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目が覚めたら知らない部屋のベッドの上だった。
最後に見たあのライオン男を威嚇したウーフォンさんが一体どうなったのか凄く気になる。
怪我とかしなかったかな?
ライオン対パンダなんて…パンダが負けるに決まってるし…
…なんかウーフォンさんならライオンにだって勝てそうな気がするけど。
そういえばあの血だらけになってしまった明るいベージュ色のコートはどうなったんだろう?
寒くなってきたから、ってプレゼントしてくれたイキシュさんの顔が照れていてかわいかったんだよね。
はじめて着せて見せたときイキシュさんは少し照れながら『私の髪と同じ色ですね』って赤い耳をピコピコさせて…
「起きたか?」
ヤラールさんが音もなくベッドの側に来た。
「今は魔法で治っているが、バカのせいで肩の骨が砕けてたぞ、爪は太い血管を切っていたし…しばらくは安静にしとけ。危うく死ぬかと思ったが、ユアは弱いわりにはしぶといな」
くくっと笑って私の頭をクシャクシャとかき回す。
「イキシュさんは?ウーフォンさんは無事?」
「ああ、あいつらは足止め役だ。あのバカがまたやらかすかもしれないし…説明の時間が欲しいからな」
あのバカって…あのライオン男のことかな。
ヤラールさんは急に真面目な顔をした。そして真剣な眼差しで私に問い掛けてきた。
「なぁ、お前はどうしたい?」
「え?」
「アイツの番になりたいか、なりたくないか」
なりたいか、なりたくないかなんて選べるものなの?強制的に番になってしまうものなんじゃないの?その疑問が顔に出ていたのか、私が現状を把握できていないとおもったのか…
ヤラールさんは苦笑しながら起き抜けにすまないな。と謝った。
「番との出会いってもんは…いい出会いがあれば、悪い出会もある。もしも、出会えた番が極悪人だったらどうする?重い犯罪を犯して投獄されていたら?完全なる補食関係にある生き物同士で、本能的に交流ができないとしたら?そいつらはどうすればいいか…わかるか?」
ヤラールさんは酷く神妙な顔で私を見つめてきた。
「番に…番にならない方法があるの?」
そんなヤラールさんに問いかける私の声は微かにかすれ、震えていた。
「ああ、ある。名を明かさず、契りを交わさぬまま互いに呪符を体に埋め込み、外部から強制的に番の喚び合う力を弱めるんだ」
目から鱗がおちたような気分だ。そんな方法があったんだ。
「ただ、この方法は法的に申請しないといけない。だから安易に適用はできないんだが…番の一方がその役割を放棄したり、死に繋がるような精神的、肉体的攻撃をした場合は適用出来る。
お前は今日、あのバカライオンに殺されかけた。それだけでも申請するには十分なんだがな…お前が強制的にこの地に召喚させられたことは、アイツの口から証言がとれている。
アイツは一方的に呼び出し、保護するべき番に対しての様々な義務を怠り、肉体的、精神的に虐待し、最終的には殺しかけた。
たとえ相手がこの国の王だとしても、申請すればまず、確実にお前の要望は通るだろう。」
ああ、そうなんだ…
「ただ、この方法は…個人的には進めたいが…俺の立場的にはあまり薦められない手段でもあるな。本来繋がるべきだった二人が強制的に出会わなくなることで、その周りの者達の出会いもうまくいかなくなる。という研究結果が出ている…。ましてお前の相手はこの国の王だ…どんな効果が起きるか…見当もつかない」
ああ、なんかめんどくさいな~
脳裏には先ほど見てた夢が浮かぶ。あの絡み合ってこんがらがってしまった紐達。
夢では私は放置を決めたんだけど。
はぁーっと思わず頭を抱えるとバーン!と扉が開いた。
そこには仁王立ちのライオン男。
「悩むことはあるまい、貴様は我が番なのだ、その身に穢れがないと示されたのならば、我が元に来るが道理であろう。」
本当めんどくさいのきたな!!
「そうやって謝罪もなく、今までの仕打ちをうやむやにするつもりならば…二度と彼女に近づかないでほしいですね」
その後ろから現れたイキシュさんは火狐だというのに猛吹雪を背負っているかのように辛辣だ。
「…同感」
ぼそりとウーフォンさんも珍しい人型をとって現れた。
目の前のライオン男はごほんと咳をひとつして、ベッドに起き上がっている私の横に目線を会わせるように膝をついた。
「そなたへの数々の心ない言葉を投げつけたことを謝罪させてほしい。すまなかった。」
そう頭を下げたあと私の怪我のない方の手をとった。
「だが、わかってほしい、求め続けた番があのような姿で現れたことに私は気が動転していたんだ。いまとなっては酷い誤解だったことはわかっている。だから、どうか私の番として、私のそばにいてほしい。そばで私に挽回の機会を与えてほしい。そして、いつかは私の妃になって公私ともに私を支えてほしい」
一気に言い切ってライオン男は私の瞳をじっと見つめてきた。
今まで憎しみをこめたような、きつい眼差しで睨まれるだけだったこの男が、こんなにも真っ直ぐに私を見つめる日がくるなんて…思いもしなかった。
何かに誘われるように空いている手で、ふさふさのライオンの鬣みたいな髪の毛を触る。
見た目よりもすっと柔らかな手触りにくらくらする。
『私はずっとさわってみたかったんだ。
あの日、この人に一目会ったその日から。
ここまで来るのにこんなに遠回りをするなんて…
この人は本当に仕方のない人ね。
私が…私がいてあげないとだめなんだから…
そう、私はこの人の番なんだから…』
「ーーーなんて思うか!!!アホー!!」
思わず叫んでしまった。
なんだいまの考え!!
いつもの声とも違う胡散臭い思考を頭から振り払う。
「こいつ廊下で思考操作の魔法使ってたぞ!!」
チーニが扉の向こうからアアカさんを抱えた料理長と一緒に入ってきた。
部屋の空気の温度が何度か下がった。
「アアカ!貴様よけいなことをするな!それにやるならもっとうまくやれ!! 」
憤慨して立ち上がったライオン男の台詞に、カッチーンと私の中のなにかが切れた。
私はバッと布団をはね飛ばし仁王立ちをした。
「ヤラールさん!バリカン持ってきて!!こいつの御自慢の鬣を刈って丸ハゲにしてやる!!」
とライオン男の鬣を掴んで叫んだ。
「ヤメロ!事態がよけいややこしくなるわ!!」
私が叫ぶと間髪いれずにヤラールさんのツッコミも入った。
ややこしくなる?なんで?
って思いながらライオン男の顔を見ると…
乙女かってくらいもじもじと恥ずかしそうに
「お前が…お前がそれを望むならそれも…しかたがあるまい。」
そう、言いながらライオン男は頬を微かに赤くして、せわしなく鬣を撫で付けている。
キモイ
「やっぱやめる。喜んでたら嫌がらせの意味がないわ」
私が吐き捨てるとガーンとライオン男はショックを受けていた。
私は布団にライオン男の鬣を触った手をなすりつける。なんかべたべたしたような気分がしたから。
私の横ではイキシュさんがはぁーっと大きなため息をついた。
「去勢は誰にも靡かなくなるっていう意味では、かなり激しい愛情表現ですからね。冗談でも、もうこんなこと言ってはいけませんよ」
そういってメッ!ってされた。
25歳なのにメッ!ってされた。
ヤラールさん曰く、種族の特性や性差となる部分を刈るという行動は、浮気性な番に対して、異性への性的アピールとなる部分を奪うことで、自分だけのものにするという…
非常にハードな求愛行動となるらしい。
…流石異世界は違うね。
あの冬の日から季節は巡り…
私とライオン男との関係は今も中ぶらりんなままだ。
番にはならなかったし、今後どうなるかもわからない。
それはあの日、チーニと一緒に来た料理長とヤラールさんが、私がライオン男に向ける態度をみて決めたこと。
ライオン男から私へ向かうフェロモンの効きが、非常に悪いと判断したから。
その判断に、私のフェロモンに対する鈍さは凄いとイキシュさんも苦笑していた…。
ヤラールさんは、お互いを知ってから最終的に、判断をすればいいと私に言った。
ただ、ライオン男はこの件に関して私の決めたことに異議は申し立てられない、ということだけは決まった。
ちなみにアアカさんは、私からライオン男へ向かうフェロモンは非常に強いといった。ライオン男が最初他の雄の匂いがついた私を過剰に忌避したのもそのせいだと。
知るかそんなこと。
結局私は、召喚されたあの日にたてたあいつの自慢の鬣を刈るという誓いを果たすことはできなかった。
もちろん、元の世界にもどることも。
何となく覚悟はしていたけれど、私を召喚した本人のライオン男ににそう言われたら…
やっぱり胸に刺さるものがあって…
私はその話を聞いた日はじめて『こんな世界大嫌いだ!!!』って口に出して泣いた。
そんな私をもこもこのパンダのお腹とふわふわの狐のしっぽは、ただただ静かにそばにいて癒してくれた。
それから、ライオン男は城内ですれ違うと、いつもにやりと笑って鬣のような髪の毛をかきあげ、わざと私にみせつけるようになった。
罵倒はされないけれど正直、見るとイラッとする。
刈れるもんなら刈ってみろって挑発されている気がするから。
ヤラールさんはそんなライオン男を見て「必死だな」ってつぶやくし、チーニは「すげえ…」って圧倒されている。
何が凄いのか、何が必死なのか私にはとんと伝わってこないのだけれど。
今回の立役者、吉兆を告げる清い鳥、というわりに真っ黒なカラスでしかない瑞鳥のカー助は、冬の終わりに北の空に旅立っていった。
また雪が降る頃には戻ってくるらしい。
ライオン男と話合いをした後から私の心の、声は随分と落ち着き、私の意思を裏切ることもほとんどなくなった。
あれがなんだったのかは未だにわからない。
アアカさんが何かしていたのかも…そうおもったけれど、今となってはどうでもいいことだ。
そして、私の生活は変わらず兵舎食堂で働いているし、しがない料理人見習いのままだ。
異世界のギルドに登録も、ダンジョン攻略もしないままのんびりと一年が過ぎようとしていた。
見せたいものがある、とイキシュさんとヤラールさんに誘われて遠乗りにでかけた先は、冬の間は真っ白な雪に覆われていた王城を見下ろせる山の中腹の丘。
そこは一面、黄色いタンポポで埋め尽くされていた。
日本に比べて寒いこの国は真夏でも初夏程度にしか暑くならない。そして、夏の花といえばこの黄色いタンポポらしい。
「今年も夏が来たな!!」
ついてきたチーニが異世界らしくキラキラ光る空に向かってそう叫ぶのを、イキシュさんと私は私達をここまで運んできてくれた馬に水をやりながら笑って聞いていた。
私が誘ったウーフォンさんは、お昼を調達してくるといって、森の中に消えていってしまった。
私は太陽のような鮮やかなタンポポを1輪手折り、花びらを一枚づつ毟る。
小さな小さな花びらは一枚づつ毟るのも一苦労だ。
「なにをしてるの?」
イキシュさんが一心不乱に花びらを毟る私の手元を不思議そうにのぞきこんだ。
「花占いです。すき、きらいって言いながら花びらを一枚づつ散らすんですよ。私の国のこどもの遊び…」
話してたら花びらを数枚纏めて千切ってしまった。
「本当はもっと花びらの大きな花でやるんですけど」
慌てて言い訳のような言葉が口から出る。
決して私が不器用な訳ではない。断じてない。
おーい!と丘の下の方から聞きなれた偉そうな声がした。
サトゥナ陛下とアアカさんだ。
ブチブチッ思わずタンポポの花びらを纏めて千切ってしまっていた。
はげはげになった花の芯を横に居た馬の口に放るとモシャモシャと馬は気にせず食べた。
「こんな所まで追ってくるなんて陛下は随分とお暇なんですね」
「番のため仕事を遣り繰りして会える時間を増やすのが、出来る雄というものだろう。」
イキシュさんの軽いいやみはするりとサトゥナ陛下にかわされた。
二人の舌戦が繰り広げられるかと思いきや
「おーい!ユア!!ウーフォンさんがすっげえの捕まえてきたぞ!!」
というチーニの言葉に思わず指差す方向を皆で見てしまう。
「なんだろな?あのでかさは相当大物だな」
ヤラールさんが隣に立ち遠くを眺めながらそう言った。
目をすがめてみても私には全然見えてこないんですけど。
「あれはすごい。…彼を選べば食事の豊かさは保証できますね。」
横に立つイキシュさんは気負いもなくそう言った。
「ああ、さすが狂熊と名高いだけはあるな。」
サトゥナ陛下もそれに賛同する。
「…いいんですか?」
思わずそう聞き返すと、イキシュさんはええ、と柔らかな声で答えた。
「貴方が誰を選ぼうと、幸せにさえなってくれればそれでいいんです」
最近は、少しだけそう思えるようになったんですよ。そうにっこりと笑ってイキシュさんはタンポポの花を私の髪に挿した。
「もちろん、私を選んでくれたら誰よりも幸せにしますが…」
そういって、相変わらず蕩けそうな赤い瞳でするりと私の髪をなでた。
「一夫多妻も一妻多夫も法的には認められているぞ」
サトゥナ陛下が私にタンポポを1輪渡しながらそう言った。
「陛下が唯一に選ばれる確率非常に低いですからね」
その陛下の後ろからヤラールさんが茶々を入れる。
いつものやりとりに思わず私の口元に笑みが浮かぶ。
サトゥナ陛下は驚いた顔でそんな私を見ていた。私はまだ、この人の前ではちゃんと笑えないから。
チーニは「すげえ!すっげえ!!」とおおはしゃぎでウーフォンさんがいる方向に手を振っている。
ああ、長閑だなって思った。
こんな日も悪くない。
私はこの世界にきてはじめて、そう思った。
ザアッと柔らかな風が一面のタンポポを揺らす。
サトゥナ陛下に渡されたタンポポも手元で揺れた。
その花びらをぶちりと千切る
もう、良いよね。
刈れなかった鬣のかわりに、ライオンの名をもつ花の黄色い花びらを毟る。
ブチブチと引き抜いては風に散らす。
鬣の代わりに刈られた黄色い小さな花びらは、風に舞って空に向かっていく。
あの日の私の誓いをのせて。
今度ここに来るとき、きっと私は隣に立つ人を選んでる。私はそう思った。
大嫌いだったこの世界を少しづつ好きになれたように。
きっとこの世界の誰かを好きになれる。
それは決して遠くない未来のこと。
☆完結です☆
長い間お付き合いありがとうございました~(*´∀`)
今後はifルートを時々更新する予定です。




