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狐の窖 上

遅くなりましたが狐のお話。


どう頑張ってもメリーバットエンドな方向に落ちる狐氏をなんとか踏みとどまらせるのが一番大変でした…






街の大通りから一本の外れた小路を進む。背を向けた表通りの喧騒は歩むごとに遠くなり、控えめな看板の店舗が数件、それを過ぎると辺りは閑静な住宅街へと様変わりしていく。

コツコツと敢えて靴音を立てて歩いていく。

そのたびに機嫌の良さそうな毛先の赤い尻尾が揺れる。

そして大切に抱えられた大きな紙袋がかさりと時折音をたてる。


磨かれたた靴は小さな門の前でとまる。ツタの這う石を積み上げた腰ほどの高さの壁その奥には小さな花を咲かせる生垣。生垣と同じ植物で覆われたアーチについた門を開いて入るとざわりと空気が変わる。

外からは不可視の魔法で木々が生い茂るようにしかみえなかった庭は色とりどりの花が咲き乱れる美しい園庭となる。


赤みの強い髪とそこから生える大きな耳が花の香りを纏った風に撫でられた。


イキシュは踊るような軽い足取りで石が敷き詰められた小路を進む途中、急に立ち止まり側に生えた植物をじっと見た。人の背丈ほどの青い実をつかせる針葉樹。ぐるりと辺りを見回して木に触れる、すると木は全く違う薄淡い緑の花を咲かせる広葉樹に変わった。

それを見て満足気に頷きイキシュは先へと進んだ。


小路の先には家があった。茶色い煉瓦造りのこじんまりとした作りの家。

扉の中はすっきりと片付けられシンプルな木目調の家具が置かれている。窓際の大きなソファーに抱えていた袋から出した柔らかな布をひいた。

イキシュは納得するようにうなずいて袋から愛らしいデザインのスプーンやフォーク、コップ等を出していく。

この家はイキシュの巣だ。

寮の部屋には狼も熊も入れるが、ここには誰もいれない。


番以外は。


この巣に入れるのはイキシュの家族だけ。

ここは愛する妻迎え、子を育てるための大切な場所。


『私の国では親密なお付き合いは、きちんとお互いに知り合ってからはじまるんです。初めてあった人とお付き合いなん考えられません』


会ったその日に言われた言葉を思い出す。

そう言われたけれど、その次の日からせっせと巣を構えててしまった。


狐の習性なのだから仕方がない。

と、イキシュは苦笑する。

ユアがこの家に来る日があるのかもわからないというのに。



けれど…



『イキシュさんのおうちに今度遊びにいってもいいですか?』



そうユアが言ったのは先週のこと。


彼女が何を思ってその言葉を口にしたのかは解らないけれど、彼女が巣を見に来るという事実に自分でも呆れるほどに浮かれている自覚もあった。



少しは落ち着こう。

そう思い沈みこむようにソファーに座る。

先ほどひいた布はユアの好きなモフモフ。


それを指先で撫でる。

きっと彼女もそうするはず。

それほどにこの布はさわり心地がとてもいいから。


目を閉じると屈託なく笑うその笑顔が浮かぶ。

けれど、そのユアの瞳はいつもどこか怯えが滲んでいる。


本来、彼女はもっと静かな性格なのだろう。

彼女はいつもとても冷静だ。


己の外見がここでは幼く見えることを理解し、本来の自分よりも明るく、子供のように振る舞う。

そうすることで、相手に己を庇護するべき存在と認識させ、敵を減らし己に好意を寄せる雄へは牽制をかけている。

数の計算は学者並、考え方も食品ひとつで貿易のことにまで頭が及ぶその知能の高さ、彼女の言う普通のシャカイジンとはどういった役職だったのかはわからないけれど、彼女に与えられた知能はこの国においては王侯貴族のそれだ。


ヤラールは言葉を濁したが彼女がこの国に来たとき手足に装飾品があったとも。彼女に反応する雄の多さにも訳があると。


ヤラールの勘は外れない、群れを率いる狼ともうひとつ特性が先読みに近いほどの勘のよさを発揮するのだ。

そのヤラールが言葉を濁したならば、ユアの出生に関わるなにかがあったのだろう。



そもそもアアカは明らかに何かを隠している。

ヤラールはおそらく、その一部を知っている。そして、イキシュが解るのは彼らが墓のなかまでその秘密を持っていく気だということ。


面白くないな、とイキシュは思う。


自分だけユアの核心にふれることが出来ないという事実が。

その事実に胃の腑がチリリと焼けるようだ。




イキシュは気をとりなおすように勢いよく立ち上がった。



この家をイキシュの巣とするのに必要なものが今日出来上がる。


ユアのこともあり、浮かれ過ぎてこの家に来る途中で余計なものをいくつか買い込んでしまったけれど。


家具屋に指定された時間には少し早いがイキシュは家をでることにした。


そして、また幾つか買い物をしてしまう自分に苦笑しながら訪れた家具屋で、イキシュは注文品の出来上がりに満足し支払いを済ませた後、それを家まで転移させた。


一緒に転移しようかと思ったが、まだ足りないものがあることに気付きそれを買いにいくことにし、店を出た。


何軒か店を物色して外に出ると、よく知ったものの足音を二つ、性能のいい耳が拾った。


ヤラールとユアの足音。


ここから少し離れた場所で二人が買い物をしているのだ。

そういえばユアはイキシュと同じく2日間休みだと言っていた。

二人で買い物をしているのか。

意識を二人にしぼると話を聞くことができた。



ーーこれなら沢山あっても困らないですよ?

ーーそうか?そもそもこんなもの使わんだろ?

ーーほら、おうちにお客さん来たときとか。

ーー巣には客は入れない。

ーーえっ!?お友達よんだりとかは?

ーー種族によってだな、それは群れを作るやつら用、俺らはこっち。

ーーラブラブペアデザイン…

ーーラブ?なんだそれ?

ーー二人っきりの世界ですねってやつです。

ーーじゃあ、それでいいだろ。ぴったりじゃないか。

ーーうーん…そうかなぁ?



うっかり聞いてしまった二人の会話の内容に、今まで浮かれていた気持ちが地の底まで沈んでいく。

ユアに選ばれたのはヤラールだったのか。


ーーああ、やはりそうなのか。


イキシュは落胆とそれ以上の空虚感を胸に抱きながら、ぼんやりとした気分のまま買い物を続けた。

日用品やそれ以外のものも、目についたものは手当たり次第購入していった。

先ほどまであれほど念入りに選んでいたのに。

あの小さな掌で包めるように、持ちにくくないように、傷つかぬように細心の注意を払って…


そんなもの選ぶ必要などもとから無かったというのに。浮かれてはしゃいで、まるで道化のようだ。



『イキシュさんのおうちに今度、遊びにいってもいいですか?』



その言葉をユアはどういった意味で口にしたんだろうか?

先ほど聞こえた彼女の言葉から推測するならば…彼女の故郷では巣に人を招くということはごく普通のことだったのだろう。

友達や親しい間になると巣に招かれるのかもしれない。


あの時の君はヤラールと一緒に来るつもりだったのか?

そして私に何を伝えるのだろう?


ヤラールと…


ヤラールと番になったと…

私を選ばずにヤラールを選んだと…



ぼんやりと霞がかった頭の中では先程の二人の姿がなんども甦る。

ふらふらとしながら入った金物屋では思いの外、購入品が増えてしまった。

よろよろと家路につく。

進む一歩一歩が重く沈みこむようだ。



そうだ、わかっていたことじゃないか。




ユアが自分を選ぶわけがないと。









狐(下)のあとも鬣の更新は続きます~詳しく?は活動報告まで。

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