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夏の音




もうすぐ夏だな~と青く晴れた空を見上げた私はその眩しさに目を細めた。

今日は久しぶりに見事な青空が広がっている。

その色は地球の青空よりもかなり薄いけれど。


夏は空の魔素が薄いから空の色が青くなると教えてもらった。

冬の空はどんよりと重い灰色だったけれど雲かと思ってたら雲と魔素の層だと言われた。


魔素。


それはこの世界の空気にいつも漂うマジカル元素

魔法がテレビや小説にしか出てこない国の私からするとちょっとどんなものなのかピンとこない。

そんな魔素は雲に混じってたりするとキラキラと光ってみえる。

水と魔素が反応しているかるですねってイキシュさんは言うけど…化学変化的な感じなのだろうか?


ちなみに獣人族や人族の土地は他に比べて魔素が薄いらしく、魔素の濃い地域は常に空の色が紫に近くなってしかも様々な色の層になり輝いているらしい。

なんだその、ミラクル空。

オーロラみたいな感じなのかな?



説明されると「へぇ~そういうものなのか」と、思うほどにはこの空に慣れた自分がいた。

そのうち見に行きたいなとも思ったりね。



さて、見事な青空の今日は一年ぶりの夏日で、体が暑さになれていないから体力をがっつりと奪われていく気がする。

去年は、あっという間に夏が終わってしまって物足りなく思ってたんだけど…

だんだんこの国に体が適応してきているのかもしれない。

そう思いながら私はうっすらと額にかいた汗をぬぐった。


「あっぢぃ~」


私の横ではチーニがでろりと延びていた。

今日の私とチーニは二人して非番だ。

ヤラールさんの部隊が演習にいって居ないから作る食事が少ないのだ。

居残った兵士たちは皆、どこか気だるげでぐったりしてる。

ヤラールさんの部隊は俺はやるぜ!!みたいなテンション高めな人が多い。例えるなら犬ぞり前の犬。

そんなヒャッハーな部下は比較的テンション低めな隊長が大好きだ。

やる気のない猫にテンション高い犬がワフワフしてる感じ。


見てて和む。


たまにスイッチ入ったヤラールさんが部下を蹴散らしてたりするけれど、そんな時の部下の皆さんはとてもいい笑顔で沈んでいく。


とても和む。


きっと彼等も今頃演習しながらあつーってなってるんだろうなぁ。


そうそう、この国の夏は東京ほど熱くならない。

体感的には避暑地くらいかなと思う。

そのかわりに冬は厳しいけれど…東京の殺人的な気温に慣れた身としてはちょっと物足りない。

とはいえまだ暑さに慣れない身としてはやっぱり暑いのは嫌だな~なんて勝手なことを思ってしまうのだけど。


それに


最近、増えた暑苦しい色合いの長い髪の毛の獣人達が視界の端で踊っていたりするのでよけい暑苦しい。


カラフルな頭の人達は鳥系獣人らしい。


彼らは華やかで賑やかで…とても暑苦しい。

今も端で謎のポージング大会がひらかれている。


彼らは何をしているんだろう?


と皆に聞いてもよくわからない返事しか返ってこない。

チーニは「しらねぇよ」だしヤラールさんは「鍛練だな」だった。

イキシュさんは「勘違いをされてるようですねぇ」とひややかに言い、料理長は「ま、鳥だからな!!」


…意見がまとまらなさすぎだよ。


一番まともなのがウーフォンさんの「習性」っていう返事。


つまり皆の意見を纏めると…鳥らしい習性の何かを練習してるんだけどまだなんかおかしい出来。ってことなのかなと思う。

ウグイスが春先に現れ始めた最初はホーホケキョじゃなくて


ホケ?ッキョゥ、ケッキョキョ!!


って全然違う声で鳴いちゃうのを散々練習している間、ずっと聞かされ続けるみたいな感じなのかな。って思ったら…わからなくもないかなって思った。

そんな感じで視界の端がワサワサ暑苦しいわけだけれど…


暑さも合間って浅草のサンバカーニバルを彷彿とさせる熱帯感がある。

あ、そうだ、せっかくだし今年は敢えて夏っぽいものを用意してより夏気分を味わうのも良いなぁ…


そうおもいついた私はさっそく夏っぽいものを思い浮かべる。

「向日葵、スイカ、かき氷でしょ?そうめん、アサガオ、花火、セミ…あとなんだろう?」

うーん、こっちで用意できるものなんてかき氷くらいしかないな?

「うちわ、七夕、盆踊り、焼きそば、たこ焼き、りんご飴、わたあめ …」

あ~食べ物ばっかりだわ…でも屋台の食べ物ってなんか美味しく感じちゃうんだよね。


夏だなぁ…


故郷を遠く離れてしまえば夏といえばコレだよね!なんて軽く話すことも難しい。

当たり前のことだったのにね。


「なあ、それ何の呪文?」


芝生の上で寝そべるチーニがそう聞いてきた。

どうやらぶつぶつ言い過ぎて呪文に聞こえたらしい。


「私の故郷はこんな暑い日だからこそ楽しむ面白いものがあったんだよねって話、こっちにはないけどさ」

「へぇ~。んじゃ、やるか?」

「へ?」

「面白いならこっちでもやればいいじゃん」

チーニはよっこらしょっとと起き上がり、いくぞーって歩きだし私は、あわててその後ろをついていった。




確かにチーニの言うとおり、無いものを数えて嘆くより、無いものを作って楽しむ方がいいかもしれない。






「それがこんなお祭り騒ぎになるとは思わなかったけどさ」


目の前で繰り広げられ大騒ぎに思わず遠い目になった。

私とチーニが厨房の空きスペースでりんご飴もどきのフルーツ飴を作って皆の分も作ったら案外好評で…


そこから私の地球の夏の納涼講座が開かれた。


ちょっと調子にのったな~って思ってたら、よし!という掛け声と共に皆がものすごい勢いでいろんなものを集め初めて…

兵舎食堂から程近い普段使われていない第三鍛練場は今やすっかりお祭り騒ぎだ。


「時間も悪かったんだよね…暇なお休みの人がたくさんいたからさ…」


そう、お昼前の兵舎食堂は暇人がとても多い。

主に非番で予定のない暇人が昨晩の酔いを引き摺りながらのんびりブランチを食べている場所…そんな暇と力をもて余した獣人が揃って話を聞いていたから…


「だからこうなったのか」


私は桶にはられた水に瓜を浸けながら年甲斐もなく大騒ぎする男達を遠くからまったりと眺めた。


兵舎食堂から比較的近い演習場は更地でしかないから、遠くからでもよく見える。


切り口が鮮やかな紫色の瓜を目隠ししたまま剣でどれだけ綺麗に分割するか競うその隣で、水鉄砲と称した魔道具から無慈悲に連射される水の矢を素早く避けるか双殺する人々。

水爆弾と称するとんでもなく大きな水泡を投げつける遊びや虫取…と言いながら特大の網を振り回し何かと戦う奴ら。

うちわという名の大きな板で突風を巻き起こし攻撃を打ち消す奴ら。


そう、遠くから見るのは危ないからに他ならない。

花火の打ち上げ場所にはいっちゃいけない。

神輿は一緒に担ぐと危ない。

戦争ごっこは中に居ちゃいけない。


っていうか…なんで…ガチ戦争ごっこになるかな


「私の知ってる夏はこれじゃないなぁ」


最初は楽しそうにフルーツ飴をなめながら射的やコリントに興じてた草食獣系獣人達はその逃げ足の早さを発揮してすでに居ない。

となれば…獰猛さを隠そうともしない肉食獣系獣人達の血で血を洗う抗争へと発展していくだけ…

離れて見ている私は誰かがけがするんじゃないかとヒヤヒヤだ。

発案者として怒られるんじゃないかとドキドキだ。

これじゃ…異国の夏、緊張の夏だ。


もっと風流なはずなのに。


あぁ、どうしてこうなった。



そうこうしてるうちに騒ぎはどんどん大きくなり…最後は騒ぎを聞き付けて駆けつけてきたイキシュさんから放たれた大きな爆発によって強制的に中止となった。


それはまるで…打ち上げ花火のような見事な爆発。


「春過ぎて 夏きにけらし 異世界の… 昔なつかし 爆破オチ」


やけくそな一首をよみ、空に散っていく獣人達を見ながら私はたーまや~と言ってからシャリッとフルーツ飴をかじった。




「あれ?」

まっさらになった広場の端に青々とした草の残る場所できらりとなにかが光った。

拾ったそれは歪んだ金属片。

熱で熔けたような跡があり…多分魔法の練習か演習の時に落ちたのかもしれない。

歪んだおちょこみたな形のそれを拾い爪で弾くとリィンと涼やかな音がなった。

「ユア、少しお話いいですか?」

「すいませんでした~まさかこんなことになるなんて思ってなくて」

チーニの裏切り者は既にいないしね!!

イキシュさんに謝るとよくあることですよ。

と柔らかく微笑まれた。


そうか…よくあることなのか。


「春から夏にかけて無駄に元気が有り余りますからね、あのくらいなら日常茶飯事ですよ。それより怪我はありませんでしたか?」

「あ~大丈夫です、すぐに離れたので。これ、そこに落ちてたんですけど、持って帰って大丈夫ですか?」

金属片をイキシュさんに見せるとイキシュさんは綺麗な爪の指先で歪んだ金属をつまみくるりと回した

「ふむ、元々は風魔法を編み込んだ盾の一部だったようですね、僅かに名残がありますが…これといって価値はないと思いますが?」

ゴミですが?と不思議そうな顔をされてしまった。

「ちょっと作りたいものがあったんで」

「なるほど。使っても大丈夫ですよ。炎の魔法を上書きするには不向きですが…そうですね、できれば熱を加えずに加工してください。風魔法が残ているので弾ける可能性がありますから」


弾ける!?それはちょっと怖いな…

私はもう一度、謝ってから死屍累々と兵どもがころがる鍛練場を桶と瓜を持って後にした。



ガンガンがン!!と大きな音の響く建物が厨房のすこし先にある林の中にある。

そこは固い甲羅や鱗を持った食材を解体するときに使う解体場で、色々な道具が壁にかけてある。

たまにここでとてつもなく硬い木の実を叩き割ったりしてる。

「お邪魔しまーす」

大きな爬虫類の鱗をバキンバキン剥いでる調達部隊のみなさんの邪魔にならない隅っこの机を借りる。

固い金属片を木の実用の金槌でカンカンと叩くけれど…形が変わる様子はみじんもない。

「固っい」

わかってたけどここまで固いのか。


金属加工甘く見てたなぁ。

もう少し頑張ろうかなってカン、カンと叩くけど、押さえてる手がぐらぐらとして思い切り叩くのはちょっと怖い。自分の手を打ちそうで。


ん?


やけに辺りが静かになってて私は顔をあげた。

調達部隊の人達がやけに青い顔で手をとめてこっちを見ていた。

なんだろ?

そう思いながら惰性で持ってた金槌をそのまま振り下ろそうとしてぱしり、と止められた。


「あれ?」

「よそ見するな」


そう言いながら金槌を手からうばったのは珍しい人型のウーフォンさんだった。

綺麗な黒い爪先がつやりと光る白い大きな手。


「これをどうするんだ?」

「小さいコップみたいな形にしたくて」


こんな感じ…と説明していくとウーフォンさんはまるで粘土を弄るかのように金属の形を変えていく。

指で。


「え!?あれ?!硬くないの?ええっ!?」


掌でぐにゃりと歪む金属はあれよあれよというまに想像していた形に近づいていく。


「魔力が抜けているからただの金属の固まりだ」

つまらなさそうにそう言われ、ほいっと放られた金属は想像とおりの形で

いやいや、たしかにイキシュさん魔法で固くするっていってたけど、しかも抜けてるっていってたけど…

いやいや、ただの金属の固まりも充分硬いはずなんですが!?


ころりと掌で転がる整形された固まり、あまりの怪力にぽかんとアホのように口をあけてしまった。


「あ…ありがとうございます」


受け取ったそれを台におき、穴を開けるべく錐のようなものをてっぺんにつき刺そうとして、つるりと滑った。

バランスを崩して片手に持ってた金槌でガンッと机を叩いてしまった。しかも


「うおっとぃっ!」


慌てすぎて色気の全くない声を出してしまった。

やだな~いまの聞かれてたの恥ずかしいな~って思いながら顔を上げたら、珍しく顔をひきつらせたウーフォンさんが無言で錐をとり、コンッと一発で穴を開けてくれた。


「他は?」

「あ、大丈夫ですよ、あとはこの板に穴をあけるだけなんで」

そういって同じ金属の板を出したらそれもさっと奪われカンっと穴をあけて差し出された。

「終わり、だな?」

いつも眠そうなウーフォンさんがめずらしく真顔で念を押すように言われ私は「は、はい」とたじたじになって答える。

どうやら、あまり、ここでの作業は好まれなかったらしい。


「なんかすいませんでした…お邪魔しちゃって」


そう言うと無言で顔を横にふられた。

…うーん、どっちの意味だろ?

きにすんな?

それともこんな下手ならもう来るな?

わかんないなぁ。



私は持ってきていた紐と金属板を結び、その紐の長さを調整してます玉結びをつくり、金属の器の穴に通して持ち上げる。


リィン


涼やかな音が響く。

うん、予想よりも綺麗な音。

「ウーフォンさんのおかげでいい鈴が出来ました」

にっこりわらってお礼を言うとウーフォンさんは頷いて隣から居なくなった。

私は少し離れた場所から見ていた調達部隊の人達にぺこりとお辞儀をして解体場を後にした。みんな一様にほっとした顔をしていたのはなんでだろ?


空を見れば日は傾き、夜がすぐそこまで来ていた。


夕飯を食べて、デザートに渡された瓜を持って部屋に戻った。多分あの時大量に切られていた瓜だろう。私が持って帰った瓜は既に誰かに食べられてたから。


カタンと窓をあけ、窓の上にある棚にウーフォンさんがつくってくれた鈴に紙の短冊をつけて窓の内側に吊るした。

しばらくするとふわりと風が動き


リィーン


涼やかな音が部屋に響いた。

風で揺れる短冊

ちょっといびつだけど音色は素晴らしい。



「まだ少し早いかな」



肌寒い空気を震わせる音は少し冷たく感じるくらいだ。

窓辺から外にかけるのは…季節が進んでもう少し暑くなってからでいいだろう。


私は昔から夏に夜の暗闇の中で聞く風鈴の音が好きだった。

仕事帰りの暗い道でどこからか聞こえるその音が私の夏の夜の音。


リィンと鈴の音を聞きながらシャクリと紫色の瓜を齧ってハッとする。


「これは…!!まさかのメロンシャーベット!!」


スイカには似てないだろうと思ったのにまさかのメロンシャーベット味。しかもあのフルーツ型のケースに入ったやつに酷似してる。

もっと冷やしたらさぞかし美味し…はっ!だから食べられてたのか!!ぐぬぬ、許すまじ瓜泥棒め!!!


「ま、こんな夏も悪くないかな」


呟いて瓜を齧ると鳥の羽ばたくような音が聞こえたような気がした。

魔法で翼をつけられたら…不思議な色の空を飛べるかもしれない。そうしたらいつか見てみたいなぁ。


そう思ってふと気づく。

そうだ、これは未来の話。

ああ、気づかなかったな。

どうやら私はいつのまにかこの世界で何気ない未来に自分を置くようになっていたんだ。

そう思って私はくすりと笑った。


こうしてすこしづつ、私は未来を夢みて、それを叶えたり叶えなかったりして、そうしていつかはこの世界に根を下ろすのかもしれない。


リィン



懐かしい地球を愛しながら。


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