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熟睡とは程遠い浅い眠りを繰り返し、うつらうつらとした眠りから覚めた次の日、朝からじっとりた待ち続けたアアカさんは昼過ぎにようやく私の部屋に来ると身分証明を渡してくれた。


見た目はただの模様つきの板のようそれは話を聞くと…ICカードのように中には様々なデータを入れられるものらしい。

「これに手を重ねて」

そう言って差し出されたカードの上に手を重ねるとチリッとした痛み

「これでもうこのカードは貴方しか使えません。身分証明としては最高ランク、どこにでも通用します。」

そう言って私にカードを渡した。そして「では、私は仕事がありますので。」そう言って慌ただしく去っていった。


「あ…ちょっと!」

声をかけようにも既に目の前にいなかった。いわゆる転移魔法ってものかもしれない。

本当に嫌になるほど異世界じみている。



結局アアカさんからは何も教えてもらうことは出来なかった。それに…


ぐうー

お腹がすいた。朝もお昼も食事が無かった。ご飯を食べるためには何処にいけばいいのかもわからないし、待っていてもここに私のための食事が届くことは無い。そんな気がした。

ここの最高権力者っぽいあの男に蛇蝎の如く嫌われてるのだから仕事も貰えないだろう。


ならば選択肢はひとつ。

外に出るしかない。幸い身分証もあるし。

服は…少し薄いけどこれで我慢しよう。うう、コートが欲しい。

不審者に間違われないように出来るだけ見た目を…とは思って引き出しをあけても何も無かった。

笑えるくらい私の持ち物は…何もない。

あるのはハンカチと身につけていた装身具くらいだ。ピアスとネックレスにブレスレットとアンクレット。アンクレットとブレスレットは金の細いものだからお金になるだろう。それにピアスとネックレスはも少しはたしになってくれるといい。

…金本位制じゃなかったらどうしよう。

いや、とりあえずどうなるかわからないし出掛けよう。私は部屋を出た。


歩くと色々な人とすれ違う。熊耳のついた令嬢、うさぎ耳の生えた紳士、猫耳のメイド…ほかにも色々。

皆一様に私を見ると顔をしかめたり目をそむけたりした。

まるで汚い生き物をみるかのように。

なんだこれ、なんだこれ、何が起きてるんだろう…

あまりの扱いに泣きそうだ。…泣かないけど。


私は何度も位置を確認しながら城の中を外に向かい歩いていく。すれ違う人のひどい態度に傷つきながら。


次からは中じゃなくて庭から外に出られるようにしよう。

お互いに嫌な気持ちになるなんてよくないよね、うん。

これ、城の外に出たらどんな扱いになるんだろう?今より酷いのかな、それともこれは特権階級特有のものなのかな…。


うつむきそうになる顔をしっかりと上げる。

不審な態度は不審者に見えるんだ。ショップで万引きする人はおろおろと不審な動きの人は捕まえやすい、逆に堂々としてると声がかけにくいし逆に此方が間違えたような気にすらなったりする。


おろおろしてて城の兵に目をつけられたら面倒だ。

それに、門から出るなら戻ってこれる方法もちゃんと聞かなきゃ。

門限もあるだろうし、何より私の居場所はまだあの部屋しかない。

城の門をくぐりまた無事に戻るためには…顔をおぼえてもらわないと。ついでに情報も貰おう。

私は気分を切り替えたそして門のそばにいた強面の犬っぽい人に話しかけた。向こうの猫っぽいひとより犬の方が信用できそうだ。

「あの、すいません…ここにまた戻ってくるときはこの札を出せばいいんですか?」

話しかけた瞬間犬はおや?という顔をしたが、職務に忠実なのだろう、札を見せれば犬はふんふんとにおいをかいだ。

あれ?この札を機械に翳してピロンとかシャリーンって鳴らして通るわけじゃないんだ…

「うん、あぁ、この札は…ふむ、お前はアアカ様の庇護下にあるのか。」

なるほど、と納得したように頷いた。

優しそうだし、この人もう少し話せそうな感じ。

なら、もう少し下手に出ようかな。

「はい、ありがたいことに昨日、尊き方よりお守りくださいまして…落ち着くまでここにいてもよいとおそれ多くも仰っていただきました。お礼に何かしたくとも我が身ひとつで連れてこられ何も持たぬ身…なので少し街に出て工面してこようと…」


等々、とても感謝してるのです。と熱をこめて語る。本心ではそんなこと微塵も思っていないけれど…犬だし。犬ならきっとこういうの弱いはず。

案の定犬は盛大にしっぽを振った。

「そうか、お前も苦労しているのだろう、アアカ様は素晴らしいお方、仁に篤く王の忠臣だ。ふむ、しかしいかなる理由とて人族の女が独りで歩くのはあまり懸命ではないな…おい!ハーマィ今日の非番は誰だった?」

犬は向いの猫に話しかける「えぇ~知らないよそんなの。」その態度、とても猫らしい。興味ないし~とばかりにそっぽを向く。

「うむ…こまったな…」

リアル犬のお巡りさんだ。

この人犬のお巡りさんっぽい。耳も先がちょっと曲がってるし。


「俺がいく。」

そういう声が聞こえた。そして上をむくと樹からしてなやかな動きで人が落ちてきた。

「そいつ見た目より強かそうだぞ?犬より猫をつけるべきだ。」

そういって空にむかってのびーっと伸びるその姿はまさに猫。でも猫より大きくてとても獰猛そう。髪の毛は赤みの強い黄色と黒斑のイケメン。耳はない。けれど猫っぽい。

「ヤラール様、宜しいのですか?」

犬は少し腰が引けてる。この人は犬よりも強いのだろう。

「ああ、それにあの仕事一筋の堅物が抱えた女の子なんて気になるしな。」


さあ、行こう。促され慌てて犬にお礼を言って門をくぐる。


「さて、お嬢さん何をたくらんでんだ?」


街まで歩いていく。

昨日渡された靴は大きくて足が擦れて痛い。

「何も。何もたくらんではいませんよヤラール様?」

「そうか?まあ、いいさ。で、街で何をしたい?」

信じてなさそうな返事。

それでも構わない。裏もなにも、本当になにもないのだから。

「とりあえずお金を…本当に何も持たずに連れてこられたから装身具を売ってお金を作って…そう、とりあえずご飯を食べたいの」


レースのハンカチに包んだアクセサリーをちらりとみせた。これが幾ばくかのお金になるなら…これを換金して、まずはお腹を満たそう、昨日の朝から何も食べていないから。それから考えよう。

ため息が出るくらい問題は山積みだ。

「…食事が出てないのか?」

ヤラールさんは不思議そうにそう言った。

「アアカ様はそういうことに気が回らないタイプよ。服もないし。それに今後も彼が私のために何かすることは…おそらくないでしょうね。まあ、放り出されたり…あそこで殺されなかっただけマシってものね。」

自分で言って、とても納得できた。

アアカさんが動くのはアイツのためだけだ。それ故に忠臣なんだろう。

「…君が居たところには戻らないのか?」

眉を潜めた目の前の男の方が人としてよっぽどマシだ。人じゃないきっと何かの獣だろうけど。

「戻せないと、そう言われたわ。繋がりが切れてしまったと、だから戻れないと…」

目頭が熱くなる、泣くな、こんな場所で泣いてもなんの意味もない。ぐっと顰めっ面にすることで涙を堪える、ひどい顔だけれど…可愛げなん棄ててしまえばいい。

「…なぜここに?」

「さぁ、わからないわ。何もかもわからないことだらけ。でもね、わかってるのは…アイツの好みと私がかけ離れてたって…ただ、それだけよ。」

そう、それだけのことで私はこんな場所でお腹を減らしてる。家も、仕事も、築いていた地位も、全て奪われて。

「本当に…本当に馬鹿みたい。」

呟いた言葉は空にとけた。

その空さえ私に現実を突きつける。嘘みたい、太陽のない空なんて…

ここは星でもないのかもしれない。


「…飯を食べよう。おごってやるよ」

はあ、とため息をついていたら凄く困惑ぎみにそう言われた。

この人はいい人なのかもしれない。




ならば…その人の良さをうまく使わせてもらおう。



連れていかれたお店の食事は食べきれなかった。量が異常なほど多かったから。

けれどヤラールさんは少食だなって言いながら私の残したものを食べた。

「うおっ…うめぇ…ちくしょう、てめぇいくらなんでも高級食材使いすぎだろ!?」

「知りたかったんだろ?お嬢ちゃんの素性」

ニヤリと笑う蛇オーナーにヤラールさんがグルルと唸る。

「こんだけうめぇ料理を普通に喰うとかお前半端ねぇな…こんなの昼飯に喰うもんじゃねぇだろ!」


…そうだったのか。

結構おいしいな~くらいで済ませてしまったけれど…ここの食事事情が気になる。


私が残したものをペロリと全て平らげてヤラールさんは金貨を1枚テーブルに置いた。金貨あるんだ。料理二人分で金貨1枚ってことは…

「フツーの料理は金貨で払ったりしねぇぞ、あれは口止め料も兼ねてる。」


参考にはできなかった。口止め料か…

「普通換金はギルドを使わねぇ、だが、お前は人族だ。番がいない牙も爪も持たない人族はただのカモだ。身ぐるみ剥がされるぞ、ギルドは少し値は落ちるがそんな危険はない。お前が頼るのはギルドだけにしとけ。」

そういって街の中心にあるおおきな建物に連れていってくれた。

「ここは冒険者がダンジョンでみつけた宝も買い取るし口も固い。いいな他は使うな、ここだけにしろ。」

なんだかんだでこの人は真面目で世話焼きだ。いい人なんだろう。

そう思いながらその背中をみていたら受付で狐風のお姉さんとの話が終わったらしく、こちらに振り返り「ギルド長のところにいくぞ。」と顎をしゃくった。

慌てて階段を上るヤラールについていく。ヤラールさんはゴンッと扉をひとつ叩いてドアをあけた。ギッという音と共に開いたドアの向こうにはおおきな鎧をつけたツキノワグマ。


…かわいい。なんだか可愛い。


「なんだ、ヤラールか、そのお嬢ちゃんが珍しい番なしの人族か。」

「情報が早いな、だか少し違うな、番は居るようだぞ、ただ…受け入れられなかったようだ。」

「…あぁ、なるほどな。クソだなそいつ。」


あなたがクソだっていってるのはこの国の王様なんだけどね。


「通常の手段ではなくおそらく召喚の類いで喚んだらしい。アアカの見立てでは戻れないということだ。あいつが言うのなら間違いがないだろう。」

見立てというより喚んだ張本人ですけどね!

「なんだそりゃ、ひでえな…」

熊があめ玉をパクリとつまんで食べた。

あ、私にも渡してくれた。

はちみつ味だ!くまさん!

「さっきのあれを。こいつには見せとけ。」

そう言われて慌てて服の間からハンカチをテーブルの上に出した。

「おぅ、とんでもなくいい作りの布だな…こんな緻密なレースまでついてんのか。」

熊が摘まんだハンカチの隙間からジャラッとアクセサリーが落ちる。

「…金のアンクレットか…しかも石つきの家紋飾り?」

熊が大きな手で器用にそれをつまみ上げる。

「対のブレスもある。」

「おいおい、なんつーもんを召喚してるんだ…亡国の奴隷落ち王族…対のブレスってことは…現王の落胤って…なんだそりゃ」

ぼーこくのどれーおちおうぞく?げんおーのらくいん?なんのことだろう?

「しかも…僅かに残るこの匂いの数…性奴か」

「アクセサリーは取り外しが出来るものだ。つまり対外的にはそういった扱いは受けていなかったってことだな。必要な時にだけそうされていたのか…」

そういう扱いってなんだ?

よくわからないので、二人の会話に混ざらずとりあえず出されたお茶を飲む。紅茶に似てるけど少し違う。


「まったく、どこのアホが召喚したんだか解らないが…えれぇ面倒なことにはかわりないじゃねぇか。アアカの野郎はなんでこいつを放ってるんだ?」

呆れた、というように熊が肩を竦める。

うん、くまさん可愛いなぁ…。


「最近サトゥナの機嫌がすこぶる悪い、ここんとこいつもイライラしてたが昨日から特にな。アアカも引き取ったはいいがサトゥナのご機嫌とりに時間をとられすぎてこいつのフォローができないんだろ。」


なるほど、だから身分証を渡す時にもあんなに慌ててたわけね。

アイツの機嫌とりなんてあほらし。


「王も番さえ見つかれば少しは落ち着くんだがなぁ…」

そう言いながら熊さんはお茶を飲む。器用にティーセットを爪先でもちあげ、お茶をのんでため息をついた。


「とりあえず当面の金が必要らしくてな、換金できるか?」

そういってヤラールさんはハンカチの中からピアスとネックレスを熊さんに渡した。

「ああ、しっかしまぁ…すげぇ細工だな真珠の台座まで装飾されてるぞおい」


とんでもねぇなそう言いながら、熊は引き出しを漁り400枚だな。そういって紙に書き込んだ。そして私の証明書にそれを触れあわせると紙がとけるように消えた。そして小さな袋を出してきた。

「とりあえずは金10枚だ。あとは証明書に入れておいてやる。お前さんしか出せないから必要な時は下の受付で出してもらえ。」


そうしてアンクレットとブレスレットはまたハンカチに包まれる。

「こいつはギルドで保管してやるよ、誰かに盗まれて外に出ても悪用しかされんだろう。必要な時は来るといい」

そういって違う紙に何か書いてまたカードに触れさせた。また消える紙。

ハイテクなんだかローテクなんだかちょっとわからなくなる。

いや、マジカルテクノロジーだからマジテク?

とりとめもなくそんなことを考えてたらまた飴を渡された。

「お嬢ちゃんはこれからも街で働くのはオススメしねぇな、城に籠ってるのが一番だ」

手の中の飴玉はあいつの瞳の色そっくりだ。

ぽいと口に入れてがりりと噛んでやる。さっきまで甘かった飴はあまり美味しく感じなくなった。

「どんだけ安い菓子だとおもってんだ…その飴をためらいなく噛むなよ…」


ぼそりと呟かれたヤラール言葉は私の耳には聞こえないふりをした。






知らない、こんな世界の価値なんて、私はなにもしらない。





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