなり……そこに今また猫パンチが飛んだため、ついに歩くので精一杯という様子になった。




 猫はその様子を見て、近づいていった。おそらく、このネズミを食べるために、遊んで弱らせるのはもう十分だと判断したのだろう。


……しかし、猫がそろそろネズミを食べられる距離へと近づいた時、突然ネズミが猫に顔を向け、口を開けた。少し遠いから聞こえないのか、それとも声を出ていないのか……何れにせよ、猫を威嚇しているようだった。私はその様子を見て、そんなことをしても猫は警戒しないだろうと思っていた。

 しかし、猫はそのネズミの様子を見て何故か、また右前足をネズミの前にゆ〜っくりと差し出した。

 すると、ネズミはその差し出された足に向かって、口を大きく開けて噛んだように見えたのだが、どうやらそのネズミの攻撃は、空気を吸い込んだだけのようだった。つまり攻撃は届かず、そのまま道路の上に倒れた。

 死んだのか? そう思いよく観察をして見ると息はあるようで腹を膨らませたり、縮ませたり、ドクッドクッと僅かに動かしている、と思う……多分、いやネズミって小さいし、それに少し遠いから……。


 しかしなるほど、猫がネズミに足を差し出したのはあの状態のネズミが襲ってくることを知っていたからなのかもしれない。


 そんなことを考えていた間に、猫は食べようと……する前にベシッと叩き、ネズミがビクッと動いたのを確認した後ようやく食べ始め……た?……どうやら咥えようとしているだけみたいだ。

 猫はネズミを咥えて持ち上げた後、すぐにこっちを見てきた。

 先程と同じように少し視線が交差した。

 しかし偶然か、はたまた必然なのか、さっきと同じ葉が猫の頭の上に乗った。

 しかし今度は、すぐそのことに猫は気づいたようで、頭を横にブルブルと振って頭の葉を落としたところで、こちらに興味を失ったようにこちらに背中……背中というか尻を見せて猫のすぐ右にある、その猫が通れるくらいの横幅がある柵の扉の、下を通り抜けて行った。まあそうだよな、わざわざ飛び越える必要ないくらい下が空いてるんだしな。


 そうして猫が去って行った後、私はまた、猫を見つける前と同じように考え始めた。

 今日は珍しく面白いことがあったな。

 いつもこのくらい面白いことがあるんだったら休みの時に毎回散歩に行く自信があるのに……。


……いや、もしかしたら私はその面白いことを、今まで見落としていただけなのかもしれない。

 先ほどあのネズミが穴以外の所へ逃げるという選択肢を見落としていたように。

 そういえば私は景色を見て何かを感じる感性もないくせに、変化のない景色ばかりを見ていた。

 そこにいる動物の動きも、今思えば景色の一部としてしか見ていなかった。実は動物が何か面白いことをしていたのではないかと思うと、少し後悔の念が湧いてきた……だが、今更後悔しても遅いか……これからだ、これから、面白いことを見つけていこう!

 景色の中にも、猫がネズミをそのまま食べると勝手に思い込んでいたように、景色に面白いことなどないと、私が勝手に思い込んでいるだけなのかもしれない!

 そうと分かれば、今から探してみよう。外の世界にある面白いこと、変化を。


 それから私は、猫が去った後、一分間そこにいた後、早速といった感じで首をあちらこちらに向けながら、ゆっくりとその場を立ち去って行った……


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