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ギルドを出てから街で当面必要なものを色々買った。
買ったそばからヤラールさんのもつ不思議な袋にどんどん詰められていく。サンタクロースのプレゼント袋のようにいくらでも入るそれに驚く。
お店の人も気前よくおまけを沢山くれるのでいらないものも多いのだけれど。
「便利な袋ね、私、荷物は届けてもらうものだと思ってた。」
「まあ、今でもそういう場合があるぞ城とかは特にな。他に買うものはあるか?」
「あとは食料品かな…」
でも、あの部屋は煮炊きができないのだ。そうなると保存食しかないだろう。
「お前さえよければ兵舎の料理場で働かないか?そうすれば朝昼晩で賄いが出る、兵舎の厨房ならお前さんを連れてきたお偉いさんも来ないだろう 」
ヤラールさんから信じられないような提案をされる。
「いいの!?」
「乗り掛かった船だしょうがねぇ、付き合うさ」
ヤラールさんは兵舎の管理を任されているのだそうだ。
…隊長とかかな?兵だから兵長?ダメだ軍の仕組みが解らなさすぎる。
「よろしくお願いします。あ、私の名前はユアって言うの。ヤーラルさんはヤラールって名前?」
「おいっ!おまえっ…」
ヤラールさんは顔を真っ赤に染め、口許を抑えて後ずさる。
私は予想外の反応に首を傾げる。
「そうか、人族だから意味を知らねぇのか…まあ、そうだよな…」
頭をガリガリかいてから、うん、うんと頷いていた。
なんだろうその反応。
「あー、ヤラールが名前だ、ヤーラル・ティガード。お前の上司になる。それでな、ここでは名前を女から聞いたらそういう意味になるから…聞くんじゃねぇぞ。男から聞くのもだ。だから名前を相手に知らせたいときはさりげなく会話に混ぜろ。直接聞くなよ?」
…そういう意味ってなんだ?
赤くなったってことは赤くなるような意味なのか?
異文化だ…とりあえず名前は聞いてもいけない、名乗ってもいけないと覚えておこう。
もやっとしつつ、少し保存の効く食べ物を買って、買い物を終わりにした。
暮れかけた空の下私とヤラールさんは城に向かって歩き出した。
「いたっ…」
流石に合わない靴で歩きすぎたようで足の豆が潰れてたらしい。
靴の中で足がぬるりと滑る。
「お前、血の匂いがするな。」
そういってヤラールさんは私をひょいと抱き上げた。
「足か?見せてみろ。」
小さな噴水のような水汲み場の側で積んだ石の上に下ろされ手早く靴を脱がされた。
「靴で擦れただけーッ!イターッ!!」
水で血をながされ皮がむけた皮膚がひりひりと滲みる。
「やわな足だな…」
ざぶざぶと洗われ、唸りながら痛さに身悶える私の足に薄い布を裂いたものを巻いてくれる。
「薬を塗ったら一晩で治るだろ。あとで塗ってやる。」
一晩で?ありえない日数に驚いてると魔法薬だと言われた。
「使ったことねぇのか?」
「うん?傷は治るのを待つだけだよ?」
そもそも、地球に魔法なかったしね。そうおもってたらなぜだか物凄く苦々しい顔をされて頭を撫でられた。そして歩けると言うのにいいから黙ってろ!と一喝されて抱き上げられたままお城まで運ばれた。
25歳でお姫様抱っことか…なんという羞恥プレイ!
城門には昼に会った犬のお巡りさんがまだ立ってた。抱き上げられたままで横を通りすぎるときに「ごくろうさまです。」と声をかけるとささやかに尻尾を振ってくれた。
「ヤラール!貴様は仕事もせずどこをほっつき歩いていたんだ!」
いきなり怒号と共に目の前に人が現れた。赤い大きな耳に大きなしっぽ。大きな目は少しつり目がち。周りには部下らしき人達。
「狐?」
腕の中で呟くとその人と目があった。焔のような赤。
くんっと匂いを嗅がれる。
「人族?血の匂い…それに花?」
狐の顔が傾げられまたくんくんと嗅がれる。
そして鼻の頭にシワが。
やっぱり私は臭いらしい。いやだなぁ…
「貴女は…」
言いかけた言葉は口からこぼれることはなかった。ただ、酷くショックを受けてます!っていう顔をされた。
いやいや、匂い嗅がれて微妙な顔をされる私の方がショックだよ!?
しかも何を言おうとしたのさ!
狐さんは私を見つめながら頬を染はじめ…そして覚悟を決めたように私の手を掴み、
「貴女に…番は居るのですか?もし、もしも居ないのでしたら…わ、私を…私を番にしませんか!?」
…えーっと?言われてる意味がわからずヤラールさんと眼を見合わせてしまう。私を抱き上げたままのヤラールさんもとても驚いている。
「貴女に苦労はさせません、活きのいい餌もいつだってたくさん貴女のために用意します。貴女が…貴女が今までされていたような仕事をすることもありません。貴女がもう少し大きくなるまで紳士に接すると誓います、そして、その日が来た暁には私を貴女の唯一に…」
感極まったような赤い瞳はうるうると潤みカッコいいより可愛い。
「私の名前はイキシュ・フォクト火狐の一族に連なるもの。貴女の名前を私に、そして番に私を選んでいただきたい。」
名前を聞くのって…そういう意味…そういう意味?今聞かれてるんだけど…
え?…あれ?
そういう意味ってどういう意味?
ポカーンである。
周りもそして私も。
その中でいち早く我に返ったのは私を抱いてるヤラールさんだった。
「ちょ、ちょっとまて、おい、イキシュ。え?こいつ、お前の番なのか!?」
「気安くこいつなどと言うなヤラール、彼女を抱いているのも業腹なのだ、偉そうにするな。」
「お前こいつと俺で態度全然違わねぇか!?」
「さぁ、愛しい人私に貴女の名前を」
うっとりと囁かれ私の混乱は深まる。
何と答えれば…あ、名前だ名前を聞かれて…
「え、あ、私は…もごっ!」
話そうとした言葉はヤラールさんの大きな胸板に押し付けられ塞がれた。目を白黒させる私に目だけで黙ってろ!ヤラールさんが伝えてくる。こくこくと頷くしかできない。
「ヤラール!!貴様!!消し炭にしてくれるわ!!!」
目の前の狐さんが怒りに燃える。
比喩ではなく尻尾に火がついていた。
そして剣の柄に手おいた。
「あちいっ!おい、まて、落ち着けイキシュこいつには事情がある。お前がこいつの番というなら知っとけ、それからもう一度名をきけ。お前らも散れ」
困惑した顔で周りに居た部下たちは持ち場に戻っていった。
イキシュさんとヤラールさんと私は城ではない違う場所に向かうらしい。
無言だ。気まずいくらい無言だ。
そして私はお姫様抱っこのままだ。この状態で何か気の効いた話でも振るべきだろうか?いやいや、たぶんそれはしない方がいいよね?じゃあ…どうしよう…そう悩んでいるうちに建物の中に入っていく。あ、着いてしまった…。
「とりあえずイキシュお前茶でも入れてろ、俺はこいつに薬を塗る」
私をソファーに下ろしながらそう言うヤラールさんにイキシュさんは憮然としつつも従った。
「ほれ。足を出せ、少し滲みるぞ」
そういって赤く染まる布をほどき、瓶に入った緑の薬を指で掬う。うわぁ…明らかにヤバそうな色の薬をべっとりとぬられ…
「…いッたあぁ!!」
滲みる、すごく滲みる。のたうつ私の右足をがしりとつかみ踵も爪先も傷のある場所全てに塗っていく。
「はいはい、我慢我慢。しみるのは効いてる証拠だ」
「やぁぁっ!ちょっとまって!ひぃっ!!心の準備を…やあーっ!」
ガシャーンと大きな音がしてそちらをみるとイキシュさんがティーセットを落としていた。
「ヤラール!!貴様何をしている!!」
「何って薬塗ってんだよ。」
「どけっ!私がやる。もう少し優しいやり方があるだろう。」
そういってヤラールさんから薬を奪った。多分これは誰が塗っても滲みると思うのだけど…
「ああ、可哀想に涙が。さあ、もう少しの我慢ですよ、もう片方もぬってしまいましょう。」
にっこり微笑まれて右足に包帯を巻かれ左足を掴まれる。
「ああ、貴女の足は白兎のように美しく滑らかだ。もう、こんな傷はつけぬよういつも私が抱いて運んでさしあげますよ。」
そういって緑の薬を塗る。
滲みる!やっぱりしみるから!優しくやっても染みるからぁっ!!
「ううーしみるー!!」
「貴女は悲鳴まで愛らしいのですね」
うっとりと微笑まれこの人サドだって思った私は悪くない。
くるくるっと包帯を巻かれたあと狐さんの胸に抱き込まれる。
「愛しいひと…たとえ貴女がどんな目にあってきたのとしても私の愛は折れることはありません。」
まるで自分に言い聞かせるみたい。
…私はそんなに臭いのか。
「はいはい、そこまで。イキシュその嬢ちゃんには既に番がいる」
「…?しかし彼女には獣人の匂いがしないぞ?お前の匂いくらいだ。あとは…人族の…男達の匂いだ」
抱えたまま頭をくんくんするのやめてほしい…。
いいにおい。って呟かれてもうれしくないからね!
「お嬢ちゃんはこの城の誰かに召喚されたんだ。番紋を辿って召喚したんだろう。転移ならともかく人を召喚するなんて…非人道的なことをしたもんだ。それに嬢ちゃんの匂いは万人適応型だ。番ではなくても反応するぞ、今日いやと言うほど体験してるからな。」
においの万人適応型?
なんだそれ?。
しかも今日何かあったかな?
いたた、腕が苦しい。狐さんぎゅうぎゅうしすぎ。
「解ってねぇなお嬢ちゃん。門番が優しかったろう?蛇の飯は旨かっただろう?熊は好物の飴を普段人にはやらねぇし、店のやつらのおまけは全部その効果だ」
なんだろその微妙な効果。ちょっとみんなが優しくしてくれるみたいな?
「それ、全部下心だからな。気を抜いたら丸のみだ。一人で出掛けりゃ…2度と戻ってこれねぇよ」
こわっ!!まるのみ!?
「大丈夫、私の番になればいいだけですよ?」
それもなんか微妙に怖いし多分そんなに変わんないよね?
「そもそもだ、お嬢ちゃんは誰に召喚されたんだ?お嬢ちゃんの番は誰だ?」
…あいつの名前。
それを言ったら…おそらくこの人達の庇護はうけられない。あいつはこの国のトップ。彼らはお上に逆らってまで私を保護はしてくれない可能性が高い。
なら、しらを切るしかない。
私はあいつを知らない。
名前も知らない。
「知らない。…名前、言わなかったし。気が付いたら目の前にいて…」
そうだ、本当に何もわからないまま冷たい石の床の上であいつは私を罵倒したのだ。
「…臭いって、汚らわしいって、こんな女が番なわけがないって。わけのわからないことをずっと怒鳴って…」
はなしているうちに気持ちが昂ってくる。あの部屋のベッドの上でひとり泣いたあの時のきもち。
ぎゅうって暖かな腕が私を包み込む。動物みたいに高い体温、その暖かさに昨日仕舞ったはずの想いが溢れてくる。
「わ、わたしだって来たくて来たんじゃないのに、もう戻せないって…ねぇ、番ってなに?人族って、獣人ってなに?なんで?私は臭いの?あんなに言われるほど汚いの?あ、あんな…」
頭に甦るあの男の罵声。
吼えるように響くあの声に体が震える。
「怖いよ…おうちに帰りたい。帰りたいよ、ここはどこなの?私はなんで帰れないの?ねぇ、なんで?なんで?アイツの番だから?アイツは嫌い。嫌い、大っ嫌い!」
目の前の胸にぶつけるみたいに叫んでた。
涙がいつのまにかでていた。ついでに鼻水も。グスッとはなをすするとポンポンって背中を叩かれた。
「忘れてしまいなさい、そんなグズ男のことなんて。貴方は私に会うためにここに現れたそれでいいじゃないですか」
顔をあげるとイキシュさんにぺろりと頬を舐められた。犬に舐められたみたいなそんな感じちいさい仔犬を毛繕いするみたいな。
「そうだな、忘れちまえ…すまないな…この国の上のヤツにそんなクズかいたんだな…。」
そのグズは王様ですよ。
「番ってのは魂の片割れだ。会えばどよしようもなく惹かれる。力の強いやつは会った瞬間に判るんだ自分の半身が。俺の半身はずっと前にしんじまって居ねえし、イキシュの半身も同じだった。」
「ええ、私は生きている間番には会えないだろうと思っていました。けれど…あなたに会えた。」
ふわりと笑う狐さん。
「どうする?お前はイキシュの番になるか?それとも兵舎の厨房で働くか?」
そう聞かれたけれど答えは決まってる。
番なんてもの私は信用しないのだ。
「働きます。私の国では親密なお付き合いは、きちんとお互いに知り合ってからはじまるんです。初めてあった人とお付き合いなんて考えられません」
そう言い切った。涙で腫らした眼で笑ってる私はきっと凄く不細工だけどしょうがない。
「イキシュさんが私を番じゃなくても嫌いにならないくらい好きになってくれたら…そしたらちゃんと考えます。だから、私…ユアを兵舎の厨房で雇ってくださいヤラールさん。」
名前はさりげなく会話に混ぜる。
さっき教わったこと。
そうして異世界生活二日目。
私は就職先と信頼できる上司と下心のある友人を手にいれた。