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「その鳥は…瑞鳥?」


ずいちょーってなんだろう?

カー助はどこからみてもカラスだ。


私の肩に留まったカー助は、私とライオン男のピリピリした空気を読まずクワァと気の抜けた声を出して毛づくろいをし出した。

黒い羽を同じく黒いくちばしでハミハミしてる。


毛繕いっていうか羽つくろいっていうのかもしれない。

カー助さん、かなり重いんですけどね。


私はカー助の重さによろりとしながら、無言で踵を返す。

先程ちゃんと向き合おうとおもったばかりだけれど…

対応策は何一つ決まってないのだから…敵前逃亡も許されると思うの。


「おいっ!まて!!」


相変わらずの上から発言。呼び掛けだけで軽くイラッと来るなんて本当相性悪い。そのまま無言でやり過ごそうとすると、ライオン男は焦ったような声を出して私に近寄ってきた。


「まてっ!お前はなぜ瑞鳥に触れられているのだ?」


ずいちょーに触れている?

もしかして男の言うずいちょーってカー助のこと?


不可解に思っていると、カー助の留まっていない左肩を掴まれ、無理やり振り返らせられた。


「…瑞鳥は清いものにしか触れられない…なぜ…なぜ淫売のお前が触れられている!?」


ガクガクとゆさぶられあたまが揺れた。カー助がクオッと変な声をあげて私の肩から離れた。


目の前のライオン男は、今まで私に向けたことのない顔をしている。

酷く動揺しているのか、肩を掴む手がぶるぶると震えている。

鬣のような髪の毛も、ぶわりと広がり、いつもにましてボリューミーだ。


私は男の言葉を反芻する。


ずいちょーは清いものにしか触れられない。


なんだかわからないけれど、ずいちょーはカー助のことらしい。

清いものを好むカー助に触れられているものは、イコール清いもの?


あれ?もしかしてこれ…

私への疑惑が晴れるんじゃない?!


その考えに至り、私の鼓動はドキドキと高鳴った。


そうだ、だって私、さっき考えてたじゃないか。


ここは地球よりも、運命的な巡り合わせが重視されている気がするって。

信じられないような運命的な出逢いがあったり、奇跡的といわれるような出来事が日常的に起きるんだって。


まるで…世界が用意しているかのように奇跡が起きるんだって。


なら、私に奇跡が起きても不思議じゃない。



歓喜の声が私の奥底で沸き上がる。

そして、この無礼なライオン男に対しての思慕の気持ちも。



ああ、もう本当にっ…



気持ち悪い!!



「ーーっ!離してっ!!」


そう叫ぶと、カー助が頭上を旋回する様子を見ていたライオン男の手に力が入る。

ギリギリと万力で締め上げられていくような痛みが襲う肩に、ブツリと何か鋭いものが食い込んだ。


「痛いっ!!!」


ズキンズキンと脈打つ痛みと共に、コートの内側で濡れた感触が広がる。見るとコートに鋭い爪が深々と突き刺さっているのが確認ができた。


人の手と動物の間のような不思議な手。

先ほどまでは人の手だったのに。今はライオンのような鋭い爪を剥き出しにした大きな獣の手。


僅かでも動くと、突き刺さったままの爪が傷口を抉り、酷い痛みが走る。ミシミシギシギシと軋む肩の骨の痛みに逃げることも出来ず、ぶるぶるとふるえる体を抑えているために歯をきつく噛み締める。


男は何か酷く取り乱したように何かを呟き、私に向かっても何か言っている。けれど、私の頭には痛みが過ぎるせいで情報が入ってこない。


ううっ痛い、痛いっよぉっ!


「カアーー!!!」


カー助が空から威嚇するかのように一鳴きすると、ライオン男にその爪と嘴で攻撃を始めた。


その拍子にズブリと刺さってきた爪が抜け、私はあまりの激痛に肩を手で抑えて雪の中に丸くなる。

手で押さえていても、肩近くの雪が噴き出す血で赤く染まっていく。

それを見ながら、ああ、このコートも、もう使えないなって…そんなことをぼんやり思う。


雪が溢れる血で溶かされるその様子は、まるでかき氷のシロップをかけたみたいで…

血ってこんなに噴き出して大丈夫なんだろうか?


「ユア!!」


誰かが私を雪から起こしてくれた。赤く染まった雪と同じ赤い瞳。

「…イキシュさん?」

「ああ、こんなに血が…今治しますから」

イキシュさんが傷に手を翳すと、私の肩の酷い痛みが少しだけ軽くなった。


「サトゥナ陛下、このような場所で何をされているのです?」


聞こえてくるヤラールさんの声がいつもより硬い。サトゥナ陛下…そういえばこのライオン男の名前はそんな名前だったような気がする。


「……ヤラール、お前はその娘を知っているのか?」

「はい、半年ほど前に場内で保護致しました。現在は牙狼隊監視下のもと兵舎食堂にて住み込みの料理人見習いをさせております。」

「そやつには部屋を用意してあったはずだが?」

「…お調べ致しましたところアアカ様が後見人とされアアカ様つきの下級侍女の部屋が与えられてはおりましたが…食事等、最低限の生活の手配が一切されておりませんでしたので…状況から、捨て置かれているのだろうと判断させていただきました」


ズキンズキンと痛むのは肩の傷だろうか、それとも胸なんだろうか。


半年、半年もこの人は、私が何をしているのか気にもとめなかった。

その現実が、必要とされていない何よりの証拠をつきつけられ、私の中の何かが酷くきしんだ。


イキシュさんが震える私をふわふわの尻尾で包んでくれる。


「手配がされていない?」

怪訝そうな顔でライオン男は繰り返した。

「…はい。我々が確認したところ彼女への公式な物資の提供は…一度のみ、その後は一度たりとも」

ライオン男は信じられない、というようにかぶりをふっている。その様子は猛々しく私を罵倒していた姿からは想像もできない弱々しさで…


「…瑞鳥は…」

「渡りの途中なのでしょう、数日前より彼女になついております」


そんな…まさか…

小さな声で呟きながライオン男は一歩後退り口元を手で押さえる、


その顔色は真っ青を通り越して土気色。


私よりも具合の悪そうなその顔を、くらくらする頭でぼんやりと見つめ返す。

頭から水を被ったかのように寒くて、寒くて…これは…貧血かもしれない。

震え続ける私の様子を不信に思ったのか、イキシュさんが肩の傷の様子を気にし始めた。


「ユア、すいません、少し傷の様子を見ますからコートの前を空けますよ。」


そういってコートを開いたイキシュさんは、ハッと息をのんだ後に私を抱き上げて叫んだ。

「ヤラール!まずい、出血が多すぎる!医務室に!!」

いつになく逼迫したその声色に、私は場違いだというのに思わず苦笑してしまう。

そうか、まずいのか、確かにそんな予感は薄々していたんだけど。

だってコートの中は血でべちゃべちゃなんだもの。それかが冷えて肌にはりつくから凄く寒くて…


ぶれる視界の端でライオン男は酷く狼狽した様子でこちらに近づく。

先ほど私の肩を貫いた爪は既になく、赤く染まった指先が伸ばされ…


あと数歩という所で、その歩みは私とライオン男の間に突如現れた大きなパンダに阻まれた。


いつも可愛い癒し系パンダのウーフォンさんが、まるで悪い熊みたいな顔でグルグルと威嚇している。

そして、昔聞いた北の森に住む大きな熊みたいな声で吼えた。

空気がビリビリと震える。

その声にライオン男が一歩後ずさる。


その様子をぼんやり見ながら

意外、パンダってライオンより強いんだ…



そう思ったのを最後に私は意識を手放した。







ぐるぐるとあたりに色とりどり糸が絡まりあっている。

糸はあちらこちらで触れ合って絡まって私の体にもいくつも巻き付き身動きがしずらい。


ぐいっとひとつを引っ張ると他の紐までずるずると引き摺られて絡まって…

あ~こういうのイライラするわ。


あたりを見渡せば見渡す限り紐だらけ。手元の紐も引っ張ってしまったからごちゃごちゃと絡まっている。


解くか放置か。


そりゃぁ勿論…






放置、しかないよね。





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