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食堂の端、厨房の出入口近くのテーブルで私はぺりぺりと玉ねぎに似た野菜の皮を一心不乱に剥いていた。


この野菜、見た目はほぼ玉ねぎだけれど、味はじゃがいも風。薄皮に守られたその中身は火を通すとほっこりとしたでんぷん質の固まりだったりする。

使用法はじゃがいもと同じ。シチューかには欠かせない野菜。皮を向くのがすこし面倒だけれど、ペティーナイフで十字に薄く切れ目をいれて皮を剥ぐと、とつるりと綺麗に中味が出てくる。それを水の張った桶にぽちゃんと落とす。

野菜が洗われては山盛りの篭が目の前に運ばれてくる。そして剥かれたものは運ばれて…そんな流れが無くなるまで延々と続く作業の繰り返し。


そんな単純作業をしながら私は考える。


あの日から聞こえる内なる声について。頭がおかしくなったのかと不安になるほどにその声は私の意思を無視して主張するのだ。


あの人に会いたいと。


私は1ミクロンほども、アイツなんかと会いたい気持ちにならないというのに。


私が理性というならこの声は本能なんだろうか。

それともこれが、番とそうじゃない相手を見分ける方法なんだろうか?


だって、そう考えないとおかしいじゃないか。


どう考えたって私があのライオン男に惚れる要素がひとっっっつも無いじゃないか。腹の底から力いっぱい言えるけど、好意が向くような行動は欠片もなかった。

罵倒と、憎しみのこもったしかめ面と蔑みの視線しか向けない男に惚れるとか…


私はどMかっていうツッコミをいれたい。


違うからね。

至ってノーマルだからね。

誰だって普通は自分を心底貶してくる相手なんて、好きになるはずがない。


となると…


アイツにのみ、私の意思に対して、なにかしらの力が働いているんだろう。


ボチャンと皮を剥き終わった野菜を水に放る。そしてまたひとつ、またひとつと手に取り剥いていく。親指の付け根が少し疲れてきた頃、ざわざわとあたりが賑やかになってきた。ちらりとその方向へ視線を向けると、ちょうどイキシュさんが食堂に入ってくるところだった。


今日は遠出している部隊が遅めの昼食に来る、と聞いていたのだけれど…イキシュさんの部隊だったんだ。

ぱちりと目があった瞬間、火みたいに赤い目が嬉しそうに細くなる。その瞳にドキドキしながら、私は手を小さく振った。

イキシュさんはいつもとろりと蕩けるような微笑みを私に向ける。


溢れる好意を隠すことのない微笑み。


イキシュさんは私を番だというけれど、私からイキシュさんに向かう気持ちは…優しくしてくれる人に向ける好意と変わらない。

けれど…

ほっとするような、あったかくて、傷付けられることのないものがそこにはあると思う。

この人は絶対に私を裏切らないという無条件の信頼。


絶対の安心感。


普通、こんな感情を赤の他人に懐くだろうか?

そう考えるとこの感情も、きっとアイツへの不可解な好意と同じように、何かに操作されているものなんだろう。


「神の見えざる手…みたいね」


大学の経済学の授業を思い出す。経済市場は人が手を出さずとも神様が動かしているかのように、同じ周期を繰り返す。そんな内容だったけれど。目に見えない何者かに操られているみたいだ。

直接ではなく結果としてそうなるように操られているような。

こんな話をしても、誰も理解はできないのだろうけど。

なぜなら、この世界には神様という概念が無いのだ。いわゆる神様に近いものとして、精霊や世界の意思を聞くと言われる竜の存在はあるけれど…

神様が居ないのだ。


この世界は神頼みをしなくても良いほどに、満たされた世界なのかもしれない。


それに不思議なことに…地球よりも運命的な巡り合わせが重視されている気がする。そして、信じられないような運命的な出逢いがあったり、奇跡的といわれるような出来事が日常的に起きるのだ。


まるで世界が用意しているかのように。


皮を剥き終わった野菜をボチャンと桶に入れ、もうひとつ手に取ろうとして、全て剥き終わっていることに気づく。前はなかなか終わらなくて皆が手伝ってくれたのに。


こういった単純作業はどんどん上手くなっていく、それは私がこの世界に馴染んでいっている確かな証拠なのかもしれない。


「おう、ユア随分早くなったな。じゃ、これの皮むきとヘタとりも頼むな。」

ドーンとトマトのような赤い野菜が目の前に、積まれる。剥くのは始めてだけれど…作業の手順はチーニがやっていたのを見ているから知っている。


「はーい。ーーッ!!」


ひょいとヘタを持って赤い野菜を取り上げようとして、指先にビリッと痺れるような痛みを感じ慌てて手を離す。

見ると折れたヘタのにあるトゲが私の指に刺さっていた。

それを顔をしかめながら、ぶちっと抜いてポイと棄てる。


この野菜、チーニは素手で掴んでいたんだけど…


こんなとき、この世界の生き物と私の作りの違いを思い知らされる。私はおそらくこの世界でさい弱なんだろう。勢いよく腕を掴まれた日には…うっかり脱臼したりするのかもしれない。


赤い野菜をトゲに気を付けながら、ナイフの先をヘタの根元に差し込む。そして、くるりと回すとポトンとヘタだけを落とす。手に刺さるトゲがあっても、触れなければ問題は無いし。


「へぇ、上手くなってんなぁ」


渋い声に顔を上げると、私の前に料理長が立っていた。料理長は熊の獣人らしい。見た目は耳も出ていないから人間にしか見えないけれど…人になってもサイズ感が熊だ。

でかい。

きっと獣型を取ったならさらに見上げるほど大きいのだろう。

そんな料理長はその大きな手で、とても繊細な料理も作れる凄い人だ。


「皮むきは上手くなってるが…さっきまで顔が酷かったぞ、皮むきなんてものは番の仇でも見たかのような顔してやることじゃねぇな」


親の仇じゃなくて番の仇なんだ。

思わずふふっと笑う私の目の前にドスリと料理長が座った。


「何かあったのか?厨房の奴等が気にしてたぞ」

そう言われて厨房を見るとチラチラと皆がこっちを見ていた。

心配をさせてしまったことに申し訳なく思う、そして同じくらい嬉しくも思う。


「何かあった訳じゃないんですけど…番ってなんなんだろ?って考えてました。私のいた所にはなかったから…」

料理長はそうか。と言ってから黙りこんだ。

「まるで私の中に私が二人居るみたいに…番を求める気持ちと番を否定する気持ちが私の中で入り交じるんです」


私は話しながら手元はせっせとヘタを取って皮を剥いてと忙しく動かした 。剥かれたテーブルの上には赤い皮の山が出来てくる。


「私が私じゃなくなるみたいな…それってなんでなんだろうって考えてたんです?」

チラリと手元から目を離して料理長を見上げる。

料理長はふむ、と顎の髭を撫でながらぽつりと話始めた。


「若い頃、変わった竜人に会ったことがあってな…髪の白い竜人の二人組でな、世界中の料理を食べて歩いてるっていう兄貴と、その弟だったんだがな…どっちも番に出会えないから番を探しに旅に出たと言っていたよ。その弟の方がこう言ってたんだ。

『番は魂に刻まれた解けぬ呪いであり、世界から与えられた祝福だ』ってな」


私は呪いという言葉にドキリとした。


そうだ、本当に呪いのようだ。

私の意思とは関係なく叫ぶ、どうしようもないあの声…

料理長はなおも続けた。


「竜人ってやつは獣人よりももっと番に縛られるんだ。命を懸けて世界の果てまでいって番を探す。ギルドでは『竜人の番狂い』っていってな、番といる竜人には絶対に手を出してはいけないって教訓があるくらいだ。

俺がそいつらに会った時にはまだうちの嫁さん…番に会っていなかったんだ。

でもな、うちの嫁さんに会った瞬間あの竜人の言葉が頭を過ったよ。

それで思ったな、こりゃ確かに呪いだって。それもどんな解呪魔法も効かねぇとんでもねぇ強さの呪いさ。

番に対する愛情も執着も、どうあがいても逆らえない、でっけえ力が働いているってな。

俺はあの竜人の言葉を聞いていなかったら…逆らおうという考えすら思い浮かばなかったな。」


ふーっと大きなため息をついて料理長は遠くを見るような目をした。

私は答えの解りきってる問いだと思いながらも聞かずにはいられなかった。


「料理長は…逆らったんですか?」


アイツもそうなんだろうか?

だからあんなに必死な顔で、私を遠ざけるんだろうか。


「そりゃあな、逆らってみたさ、捨てられねぇものがわんさかあったからな。んだがな~結局はうちの嫁さんの可愛さにすっかりイカれちまってな、側に居たくて何もかもかなぐり捨てて今はしがない料理人さ」


くくっと笑う料理長は、けれど後悔なんかひとつもしてないと言葉にしなくても伝わってくる。


「結局、最後はうまくまとまるようにできてんだよ、どう転んでもだ。お前が望む結果とは違ってもな。」

「それは…私とアイツが…」

「さあね、ただ、お前の番は一人だけじゃねぇだろう?そこが俺とは大きく違ってる。そもそも力が弱く感覚の鈍い人族は番にさほど縛られないんだ。それに、竜人の言葉を信じるとして、番への思いが呪いだとしたら…その呪いが成就される条件は何なんだろうな?数人に向けて発動された呪いは…ひとつが成就した場合どうなるか…それは俺にだって解らねぇよ。」


そう…か。料理長のその言葉に心が少し軽くなった気がした。

神様の見えない手で勝手に遊ばれている説より、呪い説の方がまだ解決法があるような気さえしてくる。


私の心情が外にでていたのだろうか、料理長はよくできましたというように私の頭をぐりぐりと撫でた。


「悔いが残らないように、やるなら徹底的にやれよ。逃げずに立ち向かえ、目を閉じずにちゃんと見とけ、お前なら、どんな結果だろうと受け止められるさ。」


そう言って厨房に戻っていった。

かっこいいなぁ、例えるなら頼れるガテン系親方の背中だ。


料理人だけど。



私は再びくるりととげのあるヘタをナイフでとっていく。

まずは私の中のうるさい声をなんとかしよう。そのためにはアイツの誤解をといて、冷静な話し合いをする。


それが何よりも重要なんだろう。


私はトマトみたいな野菜を全て剥き終るとそれを厨房に運んだ。

剥がされた大量の皮は厨房の裏にある堆肥用の集積場所に棄てにいく。

料理長はそのまま休憩に入れよって声をかけてくれた。


コートを着てズルズルと桶を引きずりながら雪かきがされた道を進んでいく。

すると頭上に黒い大きな鳥が現れた。最近仲良くなった見た目はほぼカラスな大型鳥。鳴き声は100%カラス。何て鳥かはしらないけれどカラスに似てるし和風感を出して名前はカー助ってつけた。


頭上を舞うカー助と一緒に移動して皮と傷んだ野菜を捨てて、来た道を戻る。

まず必要なのは…

…私が体を売って生活をしていたわけではないっていう証明か。


…無理だな。


そもそもやってないのに証明とか出来るわけがない。


その難題に思わず雪道の真ん中で頭を抱えた。


ほんと、アイツがどうしたらそんな勘違いをしたんだっけ…あ、匂いか、満員電車の痴漢の匂い。なんか嫌だなこの言い方。

匂い…そんな形の無いものの誤解を訂す方法なんてわかんないよ。


あ~処女だったらよかったのにな~そうしたら一発で解決じゃないか。

それにこの世界ならユニコーンとか居そうだもんね…

でも25歳だしな~25歳で処女はちょっと嫌だな。そもそも異世界に飛ばされるならもっと若いうちがいいわ。

クルルッと頭上で声かしたので顔を上げると、カー助がその頭にある手を退けろ的な雰囲気を発していた。あわてて、手をさげるとカー助はふわりと私の肩に留まった。

手のりインコならぬ肩のりカラス。

ちょっと重い。

指先で首もとをコショコショしてあげるととても喜ぶ。

ふふっと笑うとクカーって甘えたように可愛く鳴いてくれる。ちょっと音量が大きいけど。


ザクリと雪を踏む音がした。


振り返り、その人物の姿が目に入り私は思わず思いっきり眉をしかめた。そして降ってくるであろう罵詈雑言を覚悟する。

これで三度目だ。もう何を言われても聞き流してやる。そう腹に力をいれて覚悟をきめる。


けれど、アイツは何も言わなかった。

ただ驚いた顔で此方を見るだけ。

私も何も話さなかった。



「その鳥は…瑞鳥?」



私とのアイツは三度目にしてはじめて罵倒のない会話から始まった。



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