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何をしてもプラス解釈されるヒロインを書いていたら…真逆のヒロインが書きたくなったので。




その日は朝からついていなかった。


今日の仕事先が急に変わった。と、朝に連絡があったこと。

乗った電車が満員電車だったこと。

乗り換えた電車は痴漢の多いと有名な電車だったこと。

そして痴漢にあったこと。


けれど、なによりついていなかったのは…


異世界に召喚されたこと。



私は忘れないこの日の事を。


この恨みはあいつの鬣を刈るその時まで、私の胸に燻るのだ。




私は谷中優愛アパレル会社勤務の25歳。普段は本社で商品の買い付けや在庫管理をしている。ただ、時折担当ショップのスタッフが足りないときに時折店頭で接客をすることがある。

今日も朝から『学生バイトが辞めたいと急に電話をかけてきた』と会社から連絡が入り、人手が足りずなくなった店舗に行くよう、通達があったのだ。

学生バイトだし、電話をかけてきただけマシ。とはいえ、急に辞められるのはとても困る。既に出勤途中だった私は店舗のある場所まで、いつもと違う電車に乗ることとなった。

その電車は乗車率180%が当たり前の近郊列車で、残暑の最中の汗臭い人の波に押しつぶされながら乗り、次に乗り換えたのは痴漢で有名な電車だった。

しかも、慌てて乗り換えたため女性専用車両にはのれず…見事なほど男性に囲まれた私は案の定、痴漢に遭遇した。

気持ちの悪い手のひらの熱、腰に押し付けられる体温より高いもの。

いやな汗がぶわりと浮かぶ、レースワンピースの小さな花柄の隙間から、肩に暖かな息が掛かるのが気持ち悪い。

『やめてください』って言わないと、そう思っていても声か喉に張り付いたように出なかった。

電車が揺れ、痴漢に押し潰されるようにのし掛かられ、私はぎゅっと目を閉じた。


その瞬間、ふわりと体が浮いた。


そして、電車の走行音と満員電車の圧力が消えて…開いた目の前には見知らぬ男性がいた。


その顔は正に苦虫を噛み潰したような顔。

けれど、そんな顔なのになぜか胸が高鳴った。


「こんな汚れた女が私のつがいだと言うのか穢らわしい」


その人の口から溢れる怒りの気配を纏った辛辣すぎる言葉にの数々に、私は固まるしかなかった。


「しかもこの臭いは、人族の娼婦か、ここまで多くの欲望にまみれた穢れた匂いを纏うとは正気とは思えんな、臭すぎて吐き気がする。こんな穢れの塊が私に相応しいと?」


忌々しいと唾棄するように私を見下す怒りに染まった瞳。


衝撃的過ぎて何を言われているのかほとんどわからなかった、解らなかったけれど、心底貶されているのだけはわかった。


「な、に?」


25年生きてきて、こんなに貶されることなんてなかったから、あまりの事態に頭が働かない。


「喋るな女、貴様のような穢れた女の声など聞きたくない。お前のような女の声など聞いたら耳が腐るわ!そのような、淫らな服装で数多の男に体を赦すなど…」


そこで男はギリギリと歯軋りをし…


ガオォッ!!!


と吠えた。

すさまじい音量にビリビリとあたりが震えた。

その声は動物園で聞いた肉食獣の…ライオンの声に酷似していた。



そして、この日、この時から私の異世界生活は始まった。




私はあのライオンのような男が去ったあと、あれだけ貶された割には、普通のごく普通の部屋が与えられた。

独り暮らし用の1Kアパートと同じか少し狭いくらいの普通の部屋。おそらく使用人の部屋だと思われる。ここがお城だと考えると…かなり下の方の使用人部屋かもしれないけれど。



私をこの世界に召喚した人は魔術師のアアカさん。アアカさんも布で鼻を押さえながら私と話していた。


そんなに臭いのか…?自分の臭いはよくわからないけれど…あの人も臭い臭いと言っていた。

あまりにも臭すぎるということでお風呂に押し込まれた。

お風呂っていうかぬるい水風呂だったけれど。そんなに臭っているとか凹む。見知らぬ人に頭ごなしに貶されてムカッ腹も立つけれど…それよりまずは臭いと言われている臭いを消したかった。


お風呂で赤くなるほど擦ってから出てくる。

用意された服はずるりとした長い服だった。

モンゴルの民族衣装みたい。腰に巻くベルトみたいなもので長さを調節した。生地は少しふかふかしている。

初秋の日本とは違い肌寒かったのでとても助かった。


風呂から出た私をくん、と嗅いでアアカさんはおや?という顔をした。

「あれだけの臭い、あと数日はとれないかと思いましたが…流石はプロですね、お仕事にかける姿勢は素晴らしい。その仕事はどうかとは思いますが…」

そういってまた鼻を押さえた。

そもそも何だプロって、あのライオン男が言ってた言葉をまとめると多分、水商売と勘違いされてるわけよね。それにしたって酷過ぎる貶され様だったけれど。男の夢を叶えるキレイなお姉さん達に謝れ。

「私の国には、職業に貴賎無しっていう言葉があるんです。それに、私がどんな仕事に就いていようが、貴方にもあの男にも貶される謂われなんて微塵もありません」

「残念ながら…互いに番が居る我が国では、貴方のされていていた仕事は悪しきものとされ、正式には存在しないのです。お恥ずかしいことに我が国でも全く無いとは言い切れませんが…その存在が公になった場合、春を売ったものも、買ったものも、非常に重い罪に問われます。」


あの男の罵倒が仕方のないものであると言わんばかりの態度にカチンと来る。けれど…ここはアウェーだ、味方は居ない。

ならば騒ぐのは得策じゃない、私は胸の中のグツグツ煮えるようなもやもやをグッと我慢する。

「国それぞれってことね、まあ、いいわ、用が終わったなら私はもう帰りたいのだけど」

こんな訳のわからない場所からは、とっとと居なくなるに限る。そう、アアカさんの顔が歪んだその時まで私は戻れると何の疑問もなく思っていた。


「ねえ…嘘でしょ?」

「すいません、本当に申し訳ない、まさかこんな事態になるとは思わず…転移の目印を置いてこなかったのです。サトゥナ様の番である貴方との距離が想定よりも遠く、狭間に落とさずお連れするのが精一杯で…番と出会えれば帰る必要もないと…非常に短絡的に考えておりました」


土下座する勢いで謝られた。

謝られても地球には帰れない。

ここは私の住んでいた場所から遠く離れた魔法のある世界で、来た早々罵倒され、その上帰れない。


なにこれ?ねぇ、何なの?


「番って何?」

「番とは同じ番の紋を魂に刻まれたもの、生涯の伴侶です。ただ、貴方の番であるサトゥナ様は貴方を拒否なされたので…」

「勝手に呼ばれて?気に入らないから罵倒して?挙げ句の果てには帰れない?…なにそれ…ほんとサイアク…」

「この責任は私にあります。貴方の身分の保証は私がしましょう。ただ、この国は伴侶の居ない異国出のものには暮らしにくい場所です。まずは貴方にも落ち着く時間が必要でしょう。また、明日こちらに来ます」

言うことだけ言ってアアカさんは慌ただしく去っていった。


一人になるとあの男の罵声が耳に甦る。


私は何も悪いことしてないのに。


私は布団を頭から被ると目をとじた。

頭ごなしに貶された。

その事実だけで人は凹むんだってはじめて知った。話も聞かずにただ私を罵倒したあの男。その声、その顔、全てが私を苛んだ。




いつか…鬣みたいにふさふさなあの髪をひっつかんで、バリカンで刈ってやる。



そう思ったらすこし胸がすっきりした。




そうして、私の異世界生活1日目は終わった。


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