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狡猾な狐 下




ある日、任務を終えて部屋に戻ると鍵が開いていた。

あいているというかドアノブごと壊されていた。


こういう雑なことをするのは、あの狼しかいない。


「ヤラール!ドアノブは壊さずに開けろといっているでしょう!!」


怒りながらドアを開けると部屋に甘い香りが満ちていた。イキシュの大切なものの香り


そこには部屋の円卓を囲んで座る狼と不釣り合いなほど大きな椅子に座るユアの姿。


「すいませんイキシュさん、止めたんですけど…」

そういってユアは頭を下げた。

「いいえ、貴女には何の罪もありませんので、こんなむさ苦しい部屋もあたながいることで可憐な花が飾られたように華やぎますね。」あわててイキシュはあいさつと共に掌になめらかな手の甲へ唇を落とす。


ユアのもう片方の手にはなみなみと注がれた酒の入ったグラス

「ユア!それはお酒ですよ、他のものを用意しましょう」

「やだなあ。イキシュさん、私、結構お酒に強いんですよ」

あっちじゃ成人してましたからね。そう言ってユアは苦味のある液体をひとくち口に含み美味しい~と満足そうに笑った。


どうやらユアが飲み慣れているというのは本当らしい。



狼以外のものがいる自分の部屋は久しぶりに賑やかだった。


熊の定位置だった椅子はユアには大きく、酔ったユアは靴を脱ぎその椅子の上に膝を抱えて座っていたり、奇妙な形で座っていたりとその椅子の広さを堪能していた。


狼とユアはよく笑った。


ゲラゲラと笑う狼とそれを見てコロコロと笑うユアはとてもかわいい。


ユアと狼の話に耳を傾けながら飲む酒は美味しかった。熊のいた時のように、いや、その時よりも賑やかで。



酒を傾けながら、この部屋で狼にくだを巻いたことを思い出す。

『共にある時も無く、ある日いきなり手にいれた大切なもの…それは本当に大切なものなのだろうか?』



ずっと抱えていたあの疑問。



出会った日、ヤラールの後ろに隠れるようにして居たユア。

出会ったそのときに一目でわかったイキシュの番。

何かに酷く怯え、けれど気丈にそれを隠して笑っているその姿に心奪われた。


あの日、あの瞬間、大切にしたいと、守りたいと、心のそこから沸き上がってきた強い気持ち。


ああ、これが番に向ける想いかと納得したあの僅かな時間。



『大切にしたいと思うから、大切なものになるんじゃないか?』


思い返せば狼の言い分もあながち間違っては居なかったのだ。



ユアは自分の番が誰だかわからない。

私も、王も、狂熊も、子狸も…ユアに番に向ける特別な感情を持っている。


けれど、ユアにはそれがない。


猫は召喚した弊害かもしれません。と言っていたが、あの顔は何か隠し、それを絶対に言う気のないものの顔だ。

あんな顔のスパイをイキシュは何人も拷問にかけた。しかし何の手がかりもえられなかった。おそらく王が酷く不利益を被る事なのだろう。不可解ではあるが、あの猫のぼんくら王に対する忠義は本物だから。



ユアの気持ちがこちらに向けばいいとイキシュはいつも想う。そして、そのための努力は惜しまない。

もどかしいような、けれどそのきもちすら特別なような…


大切なものをより大切なものにするための時間。



ユアは番がわからない。

だから、他の番達よりもゆっくりとイキシュとユアの仲は進んでいく。


イキシュのユアへの想いは変わらない。けれど、あの日から積み重ねられた時の分だけ大切に思う気持ちは増した。


愛しいと想う気持ちはあのとき抱いていた疑問を多い尽くすように、胸底に積もっていく。



けれど…


イキシュは、考える。

ユアがこの腕の中に落ちてきたとき、そばにいる友は何を思うのだろうか。

あのときの自分のように寂しさを感じるのだろうか。



「あははは、ヤラールさん!ねないでくださいよ!!」


ぼんやりと考え事をしていたらユアが足らぬ呂律でヤラールの肩を揺らしていた。


イキシュはヤラールが潰れた所を初めて見た。


やけに静かだったのはヤラールの笑い声が、無かったからか。

どうやら本当にユアは酒に強いらしい。


「イキシュさん、ヤラールさんをベッドに寝かせても良いですか?」


赤い頬のユアがそう言うので、いつもなら扉の外に放り出す狼をベッドに運ぶ。


「広い!!」


そう言いながらユアはベッドに上がった。

狼ごときにベッドを明け渡すのは憤慨だが、ユアが求めるのだから仕方がない。

ベッドへ放ろうとしていたが、狼のためにせっせと掛け布団を捲り、寝床を整えるユアの姿に仕方なくそっと狼を運び下ろした。

「さあ、ユア、潰れた狼など放って二人で飲み直しましょう」そう、言いながら寝室を出ようとすると

「イキシュさんの、ベット超広い、こんなに広いなら3人で寝れますね。」

ユアはごそごそと布団に潜り込んでいた。

「あ~おふとんきもちいい~眠い。」


気持ち良さそうに目を閉じるその顔がとても可愛くてイキシュはつい、見いってしまう。


声をかけたがユアは既にすうすうと寝息をたて始めていた。


ちらりと眠るユアがの隣に目をやる。

泥酔して眠る狼がいた。


…狼のとなりで安らかに眠るユアにイラッとする。

いや、イラッとするのはユアではなく、ベッドを二人が共にしているこの絵図がいけないのだ。


イキシュは狼を端においやり、無防備に眠るユアを狼から守るように間に入る。


左右がとても温かい。


そのことになぜかとても安心する。

昔兄弟達と丸まって寝ていた時のように。




「うおぅい!?なんだこりゃ!?」

ヤラールの声に目が覚める。

ぱちりと目を開くとイキシュは自分が布団の中でヤラールに後ろから張りつかれていることに気付きピシリと固まる。

「おはよ~ヤラールさんとイキシュさんってほんっと仲良いですねぇ。」

少し離れた布団の中からユアがこちらを見ていた。

「んなことあるか。」

「酷い勘違いですよユア…」



昨晩の己の行動を振り返り、酔っていたのはこの二人だけではなく自分もだったのかと頭を抱えたくなった。


まったく、何をして居るのだ私は。



「楽しかった!また、3人で呑みましょうね」

とユアは屈託なく笑った。

学生の頃に皆で集まって、最後は雑魚寝ってよくやったんですよ。ってユアは懐かしそうに、そして寂しそうに笑った。


私は思わず狼と顔を見合わせてしまう。


番との同衾にこんなよいどれ狼を入れることを許すとは…

布団の中で楽しそうに笑うユアに思わず苦笑してしまう。

普通は考えられないとこだというのに。ユアにとってはごく普通のこと。狼は頭を抱えている。けれどその後ろでは珍しい狼のバサバサと振られる大きな尾が見えた。



「ええ、またのみましょう」

にっこりとイキシュは笑ってユアの寝乱れた髪の毛を手ですいた。


イキシュは狼抜きでとは言わなかった。狼は驚いた顔でこちらを見ていた。



イキシュは狐なのだ。

他のどの獣よりも狡猾な狩りを行う狐なのだ。



ユアとならば友との関係を崩さずにイキシュの望むような形にできるのではないか、と思った。



大切なものがふたつある。



だからイキシュは考える。

どちらも失わないように手にいれる、最良の手段を。





キツネって他の動物のお友達を作ることが希にあるそうです。犬や猫よりも前に人に飼われていたことがあったそうですし…


飼いキツネ…いいですよね…寄生虫怖いけど。




さて、そんなで友情も愛情もどっちも欲しい!!なイキシュさん。


本編でもそっと側にいるよ系でしたけど…


本当はそういう人って穏やかに見えても非常に冷静で打算的なんじゃないかなって。



次はダークサイドにおちたキツネのお話になります。




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