本編完結!御礼小話 『遠雷と』
本編完結御礼小話~!
ここまでお付き合いくださった皆様に感謝をこめて
時系列的には最終話の途中、夏前のお話しです。
「我が名を呼んではくれないのだろうか?」
陛下が居ると兵たちの休憩になりません。
と料理長に釘をさされてから、ライオン男は私が厨房の裏で仕込みをしている時を狙ってやってくる。
今日もいつものように好き勝手に話をしていると思ったら、急に真面目な顔で私にそう言ってきた。
「既に我が名を知っているだろう?」
偉そうに言うけれど、目が泳いでいる。
こころもち鬣も萎れているような気がするし。
この人の名前を知ってからもずっとライオン男とかあいつとか言っていたし…
そもそも私からこの人に名前を呼んで話しかけることがなかったし…
名前を呼んだことがなかったかもしれない。
「特に用事がないので…」
「用事が無くとも呼べばよいではないか」
むすっとした顔でそう言われても…私は困惑するばかりだ。
私はライオン男から目をそらし泥だらけの手もとに向けそのまま野菜の皮をショリショリと剥いた。
ポルタという拳大のこの野菜は鬼皮と呼ばれる硬い皮を泥と一緒に剥いだ後次に出てくる柔らかい薄皮を茹でた後に剥くと、オレンジ色のもちもちとしたほんのり甘い軽食になる。
皮を剥くのが面倒とチーニや食堂にくる兵士達は薄皮ごと食べていたりするけれど。
それは邪道だと思う。
そんなポルタの味はかぼちゃのニョッキに似てると私は思う。一口大に切ってクリームソースに絡めたらおいしそうだけれど…
人数分のポルタの薄皮を剥くのが大変なので提案はしていない。
ジャリッとライオン男の靴底が小石を鳴らした。
私の正面に立ったライオン男の顔は見上げても逆光でどんな表情かわからなかった。
「嫌ならば…無理にとは言わぬ。」
ぽつりと呟かれたかすれた声が消沈しているその内心を表しているような気がした。
…気まずい。
そもそも私はこのライオン男の側は緊張するんだ。
何か言われるんじゃないかとつい身構えてしまう。
急にギイッっと扉が開きのそりとパンダ…ウーフォンさんが顔を出した。
「ウーフォンさん、休憩ですか?」
そう声をかけると目の前のライオン男の掌がギリッと握り締められた。
「いや…食堂にアアカが探しに来てるぞ」
のっそりとウーフォンさんは考えが読みにくいパンダフェイスでライオン男をじっとみた。
「もうそんな時間か」
ため息と共にライオン男はそう呟いたけれど…そこから動こうとはしなかった。
「そなたは…私が…」
そういいかけて、ライオン男は続く言葉を飲み込んだ。
私が、のあと何を続けようとしたんだろう?
恨んでいるか?
そう問われたら無言で頷くだろう。
けれど…私が嫌いか?
そう問われたら私は何と答えればいいんだろう。
兵舎食堂の正面入り口でアアカさんが「陛下~!」と叫ぶ情けない声が聞こえてきた。
すると、目の前の男から放たれていた張りつめた空気が霧散した。
私は先ほどの言葉の続きが続かないことにホッとする。
ベリッと最後のひとつを剥き終わり、私は泥だらけの手で剥き終わったポルタでいっぱいの桶をよいしょと持って立ち上がる。
「アアカさんのお迎えが来たんだからお、仕事にもどってください。サトゥナ陛下」
ウーフォンさんの開けてくれた扉に向かいながらライオン男を見ずにそう言うと背後で盛大にゴロゴロと音がなった。
雷かな?
「甘いと思う」
ウーフォンさんは扉から手を放し私の持つ桶をひょいと持ち上げながらそう言った。
「まだ茹でてないですよ?」
ポルタは生のままだと甘みが出ない。
それともウーフォンさんは鼻がいいから美味しいポルタだと見分けがつくのかな?
ゆっくり締まる扉を振り返ると、僅かな隙間から足取り軽く立ち去るサトゥナ陛下の姿がみえた。
ゴロゴロと雷の音は遠くなっていく。
「ねえ、チーニ、今日は夕方に雨が降るのかな?」
ザブザブとポルタの泥を洗い流しながら、横で野菜を切るチーニにそう聞くと
「あの音は雷じゃねえよ!!」
と怒られた。
なんでいきなり怒ってんの?
夕立が来てもチーニに置き傘は貸してあげないんだから。
主人公とライオンの微妙に気まずい空気を書きたかっただけ。
あとゴロゴロ。
猫だからね。ゴロゴロしちゃうよね!