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白黒の熊と好物




パンダのウーフォンさんのお話。



!!残酷描写注意!!



物心ついた頃から、俺は生きている小さな生き物を抱いたことがなかった。


いや、小さいものは最初から死んでいるわけではない。


生きていた。


俺が触る前までは。



俺が触ると小さな生き物はいつも動かなくなってしまう。

小さな生き物は暖かなものを溢しているうちに、もしくは震えて小さく丸くなっているうちに、動きを止め、冷たく固くなってしまう。


いつもそうだ。


だから俺は動かなくなった小さな生き物を食べる。



その柔らかさと温かさをかみしめながら。






ヒグマの父と白熊とパンダの掛け合わせだった母から生まれた俺は、見た目こそパンダだけれど身体能力は熊そのもの。


自分より小さいものは餌。

自分より大きなものも餌。


動いているものはすべて食べられるものだ。

毒のあるもの意外は。


獣人は食べない。


父から食べたら腹を壊すと教わったからだ。

教えには意味がある。

一見無駄に感じるその教えも、破ったその時手痛いしっぺ返しをくらうのだ。


獣人を食べたら腹を壊す。


幾度となく繰り返し教えられたこの言葉は、きっと破ればとりかえしのつかないことになるのだろう。


森で動けなくなることは、そのまま死を意味する。


腹を下すなんて最悪だ。


いちばんタチが悪いと俺は身をもって知っている。

腹を壊すものは口にしない。



だから獣人は食べない。



年を重ねるにつれ、狩れる獲物の大きさが大きくなりすぎ、一人では食べきれなくなっていった。

生きるための糧として奪った命を無駄にするのは良くない。

だが、何日も狩りをしなければ、腕はすぐに鈍ってしまう。

腕がおちればこの森では生きていけない。

しかし余るほど狩ると残った腐肉が魔獣をおびき寄せ、森が荒れる。


面倒だが、仕方なく食べる者達のいる街に持ち込むことにした。

そして、それと幾度か繰り返すと王城の兵舎食堂の食材調達部隊に所属することになった。

ここでは、狩った肉は余す所なく消費され、俺は心置無く狩りに専念することができるようになった。


それから俺は、見知らぬ誰かの糧のために命を狩り取る日々を送った。





その日、少し遠出して調達してきた食材を厨房に持ち込もうと扉をあけたら、やたらと旨そうな匂いがしていた。


匂いの元を探すと料理ではなく、子狸と一緒に野菜を洗う小さな生き物だった。

子狸よりも小さな…ウサギに似た匂いのする生き物。



旨そうだな。



そう思った。


俺は雑食だが肉が好きだ。

他の食べ物も食べられるが肉が好きだ。

そのなかでもウサギ肉がいちばん好きだ。


好物はなにかと聞かれたら俺はウサギ肉だと答えるだろう。



狂熊というふたつ名がついて久しい今となっては、そんな問いかけをされたことはないし、これからも、問われることはないだろうが。



そう、ウサギの肉は旨い。



味もいいが、かじりついたときの鳴き声が煩くないのも良い。

最期に微かな声を漏らすように細く鳴くのも情緒がある。


柔らかな毛に包まれた、程よい柔らかさのウサギ肉はいつ食べても旨い。


ただ。小骨が多く肉が、すくないのだけが悔やまれる。



もう少し大きければ腹にたまるというのに。



子狸の隣のあの小さな生き物は何が楽しいのか解らないが笑いながら野菜を洗い続けている。

さらによく匂いを探る。

すると、あの小さい生き物からは獣人とは違う匂いがした。

ウサギでもウサギ獣人でもない不思議な匂い。



「おい!」

目の前を丁度ウサギ獣人が通りすぎようとしたので捕まえる。

そいつは腕の中に空の鍋を抱えて小刻みに震えている。

ウサギやネズミという食べられることの多い動物の特性を持つ獣人は、強者の纏う気配に本能的な恐怖を覚えるらしい。


このウサギは姉ウサギとはぐれて泣いているところを拾って持って帰った。

それから何年もたっているというのに一向に馴れる気配がない。


本能というのはずいぶん強いものらしい。


逃げないように首根っこをつかみ、子狸の隣を指差した。

「親戚か?」

と聞くと、ウサギ獣人はブンブンと首をふって否定した。


小刻みに震えながら、高速で首を振るので顔の輪郭がぶれて見えた。


「あ、あ、あの子わわ、じ、人族ですうぅぅぅ!!!」


ぱっと手を離すと凄まじい早さで逃げていった。



人族か。



……人族を食べたら腹を壊す。とは聞いたことがないな。


なら、食べられるのかもしれない。

匂い的には問題がなさそうだ。



近寄ると逃げられそうなので遠くから椅子に座り、じっと観察する。



毛の少なさそうな皮はさぞかし口当たりが良いだろう。

ウサギよりも何倍も大きいから肉は食べごたえがありそうだし、骨はほどよい細さで噛みごたえが良さそうだ。



きっと美味い。



そう思いながら人族を見ていたら、気配に気づいたのだろうか?


人族は振り返りこちらを見た。


その顔は存外に愛らしい顔つきをしていると思った。


このあとに人族の顔が恐怖に歪むのが少し惜しいと思う程度には。



小さな生き物はいつだって俺と目が合えば怯えた顔で逃げていく。




逃げたら追って食べるだけだ。




あの人族は逃げるんだろうか?

そう考えながら人族を見ていたらばちりと目があった。



その目は大きく見開かれ…



とても嬉しそうに隣の子狸の袖を引っ張って何やら話しかけた。

その間もちらちらと俺の方を気にしている。

それは警戒からではなく興味、それもひどく好意的な眼差し。


(なんなんだ?)


人族の非常に珍しい態度にこちらの方が動揺するほどだった。



食べ損ねたな。



そう思ったがさほど残念だとも思わなかった。


その日から、あの人族は俺をちらちらと見るようになった。

時折目が合うと嬉しそうに手を振る。


そしてそのたびに組んで作業をしている子狸に頭を叩かれていた。


不躾ともいえるその視線は、それからも俺にだけ向けられ、今まで感じたことのない居心地の悪さを俺に感じさせた。

しかし、厨房の他の誰にも向けない熱い眼差しを俺だけに向けている。

その事実にむず痒いような居心地の悪さを抱いた。そしてそれを悪くないと思う…


不可解な自分がいた。



そんなある日、大型の爬虫類を調達しに行った。爬虫類の血は臭みがあるので血抜を忘れると料理長にどやされる。

どやされてもどうと言うことはないが、煩わしいのでこの日もしっかりと血抜きをした。

大型の爬虫類は首を切っても暫くは暴れるので制服はかなり血を浴びてしまった。


洗えば良いので気にしないが…これだけ臭ければ殆どの獣人は近寄っては来ないだろう。


返り血とはいえ獣人の子供でも危険を察知する大型爬虫類の匂いだ。

実際、すれ違った街の子どもは大泣きしては親にあやされていた。


あの人族も流石に恐怖に顔を歪ませるのだろう。


それを俺は少し…いや、かなり残念に思った。



気が進まなかったが仕方がない。腹を括るとしよう。

そう思いながら俺はバン!と勢いよく扉をあけた。



「ひゃぁ!!」



すぐ近くで悲鳴が上がった。

それは時折聞いていたあの人族の声。


横を見ると靴を脱いで椅子の上に立った人族が、爪先立ちで鍋を頭上に持ち上げた状態でバランスを崩し、 踏みとどまれず椅子から落ちようとしていた。


俺は咄嗟に担いでいた獲物を放り投げ、その人族と鍋を受け止めた。



どさりと腕の中に落ちてきた人族は予想よりも小さく、想像よりももっと柔らかだった。



「大丈夫か?」



そう、聞くと人族は酷く驚いた顔で無言でこくこくと頷いた。


泣かれるかもしれない。

急に腹がひやりとした。

しかし、次の瞬間


「ほわあぁぁ!パンダさーん!!!!」



その人族はいきなり俺の腹に手を回し、顔を埋めると奇声を発した。


「アホかーーーー!!!」



子狸が叫びながら腹にしがみつく人族をひっぺがし、脱兎のごとくにげていった。


「すんません!ウーフォン先輩マジすんません!!ユア!お前も謝れ!!!」


かなり遠くで真っ青な顔でひら謝りする子狸、その小脇に抱えられた人族はとてもいい笑顔で俺に手を振って子狸に頭を叩かれていた。



あの人族はユアという名前なのか。

変わった生き物だと思った。



暫く観察して解ったことは、ユアは非常に、鼻が悪いということ。

虫喰いの木の実を剥いて虫が出てくると悲鳴をあげていたり、火狐の誘因香に一切気付かなかったり、同じ種類の獣人の区別がつかなかったり…獣人ではあり得ないような事を度々していた。


そして、鼻の悪いユアは、どんな凶悪な生き物の返り血を浴びた後でも、俺を恐れることは無いということも。



どんなときも、いつでも屈託のない微笑みを向けてくる。



それは小さな生き物から向けられる初めての純粋な好意。



腕を広げて頷くと、迷いなく駆け寄り腹にしがみつくユア。




制服越しでもユアはいつも温かい。




腹にしがみつくその温もりはいつまでも冷えることはない。

掌に触れる柔らかな体は動きを止めることがない。


小さな頭を撫でると嬉しそうに目を細める、肉球に感じるその毛質は柔らかく滑らかだ。




ふと、昔のことを思い出した。


雪原を跳ねて遊ぶうさぎを見るのが好きだったことを。


跳んで走って転がって。


ころころと楽しそうに雪にまみれながらあそぶウサギ。



一緒に遊びたくて、愛らしい耳を触りたくて、潜んでいた場所からのそりと出た。


するとウサギはすぐに雪のなかに隠れてしまう。


いつも、いつも。


ある日、ウサギが遊ぶのを見るのはやめて、巣穴から出てきた瞬間ウサギを素早く捕らえ腕に抱いた。


柔らかく暖かなその感触にひどく高揚しながら家に走り大切に抱えていたウサギをそっと床に下ろした。


跳ね回るその姿を側で見たくて。

可愛らしく動く耳に触りたくて。



けれど、ウサギはぐったりと動かず、暖かかった体は床の上で冷えていった。




そして俺はつめたくなったウサギを食べた。



くたりと力なく横たわるウサギはただの冷たい肉でしかなかった。

ただ、内蔵だけはかすかに温もりを残していた。




そうだ、だから俺はウサギを食べるようになったんだ。



あの一瞬の温かさを永遠にしたくて。

いつか、俺の腕の中で動きを止めない俺だけのウサギがほしくて。



何度でも何度でも。



そして俺は菓子のように腹にたまらないウサギを食べるようになったんだ…。





好物は何かと聞かれたら笹と答えよう。


本当はウサギの肉が一等好きだけれど。



俺にそんな問いかけをするヤツはあの子くらいだから。


たとえ頭から足の先まで、残さずぺろりとたいらげられるほどに、ウサギの肉が好物だとしても。

もうウサギを捕まえなくても側には俺だけのウサギがいるから。




ウサギの肉が好き。


それは俺だけの秘密。




ジビエ好きパンダ氏からみた主人公。


喰う気満々だったようです。


パンダって目が怖いですよね。



そんな肉食パンダの頭の中に気付かず


パンダキターーーー(゜∀゜)!!!


ってなってた主人公。


初めてパンダを認識した瞬間が異世界に行って一番テンション上がった瞬間。


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