出会い
「育てるよ。立派に育ててみせる」
僕は目の前にいる神に対し天使の親になる事を誓った。
「よくぞ言ってくれました。それでは、早速あなたを天神界へと転送します。」
「天神界?」
「はい。天神界はこの世のありとあらゆる魂を持つ者がこの世での役目を果たし、最終的に行き着く世界の事です」
「熊谷って姓は名乗らなくてもいいのか?」
「姓はこの世の人間が親から受け継ぐものです。あなたは神である私の力で新たな1つの命として送られます。それ故、天神界においてのあなたの熊谷という姓は存在しません。」
「なるほど……」
「あの〜。この子の名前は?」
「その子の名はあなたが付けてあげてください。その子に名を付けた時、その子は目覚め、同時にあなたの天神への第一歩となります。素敵な名前を付けてあげて下さいね」
そうだ。僕は親になると同時に天神を目指すことになるんだ。
「では、私はあなたをこれから天神界の街のハドレーへ転送します。そして、あなたはそこで私の天使であるライラに出会い天使を育てるにあたっての様々な説明を受けてください。良いですね?」
僕は神の言う聞きなれない固有名詞に戸惑いながらもそれを忘れないよう心の中で呟いた。
天神界の街、ハドレー……。天使の、ライラ……。
「準備は良いですか?」
「はいっ!」
それでは、ミナトさん。幸運を祈っています。
その言葉を聞いた瞬間、突然、僕は白く暖かな光に身を包まれた。とても心地よい気持ちになり全身の力が抜け、僕は深い眠りに落ちてしまった……
始まりの街:ハドレー
気がつくと、はっきりと目を開けることができないくらいの光に照らされていた。僕はその光を遮るように手を目の前にかざした。
少しだけ目が慣れてくると巨大なステンドグラスから神々しい光を浴びていることに気づいた。
ステンドグラスには女神が描かれている。その女神の周りには4人の天使が女神を囲むようにして羽ばたいている。
しかし、なんとも美しい……。生前、一度も教会には行ったこともなく、ステンドグラスもテレビでしか見たことがない。無色の光が色のついたガラスを通ることによりその色の光をかもし出している。その光がステンドグラスの女神から自分に降り注ぎ心が洗われていくような晴れ晴れとした気持ちになる。
「おい!ミナト!」
「っ!」
余韻に浸っていると突然、背後から高い女性の声で強く名前を呼ばれた。
「私の女神様に見とれる気持ちは分かるが、お前は天使の親になるんだぞ?いかなる時も油断は禁物だぞ!」
「あっ……。えっと、ライラさん?ですか?」
驚いた。突然呼ばれたと思ったら僕よりもかなり小さい女の子がポニーテールを揺らして早速、説教。
中学生?いや、下手したらそれよりも……。とにかく、イメージしてたよりも遥かに幼かった。
「いかにも!私は女神カルディナの第4天使ライラである!ミナトのことはカルディナ様から聞いている。まぁ、災難だったね。意識もなく死んで挙げ句の果てにいきなり、天使の親だもんね〜。カルディナ様も人使いが荒いというか、死人使いが荒いわ」
青く吸い込まれそうな瞳のライラは腕を組み笑いながら時々銀色の髪を揺らし、うなづいて僕に同情した。
「んじゃあまぁ、早速だけど、ミナト。その子に名を付けてあげて。話はそれから〜」
「き、急ですね。ライラさん」
「あー。ライラでいいよ。堅苦しいから」
「は、はぁ……。名前ってどういうのを付けたらいいか分からなくって」
「ミナトは生前、自分の子供の名前とか考えていなかったの?」
「あっ。いやぁ〜。考えてましたけど……」
「なら、それを付けてやればいい。ミナトみたいな奴はほとんどそんな感じで名を付けている。どんな名か言ってみ?」
「ユキ…。幸って書いてユキです。」
「へぇ〜。ユキちゃんかぁ。いい名前じゃない!」
「なんか、いろいろ考えたんですけど、親が子に対して将来に期待してしまうのは当然のことかもしれないですけど、無理矢理、親の期待とか理想を子供に押し付けたりするのは良くないかなって思って……。だから、親が子に思うのはとにかく本人が幸せならそれでいいなって思ったので、そこから幸って名前にしました。」
「ミナトはよっぽど、生まれてくる子を楽しみにしていたんだね」
「……はい。」
少しばかり、悲しさと死んだ後悔の気持ちが沸き起こった。生前の記憶が思い浮かび涙が込み上げそうになったが、初対面で泣き顔をライラに晒したくはない。
「よし、それでは早速、覚名の儀を行う」
「覚名の儀ですか?」
「ミナトが天使に名を付け天使を眠りから覚まさせるんだ。その時点でミナトは正式に親として認められる」
女神様から聞いたやつか。
「僕はどうしたら?」
「ミナトの後ろ、カルディナ様を象徴するステンドグラスの前に十字架があるだろ?」
「あっ。あります。」
ステンドグラスに気を取られて気づかなかった。
「ミナトは幸をその十字架の前に寝かせ十字架に祈るようにするんだ。私はミナトの後ろで覚名の儀を進める」
僕はライラに言われた通りにユキを十字架の前に寝かせ、ユキを挟むようにして祈った。
「おい、ミナト。座れ。光を浴びられない」
「えっ。」
「女神様からの光を浴びないとこういう儀式などは行えないんだよ」
「そうなんですね。分かりました」
僕は言われた通り正座をし、再び祈りを開始した。
「これより、女神カルディナ第4天使ライラにより覚名の儀を行う。ミナトが名付けし天使ユキよ。今この時をもって天神界に目覚めよ」
すると、床に魔法陣のようなものが広がりユキの体が宙に浮き白く柔らかな光を発しながらユキは目をゆっくりと開き始めた。
「ユキ!」
名を呼ぶと、ゆっくりと僕の元へやってきた。僕は優しくユキを抱きかかえた。
「おはよう。ユキちゃん。ようこそ。天神界へ。」
ライラは今まで僕と話していた声色とは違い優しく柔らかな口調で温かくユキの誕生を迎えてくれた。
自然と、僕も優しい気持ちになった。