桜の花の下で
ブックマーク800人超え御礼小咄。
 
いつもありがとうございます☆
連載当初はこれが最終話の予定だったのですが…救いがないというか暗いというか…
こんな状態で終わるの嫌だな~と思って封印した話。
ifではなく、本編終了後から季節が一巡した頃のお話。
少々暗いですが、3話+1話(別視点)
では、読んでくださる皆様へ感謝を込めて。
「新しくしないのか?」
食堂で遅いお昼ご飯を食べていた私にウーフォンさんがそう聞いてきた。
その視線の先にはこの世界では小ぶりなマグカップ。
私にはちょうどいいのだけれど、 多分子供用。柄も作りも可愛過ぎず控え目な感じが気に入っていたのだけれど、少し前にうっかりぶつけてす欠けさせてしまったのだ。
尖ってはいないからそのまま使い続けているけれど…
ふとした瞬間、美味しいお菓子を食べていたり、楽しい話をしていたり、そんなごく普通の生活のなかで、ざらりとした欠けた場所に触れるとちょっとだけ、本当にちょっとだけ残念な気分になる。
「ちょうどいいのが見つからなくて」
市場でも探せば替えがないわけじゃないのに、なぜかそんな気にならないというか…
ふぅん、という感じでウーフォンさんは頷いて食堂を出ていった。
それを見送りながらやっぱりパンダは表情が読みにくいな、と思った。
そして、相変わらず勘が鋭いとも。
兵舎内食堂の厨房にはすっかり私のものが増えた。
小さな私用の踏み台、私用のナイフ、私用の器具、サイズの小さな私のためだけのもの。
置かれた最初は真新しく浮いていたそれらも今では煤けたり汚れたりしてすっかり厨房に馴染んでいる。
この欠けたマグカップもそう。気付けば私はこの世界に私を馴染ませていっている。
そこの事に少しだけ、よくわからない苦しさを感じる。
私はその苦しさからそっと目をそらした。
ご飯が食べ終われば今日の私の勤務はおしまい。ここからは今晩の夜勤人がやってくれる。
「おい!ユア!!すごいとこ見つけたから花見に行こうぜ!」
今日お休みだったチーニが来たのは使い終わったお皿とマグカップを洗っているとき。
私はもちろん、ふたつ返事で応じた。だってお花見だ。桜ではないだろうけどきっとキレイなはず。
そして今、チーニの案内で来た場所で咲き誇る花を見ながら「桜が見たいな」急にそう思った。
思ったら勝手に口から言葉が零れていた。
「ん?なんだ?サキュラ?」
横にいたヤラールさんが聞き返してきた。
ヤラールさんとイキシュさんはチーニとのお出かけ先が森だと聞いて護衛にとついてきてくれた。
そして、二人は来る途中に遭遇した色んな謎生物をバッタバッタと倒してくれた。
そりれを見ながらチーニはよく戦闘力皆無かつお荷物の私を此処に連れてこようと思ったな…とちょっと呆れた。
呆れた視線を向けられたチーニは俺は逃げ足がはやいんだよって胸張られた。
胸を張られてもてもねぇ…
そんな非常に強いヤラールさんの舌足らずな言葉がなんだかちょっと可愛くて思わずくすりと笑ってしまう。
「違いますよヤラール、ユアはサクラと言ったんですよ」
訂正してくれた耳のいいイキシュさんの言葉も、似ているけれどやっぱり少し違った。
そして、たったそれだけのことで、私はこの世界に桜が無いんだと解ってしまった。
良くも悪くもこの世界は地球に比べてパワフルだ。地球の日本よりもすこし寒いこの国でも生き物は大きいし、植物だって大きい。
今、すぐそばの道端に咲いている水仙に似た植物も形は似ているけれど花の大きさは掌サイズ。
水仙なのに可憐というよりは豪華でゴージャスだ。
ウーフォンさんの好物のササはそのままササ…かと思いきやよくよく観察すると蔦系だし、夏に咲くヒマワリに似た植物は…木だった。立派な枝に支えられ、いつまでも項垂れないヒマワリはちょっと変な感じがした。
群生しているタンポポだってやっぱり少しだけ地球のものとは違ってた。
そんな、似ているけれどちょっと違う異世界で、残念ながらまだ桜に似たような木は見かけていない。
あってもおかしくないのに。
「私の国ではお花見といえば桜っていう花を見ることだったんですよね」
一本の木がまるごと薄紅に染まる。息を飲むほど美しいあの木に引き寄せられるように皆でわいわいと騒いだあの時間。
「こんな感じの花か?」
そういってプリン頭の狸が指さした先には鈴なりのウツボカズラ。
しかも大きい、近づけば人すら簡単に飲み込めそうなほどの大きさ。
「…全然違ったから思い出すのかな…」
目の前に広がる極彩色のウツボカズラの群生、見えるかぎりの断崖の壁にはみごとに垂れ下がるカラフルなウツボカズラがずらり。
壮観だ。
壮観だけれど…
「気持ち悪っ!!」
たまに明らかになにがしかの生き物の足が飛び出ているのが本当嫌すぎる。
「壺花のここまでの群生は珍しいですよ」
そうイキシュさんは感心したように言った。
「つぼはな?」
「ええ、ほら、垂れ下がった壺のような形をしているでしょう?あの膨らんだ袋状の部分には消化液が入っているんです。花のように鮮やかな色彩と甘い香りで生き物を誘い込み、近づいて来た生き物を捕らえてあの壺の部分に入れるんです」
壺花の生態はウツボカズラと変わらないらしい。
「群生することで幻覚作用のある、甘い薫りをより強くすることができたんでしょうね、餌があつまりより大きくなったのでしょう」
いやぁ見事ですねぇ…
としみじみと言われて私も鈴なりのウツボカズラを見る。
地球のそれとは異なり色はかなりポップだ。大きな壺部…地球でいうなら捕虫袋は青、赤、黄色、緑、それが濃淡を変えて凄まじいカラーバリエーションを展開してる。そしてその中でもさらに色を濃くした入り口のエリ部分とその周りのトゲの奇抜な色。
あまりの毒々しさに思わずため息が出る。
もう少しよく見ようと踏み出した私の肩をヤラールさんがパシリと掴んだ。
「ここまで色鮮やかだと距離感も掴みにくい、これ以上近寄るとツタが飛んでくるぞ」
え!?ツタが飛んでくる?
「ほら見ろ、すぐそこまで来てるだろ、無理やり壺花の腹に入れられたくなかったらここから見るだけにしとけ」
そういって指差した木陰には蠢く影があった。ツタはまるでみているかのように明らかにこちらを狙っている。
完全にこちらを餌としているその動きにぞくり、と背筋が寒くなる。
「まぁ、離れて見る分には問題ないさ」
そういって私をここに連れてきた張本人のチーニはカラフルな断崖を見上げた。
ペンキをぶちまけたようなその景色に目がチカチカする。
お花見ってもう少し落ち着いてしみじみと花の美しさを愛でるものだとおもってたのに…
花見にいこうぜ!って言ったチーニの感覚を本気で疑う。
あーでも、奇妙な花を見にはきたのだから…間違ってはいないのか。
確かにこれはこれで一見の価値のある凄い景色だ。
そう、無駄に期待してウキウキした私が悪いのだ。
そっとため息をつく私を3人がどんな顔をして見ていたかなんて、俯いた私にはわからなかった。
 




