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桜の花の下で2




街中を通って王城まで戻る間に、私は3人とお店をひやかしたり買い食いしたりして楽しく過ごした。

花見といえば的屋めぐりだよね。

どんな花を見たとしても!

それから城内への門をくぐり、兵舎食堂に戻る途中にある大きな木の前でふと脚を止めた。


花の咲いた所をよく見れば枝振りは桜そっくりで、ごつごつした木肌もつるりとした艶のある枝もとても桜の木に似ていた。一度だけもしかして、と期待したけれど咲いたのは猫じゃらしのような奇妙な花だった。


しかも、今はその根本ではシェフコートを着たパンダがごろり寝ている。


「のどかだなぁ…」


丸いパンダがごろごろ寝てる姿をみると本当にそう思う。どうやらこの世界では違うみたいだけど。

「殺伐としてるの間違いだろ」

「思いっきり狩りの後だぞ!」

「清潔感に欠けますね」

残念なことにヤラールさんもチーニもイキシュさんも、みんな同意はしてくれなかった。

どう見てものどかなパンダのお昼寝なのに。


虫食いの野菜に当たって悲鳴をあげる私にチーニはよく私は鼻が悪すぎると可哀想な子を見るように言う。

なんで匂いで解らないんだって言われるけどフツーはわからないって。

ウーフォンさんへの評価もそういうこと、らしい。

ウーフォンさんの匂いを嗅いで小さい子が怖いと泣いていたのを何度か見た。つまり、とっても平和そうなパンダのウーフォンさんはとてつもなく怖い匂いがする…らしい。


平均的な人間鼻の私は首を傾げるしかない。


のっそりと起きたウーフォンさんに手を振って満開の桜の下にパンダが寝てたらって想像したらちょっと面白くて笑ってしまった。


思わず「あの木に花が咲けばいいのに」そう呟いたら「咲かせましょうか?」とイキシュさんが言った。


え?と振り返ると本物じゃないですねどね。といつもの優しい顔で私の頬を指先で撫でた。


「見たい花があるのでしょう?」


どうやって?と聞こうかと思ったけれど、説明されてもマジカル的なことはよくわからないから頷くだけにした。


「桜を、桜の花を見たいの」


目を閉じてそう心から願う。

春に咲く桜色の花を。

空を多い尽くすほどのあの柔らかな花びらの群れを。

願ったらさあっと空気が変わった気がした。



そっと目をひらくと目の前には大きな桜の木。それも満開の桜の木。


どうやったのかわからないけれど、イキシュさんが見せてくれたその景色に私は涙が止まらなかった。


桜の木の下でのそりと起き上がったパンダはこちらを驚いた顔でみている。

まさか、とあたりを見回せば、見渡す限り広がる満開の桜。


「うわぁ…」

「ああ、これは…これは凄い」

「ユアは…とても美しいところから来たのですね…」

惚けたように幻の桜に見いる3人とパンダに



『そうだよ、本当に桜は綺麗なんだから』



そう言おうとした言葉は、けれど音にならず、私は詰まったような喉の奥を厨房で絞められる小動物のようにきゅうと鳴らした。


もう2度と見れないと思っていた桜に込み上げてきたのは、喜びでも懐かしさでもなく


ごめんなさい。という言葉だった。


ごめんなさいお父さん。

ごめんなさいお母さん。

ごめんなさいお兄ちゃん。

ごめんなさい会社のみんな。

ごめんなさい友達。


みんな、みんな、ごめんなさい。



怒濤のごとく、考えないようにしていた事が頭の中にあふれかえった。



きっと、みんな心配してる。

きっとみんな、私を探してる。


だって、私だったら友達が、家族が、同僚が急に消えたら心配する。


すごくすごく心配するもの。


あの日、朝に同僚に仕事のメールしたのに。

電車に乗る前に繁忙期終わったら呑みに行こうって友達にラインしたのに。

週末に実家に戻るから駅まで迎えにきてねって、お兄ちゃんのお嫁さんと会うたのしみって電話したのに。

寿命で逝ったあの子に似た保護猫の里親になるって決めてたのに。

結婚して新居に越した友達に今度会おうねって、手紙に書いたのに。


たくさんの大切な繋がりがあったのに。


みんなといっぱい約束してたのに。

大切なものも、他愛ないものも、たくさん、たくさん約束してたのに。


次の企画決めようって、旅行いきたいねって、映画いこうって、お買い物しようって、面白かった本を貸すねって…いろんな人との他愛ない話の間にたくさんの約束をした。

久しぶりにあった友達とは、次はこれなかった友達とも呑もうねって、こんど集まるのは仲良しだった友達の結婚式だねって、同窓会もしたいねってそんな他愛ない話して、みんなと一緒に年取って、結婚したりしなかったりして時々あえたらそれでよくて、なのに、なのに…




ああ、あぁごめんなさい。



全部全部叶えられないなんて。




誰も心配する人なんて居ないなんて、そんな希薄な付き合いなんてしていなかった。


だって、あの毎日がずっとずっと、死ぬまでつづくんだって疑うことなく思ってたから。


大切にした。

大切にしてたの。

私を大切にしてくれるみんなを。


ちゃんと、ちゃんと。


こんなことになるなんて思ってなかったから、こんなところに来るなんて、誰にもなにも言わずに、なにも伝えずに…


ねぇ、実家のリビングにみんなで集まったとき私の椅子には誰が座るの?

ずっと誰も座らないままだったらどうしよう。

いつもの友達四人で飲み会をするとき一番奥の角はいつも私の定位置で、遅れていってもいつもその席を空けてくれてたのに、こんどその席には誰が座るの?



お願い、お願いだから、誰か埋めて。



私がいた場所を誰かが埋めないとずっとずっとみんなの胸に刺さった小骨みたいに残り続けちゃう。

まるで、欠けたマグカップみたいに。日常の幸せをざらつかせちゃう。



そんなの…


そんなの嬉しい訳がない。



私は、大切な皆のこれから続く先に、ひとかけらの影だって落としたくないのに。

みんなで集まったときに話すのは最近の愚痴と、楽しかった思い出でだけでいいのに。

あの頃はバカやったよねって、そうやって笑うだけの未来でよかったのに。



「…ごめん…な…さぃ…」


こんなことになるなんて。


もう、もうみんなのところに戻れないなんて。


なら、だったら、だったらいっそ私のことなんて忘れてほしいよ。


私だけが覚えてるから。


覚えているのは私だけでいいから。


ずっとずっと忘れないから。


かくり、と膝から力が抜けて私は地面に膝をついた。そのまま重力に負けるように背中も丸めて顔を手で覆った。


止まることなく流れるなみだの熱さを、こらえることのできない嗚咽が私の背中を、胃を突き上げてるのを、まるで他人事みたいに感じながら。声もなく幻の桜の下で私は泣いた。


気付くとふわりと柔らかなものが私を包んでいた。

いろんな、いろんな動物が私の周りをとりかこんで、ふわふわだったり、さらさらだったり、つやつやだったり、ばさばさだったりする毛で私をそっと撫でてくれてる。


それに気付いてまた涙があふれた。



ああ、本当に、本当にごめんなさい。



こんなにも私は心を残してる。



向こうにいる家族に、同僚に、友達に、



こんなにも優しい人達に囲まれてるのに。

こんなにも優しい想いを伝えてくれているのに。



ごめんなさい。



幻の桜の下で私は泣いた。



この世界に来て初めて、自分のためにではなく、向こうに残した大切な人達のために。


ここで出会った優しい人達のために。



ただ、泣いた。




泣いて泣いて、泣きつかれて…




暖かな毛皮に埋もれて泥のように眠った。






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