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木の上の狼 上

次はブラック狐の話だ!っておもってたんですが…


すっかりこの話を投稿し忘れていたことに気付き…



きっと謎に思ってた人いるとおもうんですよね…


ヤラールさんがなぜ狼って言われてるのか。




遠くで部下が探す声がきこえる。

ヤラールはそれを無視してだらりと木の枝に顎をつく。

木の上が好きだ。

犬のように地面を駆けることも好きだが、のんびりするならば木の上がいい。


いい枝振りの木をみるとつい、登りたくなるのは猫科の習性だから仕方がない。


だらりと手足を伸ばすと毛先が赤い金色の髪の毛を風がさらりと揺らしていく。視界に入る毛先は黒い。

ああ、嫌だ。

心の底からそう思う。



ヤラールはこの色が好きではない。狼はこんな色をしていないから。


部下の声が遠ざかる。まだこちらに来るには時間がかかるだろう。

こんな気分の時はあの狼の群れに居ることが酷く苦痛だ。



ヤラールは狼であり、猫でもある、猫というよりは虎が正しい。

獣形をとれば尾も耳も狼そのもの。ただ、その大きさは狼よりも大きく、筋肉のつき方も毛色も狼とは異なる。



醜い姿だと思う。



だからヤラールは耳も尾も、人目にさらすことをしない。

狼としては長すぎる尾も、虎としては大きすぎる耳も好きにはなれない。


友のイキシュは苗字を冠することのできる生粋の貴族だ。

炎狐という非常に稀有な種族。

混ざりもののない誰が見ても美しい獣のイキシュ。

獣として、あるべき姿を保ったままの獣人。



ヤラールのような混ざりものとは違う美しい獣人。

怒ると尾先に炎が灯り、美しい火の粉が舞う幻想的なその姿を…種族の特性を表すその姿を


心の底から羨ましいと思う。



出来るならば自分もイキシュのように美しい姿で生まれたかった。

いや、美しく生まれたいなどと贅沢は言わない、せめて全うな狼として生まれたかった。


昔、1度だけ友にそう言った事がある。

イキシュはひどく驚いた顔をし、その後に

「ヤラールは美しいぞ。いつか、お前の良さを解る番が必ず現れるさ」と言った。

その時、ヤラールは美しい獣は嘘を吐く時も美しいなと思った。



ヤラールは狼と虎という種としてあり得ない組み合わせから生まれた突然変異種だ。


耳や尻尾の形状は狼。

毛色は赤みのつよい黄色と黒斑。

動きは猫科でありながら頭の中身は犬科


なにもかもがちぐはぐな醜い獣。

どちらにもなりきれず、どちらにもなれない、まがいものの狼。それがヤラールだ。



狼牙隊の隊長ではあるが、その統率力は粗末なものだと自覚している。

頼りになるのは勘だけ。

そんな情けない隊長についていく部下が不憫でならない。

時折イキシュに飲まされるマタタビ種に泥酔し、凶暴性が増して攻撃的になり、部下をたたき起こし稽古をつけてしまう。

その度に猛省する。

本物の狼ならばこんなもので酔ったりしないと。

完璧な獣人のイキシュは平然と杯をかさねているのにと…。

そして今日こそはと意気込み挑むが、結果は散々なものだ。

ヤラールは自分が情けなくて仕方がなかった。



風が良く知る声を運んでくる。

ぱちりと目を開いて見ると、遠くの方からユアとイキシュが歩いてくる所だった。

イキシュの腕には厨房で使うだろう野菜の入った木箱。

ユアは申し訳なさそうな顔でイキシュを見上げていた。

そんなユアを見るイキシュの赤い瞳は、どこまでも優しい色を湛えている。

いとおしいと伝えることを躊躇わぬその瞳。


ヤラールはユアとイキシュが二人で居るところを見るのが好きだ。

二人はヤラールの求める理想の姿だ。

「…番か…。』

ヤラールはぽつりと呟いた。



昔、イキシュから番の話を聞いたことがあった。彼女は同族の年上の炎狐の女性だったと。

まだ、ほんの小さな頃に、彼女と一度だけ会い、そして、幼いイキシュを抱き上げて「待っていた」と額にキスをして「大きくなるまで楽しみに待つよ」と言って去っていき…そしてイキシュの成長を待たず…魔物討伐で殉死したのだと。


ヤラールはそれを聞いたときに美しい獣は、想い出まで美しいなと感心したものだ。



ヤラールも昔は番に憧れた。


魂で繋がった相手とはどんな獣人だろう?と。

しかし、どう想像しても、相手が自分を受け入れてくれるとは思えなかった。

こんな醜い姿のヤラールへ蔑む言葉を投げつける、そんな番の姿しか思い浮かばなかった。


そして、まだ会えずにいた番が喪われたと解ったあの日、喪失の衝撃と共に、ひとつの感情がこの胸に広がったことを今でも覚えている。

それは…

この醜い姿を番に晒さなくて済んだことへの、この醜い姿を否定されずに済んだことへの…


安堵。


そしてヤラールは、番が死んだことに安堵した自分自身を酷く嫌悪した。



そんなヤラールの目の前でイキシュは人族の少女に求愛をした。


彼女だけが自分の唯一だと。


完璧な獣人のイキシュが美しい毛皮も鋭い爪も持たぬひ弱な人族の少女の愛を欲した。

無理やり召喚させられた、酷く汚された匂いの少女に愛を誓った。


その、姿は衝撃的だった。


ヤラールはこれがあるべき番の姿なのかと、歓喜に心の芯まで震えた。

どのような姿でも、どんなに汚れていようとも、番を求めずにはいられないものなのだと。


これが獣人としての在るべき姿なのだと。


そして、彼女を受け入れなかったという、もう一人の番の行動もまた胸に刺さった。

ユアに突き立てられたその刃は、ヤラールの番が死していなければ、おそらく自分にも同じように突き立てられたであろう刃だったから。


『なんて醜い姿』

『お前なんて狼じゃない』


かつて投げつけられた言葉が甦る。



きっとどちらも真実。



ヤラールは、近づいてくる二人を木にもたれたままぼんやりと見る。


ユアはイキシュの番。

ヤラールの番にはならない。

ユアが完璧なイキシュを選ぶことはあっても、ヤラールを選ぶことはない。

何の生き物でもない、醜い姿の獣など。


ヤラールは目を閉じる。

今ばかりは美しい番同士を見ていたくなかった。





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