御礼小話
御礼小話です。
本当はブクマ600件のつもりで途中まで書いていたのですが…
気付いたらとっくにすぎていました(^_^;)
日の目を見ないのも可愛そうなのでのせてしまいました。
苦労性なおかんヤラールさんのお話。
それでは、皆様の大切な時間を頂けることに感謝をこめて~
『ヤラールさん、やらーるさん!』
大市日に、街におりたことがないというユアを市場通りに連れていき、あっちこっちと見て回るうちに日がくれて休みが終わった。
耳に今日、何度となく呼ばれた名前がよみがえる。
目をとじると、ちょこちょこと足元にまとわりつくように歩いている。ユアの頭が思い浮かぶ。背が小さいから歩いていてもつむじばかり見ることになるのだ。
イキシュがユアの番となってほしいと思うその気持ちも本心ならば、
このまま家族のように自分のそばにいてほしいとも思うのもまた本心。
番への狂おしいまでの希求はないのだけれど…
この小さな生き物を甘やかして幸せにしてやりたいと思うのだ。
狼は群れを大切にする生き物だ。
ユアに向けるこの気持ちは…
テーブルの置物を見る。
つるりとした陶器に柔らかな色付けをした置物。
狼と側で狼を見上げる小さなネズミ。
そう、家族愛なんだろう。
『ヤラールさん!あれ、なんですか?』
ーーああ、あれは東でよく飛んでる鳥だな。観賞用につれてきたんだろ。
『ヤラールさん、あの果物を皆に買っていきましょう!!』
ーーあれか?土産にするには実が柔らかいから帰りによろうか。
『ヤラールさん、ほら、あそこに可愛いい花が咲いてますよ。』
ーーああ、よく気づいたな、あそこに花壇があったのか俺だけじゃ気づかなかったな。
『ヤラールさん、人が一杯です!!』
ーーうん、今日は大市日だからいつもより賑やかだな。
『ヤラールさん、迷子になりそうなので、手を繋いでもいいですか?』
ーーああ、迷わないように手を繋ぐか。
にぎわう人混みの中で差し出された手。
握ると暖かな体温。
握り返される柔らかな圧力。
『これで迷子にならなくて安心ですね。皆にお土産をたくさん買いましょうね。』
ーー俺に荷物を全て持たせる気だな?
『やだなぁ、そんなことありませんよ?ちゃんと半分こにしてください。』
ーーフッ、ユアに半分も持てるかねぇ?
『もてますよ~あっ!あそこのパン美味しそう…買って食べていいですか?』
ーーああ、旨そうだな。
『違う味のパンを買ってもいいですか?はんぶんこにして…』
ーーどうした?
『うん、今イキシュさんに似た人が…』
ーー巡回してるのかもな。
『そっか、お仕事ですものね。…今度はいっしょに来れるといいですねぇ』
ーーそうだな。あいつも残念がってるみたいだしな。
あの時、チリチリと背筋を火で炙られるような感覚があった。
人混みに紛れているが気配はすぐ側、何を警戒しているのか。イキシュのその行動を思うと笑いが込み上げる。
いとおしいと思う。
守りたいと、思う。
側にいたいと思う。
笑わせてやりたいと思う。
番ではないけれど。
番ではないからこそ、側にいられる。
そう、番が居ないということは、さほど悪いことでもない。
この胸に全て奪い尽くすような、全てを焦がすような想いはない。
温かなぬくもりを与えたいと思う。柔らかな優しさで包みたいと。
『ねえ、ヤラールさん、手を出してください』
差し出した掌にころりと狼の置物が落とされた。
『これ、側にネズミがいるんです。なんだかヤラールさんと私みたいでしょ?』
ふふっと微笑んだユアは置物をおいて開いたままの俺の掌に手を添え、置かれたままのそれを包みこむように閉じさせた。
『今日はありがとうございました。また、一緒に市場に行ってくださいね』
ふふっと笑った顔はもう見えなかった。
みえるのは艶やかな髪の毛だけ。
この子が番ではないのならば、
この優しい気持ちを何とよぶのだろうか。