狡猾な狐 上
狐のお話です…
ですが、狐と狼ルートに繋がります。
そっちじゃない方がいいよ!
って方は後日更新される「狐の窖」の方をお読みになってください。
『大切なものができたので』
そう言って隊を去るものが居る。
いつ死ぬかわからない場所にいるよりも、大切なものの側にいたいからと。
番というものは不思議だ。
目に見えぬ絆で結ばれた他人同士が運命的に出会い、その瞬間お互いにお互いが唯一無二の存在だとわかるのだという。
なんの根拠も無い迷信、眉唾ものじゃないのか?
たとえ、そう思っていたとしても口に出してはいけない。
この国に生きるものは殆どが番と出逢い、結ばれた者達だから。
否定を口に出した瞬間冷やかな目で見られ、そして最後には哀れまれる。
番に出会えぬものの僻みだと。
イキシュにも大切なものはある。
常に首にみにつけている赤い魔石の飾られた首飾り。
これは故郷を出るときに渡された御守りだ。
首飾りの台座部分に強力な治癒魔法の印が刻まれ、置いた魔石の魔力を使い治癒魔法が発動するようになっている。
この首飾りは仲間や部下の命を何度も救った。昔、フォクト家から竜人へ嫁いだ者の兄弟が渡され、代々引き継がれてきた大切な家宝だ。
魔道具の杖も大切だ。
自分で魔力の帯びた木を探し、彫り出した杖。掌よりわずかに長く、ペンほどの長さはない、ほどよい長さを追求した杖。
よく手に馴染んだ、安定した魔力操作に欠かせない、何十年と共に歩んできた大切なものだ。
イキシュの大切なとのはどちらも古く、黒くくすんでいる。
その汚れも、共に歩んできた時の長さを感じさせる、イキシュはそう思う。
「そりゃまた、えらく実用的な宝だな」
目の前で馴染みの狼が笑った。
したたかに酔っているのか常にしまわれているはずの狼の耳が頭に出ている。
「大切なものは長い間共にいて、その結果があるから大切になるんじゃなのいか?」
「さてねぇ…そのときから大切にしたいと思うから、大切なものになるのかも知れないぞ?」
「それは…詭弁だろう。」
イキシュは酒の杯を片手にもち、もう片方の指先で大切な杖をくるりとまわしながらそう呟いた。
「出会った瞬間に大切だと解るとか、まったく意味がわからない。じゃあ、その前まで番はそいつにとって只の塵に等しかったと言うことだろう?」
「塵って!そりゃ、お前いくらなんでも言い過ぎだろ!」
狼はゲラゲラと品がなく笑った。
普段は寡黙な狼は酒がいくらか入るととたんに笑い上戸になる。
こんな狼に真面目な話をする私もそうとう酔っているのだろう。
そう思いながらも言葉は止まらない。
「共にある時も無く、ある日いきなり手にいれた大切なもの…なあ、ヤラール、それは本当に大切なものなのだろうか?。」
「だーかーらー俺に聞くなよ!俺だって番が居ないんだから。」
ガハハと笑って狼は酒をぐいと飲み干した。
カンと干された杯が机におかれ軽い音をたてた。
「まあ、なんにせよ、今日のアイツはそんな考えも吹っ飛ぶくらい幸せそうだったな…ぶふっ!!ゆるみっぱなしの、ひっでえ顔だったがな!!!」
そういって狼はいっそうゲラゲラと楽しそうに笑った。
この狼は酔うと普段からいささか足りぬところがある頭がより軽くなる。もう少し考えて生きればいいとイキシュは思うのだが…考え過ぎる狼は狼らしくないとも思う。
「確かに長い付き合いだっけれど…あいつがあんな顔をするなんて思いもしなかったな…」
お互いの共通の友人だった熊獣人の結婚式はついさっき終わったばかり。
いつもイキシュや熊が手にいれる珍しいツマミを囲んでいた三人の飲み会も、今後は笑い上戸の狼が居るだけになるのだろう。
寂しいことだ。とイキシュは思った。
目の前の狼もそのうち去っていくのだろう。
見知らぬ番をみつけて。
友よりも大切なものをみつけて。
これは番のいない者のひがみでしかないのか?
自問するが答は出ない。
目の前の狼と酒を酌み交わすようになる前は仲がとても悪かった。けれど何度もぶつかり、取っ組み合いの喧嘩も散々して、今の関係がある。
互いに実力を、人となりを認め合ったその結果が今だ。
ならば、自分の努力も、実力も、何ひとつ関係なく、唐突に築かれる番との関係、それはなんなのだろうか?
番とは一体なんなのだろうか?
疑問ばかりが頭のなかでぐるぐる巡る。
酒と一緒にぐるぐる、ぐるぐる。
こんな状態で答えなどでるわけもない。
そろそろ、お開きにする頃合いだ。
狼を担いで帰っていった熊はもう居ない。
イキシュは部屋からゲラゲラ笑う狼を蹴りだした。
それから何年もイキシュとヤラールは二人だけで丸い机を挟んで杯を重ねた。最後は狼がゲラゲラ笑い始めイキシュが部屋から蹴りだす。
その繰り返し。
熊の置いていった大きな椅子は空いたままだ。
そして、イキシュの大切なものはあれから増えないままだった。
そして、あのとき抱いた疑問もは答えはわからぬまま時だけが過ぎていった。
そのうち、番に付き添いあちらこちら飛び回っていた熊は王都におちつき、気づけば兵舎食堂の料理長になった。
時折、熊とも酒を酌み交わしたが、狼がゲラゲラと笑いだす前に番のいる家に帰っていく。
番が出来てから熊が狼を担いで帰ることは無くなった。
「イキシュ隊長!ヤラール隊長を酔い潰してから部屋を追い出すの止めてくださいよ!俺らがどんなひどい目にあってるか!!」
ある日、牙狼隊の副隊長にそう呼び止められた。
「笑ってるだけだし、害はないでしょう?」
熊が狼を担いで帰らなくなったせいで、時折、牙狼隊の者がイキシュに訴えるようになってきた。
「笑いながら叩き起こされて、夜中に稽古つけられる身にもなってくださいよ!!!」
そうか、今回は副隊長が被害者だったか。
「善処しましょう。」
そう答えると「絶対ですからね!」と念をさして去っていった。
イキシュが善処しようにも勝手に狼が酔うのだからどうしようもない。
担いで帰る熊がいないのだから仕方がない。
そんなことが何年も続いた。
イキシュは時折考える。
狐は群を作らないが友を作る生き物だ。
たとえそれが外種族であっても狐にとって友は友だ。
目の前の狼は大きな群を持つ。
狼は群の仲間には寛容だが、そうでないものにはひどく冷たい。
狼にとってイキシュは群の仲間なのか友なのか未だによくはわからなかったが、イキシュの前ででろでろに酔っている狼が、外に叩き出された後に部下に稽古をつけられるほど酔いが覚めるというのならば…
狼もイキシュとの間には、他のものとは違う何かがあるのかもしれない。と考えているのかもしれない。
ただ、この微妙な関係もどちらかに番が出来たら変わってしまうのだということに…
イキシュは僅かな寂寥を感じた。
大切なものは他の大切なものを失って手にいれるものなのだろうか。




