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パン

 赤いハイラックスが街道を往く。

かつて人類が築き上げた文明の残り香がこの街道にはあった。雑草に蝕まれたコンクリートの道。どぶ色の藻が浮かぶ池。主を失い、侘びしく佇む朽ち果てた建築物。

今、私が探しているのは大型のホームセンターだ。もし、今後の旅に使えそうな道具があれば車に積み込む。やっていることは泥棒と同じだが、誰にも使われず朽ち果てるよりは、私が使ったほうが彼らにとっても本望だろう。

食品店はこの際無視する。放置された年月が長ければ大概のものは腐っているし、そうでなければ既に持ち去られている。この街の様子から察するに、食べ物の類は期待出来ないだろうし、万が一悪いものにあたってしまえば、すぐ治す術は何処にもない。一日以上腹を抱えて呻き、治るのを待つのはとてつもなく苦しい。

目的の場所は案外すぐに見つかった。広々とした駐車場には雑草が生い茂り、放置された車は錆び付き、タイヤやドアの一部が失われている。誰かに盗られたのだろうか。

一時的でも車を置いて行くことに一抹の不安を覚えながらも、私は武器を身につけ、店の中へ入る。入り口のガラスは既に割られている。もしかしたら、誰か居るかもしれない。M4カービンを構えたまま、私は店内を物色する。中にあったのは、錆びついたドリルやカビの生えた木材など、どうあがいても使い物にならないものが大半だったが、いくつか便利な道具を見つけることが出来た。それらを持って、多少急ぎ足で車に戻る。

「良かった。無事だ」

 赤い車体に細かい傷、こびり付いた泥、取れかけの左サイドミラー。何も変わらない、私の旅の共の姿がそこにはあった。

戦利品を後部座席に乗せて、車のエンジンをかける。車を走らせ、街から抜け出そうと思い、ハンドルを切ったところで、あることに気付く。

「……煙」

 空に浮かぶ灰色の煙が、私の目に入る。方向から察するに、街道の少し先。今の場所から三キロメートルといったところだろうか。火事ということはないだろうが、強盗集団の住処だったりしたら面倒なことになる。危険を避けるのであれば、街道から少し外れた方向へ走るべきだ。しかし、この時に限っては理性よりも好奇心の方が勝った。ボロボロのコンクリート街道をそのまま進み、煙の正体を探りに行く。

そこには、綺麗な建物があった。奇妙なことに、周りの建築物は皆全て植物に蝕まれ、ボロボロに朽ちているのに、その建物だけは、まるで誰かが毎日掃除をしているかのように綺麗な状態を保っていた。生存者か、それとも綺麗好きな強盗でも居るのか。

頭の中に鳴り響く危険信号と、猫を殺すような抗いがたい好奇心。武器を身につける際、身体の中には冷たさが篭もる。

私は、その建物のドアを慎重に開く。すると、中から間の抜けた声がした。

「いらっしゃい」

私はM4カービンを構え、声の主に向ける。その人は、白長の帽子をつけた男性だった。ひと目見た限りでは、丸腰のように思える。

「物騒だね。強盗かい」

「強盗ではない」

 私は銃を構えたまま、言葉を返す。屋内は、嗅いだことのない匂いで満たされている。

「なら、何故銃を向けるんだい」

「あなたに撃たれる前に、私が撃つために」

 私が言うと、白長帽子の男性は笑った。

「この世界のどこに、お客さんを撃つパン屋が居るんだい」

「パン屋?」

 パン、以前はありふれていたという食品の一つだが、私は伝聞でしか聞いたことがない。

「そう。パン屋さ。といっても、毎日一個しか作らないんだけどさ」

「ふーん……」

 先程からの匂いはパンの匂いだったようだ。

「そのパンは自分で食べるために作るの?」

「まさか。人に食べてもらうために作るんだよ。誰も来なかったら、自分で食べるけどね」

「……今日は作ったの?」

 私はいつの間にか、銃の構えを解いていた。

「作ったよ。さっき焼けたばっかりだ」

「……支払いは、何ですればいいの?」

「何もいらないよ。食べ物にも困ってないし、お金なんか貰っても使い道がないことは分かるだろう」

「なら……」

「うん、いいよ。あげる」

 そう言って、男性は袋に入れられたパンを私に手渡す。

「……ありがとう」

 私が言うと、男性はやわらかな笑みを浮かべた。

「こちらこそ、ありがとう」

 パン屋を出た後、私は貰ったパンをつまみながら街道を走った。柔らかな食感と風味に新鮮味を感じた。

街道上で一人パンを焼く。きっと、世界が滅ぶ前からそうしていたのだろう。それを、変わらず今も続けている。毎日、毎日。きっと材料が尽きるまで、彼が死を迎えるその日までパンを焼き続ける。

ふと、自らの旅路について考える。きっと私も、食べ物がなくなるか、自分が死ぬまで旅を続けるだろう。もしかしたら、彼も私も、同じ道の上を走っているのかもしれない。そんな気がした。

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